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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
9章  女神の約束

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 リンゴは完熟、糖度が高いうえ(いま)だ果汁もたっぷり、確かに手がべたべただ。


「洗面所で洗えばいいよ」

と答えるピエッチェ、だがクルテが鼻で笑う。

「温泉で洗おう」


「はぁ? クサッティヤに温泉なんて聞いたことないぞ?」

呆れるピエッチェに、

「コゲゼリテ温泉に行くに決まってる」

ケロッと言うクルテ、

「おまえ、コゲゼリテまでベタベタの手でいる気か?」

さらに呆れるピエッチェをクルテが嘲り笑う。


「やっぱり馬鹿だな。その前に洗うに決まってる――ボシェッタ爺さんの所で会った時、大浴場の営業を再開したけど女神の娘の像が夜な夜な動き回ってるってババロフが言ってたのを思い出した」


 それを聞いてカッチーが

「あれは、俺を怖がらせようとして言った冗談です」

と笑う。

「ババロフったら、俺が『そんなこともあるかもしれないね』って言ったらヘンな顔してました。なんでコイツ、怖がらないんだって思ったんでしょうね」


「そうなのかな?」

首を(かし)げるクルテ、ピエッチェの頭の中で、

(あれは冗談じゃなかった。ババロフはカッチーの言葉に、ひょっとしたら世間じゃ作り物の像が動き回るのは珍しくないのかもって思っちゃったのさ)

とクルテの声がした。クルテはしっかりババロフの心を読んでいたらしい。それにしても、なんで今まで言わなかった? ベスクの森の穴に気を取られてたってことか。


(本当に女神の像が歩き回っていると?)

(正しくは、いつの間にか移動しているって事らしい)

(しかし……フレヴァンスの件はどうした? なんだか横道にそれてばかりだ)


(よく考えてみろ。フレヴァンスを(さら)ったヤツはぬいぐるみを動かしている。命のないものを自在に操る、あるいは命を吹き込むのが得意だ)

(ヤツが像を動かしているって?)

(あくまで可能性だけど、行かなきゃそのあたりを確かめられない)


(しかし……もしヤツの仕業だとしてもなんのためだ? それにコゲゼリテに行く口実は?)

(不思議に思ってたんだ。森の聖堂の女神像を建物の外に出すようギュームに言ったのは本当に妻の幽霊だったのかな? それから、女神の娘が願いを叶えてくれて妻の幽霊を呼び寄せたってギュームは思ってたみたいだけど、女神の娘にそんなことができるのか?)

(おまえが『そんなの無理』って言うなら無理なんだろうな――って、あれは聖堂の鐘の魔法だろうが)

(そうだったっけ? でも、まぁ、いいや)


 クルテがピエッチェを見上げた。

「コゲゼリテに行って、今までの疲れを癒そう。あのでっかい虫の相手で、かなり疲弊してるよね?」

ふふん、そう来たか……


「どうする、マデル?」

困り顔でピエッチェがマデルに尋ねる。コゲゼリテに行くと言う事はフレヴァンス捜索とは無関係にマデルには見えるはずだ。実は、と説明したいところだが、それをしたらクルテの正体に気付かれるかもしれない。だから言えない。


「そうねぇ……」

マデルがクルテを見、そしてカッチーを見た。

「そうね、ここらで一度休暇を取るのも悪くないわね。カッチー、初めての休暇だけど、もちろん一緒にコゲゼリテに行くわよね?」


「休暇なんて俺、要らないんだけど、もちろん行きますよ。マデルさんも一緒ですよね?」

「そうね、歩き回る女神の娘が本当なら見てみたいしね。コゲゼリテの新しい名物になってたり?」

「だから! それは冗談だから期待しないでください」

どうやらコゲゼリテ行きは決まったようだ。


「今からだとコゲゼリテに着くのは夜になるな」

「グリュンパでキャビンを買ってから行くのよね?」

「今夜はうちに泊まってください。けっこう立派な(うまや)もあるんです。ちょっとくらい大きなキャビンも余裕で置けます」


「あれ? 親御さんは居ないんじゃ?」

「母が(のこ)してくれました。俺の所有です」

「厩もあるような大きな家なんだ?」

「はい、コゲゼリテでは大きな部類に入ります。バスルーム付きの寝室が俺の部屋以外に三室あります」

「でも、随分長いこと使ってないんじゃない? まずは掃除してからかな?」


「きっと掃除は行き届いてる」

そう言ったのはピエッチェだ。

「ボシェッタ爺さんの所で会ったババロフ、彼にカッチーの家の管理を任せて、毎月報酬を支払ってるんだ」

余計なことを……頭の中でクルテのボヤきが聞こえたが、言ってしまったあとではもう遅い。


「毎月? いつの間に、誰が支払ってるの?」

「知り合いに頼んで持ってって貰ってるんだ。ババロフへの報酬はカッチーの給金から天引きしてる」

どこのどんな知り合い、って聞かないでくれ。返答に困る。クルテの言う通りだ。余計なことを言っちまった。

「へぇ、そんな知り合いが? その知り合いへの支払いはどうしてるの?」


「実は借金の取り立てを兼ねてる」

これはクルテ、助け舟を出す気になったらしい。

「貸した(かね)の返済はババロフに持ってくよう指定した。いろいろ手間が省けてる」


「なるほどね。なんだか複雑なやり取りだけど、クルテならスッキリ整理して間違いが起きそうもないね。ピエッチェだったら怪しいけどさ」

マデルがクスッと笑った。どうやら怪しむこともなく納得してくれたようだ。密かにホッと胸を撫で下ろしたピエッチェだ。


 そうと決まれば動きは速い。すぐにグリュンパに向かった。幸い、最初に入った道具屋で見つけたキャビンはクルテのお()がね(かな)い、即決で買い入れた。ふかふかクッションの座席は前後向き合う形で、二人掛けらしいが無理すれば一つに三人座れそうだ。さらにキャビンの後部は箱型の荷台、屋根はないが(ほろ)を掛ければいいとクルテが言った。


「雨を気にしない荷物なら屋根にも乗せられそうだね」

リュネにキャビンを取り付ける作業を見ながらクルテが言うと、

「なんだったら、キャリーをつけてやろうか? 固定するロープを引っ掛けるための出っ張りだ。サービスするよ?」

と道具屋が言った。


 なかなか売れなくて困ってたんだと言っていた道具屋、売れてよっぽど助かったんだろう。荷台用の幌もくれたのに、気前よくキャリーも取り付けてくれた。もともとの荷台の引き取りを頼むと、これは売り物になるからとその分キャビンの値引きもしてくれた。


「ただね、ちょっと古いからなぁ。キャビン自体はまだしっかりしてるから心配ないけど、屋根にあんまり重いものを乗せちゃダメだぞ」

「どれくらいなら堪えられそう?」

「そうだねぇ……」


 道具屋がジロジロとクルテを見てから、マデルに目を移し、またクルテに視線を戻す。

「あんたくらいなら大丈夫だろうけど、向こうくらい豊満だと無理かもな」

とニヤッとする。


「ちょっとぉ、わたしが太ってるって言いたいの?」

マデルの抗議に、

「いやいや、あんたは抜群のスタイルだ。だけどこっちの嬢ちゃんは少し痩せ過ぎてるよな」

道具屋がケラケラ笑った。


「うん、わたしは貧相。だけど、それでもいいって言ってくれる人もいるから」

クルテは怒りもせず、『これで支払って』と代金をピエッチェに預けてから道具屋に言った。

「わたしは痩せっぽちけど道具屋さんは太っ腹だよね。取付作業もサービスしてくれるなんて」

これには道具屋が慌てる。


「えっ? 取り付けは別料金だぞ」

「ごめんね。取付代が別に必要だなんて言われてないし、ほら、わたし貧相だからさ、太っ腹にはなれないよ」

「はぁっ!?」

クスッと笑ったクルテに、道具屋も笑いだす。

「くそっ! 口は(わざわい)の元だな。まぁ、確かに作業する前に確認してない俺も悪い。いいよ、もう、サービスしとくよ」

マデルもカッチーもニヤニヤ笑う中、ピエッチェだけはムッとした顔でクルテに渡された(かね)を道具屋に支払った。実のところ、キャビンの代金にいくらか上乗せした金額だった――


 そのあとはグリュンパの街中で八百屋や肉屋、粉屋などを回って食料を調達し、コゲゼリテに向かった。買い物をしたのはもっぱらマデルとカッチー、ピエッチェとクルテは馬車の(ぎょ)しゃだいに座ったまま二人を待った。


「機嫌悪いね」

道具屋を出てからもムスッとしているピエッチェにクルテが言った。馬車は肉屋の前、マデルとカッチーは肉を買いに行っている。


「機嫌直しなよ。あの程度でムカついてたら疲れちゃうよ」

ピエッチェの機嫌が悪いのは、道具屋がクルテを品定めするような目で見たことが原因だ。さらにクルテが平気な顔でいるのも気に食わない。抗議しようとしたのを脳内指示で、放っておけとクルテに止められたのも気に入らない。


「あいつ、おまえを(けな)したんだぞ? 腹が立たないのか?」

道具屋を出てから(だんま)りを決め込んでいたピエッチェがやっと口を開いた。


「だって冗談でしょ?」

「冗談なら何を言ってもいいわけじゃない」

「やっぱり冗談って難しいね。でもわたしが返した冗談、今日は通じた。道具屋、笑ってたね」

「あんなヤツに冗談なんて言うな」

「そっか。判った」

本当にこいつ、判ったんだろうか?

「機嫌が悪いのは焼きもち妬いてるからだって、よく判った」

そっちかよっ! ようやく口を利く気になったピエッチェの機嫌がもっと悪くなりそうだ。


 すると『うふふ』とクルテが笑った。

「そんなにわたしが好きなんだ?」

ピエッチェはムッとしたまま、またも口を開かない。それなのに、クルテはお構いなしにピエッチェに(しな)()れかかる。

「なんか、嬉しい……」


 ムッとしていたのが急に晴れやかに変わっていくのを感じた。俺も単純だな、だけどすぐにいい顔なんかするものか。


 マデルとカッチーが戻ってきてキャビンに乗り込んだ。

「行くぞ」

クルテをそっと押しやって、ピエッチェが手綱をしっかり握り直した――


 コゲゼリテは随分と様子が変わっていた。ギュリューの変化と違って、こちらの変化は明白だ。


 見る限り空き家はない。夜間と言う事もあり、どの家からも(あか)りが漏れている。確かなことは言えないが、商店も営業しているように感じる。なにしろ、以前にはない活気と言うか、『生活』を感じる。


「なんだか、懐かしいなぁ」

窓の外を見て呟くカッチー、マデルが

「それって何年も離れていた人が言うセリフよ」

と笑う。


「つい最近まで、空き家だらけ、店なんかやってない、そんなだったんですよ」

「あ、騎士病だっけ? 魔物をピエッチェが退治してくれたんだったね」


 (ぎょ)しゃだいではクルテが

「先にババロフに会いに行くか、カッチーの家に行くか迷う」

とピエッチェに言った。

「ババロフに言っておかないと、誰が家に居るんだろうって心配する。でも、もう夜も更ける……ババロフの宿、再開してるのかな?」


「温泉が営業してるなら、再開してると思ったほうがいい」

(うまや)にリュネを入れてから、カッチーにババロフのところに行って貰おうか? 四人で行くのは明日でいいんじゃない?」

「そうだな、宿の仕事が落ち着いたころ行くか」


 ピエッチェがリュネを停めたのはカッチーの家の前だった。

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