20
考え込んだマデル、しばらく経ってから深い溜息をついた。
「王室魔法使いだって全部の魔物を処分できっこない。優秀な魔法使いが何人いたって無理な話よ。だから人間に害を与えない魔物は目の前に出てくれば別だけど、わざわざ退治しに行かない。でも、それは害を与えないって判っている魔物だけ。リュネは未知の魔物、どんな魔力を持っているか判らない」
「リュネは退治されちゃうってことですか!? なんにも悪いことなんかしてないじゃないですか。あんまりだ!」
「落ち着けカッチー、マデルの話は終わっちゃいない」
興奮したカッチーがマデルに詰め寄るのを宥めるピエッチェ、その様子を悲しげな眼で見てからマデルはクルテを見た。
クルテは桃を嬉しそうに食べているところだった。カッチーにリュネのことを聞いたのに、そのあとの展開にはまるきり興味がなさそうだ。
「クルテはリュネが魔物だって知ってたの?」
訊かれてマデルをチラッと見たが、クルテは食べるのに忙しいようだ。ようやく飲み下すと事も無げに
「気付いてたよ。マデルもでしょ?」
とニッコリ笑う。
「あんだけ老いぼれだったのが、鬣を結ってリボンを付けたり、カットして整えてあげただけで、あんなに若返るわけないじゃん」
「そりゃそうだけど、あんたがリボンに若返りの魔法を掛けたんだと思ってた」
「そんな魔法があるんだ? 知らない。少なくともわたしは何もしてない」
「マデル、まさかクルテを疑ってるんじゃないよな?」
口を挟んだのはピエッチェ、マデルが鼻白んで答える。
「疑うっていうよりも、確かめたかっただけよ――森に入る前、クルテがリュネに何か話してたってカッチーから聞いたから」
「それ、俺がなんかマデルさんに告げ口したみたいじゃないですか」
「そんなつもりはないって。でも、リュネの力を一時的に増幅する魔法とかが使えるかもって思ったのよ」
一時的な増幅……なるほどマデルはリュネの魔物化が一時的なものかも知れないと考えたわけか。だとしたら、リュネの魔力は徐々に消えていくはずだが?
「クルテが魔法を使ったんじゃないとしたら、リュネは自力で魔物になったってことになる。そうなるとやっぱり放っておけない。これからどんどん魔力が増幅していくってことだもの」
「でも! だけど! マデルさん!」
反論したいが材料を持たないカッチー、感情だけではどうにもならないとは判っていても、なんとかリュネを助けたい。
「まぁ、待て。結論を急ぐな」
そう言ったのはピエッチェ、その口元にクルテがブドウを差し出す。少し煩そうな顔をしたが、ブドウを口に入れてからピエッチェが続けた。
「マデル、少し確認したい。無害な魔物でも、王室魔法使いの目の前に出てくれば必ず駆除するってことか?」
「基本的にはね。でも大抵、見逃がすわ。本来の任務があるはずだから、よっぽど暇じゃなきゃ他のことには力を使わない」
「リュネはもともとは普通の馬だって認識で間違ってないよな?」
「そうね、それは間違いないと思う」
「だけど、何かのきっかけで魔物になった。どんな魔物なのかは未知数。だからこのままだと駆除対象?」
この質問に、マデルが口籠る。チラッとカッチーを見てから、
「わたしを責めないでよ」
と溜息をついた。
「だってピエッチェ、今は温和しいけど、どう変わっていくか判らないのよ? わたしとカッチーの前で、頭に角を生やしたの。かなり立派な角、ピエッチェの腕くらいはありそうだった。あれを人に向けたら? 被害が出てからじゃ遅い」
何か言おうとするカッチーを抑え、
「なんで角なんか、生やしたんだろうね?」
とピエッチェが呟くと、果物に気を取られて話なんか聞いてなかったクルテが
「ピエッチェとわたしの助けになりたかったから。ほかに何かある?」
ボソッと言った。
「そうなんです!」
我が意を得たりとばかりカッチーが
「角にロープをくるっと絡めて引っ張ってくれたんですよ。ピエッチェさんのロープが切れてるって判った後、一番に立ち直ってクルテさんのロープを引いたのもリュネでした」
涙ぐんで訴える。
よしよし、とカッチーの頭を撫でるピエッチェ、
「なぁ、マデル。リュネは俺が責任を持って監視する。だから、見逃してくれないか? アイツはもう、俺たちの頼もしい仲間なんだよ」
とマデルを見詰めた。
「少なくとも草食だから、人間を食料とすることはないよ」
と、これはクルテ、
「人を食ったような行動くらいはするかもしれないけど」
クスッと笑う。話しを混ぜっ返すな、とピエッチェに叱られ、冗談って本当に難しいねぇとしみじみ言った。
「まったく、あんたたちには敵わないわ」
マデルがまたも溜息をつく。
「このままじゃ、わたし一人が悪者よ。わたしだってね、リュネを処分したくなんかないの。でも立場ってもんがあるでしょう?」
「そうだな、王室魔法使いで、しかも非公式とは言え王太子の婚約者だ」
ピエッチェも難しい顔をする。
「うん、どうしても無理だというなら、俺たちと別行動になるしかない。そして知らなかったことにしてくれ。もちろんフレヴァンス救出はこれからも尽力する」
「ちょっと待ってよ」
慌てるマデル、クルテが
「マデルは休暇中。王室魔法使いだってことを忘れちゃえばいい」
とイチゴをマデルの皿に乗せる。まさかイチゴで買収?
「リュネが無害な魔物だって証明できればいい話。で、フレヴァンス救出に一役買ったとなれば、処分しろなんて誰も言えなくなる」
「どうなんだ、マデル? 無害だって証明するにはどうしたらいい?」
ピエッチェの質問に
「確かにね。でも、証明するのってとっても難しい。いろんな試験をしなきゃダメだし」
難しい顔で答えるマデル、軽く言い放ったのはクルテだ。
「したことにしちゃえば?」
「クルテ、簡単に言わないでよ」
泣き出しそうなマデルを、クルテがクスッと笑う。
「ここに居る王室魔法使いはマデル一人……マデルは信用されていなかった?」
「えっ?」
マジマジとクルテを見詰めるマデル、そしてフッと緊張を緩めた。
「そうね、無害な魔物だって証明できれば王室魔法使いは動かない――わたしがリュネを調べたことにして無害だって言えば、リュネは駆除対象外になる。だけどピエッチェ、万が一の時は責任取ってよ」
「やった!」
ピエッチェの返事を待たずカッチーが歓声を上げる。
「ありがとうございます、マデルさん! ピエッチェさんもクルテさんも、ありがとうございます! 俺、リュネの様子を見てきます」
止める間もなく出て行くカッチー、きっと泣き出しそうで、泣き顔を見られたくなかったんだとピエッチェは思った。
「カッチー、今日は怒らなかったね」
カッチーの後ろ姿を見送ったまま、クルテが呟いた。
「頭を撫でられたら、いつもなら子ども扱いだって怒りそうなのに」
「そう言えばそうね」
とマデルも微笑む。
「それどころじゃなかったんでしょうね――それよりクルテ、ピエッチェ、あんたたちはどうなの?」
知らん顔のピエッチェ、
「どうって?」
クルテは聞かれた意味が判っていなさそうだ。
「なんだか昨夜から随分と仲がいいのね」
「仲がいいのはずっと前から」
「そうだけど、ますます仲良くなった? 何かいいことあったのかな?」
「んーー……」
少し考えてからクルテがニッコリ笑った。
「頭を撫でて貰った。嬉しかった」
「それだけ?」
クルテの答えにマデルは肩透かしを食らった気分のようだが、ピエッチェにとっては救われた気分、事細かく報告されては堪ったもんじゃない。
「んーー、わたしが撫でても怒らなかった」
「撫でたって、ピエッチェの頭を?」
「そう、髪をグチャグチャしても怒らなかった」
「あんたたち、何して遊んでるのよ?」
呆れるマデルに抗議するクルテ、
「遊びじゃない、わたしもピエッチェも本気」
頬を膨らませる。
「そっか、判った、本気なのね――ピエッチェ、クルテはこう言ってるけど?」
クルテを相手にしても埒が明かないと思ったのか、マデルが話をピエッチェに振った。
「うん? 何が訊きたいんだか?……前にも訊いたような気がするけど、マデル、なんで俺とクルテに干渉する?」
「ん、それはね」
パンに練り込まれたレーズンを数え始めたクルテに溜息をつきながらマデルが言った。
「クルテがわたしの後押しをしてくれたから、かな?」
「後押し?」
「クルテが言ったのよ。好きな相手に好きって言えるのは幸せ、それを忘れないでって」
「へぇ、そんな事をコイツがねぇ」
「だからクルテにも好きな相手に好きって言わせてあげたい。だから応援してる」
さっき俺がクルテに好きだと言った時、クルテはなんて答えたっけ? 嬉しいと言ったけど、俺を好きだとは言わなかったような?
「好きなら好きって、言えばいいだけの話に聞こえるぞ?」
「それじゃ、ピエッチェ、あなた、相手を前にして好きだって言えるの?」
「言うと決めたら言うさ」
「へぇ、それはそれは、お見それしました」
実際にさっき言ったばかりだぞ? でも、これは内緒だ。
「ねぇ、こっちのほうがレーズンたっぷり。食べていい?」
クルテがピエッチェを見上げた。
「ん? おまえが数えたのは表面のレーズンだけだろう? 中にも入ってるかもしれないぞ?」
「そうなのかな? そうかもしれない……見た目に騙されるなってことだね」
そこまで難しく考えなくてもいいんじゃないのか?
クルテって面白いよね、マデルがクスッと笑う。そこへカッチーが戻ってきた。
「信じられないくらい大きな虫……魔物の死骸が上がったって、デッセムさんが湖にすっ飛んでいきました」
「そうか、それじゃあ、行ってみるか。何か手伝えることもあるかもしれない」
コテージの裏木戸から湖に向かった。
行ってみると数人が集まって何やら相談している。どうしたのか尋ねると、グリュンパに報せを行かせたと返事があった。
「王室魔法使いが派遣されてくると思うんだけど、それまで動かしちゃまずい。でもこの季節じゃ腐っちまうかもしれない」
だから困っているという。
するとマデルが、
「わたし、実は魔法使いなのよね。魔物退治の一行には付き物でしょ?」
と笑い、前に出た。
「三日は腐らない魔法を掛けたから、安心して」
おお! と歓声の中、クルテがデッセムに話しかけた。
「ノホメさん、もう帰っちゃった? もう少しお話がしたいんだけど」
「祖母ちゃんはクサッティヤの叔母の家だよ」
「そっか、残念……次はいつ来る?」
「それは判んないなぁ。気紛れだから」
「クサッティヤの叔母さんの家まで押しかけたら迷惑かな?」
「あぁ、叔母は祖母ちゃんと一緒で話し好きだから大歓迎だろうさ」
どうやらデッセムの一族は揃いも揃ってお喋りらしい。
デッセムの叔母の家はクサッティヤで宿を営んでいるという。
「いつ行ったってガラガラさ」
その言葉を信じて今夜はクサッティヤ泊と決め、ベスク村をあとにした――




