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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
10章 友好と敵対

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 今、ジランチェニシスはなんと言った? クルテを譲れと言ったのか? フレヴァンスと引き替えに?


「悪い取引ではないでしょう? 王女を取り返したあなたはローシェッタ国の英雄だ。どんな褒美も思いのまま、国王に何を所望するのか、考えただけでも心が躍りませんか?」

俺が取引に乗ると、コイツは本気で思っている?


「それに恋人だってまったく失うわけじゃない。見た目は同じなんだし、石膏像がイヤなら目くらましで人間に見えるようにできますよ。等価交換と言っていいのでは?」

「な……何を言ってる?」

これは挑発か? きっとそうだ。落ち着け、落ち着くんだ。そう自分に言い聞かせているのに、声が震える。

「ふざけるのも(たい)がいにしろ!」


「はい?」

ジランチェニシスがキョトンとする。どうやら本気の申し出らしい。

「ふざけてなんかいません。人間の恋人を譲れと言っているわけじゃないんです。あなたは人間だと思っているようですが彼女は精霊、あなたにとってペットみたいなものでしょう?……あぁ、そうか、精霊のように希少価値の高いものを簡単に手放せませんよね」

考え込むジランチェニシス、

「では、お好きな条件を仰ってください。ピエッチェさんのお望みの対価をご用意いいたします」

ニッコリ微笑む。


 ピエッチェの心の中では

(落ち着け、落ち着くんだ)

クルテの声が繰り返される。怒りに震えるピエッチェは、クルテにもジランチェニシスにも答えない。何か言えば、たとえそれが心の中だろうが、憤怒にまかせて暴言を吐きそうだ。


 そんなピエッチェに気付かないのか、ジランチェニシスが

「では、こんなプランはいかがでしょう?」

満面の笑顔で言った。


「ローシェッタ国王女にザジリレン国王をお付けしましょう」

「なんだって?」


 一気にピエッチェの顔色が変わる。が、ジランチェニシスは自分の思い付きにご満悦なのか、ニコニコしながら続きを言った。

「ザジリレン国王カテロヘブが行方不明なのはご存知ですよね? 実は彼の所在を知っています」


(冷静に! ヤツはおまえがその本人だと気づいていない。だから言えることだ)

クルテが言わなくっても判っている。


(あぁ、一気に冷えた。心配するな……でもコイツ、いったいなにを知っているんだ?)

(言わせてみろ)


「それは……本当のことか?」

「ご興味がおありで?」

()()()の意味は? どこどこに居るって情報じゃ、行ってみたら居なくなかったってこともある」


 少しだけ迷ってようだがジランチェニシスが言った。

「こことは別の屋敷に閉じ込めています……それが最近、バレましてね。実は困っているんです」


「バレたって、誰に?」

「ザジリレン国にグリアジート卿と呼ばれる男がおります。名はネネシリス、そのものが家臣に命じてローシェッタ国内を探させていたんです」

「へぇ、それで?」


「カテロヘブを閉じ込めている屋敷には、世話をさせる召使いを置いています。その召使いが、カテロヘブの人相風体を聞いて『そいつなら知っている』と言ってしまったのです」

「言った相手がネネシリスの家臣だった?」

「そう言うことです――たまたまわたしが屋敷に居る時にだったから良かったものの、そうでなかったら取り返されていました」


「目くらましを使った?」

「いいえ、地下の抜け道を使って別の屋敷に移しました――なんだったら、今からその屋敷にご案内いたしましょう。カテロヘブ王の顔はご存知ですか?」

「ジランチェニシスさんはご存知だったと言う事ですね?」

「いいえ、知りませんでした。でも、本人が『自分はカテロヘブ王だ』と言っています。間違いないのでは?」


 なるほど……カテロヘブを(かた)る誰かが捕らえられていると言う事か。いったい誰がなんのためにザジリレン王を騙る?


「カテロヘブ王を屋敷に閉じ込めた狙いはなんですか?」

今、訊けるのはこれだけか。


「使い道は幾らもあると思いました。ザジリレンに身代金を要求することを考えましたが、これは巧く行かなさそうです。グリアシード卿はカテロヘブ暗殺を企てているとの噂もありますし――一番の興味はザジリレン王家には秘密の魔法があるという言い伝え。まぁ、カテロヘブ王からは魔力の()の字も感じないんで、やっぱり単なる伝説なのかなと思い始めています」


 ここでも地下道……ジランチェニシスの行動はパターン化されている。ギュームをギュリューから森の聖堂に移すときも地下道だった。


(魔力は強く魔法に関する知識も豊富)

頭の中でクルテの声、

(だけど自分の興味のあることだけに偏っていて、経験も浅い。だから応用が利かない。そして総合的な判断が苦手)

ジランチェニシスに評価を下す。


 それには答えずピエッチェがクルテに言う。

(ザジリレンがローシェッタに戦を仕掛けてきたってのは事実かも知れないな)

クルテがクスリと笑った。

(うん、まさかカテロヘブの偽物がいるとはね――本当のザジリレン王のご尊顔を見たら、コイツ、びっくりするだろうな)


(だからって、笑ってはいられない――うかうかしてたら本当に戦になる。なんとしてでも止めないと。戦になってから(にせ)ものだったと判ったって遅い。すいませんって謝ってすむ話じゃない)

(偽ザジリレン国王を助け出さなきゃって考えてる?)

(その男がカテロヘブを騙ったことが原因だって、証拠になる)


(謝ってすむ話じゃないんじゃ?)

(謝るなんて言ってないぞ? ローシェッタ国王に経緯を説明するのに必要だってことだ)


「まだ考えがまとまりませんか? 結構あなたも強欲ですねぇ」

黙りこくったピエッチェに、ジランチェニシスが肩を(すく)める。

「ピエッチェさん、どうせあなたは魔力を持っていない。精霊は人間に魔力を与えたりはしませんよ? あなたは魔法を使えるようにはならない――でもわたしなら精霊の力を自分に取り込める。せっかくの精霊だ、有効に使った方がいい。彼女だってそのほうが幸せだ」


 なるほど、それでクルテを欲しがっているのか……コイツ、そうやって、何の苦労もしないで魔法を覚えてきたんだな。何度も練習し、何度も失敗し、そうして習得していく。そんな鍛錬を積んでいなから、応用が利かない。底が浅いんだ。


 しかし、そんなことを言ってみたところで(らち)が明かない。この場をどう切り抜けよう?


「ジランチェニシスさん……何度も言いますが、彼女は人間です。それでもいいのですか?」

怒るなよ、クルテ! チラッと見るとクルテは一瞬、驚いたようだがすぐにニヤッと笑った。


「おお! やっとその気になって貰えましたか!」

「早とちりしないでください。確認しているんです――仮に取引に応じたとして、そのあとにやっぱり人間だったと判ったら彼女はどうなりますか?」

「ご心配なく、人間じゃありませんから」

「だから『仮に』の話ですよ」

「そうですね、その時は……わたしを魔物だと知っているわけですから解き放せませんね。召使にでもしますか。まぁ、屋敷に閉じ込めておいてもいいかな」

コイツ、まだ自分を魔物だと言い張ってやがる。


「ちなみに、カテロヘブ王はいつ引き渡していただけるんでしょう?」

「お望みなら、すぐにでもお連れしますよ」

「遠いのでしょうか? 連れが宿で待っているので、遠出はできません」

「いいえ、この近くです――少し待っていていただけるなら彼をここに連れてくることもできます」


「それと……報酬が少し足りないのですが?」

これにはジランチェニシスが(はな)じらんだ。が、

「いいでしょう。なにを追加すればよろしいか?」

と嘲笑をピエッチェに向けた。


「えぇ、何点か追加していただきたい――まずは連れ去られた人々を。センシリケの妻と娘、デレドケの街人に連れて来させた人たち、他にも誘拐したり、監禁している人が居るならそれらを全員返して貰いたい」

「ふむ……まぁ、いいでしょう。フレヴァンスの話し相手にと思って連れてきたんだが、誰一人として役に立ちませんでした。総勢で十三人、カテロヘブと同じ屋敷に閉じ込めてある。しかしそうなると、やはりその屋敷までご足労いただきたい」


「次に……これは魔法を解除の上お渡しください――フレヴァンスを誘拐したクマのぬいぐるみ」

「えっ?」

「イヤなら、この取引には応じません」

「イヤ、待ってくれ。あれは大切なものだ。少し考えさせてくれ」


 大切なのは母の手縫いだから? それとも、自分が掛けた魔法が誇らしいからか? あるいはもっと別の理由?


 ややあってジランチェニシスが縋るような目をピエッチェに向けた。

「あのぬいぐるみは二体一組のもの。一体は大切な人に約束の形見にあげたんです」

大切な人? フレヴァンスのこと……じゃないよな?


「大切な人とはどんな? それにどんな約束をされたのですか?」

「それを言わなければダメですか?――まぁ、()さまが聞けば笑い話でしょうが」

「笑ったりしないので聞かせてください」


 チラリとピエッチェを見てから顔を背けてジランチェニシスが言った。

「なんの偏見もない笑顔と言うものを初めて見ました。相手は七歳の少女、今となってはその年頃の少女は誰でも大抵そんなものだと知っていますが、当時のわたしの日常は誰かの笑顔を見ることすらなかった。笑顔の美しさに感動したわたしは、なぜでしょう、少女の前で泣いてしまったんです。そしたら彼女は……」

ジランチェニシスが幸せそうな笑顔を見せた。ずっと見せられてきた作り笑顔ではなく、これは本心からの笑みだとピエッチェは感じていた。


「大きくなったらお嫁さんになってあげるから泣かないでって言ったんですよ。まったく、なんておしゃまなんでしょうね? でもね、嬉しかったんです。小さくて細い腕でわたしの頭を抱きかかえて、『いい子、いい子』って。そんなこと、それまで誰もしてくれなかった。そう、それ以後も」


 フレヴァンスが『ぬいぐるみをくれたお兄さん』と会ったのはローシェッタ王宮の庭だったはずだ。ジランチェニシスは王宮に入ることを許されていた……その身分はどうなっていたんだろう?


「だから『約束だよ』ってぬいぐるみをあげました。わたしは十六になろうかという年齢、結婚の約束を本気になんかしていませんでした。だけど少女に『いつ結婚しようか?』って訊かれて冗談だとも言えず『キミが十五になったら迎えに行く。それまでは誰にも内緒だからね』と答えました。えぇ、本気じゃなかったんです」


 本気じゃないなら、なんでフレヴァンスを誘拐した? 訊かずともジランチェニシスは語る。


「それなのに、手元のもう一体のぬいぐるみを見るたび、彼女のことを思い出すんです。ぬいぐるみを大切にしてくれている? 今もあの庭で遊んでるかな? 誰かに意地悪されて泣いてない? それに……そろそろ恋人ができた?」

最後は絞りだすように言うと、ジランチェニシスはギュッと目を閉じた。

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