19
「そう怒ることもないだろう?」
苦笑するピエッチェ、実は心の中で迷っている。『一緒に王宮に行くか?』と訊いてみようか?
本来ならば約束されていたはずの身分や境遇が与えられなかった。その鬱積が爆発した。ジランチェニシスは、そんな状態なんじゃないのか? コイツに言ってやりたい。こんな方法じゃその不満は解消されないぞ。王宮に行って思いの丈をぶちまけろ……
(やめとけ)
心の中で聞こえるクルテの声は静かだ。
(出生の秘密を知っているって言う気なのか?)
そうだな、王宮に行くべき理由をヤツに言うとしたらそうなるな。
(王宮見物だと思って一緒に行かないか、とでも言ってみるよ)
(わたしたちに同行してローシェッタ国王との対面が叶ったら、ヤツがどんな行動をとるか考えてみろ。きっとアイツは、ただの付き添いみたいな顔をして何も言わないし何もしない)
(なぜそう決めつける?)
(生まれた時から居ない者として扱われた。そんな自分が不遇を訴えたところで無駄だと勝手に思い込んでいる。それどころか、虚言だと言われるかもしれない。そんなことになれば、知られていないだけだと自分を慰めることすらできなくなる。ますます惨めになるだけ、そんなのヤツには堪えられない)
(俺もそう思うよ。でもさ、何かのきっかけで箍が外れることもあるかもしれないだろ? 溜まっているものを吐き出させない事には改心させられない)
(改心させたい?)
(捕らえて罰するのは簡単だ。でも、どんな罰にするかは考えどころだな)
(そんなのローシェッタが考える)
(ローシェッタは処分を決める前に身元を調べる。まぁ、王家が把握していれば、そのあたりは省かれる……で、王族ってことになれば死罪にはできない)
(だが、牢なのか王宮のどこかの部屋なのかは判らないけど、閉じ込められる。監視下に置かれて二度と悪事はできい――端からヤツの命を奪う気はなかったんだろう? だったらそれでいいじゃないか)
(よくなんかない。そんなんじゃ、ヤツの心から恨みは消えない。むしろますます憎しみを募らせるだけだ)
(それはローシェッタ王家にとってよくないって?)
(ローシェッタにとってもアイツにとっても〝解決〟とは言えない――アイツの苦しみの最たるものは恨んでいるのに恨み切れないことだ。心のどこかで許したいと思っている。恨むのは間違いなんじゃないかと迷っている……そして許されたいと願ってもいる)
(ローシェッタがヤツを許すか?)
(許されなければヤツも許さない。でもさ、それで吹っ切れる。恨んでもいいのだと、自分を許せる)
クルテがチッと舌打ちをする。
(このお人よしが……ジランチェニシスを助けたいなんて、なんで思うかな)
俺はヤツを助けたいんだろうか?
溜息をついてからクルテが続けた。
(こんな時は最悪を想定して動け。ヤツがもし、国王を襲ったらどうする? 積年の恨みから、命を奪おうとするかもしれないんだぞ)
(その時は俺がローシェッタ王を守るし、クルテ、おまえだっているんだ。俺の手助けをしてくれるだろう?)
(くっ……)
悔しそうにクルテが呻く。
(ローシェッタ兵が問答無用でヤツを殺めるかもしれない)
(そうならないように、ヤツのことも守るさ)
(命と能力はでき得る限り生かせ? ったく、ザジリレン建国の王の訓えが染みついてるな)
ザジリレン王家の家訓にクルテが言った言葉があるのは確かだ。
(まったく! カテルクルストったら、ロクでもない言葉を遺してくれたもんだ)
建国の王の名を口にするクルテの口ぶりに、二人の親密さを感じてピエッチェが戸惑う。だが、クルテの
(まぁいい。それでこそザジリレン王ってことだ)
手助けの了承で、今は妬いてる場合じゃないと思い直す。
「怒ってなど……怒ってなどいませんよ」
ジランチェニシスの言い訳は、声を荒げたことに対してだ。
「たとえどんなに有能な王だって、自国の民の顔と名を全て知っているはずがありません。名すら知らない民が大多数、そうでしょう? そんな、ごく当たり前のことを言ったまでです」
「うん、そうだな。赤ん坊とかを除いて、たいていの民は王の顔と名を知っているのに、名や顔を王が承知している民はごく一部だな――どうだ、俺と一緒にローシェッタ王との謁見を願い出てみないか?」
「王との謁見? わたしが国王と会う?」
「王と謁見できる栄誉、運が良ければ召し抱えて貰えるかもしれないぞ――王女の誘拐は魔物の仕業、その魔物は俺が退治して消滅させた。なんだったら、その手助けしてくれたのがあんたってことにしてもいい」
「な……なんでそんなことを? あなたにはなんの得もないのに」
また損得を気にするか?
「いやさ、王宮の警備は厳重なんだろう? それなのに、王女誘拐を成功させた。その才能、埋もれさせるのは惜しいと思ってね」
「いや――しかし……」
迷うジランチェニシス、
「せめてララティスチャングまで同行してくれないか? 行ったことがないんだ。案内してくれ」
ピエッチェが微笑みかける。
ポカンとピエッチェを見ていたが、ピエッチェが偽カテロヘブに視線を移すとジランチェニシスはブツブツと独り言を言い始めた。
「国王に会う? わたしが?……」
思った通り、王家の人々と対面したことはなさそうだ。入ることが許されたって王宮内のどこかへの出入りが許されただけなのだろう。王との謁見まで許されていたわけではなさそうだ。
(十六歳のジランチェニシスを王宮に連れて行ったのは、ノホメかな?)
クルテの質問に
(そうなんじゃないかと、俺は思ってる。甥っ子を見学に連れてきたとでも言えばいい。誰かに合わせるために連れて行ったと考えてる)
(その目的は?)
(ヤツの境遇改善を訴えるため。その誰かの依頼で、ノホメはヤツの面倒を見ていたんじゃないか?)
(誰かって誰だろう?)
(そんなの判らない。だけど、誰かさんにとってジランチェニシスの持つ魔力は脅威だった)
(うん?)
(ノホメはきっと、ジランチェニシスの保護と同時に監視も命じられていた。その監視内容にはジランチェニシスの魔力の開花を阻止することが含まれていた)
(随分な飛躍だ)
(そうかな?――いくら魔力を持っていたってそれだけじゃ魔法は使えない。ジランチェニシスに魔力の使い方を教えた人物がいるはずだ。おかれた環境から、その人物はノホメと断言できる)
(まぁ、それは否定しない)
(元王室魔法使いのノホメが教えたのにジランチェニシスが使う魔法は限定的、しかも、ヤツはできもしない、ありもしない魔法をできると言い張る。その原因はなんだと思う?)
(原因? 理由ではなく?)
(魔力の開花を阻止するためにノホメができることはなんだ? 教えられた魔法を実行しようとしたら、そばに居てすかさず妨害魔法を掛ける。相手は幼い子ども、失敗したんだと思うだろう)
(それだとジランチェニシスは自分には才能がないと思って、魔法を諦めてしまうんじゃ?)
(それがそうはなっていない――あなたの魔力は凄い、どんな魔法も思いのまま、今は子どもだからできないだけ。必ずすべての魔法使いをひれ伏させる日が来る。そう言い聞かせていたとしたら?)
(それって、虐待だ。いい匂いを漂わせ始めた果物を手渡して、お食べって言いながら魔法で果物を腐らせる。それだけでも酷いのに、こっちはきっと腐ってないよって次を寄越すのと同じだ。どうせ腐らせるくせに)
なんだよ、そのたとえ話は? まさか実体験? しかも果物……あれ? よくよく観察してからじゃないと食べ始めないのはそのせい?
「で、この男はカテロヘブ王で間違いないと?」
ジランチェニシスの声が飛び込んできて、ピエッチェがハッとする。うっかりしていた。さて、どうする?
クルテの助言は聞こえない。自分で判断しろと言う事か。
「あぁ、間違いない……カテロヘブ王だ」
嘘の棘がチクリと胸に刺さる。
「この男を連れて行けば王宮に入る許しを得られる。ザジリレン王をお連れした、ローシェッタ国王にお目通りをって言えばいい」
当初の計画から随分と逸れた。ジランチェニシスの化けの皮を剥がし、捕らえて連行するつもりでいた。
(まぁ、連行するより楽かもしれない)
計画が決まってしまえばいつも、クルテは難点を言わなくなる。有利な面のみ指摘して、大丈夫だと励ましてくれる。
(いいや、まだジランチェニシスは一緒に行くと言ってない)
(ララティスチャングには行きたそうな顔をした)
「しかし大所帯になりますね」
偽カテロヘブの顔をマジマジと見てからジランチェニシスが言った。
「十三人も、どうやって王都に連れて行くのです?」
「王都に行くのは俺とあんた、それにカテロヘブ王の三人……俺の連れがあと二人いる。その二人も一緒だな」
「ほかの街人はどうするのです?」
「うーーん、どうするかな……でも、王都に連れて行く必要はない。正気を取り戻させて家族のところに返せばいい」
「家族のもとに返すのに異論はありませんが、正気を取り戻せるかどうか……」
「案外、背中をポンと叩けば戻るかもしれない。いっちょ、試してみるか?」
笑うピエッチェをジランチェニシスが
「それくらいで戻るなら、とっくに戻ってます」
と呆れた。
「そんな事より……いつ精霊を引き渡してくれるのですか?」
チェッ! 忘れてなかったか。
「そうだな……王都ララティスチャングで。王宮に行った帰りに渡そう」
「どうしてもわたしを王宮に連れて行く気なんですね」
「魔物を退治したって証人が欲しい。俺や俺の仲間だけでなく、第三者の証言があったほうが疑われない」
「なるほど、それもそうですね」
「一緒に行く気になったか?」
「ちゃんと精霊をくれるんでしょうね?」
「あんた、ぬいぐるみを俺に渡したところで暴れるって言ったよな? 俺の精霊だって、同じだ。急に持ち主が変わったって言っても納得しない。説得と、別れを惜しむ時間をくれ」
疑いの眼をピエッチェに向けるジランチェニシスだったが、
「いいでしょう――それで、いつ王都に?」
溜息を吐いて言った。
「早い方がいい。明日の朝、ギュリューを出よう。都合は?」
「ここに居るのはこの男と街人たちの世話をするためです。しかし、その必要はなくなった。いつでも構いませんよ」
「じゃあさ、前祝いと親睦を兼ねて、夕食をレストランで一緒に摂ろう。ここから近いし、いいだろう?」
「前祝いは判らないでもありませんが、わたしとの親睦?」
「王都まで一緒に行くんだ。仲良くなっておきたい。今夜、同席するのは俺だけ、気を遣うこともない。精霊や他の二人とは旅の途中で仲良くなれ」
「精霊はわたしと親しんでくれるでしょうか?」
「俺からも言い聞かせるし、あんたも努力するんだな」
ジランチェニシスが微かに笑む。ピエッチェは――良心の疼きをないものとした。




