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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
9章  女神の約束

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「うわぁ、なんか美味しい」

驚くマデル、

「わたしも頼めばよかったなぁ」

と残念そうだ。


 それを見てクルテもカカオソースをスプーンにとって舐め、ニンマリした。なんだかマデルに毒見をさせたみたいだ。

「うん、甘くて美味しい。不思議なコクがある」

そしてピエッチェを見上げた。

「舐めてみる?」


「イヤ、俺はいい」

「カカオソースなんて初めて。カカオって何?」

「カカオ豆ってのがあるって、さっき給仕係が言ってただろ」


「クルテ、これ、パンケーキの間にカスタードクリームも塗ってある」

マデルがケーキを切り分けながら顔を輝かせる。


 ホイップクリームにカスタードクリーム、果物……少しばかり贅沢に感じ、ピエッチェが周囲を見渡す。なんだ、客は貴族ばかりか。服や装飾品が明らかに庶民とは違う連中だ。


 マデルと自分もやはり一目見て貴族と判る(なり)をしているが、ここだとクルテは場違いなほど()すぼらしく見える。それなりの服を着せておきたい。好きな服を着ろなんて言わなきゃよかった。明日、また服屋に行くか? それとも『口の堅い』仕立屋を呼んだほうがいい?


 あの古着屋はピエッチェとクルテを知らなかった。だからクルテはあの店で買い物したんじゃないだろうか? 英雄の二人が立ち寄ってお買い上げくださったなんて、店にとってはいい宣伝になる。なんだか、それを避けたような気がした。


「ところでカッチーはどこに居た?」

マデルに問われ、クルテがピエッチェを見上げた。

「どこに居たっけ?」


 パンケーキはそんなに旨いのか? 口の周りがクリームだらけだぞ? いつもはダラダラ食べてるくせに、もうすぐ食べ終わりそうじゃないか。マデルはまだ半分も食べてないのに。


「母親の墓参に行ってた」

マデルにそう答えてから、クルテに小言を漏らす。

「クルテ、おまえ、口の周りが凄いことになってる。もう少し上品に食べられないのか?」


 クルテはムッとしたようだが指先で口元を拭った。指に付いたクリームを見ると、ニヤッと笑いパクっと口に入れた。


 おい! とピエッチェが(たしな)めるより先に

「クルテ! いくらなんでもお行儀が悪すぎる」

マデルが叱った。

「カッチーはマナーを教えなきゃだけど、クルテはお行儀を教えなきゃだ」

マナーはいいのに、行儀は悪い? なんかヘンだと思ったが、ここは口出ししないほうがいい。


 まったく気にも留めないクルテ、マデルを見て

「カッチー、女の子と一緒だった」

ニコニコ顔で言った。マデルがこれに食いつかないはずはない。クルテの行儀に(なん)があることはすっかり忘れ、

「女の子って、どんな?」

と声を弾ませる。


 ピエッチェにしても、墓地にいるとは聞いたが女の子と一緒と言うのは初耳だ。思わずマデルと同じ質問をしそうになって、慌てて口を(つぐ)む。


「結構かわいい子だったよ。ね?」

同意を求められ、見てないぞと思うが

「ん-、まぁ、な」

と合わせておく。ところが

「ピエッチェに訊いても無駄」

マデルが笑う。

「クルテ以外はみんな同じにしか見えないんだから」


「あれ? いつからそんなに目が悪くなった?」

クルテが心配そうにピエッチェを見上げるものだから、マデルがますます笑う。


「でもさ、墓地でデートって、幾らなんでもあんまりなんじゃ?」

「待ち合わせたわけじゃないんじゃ? たまたま墓地で出くわしたか、カッチーを見かけた女の子が後を追ってきたとか」

「カッチーが誘ったんじゃなくって、女の子がカッチーをってこと?」

「そうなのかな? きっとそう。遠くから見ただけだからよく判んない」

クルテはマデルに返事はするものの、皿に残ったクリームをスプーンで集めるほうに気を取られている。皿を持ち上げて舐めないだけマシか。


 クルテは頼りにならないと、マデルが標的をピエッチェに変えた。

「で、どんなだった? ピエッチェも見たんでしょ?」

見てないと言えたら楽なのに……


「クルテが言ったじゃないか、遠くから見ただけだって。邪魔しちゃ悪いから、気付かれる前に立ち去ったんだよ」

「なるほど、近寄りがたい雰囲気だったんだね」

拡大解釈されてしまった。


 しかし、

「あのさ、マデル。間違っても『一緒に居た女の子は誰?』なんて、カッチーに訊くなよ」

それが心配だ。


「あら、ピエッチェは気にならないの?」

「気にはなる。でもさ、こういうことは(つつ)かないほうがいい」

「あれこれ勝手に想像するより、はっきり訊いちゃった方がすっきりするよ?」

「俺たちはスッキリしたとしてもカッチーは?」


 するとマデルがフフンと笑った。

「ピエッチェ、ちょっと想像(たくま)しくなり過ぎてるんじゃない? 久々に会った相手なんだろうから、恋人とかじゃないでしょ? カッチーのことだもん、こっちから訊けば『幼馴染です』ってケロッと言うよ。だけど自分からはわざわざ言い出し難いもんさ」


 マデルの言う通りかもしれない。ピエッチェがムッと黙り込む。

「でも訊かないほうがいい」

と言ったのはクルテだ。パンケーキが乗っていた皿にはミントの葉が残っているだけで、ひょっとしたら使ってないんじゃないかと思えるほど綺麗になっていた。


「なんだかね、深刻な顔で話してた。だからそっとしといた。必要があればカッチーのほうから相談してくる」

マデルは不満そうだったが納得したようだ。

「クルテがそう言うなら触らないでおくわ」


 サロンを出てからは食材を買いに行った。今夜は魚料理にすると言うマデル、八百屋、パン屋と巡り、最後には魚屋と、三人で移動したが、荷物を持つのはやっぱりピエッチェだ。


 魚屋でクルテが

「死んだ魚の目……」

と呟いたので、慌ててピエッチェが店の外に連れ出した以外、これと言って問題は起きなかった。


 店から出てきたマデルがクスクス笑う。

「うちの魚は新鮮だぞ、って(おや)さん、怒ってたよ」

そりゃそうだよ。クルテは頬を膨らませてご機嫌斜めだ。

「死んでるのに生きてるみたいって言いたかったのに、邪魔された」

そりゃ、悪かったね!


 それでもマデルには機嫌よく、

「どんなお料理にする?」

と訊いている。


「大きなタイがあったから買ってきた。それとエビとアサリ。ハーブで風味付けして野菜と一緒に蒸したら美味しそうじゃない?」

「ハーブなんか買ったっけ?」

これはピエッチェ、

「買ってないけど、カッチーの家の庭にあったから」

マデルが微笑む。

「ローズマリーにタイム、セージにオレガノ……いろんな種類があったわ」


 言われてみると(うまや)と勝手口の間、中庭にローリエがあった気がする。カッチーの母親は植物を育てるのが好きだったのかもしれない。


「いつの間に庭に出たんだ?」

「昨日、着いてすぐよ。居間のテラス口から出て建物をぐるっと回ろうとしたんだけど、勝手口のほうには行けなかった。ね、クルテ?」

「建物の裏に貯水槽、その後ろは(うまや)で行き止まり。表は玄関横から塀で囲んであった」

ピエッチェを見ずに、ツンとクルテが言った。フン、拗ねてろ。知ったこっちゃない。


 居間から見える庭には沢山の花が咲いていた。雑草で荒れている感じはなく、ババロフは庭の手入れもしてくれているんだろう。

「庭でティータイムってのも悪くないかもしれないな」

カッチーの母親が元気なころは、そんなふうに庭の花を楽しんだんじゃないだろうか。


 きっと花々はカッチーのためだ。幼いカッチーを遊ばせる庭を花でいっぱいにしたかった。だから、間違って口にしても問題のないハーブを選んだ。そんな気がした。


〝庭でお茶〟に食いついたのはクルテだ。

「本当? 明日、天気が良かったら庭で朝ご飯?」

イヤ、朝食とは言ってないぞ? でも、機嫌がすっかり直っている。ならいいか?

「嬉しい! 花を見ながら朝食だなんて!」

マデルが苦笑し、

「ピクニックみたいでいいかもね」

とピエッチェを見た――


 マデルが調理を始めると言ってキッチンに行けば、物珍しそうにクルテもついていった。時どき『ウロコ! 剥がれて飛んだ!』などとクルテが騒ぐ声が聞こえ、暫くすると旨そうな匂いが漂ってきた。外を見ると陽が落ちて、宵闇に包まれている。それなのにカッチーが帰って来ない。


 出来上がった料理は大皿に盛られ、テーブルに運ばれた。真ん中にでんと置かれた大きなタイ、周囲をエビやアサリ、色とりどりの野菜に囲まれて、匂いだけでなく見た目も随分と旨そうだ。料理はこれ一皿、他には果物の盛り合わせとパンのバスケットがテーブルに置かれた。取り分けて食べるのだと、マデルが取り分け用に大きめのフォークとナイフ、スプーンを大皿に添えた。


 取り皿を配り終わって席に着いたマデルがピエッチェに訊く。

「どうしようか?」


「ふむ……」

ピエッチェが難しい顔をして少し考える。

「先に始めよう……ババロフのところに行く約束もあるし」

そう言って大皿に手を伸ばした。


 カッチーはまだ帰らない。

「そうね。ひょっとしたら先に行ってるかもしれないよね」

マデルが少し表情を明るくして言った。


「ワインでも飲む?」

「いや、訪問するのに、酒の匂いをさせてるのはな」


 最初に取り分けた料理をマデルの前に置き、次にはクルテの前に置いた。クルテはいつも通り料理の観察を始めた。だが、自分の分を取り分けたピエッチェが食べ始めると何も言わずに食べ始めた。調理するところを見ていたから、これと言って思いつかなかったのかもしれない。


 それでも

「大きなウロコがいっぱいだった。綺麗なウロコ、でも硬いから食べられないってマデルに教わった」

とピエッチェを見上げて小さな声で言った。


「おまえ、魚を焼いて俺に食わせてくれたよな。あの時、ウロコは?」

「ウロコを取るなんて知らなかったから取ってない」


 するとマデルが微笑んで尋ねた。

「その魚って川魚じゃないの?」


「そう、川で獲った魚」

「じゃあ、ウロコは小さくって弱いから焼けちゃったのよ。食べて気にならなかったでしょ?」

「美味しそうに食べてた」

はい、美味しくいただきました。やっぱりクルテの料理には用心したほうがいいのは決定だな。苦笑するピエッチェに、クルテが口を尖らせた。


 クルテが食べたのは最初の一皿だけ、ピエッチェは二皿だったがマデルは三皿食べた。その分マデルは丸パンを一つだけしか食べなかった。クルテと同じ数だ。


「あとはカッチーが帰ってきたら食べてくれそうね」

大皿にはまだ三分の一残っている。クルテが果物を食べながら、

「果物もカッチーに残す?」

と訊いた。

「果物はまだあるから、食べたかったら食べていいよ」

微笑むマデルに『甘やかすな』と言いたいが、言わないでいた。これから出かけることを考えると、揉めない方がいい……正直なところ、マデルが言わなければピエッチェが同じことを言った。


 ピエッチェが甘やかせばマデルが、マデルが甘やかせばピエッチェが、きっと苦情を口にする。そう思った。

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