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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
10章 友好と敵対

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13

 クルテの『多分』は『多分そうだ』の場合と『多分違う』の場合がある。どうせなら、そうなのか違うのかまではっきり言ってくれればいいものを……どちらにしろ、魔物になってしまった可能性も考えたほうが無難だ。


 思わず立ち上がって身構えたが足を取られることはない。ならば部屋が揺れていると感じるのは目くらましだ。とは言え、揺さぶられる感覚はどうにか打ち消せても視界に入るものまでは打ち消せない。急激な変化に()まいがしそうだ。


 部屋の様子はドンドン変わり、ソファーやキャビネット、暖炉さえ消えていく。消えたあとは黒い(もや)のような闇になったかと思うと(ほの)ぐらく変わったり、細い光の筋が出てきては引っ込んだり……ジランチェニシスはこの部屋をどう変えるか決め(あぐ)ねているのかもしれない。(かん)しゃくを起して部屋に魔法をぶちまけてしまった?


(ゴゼ)()(ュス)と同じ魔法だ)

模様替えが終わるのを待ちながらピエッチェが言えば、

(これでヤツが姿を変えれば魔物だって認めてあげるのに)

クルテがニンマリする。


(姿を消せるってだけじゃ不足か?)

(目くらましでも姿は消せる。今のわたしがそう)

(ヤツにおまえが見えないのは目くらまし?)

(カティには見えるのにヤツには見えない。つまり目くらまし)

ふぅん、そんなもんなのか。


(なぁ、屋敷自体が目くらましってことは?)

(装飾なんかは疑わしいね。屋敷自体は存在してる。だけど大き過ぎて、ヤツの魔力じゃ全体へ影響を及ぼすのは無理なんだと思う。だから床や壁は崩せない。できるとしたら目くらましじゃなく破壊)


(屋敷ごとぶっ壊したら自分も無事ではいられないな。ティーカップとか、お茶はどうだ?)

(ヤツは飲んでた。だから本物)

(じゃあ、ソファーも本物?)

(座れるのはソファーに限らない)

木箱とかってのもありか。


(おまえになら、屋敷全体に目くらましを掛けられる?)

(わたしにだって無理。壊すことはできると思う。試してみる?)

(馬鹿言うな。フレヴァンスだけじゃなく、セン(カジ)()()(主人)の妻と娘みたいに連れ去られた人たちがこの屋敷のどこかに閉じ込められてるかもしれないんだ)

(フレヴァンスは確実にここに居る)

(うん、フレヴァンスかどうかは判らないけど、ジランチェニシス以外の気配をさっきから感じてる)


(まずはジランチェニシスだな。屋敷の捜索は、ヤツを始末しちゃえばいくらでもできる)

(始末、か……)

(まさか、このままヤツを見逃す気じゃないだろ? せっかく向こうから出てきてくれたんだぞ? 二度と出てこないかもしれないじゃないか)

クルテの言う通りなんだろう。この遭遇もジランチェニシスの気紛れだ。いや、気紛れではないのか。ヤツはこちらのことを、細かい事まで知っている。年齢も、(はた)()と判っているのにあんな言いかたをした。


 デレドケの迷宮に入り込んだ時から俺たちを見張っていたんだろうか? ゴゼリュスが退治されたのを知ったのはいつだ? 森の聖堂のことを口にしたのは(かね)の魔物にも関わっているってことか? (ジョ)()()()(の店)の件は(前の)()(ち主)から聞いたのだと考えられる……ん? あれ?


(おい、クルテ。おまえ、ジランチェニシスの心は読めないって言ったよな?)

(読めないよ。わたしが姿を消すと同時に(しゃ)へい術を使った。それまでは無防備だったのにね)

なるほど、

(おまえ、見くびられてたんだな)

それが姿を消したから、警戒を強めたってことか。


(わたしだけじゃない。カティのことも、いいや、自分より優れたヤツはいないって思ってるんじゃないかな? それがヤツの弱点でもある)

(なんでそこまで自信を持ってるんだろう?)


(憶測だけど、初めての魔法は飼っていた虫を無意識のまま魔物に変えたこと。子ども過ぎて魔法だなんて気づかなかった。だけどいずれ気付く。アリジゴクはウスバカゲロウになるはずだった、そして虫を魔物に変えるのは誰にでもできる魔法じゃないってね)


(いつ気付いたんだと思う?)

(そんなの判らない。でもコテージを出る前だろうね。気が付いてからは魔力を磨き魔法を学んだ。そして一人でもやっていける自信がついてからコテージを出た)


 一人でも生きていける? 魔法の使い方を間違えていそうだ。奪い、脅し、意のままに操る――今さらだ。知る限り、それがジランチェニシスだ。ならば……

(始末するしかないか?)


 心の中に納めきれずにピエッチェが溜息をつく。すると(うごめ)いていた部屋が急に鎮まった。溜息に気が付いたジランチェニシスが我に返ったのだろう。フワッと空気が動き、元の風景へと戻って行く。


(かん)しゃくは終わったみたいだな)

呟いてからクルテがピエッチェを見上げる。

(命を奪うのはイヤか?)

少しの間、ピエッチェが心の動きを止める。

(そうなのかな? 自分でもよく判らない)


 (ゴゼ)()(ュス)(ため)いなく自分の手に掛けた。それはヤツがバカでかいとは言えヤギだったから? それがないとは言い切れない。でもそれ以上に、魔物になるほど長生きしていると聞いたからだ。死を迎えさせてやるのが情けだと思った。


 ふぅ……この溜息はジランチェニシス、部屋は元通りの居間に戻っている。

「見っともないところをお見せしました」

俯いていたが顔を上げ、ピエッチェをじろりと見た。

「少しも動じていませんでしたね。さすが、精霊を恋人にしているだけのことはある……でも、これでわたしが魔物だとお判りになったのでは?」


 いつの間にかクルテを精霊だと決めつけている。

「魔法使いだとお教えしましたよ? それに、これくらいのことじゃ、あなたを魔物だなんて思えません」

ピエッチェの返答にジランチェニシスが失笑する。

「諦めの悪いかただ」

どっちがだよ?

「それともあのお嬢さんが人間だと、本当に信じているのですか?」

あぁ、必ず人間に成ると信じているさ。


「あなたこそ、自分が魔物だと本当に信じているのですか? それとも、そう言えばこちらが怖じ気づくとでも?」

「信じるも何もそれが真実――どうしたら判って貰えるのか?」

「わたしは何体かの魔物を見ました。コゲゼリテのヤギ男はあなたがさっき使った魔法、部屋の様子を変えて見させること以外に自分の姿を変えました」


「まぁ、そんな魔物もいるでしょう」

「森の聖堂の魔物の正体は(かね)だったが、黒い(もや)や顔のない人間の姿に変わった――ハァピーは人間の胴体に鳥の翼と足だが、すっかり人間の女の姿にも(へん)した。グリュンパからギュリューに抜ける森に住んでいた鳥の魔物はどう見たってただのカラス、でもそれが何羽も集まって巨大な一羽の、見た目は黒い雄鶏に変わった。鳴き声は『カァカァ』でも『コッコ』でもありませんでしたが」


「たった四例、それですべてを見たつもりですか?」

「ほかにもあります」

と、言ったはいいものの、ピエッチェが口籠る。普段は人間の姿、でも箱や剣や(はし)やシャボンに姿を変える……クルテのことを言おうとした。ジランチェニシスは迷宮でシャボンに姿を変えるのを見ていたはずじゃなかったのか? あぁ、だからクルテを魔物ではなく精霊と思いたいのか? どちらにしろ、クルテを人間だと言っている以上、ここで『箱・剣・梯子・シャボン』に姿を変える魔物がいたとは言わないほうがよさそうだ。


「馬の魔物は()()強い力を発揮するのに角をやし翼を生やした。が、普段はただの馬だ。強い魔力を持つ魔法使いででもなければ見抜けない」

「これで五例……たったそれだけ?」

嘲笑を含んだジランチェニシスの目、クルテがフンと鼻を鳴らし、

(今までどんな魔物に遭遇したか、訊いてみろ)

と、ピエッチェの頭の中で言った。


「ほかにもありますよ。でも、魔物は姿を変化させるものだという説明には五例で充分ではありませんか? それでジランチェニシスさん、あなたはどんな魔物をご存知で? その魔物は姿を変えしませんでしたか?」

「わたしは……」

自分が訊かれるとは予測していなかったのだろう。ギョッとしたところを見ると少し慌てたようだ。

「わたしは……魔物退治になど興味がないので魔物が出るようなところには行ったことがありません」


「でも、ゴゼリュスはご存知でしょう? コゲゼリテで騎士病と呼ばれる現象を起こしたのはヤツです――あなたが年老いたヤギに魔法を掛けて魔物にした、わたしはそう考えています。大した魔法です」

舌打ちしたそうな顔をしていたジランチェニシスが『大した魔法』の一言に、嬉しそうな顔をした。


「あの魔法の素晴らしさを理解していただけるのですね? やっぱりあなたは魔物がお好きなようですね、ピエッチェさん」

皮肉のつもりだったピエッチェ、そう解釈したかと呆れている。


「あのヤギは死にかけていたのを偶然見つけました。放っておいても魔物になっていたと思いますが、少しお手伝いしたんです。『魔物になるのを手助けしてやる。その代償に、魔物になったら使える魔法を共有させろ』と――先ほどお見せした部屋の様子が変化する魔法はあのヤギから横流しされたものです」

(ゴゼ)()(ュス)と同じ魔法だと思ったのは間違いじゃなかったか。


「コゲゼリテの大浴場の――」

(それはやめたほうが……)

「女神の娘像を魔物にしたのもあなたですよね?」

途中でクルテが止めに入ったが怒鳴り声ではなく、そのまま最後まで言ってしまったピエッチェだ。


(言っちゃった……まずかったか?)

(ヤツは娘像の魔法解除を知らないかもしれない)

(判った。そのあたりは伏せておく)


「ほう、コゲゼリテに行かれたのですか?」

ジランチェニシスが嬉しそうな顔でピエッチェを見た。

「娘像はなぜか夜しか動かないのですが……動いているところをご覧になった?」


「やはりあなたですか――なぜ娘像を魔物に変えたのです?」

「あなたのためですよ、ピエッチェさん。嬉しいでしょう? 恋人が増えた」

「言っている意味が判らない」

ジランチェニシスがフフンと笑う

「あの娘像はあなたを恋い慕っている。だからあなたを探しに行けと、魔物に変えたんです。会ったのでしょう? 思いを告げられませんでしたか?」


 大浴場でクルテが言っていた。娘像は俺を探し、俺を見ている……それはこいつの魔法だったってことか? あの、変にくぐもった『だみ声』で言っていたのは愛の言葉? それにしたって、なんで俺なんだよ?


「なんて(たち)の悪い冗談……」

つい本音を漏らすピエッチェ、なんだか言い知れぬ怒りを感じた。


「冗談ではありませんよ――ここはひとつ、取引しませんか?」

ジランチェニシスが真面目な顔で言った。

「フレヴァンスを探しているのでしょう? この屋敷で元気にしています」

「返してくれるとでも? で、条件は?」


「あなたはこの屋敷で娘像とお暮らしなさい。えぇ、この屋敷はお譲りします」

ジランチェニシスは真剣だ。

「その代わり、あなたの婚約者をわたしに譲ってください」

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