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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
11章 身を隠す

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 受付でピエッチェを見るなりジランチェニシスが言った。

「いやぁ、驚きました。マデルさんったら、未婚なんだそうですね。未亡人とかならともかく、この(とし)で独り身? 男性なら()り好みして独身もあるでしょうが、女性としてはどうなのでしょう? って、さとして差し上げました」

マデルはイヤそうな顔でソッポを向いて黙っている。宿の受付が呆気にとられ、それでも気の毒そうにマデルを盗み見ていた。マデルが独身なのを気の毒に思ったのではないだろう。普通の感覚を持ち合わせていれば、ジランチェニシスのあまりの言いようを酷いと思ったはずだ。


「余計なお世話だって言ってやれ」

ピエッチェがマデルに向かって軽く笑顔を見せた。そして、

「俺の仲間を侮辱するようなことがあれば、例の約束は()にするぞ――おまえ、宿賃くらい自分で払え。食事代もだ」

ジランチェニシスを睨みつけた。


「えっ?」

ジランチェニシスが慌てた。

「なにを怒っているのですか? わたしはマデルさんを侮辱したつもりなどありませんよ?」


「親切心から言ったって? あんた、マデルの何を知ってるって言うんだ? 諭して差し上げただと? 詳しい事情も知らないくせに偉そうに説教かい? そんなに偉いお人なら、自分の宿賃や食事代は自分で払うって常識も持ち合わせているんだろう?」

遠回しだが非常識と言われ、ジランチェニシスもカチンときたようだ。


「それが常識なら、なんで昨日の宿賃をあなたは支払ったのです? わたしはそんなこと、頼んじゃいませんよ?」

「王都に行こうって誘ったのは俺だからな、旅費は出そうと思ってた。でもな、俺の仲間を、いいや、俺の仲間に限らず、他人をくだすヤツに(かね)を使うのは馬鹿馬鹿しくなった。こっから先は自分で払えよ――まさか、(かね)を持ってないわけじゃないんだろう?」 


くだして何が悪いのです? みな、わたしより劣っている。くだされて当然の者ばかりだ」

「ふぅん。俺のことも下に見ているってか? だったら自分より下のヤツに支払わせるのは気が引けるだろう?」

「わたしは献上されるべき者。諸々の献上品を受け取る立場にある――まぁ、いいでしょう。そんなに言うなら支払いましょう。で、いかばかり?」


 ピエッチェが受付係にジランチェニシスと夢見人の代金を計算するよう頼んだ。渡されたメモを見て、ジランチェニシスが一瞬目を疑う。

「これは……この宿賃は相場?」

まさか受付係、嫌がらせのつもりで上乗せした? そんな事をされては困ると、ピエッチェもメモを覗き込んだが、

「あぁ、相場だな」

支払うつもりでいた金額から考えて妥当な線だった。


「宿賃と、夕食に朝食。二人分だ」

「そうですか……意外と掛かるものですな」

ジランチェニシスは悔しそうな顔をしたが、自分で払うと言ってしまった。(ふところ)をガサガサさせて巾着を取り出す。


(かなり持ってるね)

戻って来たクルテが頭の中で話しかけてきた。ジランチェニシスの巾着の中身のことだ。が、脳内会話はそれで終わり、

「リュネを(うまや)に入れてきた。カッチーがキャビンを外してくれたよ」

ピエッチェの腕に絡みついてニッコリした。


 カッチーはマデルと並んで立ち、

「リュネったら、寂しそうでした」

(うな)れている。

「ここの厩、(から)っぽでした」


「ほかには馬がいなかった? 徒歩の客ばかりなのかな?」

ピエッチェが不思議そうな顔をすると、

「馬ならグリュンパから次の街まで行けるから、ここは通過って人が多いのよ」

とマデルが答える。だからもう一軒の宿は厩すらないのか。きっと()宿()にもないのだろう。


「なんだったら厩で寝るか?」

ピエッチェが冗談を言えば、

「えぇ! 俺がウンって言ったら、ピエッチェさんは本当に(うまや)に行って寝ろって言うんでしょう? あんまりです!」

カッチーがケラケラ笑い、

「たまにはいいんじゃない?」

とマデルも一緒になって笑う。そんなマデルにホッとしてピエッチェが笑んだ――


 宿の手を借りて夢見人も無事に部屋に落ち着いたところで、ジランチェニシスをその部屋に置き去りに自分の部屋に引き上げた。自分の部屋と言ってもマデルとカッチーが使う部屋だ。二人には四人部屋を使って貰うことにした。


『寝室のベッド数は全室二台です。居間ですか? 二人部屋にはないけど、四人部屋にならありますよ』

受付係の説明に、二人部屋を二部屋、四人部屋を一部屋と決めたのはクルテ、四人部屋をマデルとカッチーにと言ったのもクルテだ。


『居間のある部屋にわたしとピエッチェでいたらジランチェニシスが来て長居するよ。ベッドが置いてある部屋なら、来ても遠慮してすぐ出てく』

クルテはそう言うが、そんなデリカシーがあの男にあるのか怪しいもんだとピエッチェは考えていた。


 食事はジランチェニシスたちの分はそちらの部屋に運んで貰い、他は四人部屋に持ってきて貰った。

「ソファーが四人分しかなくって助かったわ」

とマデルが笑う。

「万が一、自分の分を持ってきたって、座るところが無けりゃ、自分の部屋に戻るしかないもんね」


「ふん、少しは思い知るといい」

未だピエッチェは怒りが納まりきらないようだ。


「あんなふうに怒るの、ピエッチェにしては珍しいよね。クルテ以外に感情を()き出しにするって初めてかも?」

ちょっと嬉しそうに言うマデル、カッチーも

「宿に入ったら、ピエッチェさんから怒ってるんだぞオーラが出てて、なに事かって思いました」

と、パンでいっぱいの口をモグつかせて言う。


「こら、カッチー、口に食べ物入れて喋らないの」

マデルに窘められ、オレンジジュースでパンを流し込みカッチーが笑う。

「クルテさんも時々やってますよ?」


 当のクルテは例によって、自分の皿の中身をマジマジと見ているところだ。なのに、皿から目を離さず、

「ピエッチェは自分のことじゃ怒らない」

ボソッと言った。


「へっ?」

キョトンとするピエッチェ、

「そっか、そう言うことなのね」

マデルがクルテを見、ピエッチェを見た。


「さすがクルテさん、ピエッチェさんのこと、よく判ってますよね」

カッチーがニコニコとクルテに話しかけるが、クルテはもう、食べ物観察に集中している。諦めたカッチーが、

「ところで、怒ってたのは判ってるんですが、原因はなんですか? こんな宿じゃいやだとでも言い出したんですか?」

ピエッチェを見る。


 ジランチェニシスがマデルを侮辱する言葉など再現したくない。ところがマデル本人が、

「行き遅れって言われたのよ」

と苦笑する。


「行き遅れって、マデルさんのことを?」

「そ。他の男たちと旅だなんて、よく旦那が黙ってるね。離縁されるのがオチだ、って言うからさ、そんな心配いらない、自由気ままな独身だからって笑ってやったの。そしたらね」

実は仮とは言え王太子の婚約者だなんて、ジランチェニシス相手には言えないし、言いたくもない。言えばなんだか(けが)れそうだ。


「未亡人だとかならともかく、一度も縁づいたことがないって何か欠陥でも有るんですか? 無くても有ると思われますよ。もう貰い手はありませんね、だって。失礼しちゃうわ」

「なんだ、そりゃ……それ、ピエッチェさんじゃなくても怒りますよ。俺も腹立ってきた。ぶん殴っときゃよかった――俺とクルテさんが聞いたのは(かね)を払うのどうのってだけだから」

ありがと、とマデルが微笑みカッチーが赤くなる。


「話は違うけど、やっぱアイツ、相当な世間知らずみたいだね。宿の請求を見て青くなってた」

マデルの呟きに、カッチーが真面目な顔でピエッチェに訊いた。


「ここの宿って高いんですか?」

「そんなことないぞ、相場だ」

「でも……コゲゼリテを出てからの()ぎんって、相当な(がく)になってますよね」

「それ、わたしも気になってた――わたしはデレドケからだけど、かなり払って貰ってるよね。たまに駄賃まで貰ってるし」

カッチーとマデルが食事の手を止めて、ピエッチェを見る。


 言われるまでもない、計算するのも面倒でクルテに任せっきりだが、かなりの(がく)(つい)えている。いったい幾らになってるんだろう?


「ピエッチェがお金持ちなのは判ってるけど、旅先でこんなに使ってたんじゃね。そろそろ手持ちがなくなるんじゃないの?」

マデルのもっともな指摘になんと答えたものか?


 助けを求めてクルテを見るが、真剣な眼差しでパンを見詰めている。表面は固いが中身はフワフワのパンを怒っているかのような目で見ている。

「表側はカチカチ、だけど中はふんわり。守りがあるのは外側だけ」

ボソッと呟き、クルッとピエッチェを見上げた。きたっ! ピエッチェが身構える。このタイミングでかよっ?

「なんで?」


「なんでって言われてもなぁ……そうなるように焼いたからとしか言えないな」

材料がどうのとヘタなことを言って質問攻めにされるのを回避したピエッチェだ。ふぅん……とクルテは不満そうだが、それ以上は何も言わずフォークを持つと、パンではなくテリーヌを食べ始めた。


「これは(ひき)にくに色々混ぜて型に入れて焼いてある。()ひまが掛かっている」

テリーヌを食べるのも初めて?


「で、ピエッチェの金庫はパンと同じ」

「えっ?」

聞いてないふりしてちゃんと聞いていた?


「固く閉ざされ鍵は堅牢、誰も入れない。だけど中には誰もいない」

「クルテ、金庫ってそんなものよ。お金を入れておくものだもの」

不思議そうなマデルに、カッチーが

「マデルさん、注目すべきはそこじゃありません。人が入れるほどの金庫ってところです」

と声を震わせる。

「あ……」

カッチーの指摘にマデルがピエッチェを見た。


 慌てるのはピエッチェだ。クルテが言っているのはザジリレン国家の金蔵なんじゃないのか? あれは俺のじゃないぞ? いや、それよりも、マデルとカッチーになんて説明したらいい?

「クルテ、どうしてパンと同じなんだ?」

苦し紛れだ。


 クルテがピエッチェを見上げる。

「中に入ってしまえば取り放題」


「えっ?」

「旅に出る前に、金袋に手を突っ込めば金庫の金を掴めるよう、魔法を掛けた。だから路銀も使い放題」

「なんだって?」

空間無視の魔法は女神の魔法だ、それを使ってるってことか? それならそれでもいいが、いいや、良くないが、それをマデルの前で言うのは、もっとよくない!


 ピエッチェは慌てるが、マデルはなんと納得した。

「そっか、限定使用の魔法ね」

あ、それがあったか……だが、一番の問題は別だ。心の中で冷や冷やしているピエッチェ、だがここでは何も言えない。


「限定使用の魔法って、どんなものですか?」

カッチーの質問に

「使える人を限定する魔法よ。この場合、権利者設定をクルテとピエッチェにしたんじゃないかな? 二人にしか金庫の中のお(かね)を出せないようにしてあるの。そして条件付加、出せるのはあの赤い革袋越し――盗まれる心配がないのが最大の利点ね」

マデルが微笑んで答えた。

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