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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
9章  女神の約束

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 甘やかすなと、言いたくなるのはある種の焼きもちなのかもしれない。自分はいいけれど他人だと面白くない。そんなところだ。


 俺とは少し傾向が違うけれど、マデルがクルテを好いているのは間違いない。こんなヘンなヤツが好きだなんてマデルも変わっていると思う。でも、それを言ったら俺は(だい)へんじんってことになる。そしてカッチー……


 カッチーもクルテを好いている。反対に、俺もマデルもクルテも、カッチーを好いている。カッチーがいないことに欠落を感じているがそれを口にしないのは、言ってしまうと寂しさが(いや)すからだ。実感として迫ってくるからだ。


 カッチーが戻らないままババロフとの約束の時刻になった。三人で行くしかないと玄関を出たところでマデルが言った。

「先に行ってるのかもしれないよ」

施錠するマデルを待っていたピエッチェが答えた。

「そうだな。帰ってから心配かけるんじゃないって説教だな」

珍しくクルテは先を歩いている。


「ババロフの前で叱っちゃえば?」

歩き始めたマデルがクスッと笑う。

「昔馴染の前で恥を掻かせれば、カッチーも猛省するんじゃない?」

すっかり暗くなったコゲゼリテ、道を行き交う人はまばらだ。


 マデルと並んで歩きながらピエッチェが答えた。

「いや、それはやめたほうがいい」


「やっぱりピエッチェは優しいわね」

「優しいわけじゃないよ。()まえで叱れば、叱られるほうは羞恥が邪魔をして肝心の話が上の空になる可能性がある。それじゃあ叱る意味がない。反省を促せないばかりか、下手をすれば反感を買うだけだ」


「ピエッチェってさ、いつもそんな事を考えてるわけ?」

マデルが呆れる。

「本音って言うか、感情のままに行動するってことはないの?」


「いや……」

クルテにも同じようなことを言われた。

「子どものころから、感情的になるなって言い聞かされてるから」


「つまんないヤツって言われたことはないの?」

マデルは辛らつだ。

「自分だって、それじゃあ窮屈でしょ?」


「うーーん、つまらないヤツだとは思われているかもな」

「おやま、認めちゃうんだ? ま、わたしはそう思ってないけどね」

「なんだ、それ? 自分で言っておきながら否定するんだ?」

苦笑するピエッチェにマデルも笑う。


「面白いかどうかって訊かれるとなんとも言えないけどね。少なくとも優しいし、いいヤツだと思ってる」

「マデル、それ、つまんないって言ってるのとどう違うんだ?」


「クルテが立ち止まった……焼きもち妬かれないかしら?」

「マデルと二人で話してるって? それはないな。あそこがババロフの宿だ」

二人が追い付くと、『歩くの遅すぎ!』クルテが頬を膨らませた――


 ババロフの宿(と言っても厨房)に入っていたのは僅かな時間だった。


 勝手口から入っていくと、すぐそこにババロフはいたが、

「すまない、今日は都合が悪くなった。せっかく来てくれたのに申し訳ないが、またにしてくれ」

顔を見るなり言ってきた。なんでも連絡もなしに出勤してこない従業員がいて、(てん)()まいらしい。


「いやあさ、母親と二人暮らしの娘でね。その母親が病気でさ、ひょっとしたら具合がよくないんじゃないかって心配なんだけど、見に行ってやる余裕もなくてね」

「そりゃあ心配だね――手伝いたいところだけど、俺たちじゃ宿の役には立ちそうもないな」

「あぁ、気持ちだけで充分さ。明日、こっちの都合を知らせるよ……ん? カッチーは一緒じゃないのか?」

「ってことはここには来てないんだな」


「なんか、昼間もピエッチェさんがカッチーを探してるって聞いたけど、あれから見つからないのか? あのバカ、何してるんだ?」

「イヤ、今回は休暇でここに来たんだから、好きにしてていいんだ」

「休暇かぁ、カッチーを大事にしてくれてるんだね。ありがたいことだ。だけど用があって探してるんじゃないのかい?」

「大した用事じゃないよ。ただ、夕食にも戻って来ないから、少し心配かな」

「なぁに、心配ないさ。アイツはコゲゼリテで生まれ育った。迷子になんかなりゃしない」


 そんな話をしながらも忙しく立ち働くババロフ、他の従業員も慌ただしく動き回っている。長居は迷惑と、早々にババロフの宿をあとにした。


 カッチーを探しに行こうかとマデルが言ったが、行き違いになっているかもしれないと屋敷に戻った。が、やっぱりカッチーは帰っていない。


「どうしたものかな……」

居間のソファーでピエッチェが考え込む。お茶でも淹れるわ、とマデルがキッチンに向かった。


 マデルが淹れてくれたお茶を飲みながら

「やっぱり少し探してみるか」

とピエッチェが呟いた。


「そうね、何かトラブルに巻き込まれてたら大変よ」

マデルはすぐにも立ち上がりそうだ。それを止めたのはクルテだ。


「探したって見付からないと思う」

「そりゃそうかも知れないけど」

「昼間、墓地で会ってた子と一緒に居るんじゃないかな?」


 それは考えなくもなかった。だけど、久々に会った相手とこんな時刻まで? 大浴場の前での待ち合わせをすっぽかしてまで?


「ピエッチェは聞こえなかったみたいだけど……」

クルテが気まずげに言った。

「女の子が泣いてて、カッチーは慰めてた。きっとカッチーは彼女を放っておけない」


「ふむ……なんでそれを早く言わなかった? いや、それよりも、女の子がなぜ泣いていたかは聞こえたのか?」

どうせ心を読んだんだろう?


「お母さんが病気で、もう長くないって」

「えっ?」

マデルが驚いてクルテを見た。

「それってひょっとしてババロフのところの?」


「墓地ではそこまで判らなかったけどババロフの話を聞いて、無断で休んでいるのはあの子だったんだって思った。でも、絶対そうとは言い切れない」

「まぁ、そうそう偶然はないだろうから、同じ子だと思ったほうがよさそうだな」

ピエッチェが溜息をつく。


「だったら、ババロフにその子の家を教えて貰って迎えに行こうよ」

「マデル、それはダメだ。その女の子がカッチーを家に連れ込んだとか言われかねない」

「あ……悪い噂になりそうね」


 チッとピエッチェが舌打ちをして、何か言おうとする。が、言う代わりに溜息をついた。

「放っておくしかない。そのうちビクビクしながら帰ってくるさ」


 考えても仕方がないとカッチーのことから離れてみるものの、これと言って話題が見つからない。そうなるとカッチーの存在の大きさをいまさらながらしみじみと感じる。遠慮がちだが場の空気を読んで話を膨らませたり方向を変えたり、時には別のテーマを提供してくれていた。そんなカッチーに何度も救われていたんだと思わずにいられない。


 何を話していても、いまいち身が入らない。フレヴァンスやノホメの話もどこか虚ろになってしまう。暫くするとマデルが寝ると言って自分の寝室に引っ込んだ。気の向かない話を続けることに嫌気がさしたのだろう。


 クルテはピエッチェの隣で、いつも通り腕にしがみついているだけだ。そんなにしっかり捕まえていなくても、逃げやしないのに……


「なぁ、クルテ」

「うん?」

「おまえ、なんでこの村に来たがったんだ?」


「そろそろカッチーも覚悟を決めるときかなって思った」

「カッチーが会っている相手のことを知っていた?」

「コゲゼリテを出るとき、誰かの姿を探してた。でも見つけられなかった――こないだセレンヂュゲに向かう途中、道端で食事したよね。カッチーはコゲゼリテを気にしていた」

「うん、何度もコゲゼリテの方を見てたな。あれも彼女のことを考えてて?」

クルテはその質問には答えなかった。答える必要はないと思ったのかもしれない。


「一緒に旅に出ようとわたしたちに誘われて、カッチーが考えたのは二つ。一つはこの屋敷、そしてもう一つは騎士病になって村を離れた大事な誰か――屋敷のことは解決している。だけど大事な人のことは解決していない。カッチー自身は思い切ったと思っているようだけど、実は思いきれていない」

「騎士病だって解決している。その誰かさんも村に帰ってきたはずだぞ?」


「村を出ると言い出した彼女を引き留めるカッチーに彼女は言った。こんな村で埋もれたくない。騎士になって、素敵な旦那を見付けるんだ――カッチーは随分と傷ついたようだね」

「うむ……ん? 彼女はカッチーより?」

「うん、一つ年上」

「カッチーの片思いだとか?」

「どうなんだろうね? 幼いころからの仲良し。子どもの頃は結婚しようなんて言ってたみたいだ」

「まぁ、子どもの約束なんて、大人になれば忘れてしまうこともよくある」


「騎士病の呪縛から解けても彼女はカッチーに会いに来なかった。だからカッチーも忘れることにした。思い切ると決めたんだ。同時に、見返してやるとも思った」

「見返すってのは俺の弟子になって、いずれ故郷に(にしき)を飾る?」


「そんなところ……そしてカッチーには、マデルに恋愛のことで(から)われるたびに思い浮かべる相手がいた。きっとコゲゼリテを出るとき見返してやると思った相手だ。カッチーの気持ちは彼女から離れていない」

「だからおまえは、コゲゼリテに行って決着をつけさせようと考えたってか?」

でも、なんでこのタイミング? すべてが終わってからでいいんじゃないのか?


「このまま彼女を思い続けるのも、しっかり忘れてしまうのも、それはカッチー次第でどちらでもいい。問題なのは、強い男になりたいのは彼女を見返すためだとカッチーが思っていることだ。それが本心なのか、それともただの口実なのか、そのあたりをカッチー自身が見極めておいた方がいい」

「おまえはどっちだと思ってる?」

「そんなのカッチーにしか判らない」

クルテがクスリと笑う。


「口実は必要だ。時には自身を励ますことになる。でも、口実ではなく、ただ見返したいだけだとしたら? 見返す意味が無くなれば、目指す先が見えなくなる」

「要は覚悟が有るか無いかってことだろ? コゲゼリテを出て、俺たちについていくって決めた時には覚悟してたんじゃないのか?」


「そんなに簡単なもんじゃないのはカティだって判ってるんじゃ? 心は常に揺れ動く。だから揺れる原因は早めに取り除くか、受け入れるか決めたほうがいい」

「そりゃそうかも知れないが……」


「わたしたちはフレヴァンスが連れ去られた真相に少しずつだが近づいている。ラジの素性まであと少しだ。そしてラジは得体の知れない魔法使いだ」

「うん?」

「魔物や命のないものを思い通りに動かせるうえ、巨大化もしている」

マデルは巨大なクマのぬいぐるみと言った。アリジゴクも半端ない大きさだった。


 クルテがピエッチェにしがみつく手に力を込めた。

「ただの虫を魔物に変えている。自分を魔物に変えることもできるかもしれない」

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