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コゲゼリテを出たのは夜明け直後、ギュリューで遅い朝食を摂り、セレンヂュゲに付いたのは日没の頃だった。
まずは宿をとり、それから夕食を考えることにした。うかうかしていると空室が無くなるかもしれない。クルテが体調を崩した時に利用した宿に行くと空室も、リュネを預ける厩もあった。
「ルームサービスはやってないんだよね?」
「はい、一階のレストランでお願いします――お茶はフロントに言っていただければいつでもご用意いたしますよ。ご自分でお部屋に運んでいただきますが」
ピエッチェに答える受付係は前回と同じ人物だが、ピエッチェたちを忘れているようだ。
ところが、
「お茶請けは干しリンゴだけ?」
とクルテが尋ねると、
「今の時期は冷やしたスイカになります。クッキーはジンシャー、キャンデーはレモンとミントです。お茶ではなくレモン水のご用意もできます――前回お越しの際は大変でしたね。今度こそセレンヂュゲを楽しんでくださいませ」
と微笑んだ。
スイカに喜んだクルテが山盛りで頼み、苦笑した受付係がすぐに用意する。それをカッチーが持って部屋に向かった。部屋は三階、クルテが風邪を引いた時の真上で作りは全く同じだった。
部屋に入るとすぐにソファーに座り、カッチーがテーブルに果物の皿を置いてくれるのを嬉しそうに待つクルテ……ところが皿の覆いが取られると急に笑顔が消えた。じっと皿に盛られたスイカを見詰め不思議そうな顔、果物には速攻で手を伸ばすのに、目の前に置かれても睨みつけているだけだ。今日は何を言い出す? そんなクルテに冷や冷やするピエッチェ、カッチーはニヤニヤと見守っている。
ややあってクルテがピエッチェを見上げた。カッチーと違って、イヤな予感に顔を顰めているピエッチェ、やめときゃいいのに無視できず、
「どうかしたか?」
と訊いてしまった。
「このスイカ、四角い。それに皮もなければ種もない」
なんだ、そんな事か。
「皮を剥いて四角く切って、食べやすいように種も取ってあるだけだ」
「手間をかけているってこと? 皮はともかく白い部分は?」
「おまえみたいに白い部分まで食うのは少数派だから、取っても文句を言うヤツはいない――もういいから黙って食えよ」
すると例によって数え始めるクルテにカッチーが取り皿を渡した。
いつもならクルテの言葉に笑うマデルが溜息をついた。
「わたしはお茶だけでいい。食欲、ないのよ」
顔を見交わすピエッチェとカッチー、
「じゃあマデルは一切れ」
クルテが気にする様子はない。
「きっとこのスイカは甘い。一切れ食べて、もっと欲しくなったらあげるから遠慮するな」
「クルテが言うならそうする」
少しだけマデルが微笑んだ。
昨夜もラクティメシッスは鏡を覗かなかったらしい。ピエッチェとクルテがパーティー会場から帰ったと知ると、マデルもすぐに屋敷に戻ってきた。酔ったクルテを心配したのだろう。
庭でダンスを楽しむピエッチェとクルテを見ると暫くクスクス笑っていたが
「わたしは寝るわ」
と部屋に行ってしまった。朝、腫れた目を『寝不足のせい』とマデルは言ったが、泣いていたんじゃないかとピエッチェは思っている。ラクティメシッスと連絡が取れなかったとクルテから脳内会話で聞いていた。
セレンヂュゲに行くと聞いて喜んだのはカッチーだ。
「セレンヂュゲって都会ですよねぇ。あんなところに住めたらワクワクしっぱなしな気がします」
ローシェッタでは王都ララティスチャングに次ぐ都市、確かに賑やかで華やかだ。だがカッチーが別のことを考えていたことを、ピエッチェはクルテとの脳内会話で知っている。
(時間が取れれば医者を探そうと思ってる)
(サラスンのために?)
(サラスンの母親のために――グリュンパよりいい医者がいるはずだって)
(そりゃあ、セレンヂュゲのほうが都会だし、いい医者もいるだろうが……)
人間たちの思惑を知ってか知らずか、リュネは軽快な足取りで御者台の二人とキャビンの二人をセレンヂュゲに運んだ――
結局マデルもスイカを四切食べた。カッチーと同じだ。スイカは全部で十六切あったのだから、自分の分は食べたことになる。ちなみにクルテが『六切……』と見上げて来たので、ピエッチェは黙って自分の皿から二切取って、クルテの皿に移している。
却ってお腹が空きましたとカッチーが言い出し、夕食を宿のレストランに済ますことにした。食欲がないと言っていたマデルも、夜中にお腹が空くと困ると言って賛成した。
「さっさと食べて早く休みましょう」
早朝から起きているから眠いと言ったが、部屋で鏡を見る気なんだろう。
グリーンサラダを突きながらマデルが訊いた。
「セレンヂュゲで何をするつもり?」
飲んでいたビールのグラスをテーブルに置いてピエッチェが答えた。
「ジェンガテク湖の魔物について訊きたいと思って」
クルテと打ち合わせ済みの答えだ。
「訊きたいって、誰に聞くの?」
「できればラクティメシッスの見解を聞けないかな?――ベスク村にはグリュンパの王室魔法使いが行っただろうけど、セレンヂュゲに報告を入れてるはずだ」
「まぁ、そりゃあそうでしょうけど……会ってくれるかしら?」
「会えなかったら部下に聞けばいいさ――マデル、話しを通して貰えないか?」
「そうね。できるだけ手を打ってみるわ」
「あの魔物、何か不審な点があったんですか?」
訊ねたのはカッチーだ。実はラクティメシッスに会うための口実だが、そうとは言えない。
「俺たちが見落としていたことに気が付いていないかなと思ってさ。ギュリュー清風の丘で空き家を探すにしても、ヒントは多いほうがいい」
「清風の丘のこと、忘れてるのかと思ってたわ」
マデルが笑う。
「てっきり、コゲゼリテを出たらギュリューに行くのかと思ってたのに、通り過ぎてセレンヂュゲだって言うんだもん。本当に、行ったり来たりが好きね」
「幸い俺はそこまで忘れっぽくないみたいだ――清風の丘もそうだが、グレイズのところにも話にいかなきゃだ」
「グレイズってどこに行けば会えるのかしら?」
「あ……」
一瞬息を飲んだピエッチェが笑いだす。
「行ったり来たりに人探しばかりだな。ノホメも探さなきゃだ。まぁ、グレイズはすぐ見つかるさ」
「忘れっぽいってわたしのこと?」
スープを飲み終わったクルテがポツンと聞いた。スープ皿にはごっそり豆が残っている。
「豆は全部で十七粒。植えれば何倍にも増える……でももう芽が出ない」
豆まで数えたか? コイツけっこうマメかもしれない。
「なんでいつも数を知りたがるの?」
マデルが訊くと、
「なんでだろう? 数は大事。一番目か二番目か?」
とマデルを見た。
「それって数じゃなくって順番?」
「順番……手順のこと? 手順が大事ってマデルに教わった……部屋にはまだ戻らない? なんかね、半分眠ってる気がする」
慌てて食事を済ませ部屋に戻った――
部屋に戻るとマデルとカッチーはさっさと寝室に入ってしまった。日の出前には起こされてコゲゼリテを出てきたのだ、眠くもなる。キャビンで少しは転寝くらいしたかもしれないがカッチーはともかく、マデルは鼾に悩まされ眠れなかっただろう。もっともマデルは眠気よりも鏡に用があってのことかもしれない。
半分寝てると言ったクルテはマデルとカッチーが寝室に入るのを見届けるとベランダに出てしまった。
「眠いんじゃなかったのか?」
欠伸交じりはピエッチェだ。
手すりから下を覗き込むクルテ、振り返ると
「一階違うと景色も違うね」
ニコッとピエッチェに微笑む。
笑顔にドキッとしたピエッチェ、
「ん、まぁ、そうかもしれないな」
クルテと並んで街を見降ろした。
「結構高いな。落ちたら大怪我しそうだ」
「わたしは落ちたりしないから心配無用」
宙に浮くことができるんだから、まぁ、落ちたりしないよな。
「でもさ、人間になったら気を付けないとね」
探るような目で、クルテがピエッチェを見た。
「ひょっとしたら魔力が無くなるかも……そしたらわたしは不要になる?」
何を言い出すのやら……
「大抵の人が魔力を使えない。たとえ潜在的に能力があっても、本人さえ気付かないことが多い。人間に成ったらおまえの魔力が消えるかどうかは判らない。おまえが判らないんだ。俺に判るはずもない」
「それで? 魔力のない人間に成ったら?」
「魔力を使えるからって、おまえのそばに居るわけじゃないよ」
「そんなことは聞いてない」
割とクルテは必死なようだ。
「わたしは必要なくなる?」
なんでコイツはそんなふうに考えるんだろう? そしてふと思い出す。
一緒に行動するようになったきっかけはネネシリスだった。俺はネネシリスへの報復、クルテはゴルゼの再封印を目的として動き出した。二つの目的はしょせん同じ、協力しない手はない。その点を考えればクルテの魔力は魅力的だ。だけどクルテ、今の俺はネネシリスやゴルゼのことが無くても、おまえと一緒に居たいと願っているんだぞ。
「おまえは……ゴルゼを封印したら俺は不要と考えているのか?」
ピエッチェが問い返す。するとクルテが顔を歪めた。見開いた目に見る見る涙が溜まっていく。
「おい……」
狼狽えるのはピエッチェだ。
「おい、なにも泣くことなんか――」
「カティが意地悪言うから」
「意地悪って……おまえが俺に訊いたことをそのままおまえに言っただけだ。それともおまえ、俺に意地悪を言ったのか?」
「意地悪なんかカティに言ったりしない」
「俺だってそんなつもりはない。でも、うん、判ったからもう泣くな……おまえにあんなことを訊かれて、俺がどんな気持ちだったは判ってくれたんだろう?」
「カティも悲しかった?」
おまえは悲しかったってことだな。
「悲しいってより、情けないって言ったほうがあってる」
「情けない?」
「どんな思いで俺がおまえと居るのか、どれほどおまえを好きなのか、少しも判ってくれていないのかって寂しかった」
「それが情けない?」
これ以上どう説明していいのか判らない。
そっとクルテを抱き寄せ抱き締める。クルテが抱き返してくるのを感じた。
「俺がおまえのことを誰よりも好きで、とっても大切に思っていることは判っているよな?」
胸元でクルテが頷く。
「だから一緒に居たい。おまえが魔力を使えなくなったって、俺がおまえを好きなのは変わらない。魔力が使えるからおまえと一緒に居るわけじゃないんだ……これで安心したか?」
ピエッチェの囁きに、クルテが今度は頷かない。
少し考えてから再びピエッチェが囁いた。
「俺はおまえといると心が満たされる。だからおまえが必要だ」
クルテがギュッとピエッチェを抱き締めた。
「判った。カティにはわたしが必要」
それで……おまえに俺は必要か? そう訊きたいのを、ピエッチェはグッと抑えた。




