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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
10章 友好と敵対

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 ピエッチェの予測通り昼過ぎには雨もやみ、雲の切れ間から差し込む光がキラキラと水滴を輝かせた。それも暫くのうち、あっという間に雲は去り、青空が広がった。夏を思わせる陽光は、雨が降ったのは気のせいだとでも言うように、どこもかしこも乾かしていく――


 宿の部屋に戻ると真っ先に濡れた服を着替えた。クルテは、買い物には女物の服で行ったのに男物の服に変えた。編んでいた髪も解き、後ろで一つに束ねている。


「今の気分は男物?」

(から)うピエッチェに、

「髪を編んでくれる人がいない」

クルテが拗ねる。どうやらクルテは、女物の服装の時、髪を編んだり結ったりしないと気が済まないらしい。


 買ってきた茹で卵を食べ、ビワを食べ、さらに二つ茹で卵を食べてお腹がやっと落ち着いらたしい。一緒に食べろと言うので、ピエッチェも茹で卵を一つ食べた。


「残りは一人一つずつ」

「計算が合わないぞ」

「カッチーは二つ追加」

カッチーだって、三個はきっとうんざりするよ。


 花籠を眺め始めたクルテ、ピエッチェはこれと言ってやることがない。ソファーでのんびり、クルテを眺めていた。


 今日の花籠は華やかだ。ピエッチェでも知っている花も入っている。


「ん? このユリ、おしべが()しくないか?」

「花粉が服につくと取れないから、おしべの先を取るって花屋が言ってた」


「ジギタリスって有毒じゃなかったか?」

「食いたいのか?」

「誰がだよ?」

ムッとするピエッチェに、クルテがニヤッと笑う。


「それはガーベラだろう? 色によって印象が変わるな」

「これはガザニア」

「なにっ!? 違ったか?」


 クスッと笑ったクルテが花籠から視線をピエッチェに向ける。

「どうかした? 花に興味を持ち始めたみたいだけど何かあった?」

別になんもないよ……退屈してるだけ。


「いや……おまえ、随分と花が好きみたいだからさ、俺も少しは知っといたほうがいいかと思って」

意味が判らないのか、クルテが首を(かし)げる。


「おまえが好きな花を、俺も好きになりたいなってことだよ。これで判るか?」

「判るような、判らないような?」

「判らないなら判らなくていい」

「怒った?」

「怒ってない!」

口調は怒ってる。クルテがニヤッとした。


「庭に好きな花を植えていいって言ってたけど、木を植えるのはダメ?」

庭って、王宮の庭のことか?


「植えたきゃ植えろ。って、自然のままがいいんじゃなかったのか?」

「木はなかなか育たないから――果樹って植えてある? ブルーベリーは伐られちゃったんだよね?」

忘れっぽいくせに、ヘンなことを覚えてやがる。


 何かあったかなとピエッチェが考えているうちにクルテが言った。

「庭に植えるのがダメなら山に植えていい?」


「山に? 植えるのも世話をするのも大変そうだぞ?」

「だけど収穫できれば嬉しいよ。なにしろ食べられる」

大して食べないくせに、食べるのが好きだなぁ……イヤ、果物はモリモリ食うか。


「何を植えたいんだ?」

「ザジリレンの山に植えるならミカンがいいかな? よく育ちそう」

「ザジリレンの気候はミカン向けか?」

「山の南斜面にミカンの花が一斉に咲いてる風景を想像すると楽しくなる」


「ミカンの花ってどんななんだ?」

「ジャスミンに似てるよ。で、ミカンの香りがする」

ジャスミン――地味な花だな。


「しかし……山一面のミカンなんか、食いきれないぞ?」

「一人で食うと思うな」

って、誰と食うんだよ? 二人でだって食いきれない。


「ミカンもいいけどオリーブもいいね。ブラックベリーとかグーズベリーは北斜面でも育つ」

「山を果樹だらけにする気か?」

「宝の山だね」

そう思うのはおまえだけなんじゃ? 想像するだけでおまえ、(よだれ)を垂らしてないか?


「でもさ、果物だけじゃ飽きちゃう……肉も食べたいな」

「肉は木には生らないぞ」

「それくらい知ってる――(やま)すそを牧草地にして牛や羊を飼う。肉が食べられるうえ、乳も貰える。乳が貰えたらそのまま飲んでもいいけど、バターやチーズを作る。ヨーグルトもいいね。鶏は庭でも元気いっぱい。牝鶏に卵を産ませよう」

「おまえ、まさか、もう腹が減ったのか?」

「そうなのかな? 違うな、多分」


 コイツが『多分』と口にするって事は、何か思惑があるんだろう。いったい何を考えているんだ?


「そろそろマデルたち、帰って来るかな?」

急にクルテが話を変えて、立ち上がる。

「ベランダで見てる」


「ベランダで見てたって、戻りが早くなるわけじゃないぞ?」

「帰ってくれば判る。そこが肝心」

いち早くマデルの帰りが知りたいってことか? ピエッチェが腐れ卵を思い出す。マデルが戻ってくれば判るって言っていた。


 ピエッチェを気にすることなくバルコニーに出たクルテ、なぜかニコニコしながら街を眺めている。


 すでに陽は傾き始め、日没も近い。マデルの帰りが思っていたよりも遅いのは、ラクティメシッスに会えたからなのか? 暫くソファーでボーっとしていたが、結局ピエッチェもベランダに行った。一人じゃ余計に退屈だ――


「来た……」

クルテが呟いたのはとうに陽が落ちて宵闇に包まれるころ、

「お(なか)()いた――下で待ってて食事に行こう」

クルテがすぐに部屋を出てようとする。


「待てって! マデルは着替えなきゃ。あの服でそこら辺に行くのはまずい」

「あ……盲点だった」

盲点ですか? ピエッチェがニヤッとする。相変わらず、言葉遣いがユニークだ。


 馬車を降りたマデルとカッチーが宿に入ってくる。それでもクルテは下を見続けていた。つられてピエッチェも街を見る。


「あれ?」

「気が付いた?」


 馬車が来た方向から来ていた二騎が、途中で止まると(きびず)を返した。まるでマデルの宿泊先を確認するためについてきたみたいだ。

「気が付いたって?」

ただの偶然だと思いつつピエッチェがクルテに問う。


「マデルをつけてきたんだと思う」

「なんのために?」

「どこに泊まっているかを確認するために」

だから! なんのためにマデルの宿を知りたがる?


「セレンヂュゲの王室魔法使いがほとんど留守なんだと思う」

「えっ?」

「残っているのは下っ端ばかり。マデリエンテ姫の顔を知らない」

ってことは?


「マデル、偽物だと思われた?」

「その可能性もあるかと思ってる」

なるほど……でも腐れ卵はどう繋がるんだろう?


「可能性()ってことは、他には?」

「街を通っている時、見たことのある顔を見た――あれは、駅馬車の中で絡んできたドンクだ」

「えっ? って、グリュンパで王室魔法使いに捕らえられたんじゃ?」

クルテがピエッチェを見上げる。


「マデルがグリュンパの警備兵のところに届ける手紙にグリュンパとは書かず『たびたび()()()()()()で悪さしている連中』とドンクたちのことを書いた。セレンヂュゲから駅馬車でグリュンパに来ているだけだから、本拠はセレンヂュゲ、そう判断したんだと思う――だから捕らえられた三人はセレンヂュゲに移送された」


「だったらセレンヂュゲで収監されてるんだろう?」

「マデルの見方はそこそこ正しい。きっとドンクたちはセレンヂュゲで悪事を繰り返していたことだろう」

「なおさら無罪放免されるとは考えにくいぞ」


 クルテがフフンと鼻を鳴らした。

「なぜ、悪事を繰り返す男をセレンヂュゲの王室魔法使いは見逃していた?」

「あ……まさか? 王室魔法使いもグル?」

「グルとまでは言わない。袖の下を受け取って、見ないふりをしていると考えるのが妥当」

それでも腐れ卵には結びつかないぞ?


「ドンクごときが高位の王室魔法使いを取り込めるはずがない。手懐けられるのはせいぜい下っ端――アイツ、わたしには気付かなかったがカティにはすぐ気が付いた。そして思った。復讐してやるってね」

「逆恨みってやつか。それで、どんな復讐だ?」


 と、そこでマデルたちが部屋に入ってきた。

(話はあとで……はっきりするまでマデルとカッチーには内緒のほうがいい。特にマデル、きっと疲れてる。下手に緊張させたくない)

頭の中でクルテが言って、話を打ち切った。


 クルテが言うようにマデルは疲れ切った顔で戻ってきた。カッチーはプリプリ怒っている。


「詰め所の一室に通されて、ずーっと待たされてた」

「俺なんか、中に入れて貰えず馬車で待ち続けです。護衛だからって言っても、ダメだって。どうしてもって言うんなら、マデルさんも中に入れないって……仕方なく馬車で待ってました」


「それで、ラクティメシッスには会えたのか?」

「ううん、会えなかった。王都に行ってるって。だったら管理を任された人に会いたいって言ったのよ。そしたら出かけてるっていうから待つことになった」


「それで話は聞けたのか?」

「それがね、いつまで経っても帰って来ない。いつまで待たせるのって怒ったら、ニヤニヤ笑って『さぁねぇ。何しろ高位魔法使いは全員王都に召集された、いつ帰るか判らないね』なんてホザいたのよ。馬鹿にされたもんだわ」

馬鹿にされたかどうかより、ここは無事に帰って来られたと喜んだほうがいい。


 しかも、高位魔法使いは全員王都に召集された? いったい王都で何が? それにマデルも高位魔法使いの一人のはず、なぜ召集されない? 休暇中だからとは考えにくい――いいや、そもそも高位魔法使いの招集が事実かどうかも判らない。


「ねぇ、お(なか)減った。これ以上減ったら無くなっちゃう」

クルテが情けない声で言った。


 マデルがクスリと笑い、

「お(なか)が無くなったら困るよね――着替えてくるわ」

立ち上がった。マデル、心配しなくていい。どんなに減っても腹が無くなることはない。ま、そんなこと、判っているか。


 マデルの着替えを待つ間、カッチーの愚痴を聞いて過ごした。

「ホント、マデルさんが心配で、俺、馬車で待っててもイライラしてました――」

そんなカッチーを落ち着かせてくれたのは馬車の(ぎょ)しゃだったらしい。ここは王室魔法使いの詰め所だ、おまえのご主人が酷い目に遭うことはないよ……


「そりゃあ、いくらなんでも王室魔法使いがマデルさんに乱暴するとは思ってないけど。なんだかね、イヤな予感がしたんです」

「イヤな予感?」

「詰め所の受付で用件を言った時、マデルさんを馬鹿にするようなことを言われました。マデリエンテ姫がセレンヂュゲに居るはずがないって。見れば本物なら判るはずだとも言われました」

「なんだよ、それ? 本物を見ても判らなかったんだろう?」

「ですよねぇ」


「夕食はどこに食べに行く?」

話の流れを無視してクルテが言った。そこまで空腹か?


「そうだな……何が食べたい?」

ピエッチェが尋ねると、小さな声でカッチーが『愚問ですよ』と笑う。


「わたしは果物があればそれでいい――だけど、今日は居酒屋に行きたい」

「なんだよ、ワインで酔っぱらったのに酒が飲みたいって?」

「わたしは飲まない。でも、きっとマデルは飲みたがってる」

そうか、そう言うことか……

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