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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
9章  女神の約束

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17

 脱衣場にはロッカーが数列並んでいた。幅が狭く、中に入れられるのはせいぜい一人分のロッカーは、簡易的な鍵が付けられていた。


「ロッカーの中も(あらた)めるか?」

「この幅じゃあ、娘像は(はい)れそうにない」

見なくていいってことか。


 ロッカーは左右の壁沿いのほか何列かに並べられている。その間に娘像がないことを確認しながら、浴室へと向かう。

「ロッカーの(はざ)を見る必要があるか? 見渡す限り像は見えないぞ?」

「横たわってるかもしれない」


 娘像の材質がなんであれ、硬質なはずだ。横たわるというよりも倒れているが当たっている。いや、待て、女神像は動く。歩いて移動しているのだとしたら少なくとも関節は曲がる。自分の意思で横たわることもできる……のだろうか?


 浴室のドアも開け放たれていた。近づくにつれ室温と湿度が高まるのを感じる。浴場入り口に立つと上から少しばかり冷たい空気が流れ込んでいた。換気と浴場から出てきた客の()りを納めるためだろう。


「同時に何人くらい、客を入れるんだろうね?」

「百人は行けそうだな」


 待合室と同じくらい広い浴室には手前の壁際にはシャワー、奥に湯舟がある。浴槽も一つではなく、左右にやや小さめのもの、中央はどんと大きなものと三つに区分されている。小さめの浴槽は泡立っている。シャボンが入れてあるようだ。そこで身体を洗い、シャワーで落とすのだと判る。


 見応えがあるのは中央の大きな浴槽だ。これも一つとは言い難い。一番奥はずんと高い場所にあり全部で四段、両脇に設えられた階段で上っていくようになっている。温泉が注ぎ込んでいるのは最上段の浴槽、溢れた湯が下へ下へと流れ込むよう幾つかの切れ込みがある。最下段は左右の小型浴槽に流れ込んでいる。

「最上段から下に行くにつれて湯の温度が(ぬる)くなる仕掛けだ」

ピエッチェが呟いた。


 洗い場には壁にシャワーがある以外何もなく娘像がないのは一目瞭然だった。

「最上段まで行って浴槽を覗いてこい」

「それはいいが……シャボンの浴槽はどうする気だ?」

温泉は透明、浴槽に何か沈んでいてもすぐ判る。が、シャボンの浴槽はシャボンが邪魔をして底までは見えそうもない。


「栓を抜けばいい」

「うーーん……仕方ない、そうするか。このシャボン、魔法だな。どんどん湯が注ぎ込まれてるのに消える様子がない」

「女神の魔法、健康増進効果を付加してある」

クルテが詰まらなさそうに言った。


 栓の在り処はすぐ判った。洗い場側の下のほうに、木の杭が討ち込まれていた。繋げられた鎖を引っ張れば抜けそうだ。引いてみると少し抵抗はあったものの、割と簡単に抜け、中の湯がザーーッと流れてきた。


「防水の靴にすればよかった」

クルテのボヤキを無視して中央の浴槽脇の階段を駆け上るピエッチェ、降りてくるときはじっくり浴槽の中を見た。


 下まで降りてくると左右の浴槽の湯は抜けきっていたが、(あら)たに注ぎ込まれる湯で泡は消えていない。


「泡の高さは手首ほど、凹凸もなく平坦。娘像はありそうもない」

クルテが小型浴槽を覗き込んで言った。


「そうだな、ちょっと無理そうだな――次は女湯か?」

木の杭を()め込みながらピエッチェが答えた。出てくる湯の跳ね返りでびしょ濡れになりそうだ。


「ふぅん……女湯が見たいんだ?」

「なんでそんな言い方するんだよ?」

「いいんだよ、女湯が見たいなら見に行っても」

「だから!」

「見たいんだろう、女湯を?」

「見たいわけじゃない」

「そっか」

クルテがニマリと笑う。

「では、先に二階に行こう」


 一階の待合室は受付の後ろのドアを入るが、ドアとは別に階段があり、その階段を上れば二階だ。別料金になっていて、貴族はたいてい二階を利用するらしい。


 階段を上りきると広間を見降ろせる踊り場、中央には奥に向かう広い通路、通路の中ほどにある、窓がカウンターになっている小屋は売店だ。小屋の中にキッチンがあって、窓越しに商品と代金の受け渡しをするとババロフが言っていた。


 中央の広い通路には両側にドアが並んでいる。貸し切りにできる個室だ。他人と同じ湯を使いたくない人のための設備だ。


「ドアが全部開けっぱなしだ……」

個室のドアが全て全開だった。クルテが売店に行きドアを開けようとしてピエッチェを見た。

「鍵が掛かってる」


 ピエッチェが通路を見渡して言った。

「娘像の仕業かな?」

クルテは何も答えない。


 魔法で開けたなら女神の娘像、でも魔法の痕跡はない。娘像が人間と同じように動けるのだとしたら、ドアを開けたのが娘像か人間なのかは判断つかない。クルテにしてみれば、『そんな事、判っているのだろう?』って感じか。


 ひょっとしたら、と不意にクルテが言った。

「娘像は何かを探しているんじゃないか?」


 ふふん、とピエッチェが答える。

「その探し物は『出口』に一票」


「出口? なるほど、森に帰りたがっているとでも?」

「なんで森になるんだ?」

森に帰りたい、なんておまえの口から聞きたくない――ピエッチェがムッとする。


「ただ単に外に出たいだけなんじゃないのか? いくら女神の娘像だと言っても、像は像だ。女神の娘じゃない。そのあたり、切り離したほうがいい」

「それもそうか。カティの言う通りかもしれない。でも、外に出て何をしたいんだろう? あぁ、魔法を掛けたヤツの役に立つなにかか?」


「もしそうだとしたら、魔法を解除しないわけにはいかなくなるな」

「そうだね……」

考え込むクルテ、ピエッチェが溜息をつく。


「何か気にかかるのか? まさか娘像を壊すのはイヤだとか言わないよな?」

ババロフに念を押していたじゃないか。最悪、女神像は諦めて貰う……


「そんなんじゃないよ――いやさ、(ゴゼ)()(ュス)のことを思い出してた」

「ヤツがどうかしたのか?」

「なぜ魔物になったのかを訊けばよかった」

「長生きし過ぎると魔物になることもあるって言ってたじゃないか」

「リュネみたいに強い思いが生物を魔物にすることもある。ゴゼリュスも去っていった木こりを求めて魔物になった……あの時はそう考えた」

クルテがピエッチェを見上げた。


「なぜコゲゼリテなんだ? ゴゼリュスが居なくなってさして経たないうちに大浴場の女神の娘像が魔物になった――森の女神はどこからか来た薄気味の悪いヤツの魔法で、娘像は魔物にされたと言っていた。女神の娘像ならばあちこちにある。なのに、わざわざコゲゼリテまで来て魔法を使ったってことだ。なんでコゲゼリテを選んだんだろう?」

「……たまたまコゲゼリテに来て、目に付いた娘像に魔法を掛けたとか?」

違うと思いながらピエッチェが答えた。


「もし、偶然ではなく意図するものがあるとしたって、俺たちがあれこれ考えたって答えは出ない――今はできることをするしかない。まずは個室を調べてみよう」

「無駄なことをなんでしたがる? この階には居ない。判ってて言うな」

ツンとクルテが踊り場に向かい、チッとピエッチェが舌打ちした。


 女神の娘の像は女湯に居た。一階の待合室に入った途端、気配を感じた。それなのに男湯を見ようとクルテは言った。何か理由があるのかもしれない。だからクルテに従った。


 男湯を見た後、女湯を見ようと言ってもクルテは(から)うようなことを言って避けた。よっぽど、娘像は女湯にいるじゃないかと言おうかと思ったが、やっぱり言わなかった。なんの理由もなく、クルテが娘像を避けているとは思えない。


 踊り場でクルテが階下を見降ろした。

「床が濡れているな」

見ると広間の床には手前から玄関扉に向かって光の筋ができている。扉の前に少し大きな水たまりがある。


「わたしたちが二階にいるうちに玄関扉まで行って、同じ場所を通って……」

クルテが身を乗り出して真下を覗き込む。

「待合室に戻ったのかな?」


「どうだろうね……娘像、出かける前に女湯で身を清めたか?」

クスッと笑うピエッチェに、クルテがイヤそうな顔をする。


「行き先は恋人のところだって言いたそうだ」

「おや、デートの前には身を清めるものなのか?」

意味が判っていながら()()()()()ピエッチェを、クルテが睨みつける。が、すぐに溜息をついて、

「おまえはつくづく馬鹿だな」

と、階段を下りようとする。


「おい、待て!」

慌ててクルテの腕を掴むピエッチェ、振り解こうとするクルテ、だが、一瞬で動きを止める。


「出た……」

「そのフレーズ、好きなのか?」

階段の下には無表情でこちらを見上げる女神像、呆気に取られて見詰めるクルテ、ピエッチェも娘像を見ながら呟いた。


「おまえ、気配を感じてなかったのか?」

「今は気付かなかった。娘の像の気配は現れたり消えたりで一定していない」

「えっ? 俺はずっと感じてるぞ?」

思わず娘像から目を離してクルテを見るピエッチェ、クルテは娘像を見つめ続けている。


「取り敢えず退(さが)ろう……娘像はおまえを見ている」

「俺を? こっちを見てるのは判るけど?」


 娘像の見た目はどう見ても像だ。しかも無彩色、目はあるがのっぺりとしてるだけで虹彩までは表現されていない。だから、顔をこちらに向けているのは判るが視線がどこにあるかは判らない。


 娘像は一段一段じっくりと踏みしめるように階段を上ってきている。身体の動きは人間と同じ、だが、彫り込まれた服の(ひだ)に揺れは見えない。後ろに(なび)かせた髪も揺れてはいない。素材はどうやら(せっ)こう、動きはするものの、身体は石膏のままなのか?


 踊り場の中央、売店のある通路の前まで後退して娘像の様子を窺っていると、頭が階段の(きわ)に見え始め、ズンズンと一段上るごとにそこから下が見えてくる。


「俺たちから隠れる気はなさそうだな」

「案外、探されていたのかも?」

「俺たちを探してた?」

「わたしたちではなく『おまえを』だ」

「俺を?」

「身に覚えは?」

「あるはずがない!」

ムキになるピエッチェ、クルテがクスリと笑う。


「まぁ、これから娘像が何をするのか見ていよう。対処を考えるのはそれからだ」

「随分と(ゆう)ちょうだな」

「魔法を掛けたヤツの狙いを知りたいと思わないのか?」

「女神が吐くかな?」

「そこは話の持って行きようだ」

なるほど、

「それじゃあおまえに任せるよ」

ピエッチェが苦笑する。おまえは相手の心が読めるのだろう? だったらどの方向に話しを進めればいいか、手に取るように判るはずだ。


「ところがそう簡単でもない」

今度はクルテが苦笑した。

「どうにも娘像の心が読めない。心があるのかさえ判らない」


「ふむ……」

気配も現れたり消えたりすると言っていた。それと関係するんだろうか?


「階段を上りきった。ずいぶん時間がかかったな」

同じ高さに立ってみると娘像は背が低い。クルテと同じ程度か?


「むっ……」

つい(うな)ったピエッチェ、虹彩のない目が自分を見たと感じた。


 そして娘像の唇が動き、声らしきものが響いた。

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