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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
10章 友好と敵対

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 (カーゴ)スペースからドンクを睨みつけていたピエッチェが、再び声を張り上げた。

「魔法使いに言いつかった? よくもまぁ、そんな嘘が()けるな。それが本当だって言うなら、おまえに命令を下した王室魔法使いの役職と名を知りたいもんだ。言えやしないだろ?」


 案の定、ドンクがギョッとする。が、それも一瞬のこと、何を言ってもどうせ真偽が判るはずがないとでも考えたか。

「はぁ!? 聞いて驚くなよ! 王太子でもあられるラクティメシッスさまだ!」

んなわけない、やっぱりハッタリだ。あのラクティメシッスがおまえなんかを相手にするもんか。


「もっとも俺ごときに(じか)にご命令なんかくださるもんか。俺と話を付けたのは、警備隊との連絡係のダジャラスマさまだ――わ、判ったら、さっさと馬車を降りろ。それに屋根の上! 矢をこっちに向けるな!」

話しを付けたと来ましたか、語るに落ちたな。命じられたんじゃなく、談合したってことじゃないか。


 しかも警備隊との連絡係って、おまえ、そりゃあ、役職じゃないぞ? まぁ、下っ端なのはよく判った。王室魔法使いってのも怪しいもんだ。下働きに雇われているだけなのかもしれない。


 キャビンの上ではクルテが狙っていた弓を下げて、ニヤニヤ笑っている。だが弓を手放したわけではない。すぐに(つが)えられるよう矢をあわせ持っていた。それでも少しは安心したのか、

「早く降りて来い! 俺を待たせるな!」

ドンクが少し強気になった。声から震えが消えている。


 悪党の親玉に納まってはいるが、ドンク自身は大して度胸も腕っぷしもないのがよく判る。ちょっと()はし()いて口先が達者、それを生かして『本当の』実力者や役人に取り入って()し上がった。いわば虎の()()る狐、それなのに自分の実力と思い違いをしている。


 まぁ、そんなヤツはどこの街にも居るもんだ。特に中堅都市には多い。小さな村では村人同士が相互に監視してるから悪党は住みにくい。国が力を入れる大都市では警備兵の目が光っているから生きずらい。


 もし大都市に悪党どもを(ぎゅう)るヤツが居るならば、ソイツは裏に隠れて姿を見せたりしないはずだ。そして自分の手を汚したりしない。汚れ仕事は誰かに任せ、善人(づら)して街の名士に納まっている。だとしたら……


「さっさと降りて来い! でなきゃ、こっちから行くぞ!」

ドンクが(わめ)いて馬から降りる。それを見て、馬に乗っていた連中も次々に下馬していく。クルテの矢で馬を傷つけるのを嫌ったってことか? さては借り物だな。


 それを見て、クルテがキャビンの屋根から飛び降りた。隣に立つカッチーが『どうしますか?』と小声でピエッチェに伺いを立ててくる。

「そうだな、ここは……」

ピエッチェがクルテに頷くと、頷き返したクルテが素早く(ぎょ)しゃ台に乗り込んだ。カッチーも早い動き、(かが)みこんで足元の箱の(ふた)()ける。

「逃げるぞ!」

ピエッチェが叫ぶと同時にゆっくりと歩き始めたリュネ、ゆらゆらとキャビンがモフッサ街道に向かって動き出す。


 慌てたのはドンク、王室魔法使いに恐れをなして、ピエッチェたちが従うと踏んでいたのだろう。

「なにぃ! 逃げるな、おい!」

(うろ)えたものの、次には周囲の男たちを(けしか)ける。

「おまえたち! 決して逃すな、捕まえろ!」


 待ってましたとばかりに、ピエッチェたちに向かって男たちが走り出す。前と違って今回は、見るからに血気に(はや)った男ばかりを集めている。こいつら、本当に王室魔法使いの命令だと信じているっぽい。


 手綱を握るクルテ、それでもリュネを走らせない。リュネが楽しそうにヒヒンと鼻を鳴らす。これから何が起きるのか、リュネも理解しているのだろう。


「おい、ドンク! おまえは追って来ないのか!? 臆病者め!」

貨物台ではピエッチェがドンクを煽る。


 ムッとドンクが言い返す。 

「俺にはな、おまえと違って頼りになる連中が揃っているからな!」

それでも男たちの後ろから及び腰で近づいてきている。カッチーが箱の中から何かを手にした。


 ゆっくりと進むキャビン、駈け寄り迫る男たち、どんどん距離が縮まっていく。

「そろそろですね」

カッチーがニヤリと笑って、持っていた物をピエッチェに渡す。受け取ったピエッチェもニヤリと笑う。


「おまえら! 怪我をしたくなければ巧く()けろよ!」

予告すると振りかぶったピエッチェ、手に何かを持っているのは男たちにも判る。

(いし)つぶてだ、気を付けろ!」

誰かが叫ぶ。


 (とっ)に身を低くした男たちの頭上を越えて、ピエッチェが投げた物が宙を横切っていく。狙ったのはドンク、そのドンク、他の男と同じようには動けない。

「ぐわっ!」

飛んできた物をまともに顔に受け、悲鳴を上げてぶっ倒れた。


「顔に命中? 普通、反射的に避けるだろうが? アイツ、とことん鈍いんだな」

呆れるピエッチェ、

「こっちも行くぞ!」

カッチーが箱から出したものを次々に投げ始めた。


 数人の男が焦って後退するが、中でも屈強そうなのが

「ビビってんじゃねぇ! 石っころじゃ死なない!」

と顔だけ後ろに向けて叫ぶ。

「ぐはっ!」

その男の後頭部にピエッチェが命中させた。


「ピエッチェさん、命中率、高いですね。俺、まだ一つも当てられてません」

楽しそうにカッチーが笑う。

「どんどん投げろ、そのうち当たる」

男たちの動きを注視しながら、ピエッチェが身体を屈めて箱に手を伸ばす。


 後頭部に(つぶて)を受けた男が恐る恐る自分の頭を触る。その間にも、あちらこちらで男の悲鳴、何かが壊れるグシャッという音……


 後頭部に手をやった男がぬるっとした感触に蒼褪め、ゆっくりと手を前に持ってきて眺めた。

「なにっ?」

出血していると思ったが、手は赤くない。


「こんのヤロウ!」

男の怒り、

「ビビってんじゃねえ! ヤツらが投げてるのは卵だ!」

その声に他の男たちがあたりを見渡す。道を汚しているのは無数の卵、潰れてぐしゃぐしゃ、中には少し育ってしまったようで、なんだかヒナっぽい形の物もある。ピエッチェとカッチーが男たちに投げていたのは、クルテが卵屋で貰った処分品の卵だ。


 呆気にとられ動きが鈍った男たち、だが飛んでくるのが卵なら恐れることはないと()はや()けることすらしない。さすがに顔で受け止めはしないが、身体に当たっても気にすることなくピエッチェたちに迫りくる。だが……


「くっさぁ……」

次に男たちを襲ったのは悪臭、誰かが道の脇に駆け込んだのは嘔吐のためだ。


 卵屋に頼んでクルテは、より古い物を箱の下のほうに入れて貰った。卵は本当に腐っていたらしい。(うまや)に置かれたキャビンの中に放置され、腐敗はさらに進んでいたことだろう。


(そろそろ卵は終わりだ)

ピエッチェが頭の中でクルテに言った。ほぼ全ての男たちが卵の洗礼を受け、ぬるぬるベトベトくっさくさな状態、戦意を喪失している者も多い。


「掴まれ、カッチー」

自分も手すりに掴まりながらピエッチェが言った。ヒヒンとリュネが(いなな)いて、キャビンは軽快に動き出す。もうゆっくりと歩く必要はない、早駆けだ。ドンクの手下どもが懸命に走ったところで追いつけやしない。追うなら馬でだ。


「ちっくしょう!」

やる気をなくしていない誰かが悪態をつく。それでもすぐには追っていけない。悪臭を放つべちょべちょの身体、借りた馬に乗るわけにはいかなかった――


 ギュリューでの夕食は、マデルがラクティメシッスのプロポーズを承諾したレストランで摂った。(はす)向かいの宿に、今夜の部屋は確保してある。


 レストランはあの時と違って千客万来、空席はなかったがピエッチェたちを見た店主に『住まいのほうで申し訳ないのですが』と奥に来るよう促された。

「あの時のお礼をしていません。今夜は招待させてください」

遠慮しようと思ったのに、クルテが『何をご馳走してくれるの?』と店主について行ってしまった。


 あの時は羊肉しか用意できなかったが、今では牛肉も鶏肉もあると聞き、

「鶏肉……今日は食べたくないなぁ」

カッチーがクスリと笑った。


「わたしは果物があればいい。あとはお任せします」

クルテが言えば、

「みんな同じメニューで」

とピエッチェが補足する。ご馳走になると判っていて、あれがいいとは言えないのがピエッチェだ。


 通されたのは住居のダイニング、粗末な感じはしないが住人の生活の慎ましさを感じさせる雰囲気が漂っていた。


 店主とその女房は、二人揃って一通り挨拶すると

「本来ならお相手をするものなのでしょうが、店がありますので」

残念そうな顔をした。

「お気遣いなく。繁盛しててよかったと思ってるんです」


 そのあとは料理を運んでくるだけの二人、いちいち余計な話をすればピエッチェたちも気を遣うとの配慮だろう。できるだけ『通常の』接客を心掛けているように見えた。


 マデルが

「ドンクを懲らしめるんじゃなかったの?」

と、ピエッチェを(なじ)るように言ったのはデザートが運ばれてからだった。

「卵を顔面に受けたくらいじゃアイツ、懲りないんじゃない?」


 顔面で卵を受けたドンクが失神したことは、モフッサ街道に出たところでキャビンに乗り込んだカッチーから聞いていた。ピエッチェも同じ場所で(ぎょ)しゃ台に戻り、クルテと交代している。


「マデルはドンクが本当にセレンヂュゲの悪党どもを仕切っていると?」

ピエッチェがつまらなそうに言った。

「あんな大きな街をドンクが仕切れるとは、俺には思えない――ヤツの後ろには誰か大物が隠れてる」


「あ……でも、その大物って誰よ?」

「そんなの()ものの俺に判るもんか――ラクティメシッスが目を光らせているセレンヂュゲで、ドンクが好き勝手していること自体が不自然なんだ――アイツ、泳がされてるんじゃないかな?」

「泳がされてるって、ラクティメシッスさまにってこと?」

「そう、狙いは後ろにいる大物、ソイツを釣り上げる餌がドンク――だからドンクを潰すのはまずいと思った」


「その大物が支配してるのってセレンヂュゲだけかな?」

ゼリーに閉じ込められた角切りの桃をスプーンでほじくっていたクルテがポツリと言って、桃を口に入れた。

「桃だ……さいころみたいに切られた桃」

食うまで判らなかったのかよ?


「手順も大事だけど見た目も大事。見た目を変えれば、もともとなんだったのかが判らなくなる……こともある」

「クルテ、何が言いたいの?」

堪らずマデルがクルテに訊いた。クルテはマデルを見もせず続けた。


「でも一番大事なのは? 自分で考えろ」

こいつ、頭大丈夫か? 相手がクルテじゃなかったら、ピエッチェはそう言ってしまうだろう。でも、相手はクルテだ。巧く説明できていないだけだ。


「セレンヂュゲ以外もソイツが仕切っているとしたら?」

ピエッチェがクルテに問う。一つずつ丁寧に訊けば、きっと真意に辿り着ける。


「例えばギュリュー。この店の前の持ち主も関わっているかも」

クルテがニヤリと笑った。

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