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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
8章  窪みは常に動く

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「上だ!」

クルテが叫ぶ。言われなくても判ってる。(なら)の向こうから飛び出した黒い影が、宙を飛んで向かってくる。咄嗟に横に飛んで襲撃を避けたピエッチェ、自分を襲った物の正体を見て呆気にとられた。


「次が来てる!」

クルテの声に敵の方を見れば、またも同じような黒い影、これも横に飛び退いて避けた。


「あいつ、土を投げて寄越してる!」

ピエッチェが叫ぶ。退いた場所にはバラバラと撒かれた黒い土、回避するまでもないかと思ったが、いつでも土と限っていいのか?


「穴を掘って出た土かな?」

クルテが首を(ひね)り、ピエッチェが三度目の横跳びをした。今度も土だ。


「こっちから掛かるか?」

「まだ穴が出てきてない。ヤツの奥の手は穴だ。こっちから掛かっていくのはそれを見てから!」


 クルテが言い終わらないうちにピエッチェがまた横に飛んだ。

「ターゲットはピエッチェと決めたようだな」

クルテの意見に

(おまえが魔物だって判ってるんじゃないか?)

ピエッチェが頭の中で言った。返ってきた答えは

(それはない。でもいいところを突いてるかもしれない)

だった。少し寂しげだと感じたのは気のせいか?


 ここまでは威嚇だったらしい。五度目の黒い塊、同時に足下がグラッと揺れた。(なら)に向かって運ばれて行く感覚、目の端でクルテがバランスを崩して尻餅をつくのが見えた。

「クルテ!」

なんとか尻餅を免れたピエッチェが、(つち)くれを頭から被りながら叫ぶ。この時もただの土、他の物でなくてよかったと思いながらクルテを見る。


 立ち上がったものの(なら)の方に運ばれて行くクルテ、ピエッチェ自身も敵の方へと運ばれるのを感じながらクルテに駆け寄る。チッ! 邪魔なロープ、いっそ切っちまうか!?


「ロープは切るな! ホイッスルを鳴らせ!」

クルテがピエッチェを見て叫ぶ。ハッとして、首に下げておいたホイッスルに手を伸ばす。


 ピーピーピー……ホイッスルの良く通る音が森に響き渡った。するとクルテもホイッスルを鳴らした。こっちはピーーーと長く延びる音だ。


「馬鹿っ! わたしは引っ張って貰わなくっていい!」

ホイッスルを咥えたままでクルテが怒鳴った。


 言い返したいがそんな余裕がない。クルテに向かって走るが足下が横へ横へとずれていく。さらに頭上には土がバラバラと降り注ぐ。これでは腰の剣も役に立たない。


 クルテはとうとう立つのをやめ、ホイッスルを吹き続けることにしたようだ。ピーーー、ピーーーと息が切れるまで長く伸ばしている。その合間に

「くそっ! ロープを長くするんじゃなかった!」

未だ引かれる様子のないロープに悪態をつく。


 確かに長さはもっと考えるべきだった。が、それを今さら言ってどうする? 自分もクルテもズルズルと敵の近くに引き寄せられて、しかも相手は地面の下から出てこない。


「クルテ! とりあえず姿を消しちまえ!」

「それでおまえはどうする?」

「俺は――」


 俺はおまえが引き上げろ。宙に浮いてここは退()こう……そう言おうとしたピエッチェの言葉が、起こった急変に消えてしまう。すぐそこに迫っていた(なら)がグラっとしたかと思うと、ダン! とピエッチェとクルテの間に倒れ込んだ。


 続いてズン! と足元が沈んだ。今度はピエッチェも立っていられない。だけど倒れたというのも違う。なのに、身体の片側は半ば土に接している。左半身が土に擦られながら斜めに引きずられているような? それとも平衡感覚が狂ったか?


「カティー!!!」

上の方からクルテの叫び声が聞こえる――俺はどんどん落ちてるのか? いや、違う、これは落下じゃない。


 地は(すり)ばち状、足元が崩れて下に下にと身体がずれ落ちていく。だから(なら)が倒れたんだ。身体が向かっているのは擂り鉢の底、そしてその終点には?


「クルテ! これは蟻地獄だ! 俺の両足よりデカい(あご)が見えてる!」

必死で叫ぶピエッチェに、またも土塊がバラバラッと降り注いだ――


 焚き場の前、カッチーが運んだ椅子に座っていたマデルがハッと立ち上がった。

「ホイッスルです、マデルさん!」

外壁に寄り掛かっていたカッチーがすぐざま窓から垂れるロープに手を伸ばした。クルテと書かれた札のロープだ


「待って、カッチー!」

続いて聞こえてきたホイッスル、今度は長く延ばされた音だ。

「ピエッチェ!?」


「でも最初はピーピーピーって」

「そうよね? まさか二人とも落とされた!?」

蒼褪めるマデル、ところがカッチーは

「判りました、両方引っ張ります」

手にしていたロープを引っ張って扉の方に駆け寄ると、ピエッチェと書かれた札のロープにも手を伸ばす。


「うおっ!」

二本を束ねて肩に掛け思い切り引っ張ったカッチー、勢い余って転びそうになる。

「どうしたの!?」

オロオロと尋ねるマデル、

「手応えが、あの、あまりにもなくて……」

(うろ)えたカッチー、こちらも顔色が蒼褪めていく。

「まさか……ロープが切られた?」


「ホイッスルは鳴ったばかり、そこまでの強敵だったってこと?」

「……判りません」

キッとカッチーが顔を上げた。

「何しろ引っ張ります。そうと決まったわけじゃありませんから!」

カッチーが二本のロープを握り締めた――


 相手するのがアリジゴクだと判ったところで状況が変わるわけではない。ズルズルと崩れ落ちていく周辺の地とともに、ピエッチェの身体も底へそこへとずり落ちて行く。()()いたところで無駄だ。斜面を上ろうとしたって、その斜面は崩落を続け、さらに頭上から被せられる土に巻き込まれて行く。同じ場所にとどまって居られればいいほうだ。それに、今はそれよりも……


「クルテ! クルテ!」

必死にクルテの名を叫ぶ。クルテはいつも通りピエッチェの左にいる。だけど反応しない。横たわっているのか、(なか)ば地に埋もれている。倒れた(なら)がグッグッとスピードを増して斜面を滑り消えていった。


 あの(なら)にぶつかった? それで気を失っている?……背中が冷えるのを感じた。このままじゃクルテがアリジゴクに食われてしまう。必死で左へと移動する。ズルズルと、自分もクルテも擂り鉢の底に近付いていく。


「クルテ!」

ズズッとクルテの肩が下がって身体が傾き顔が見えた。思った通りだ、気を失っている。身体からも力が抜けているんだ、だから地の動きに逆らうことなく傾いた。それにしても……こんな状況なのにクルテ、おまえはやっぱり綺麗だ――


 コテージ・風呂焚き場の前でカッチーがぐいぐいロープを引っ張っている。カッチーの後ろではマデルが、さらに引き寄せやすいように溜まっていくロープを(さば)いていた。


 引いているロープは一本、ピエッチェの分だけだ。引き始めて程なくピーーっと長く尾を引く音しかしなくなった。

「最初のホイッスルは、ピエッチェが焦ってクルテを助けようとしたに違いない」

マデルが苦笑した。


 だが、そのホイッスルもすぐに聞こえなくなった。相変わらずロープには手応えがない。

「なにしろ、引ける限り引き続けます。もし、何かでロープが切れたんなら、切り口がここに来るはずです」

「カッチー、あんた、いつの間にか頼もしくなったわね」


 気が付くとリュネも来ていて、マデルと一緒になってロープを整理するように口に咥えてはウッドデッキの方に持っていき、放しては戻りを繰り返していた。

「あんた、繋がれてたんじゃないの?」

マデルがリュネに話しかける。するとリュネは森を見た。


「リュネもクルテたちが心配なのね」

マデルの声にカッチーが、

「そう言えば、準備を始める前にクルテさん、なにかリュネに話しかけてました」

ロープを手繰る手を止めずに言った。


 二本目の結び目は既に手繰り終えている。つまり半分以上引いたと言う事だ。そろそろ終わりも近いはず。でも、手応えを感じない。どこまで行ったのかが判らない。でも、その距離を残して先にいる人の体重を感じたっていいはずだ。


 カッチーのひたいに脂汗が滲む。まさか? まさかロープは切られている?


「マデルさん。クルテさんのロープを引き始めてください」

カッチーが静かに言った。

「ロープの重さだけしか感じないから、軽く手繰れます――急いで!」

マデルが何も言わず、クルテのロープに手を伸ばした。


 やっとのことでクルテのもとに辿り着いたピエッチェ、(あご)まで埋もれていたクルテを引っ張り上げた。呼吸をしていることを確認してホッとするが、揺さぶってもクルテは目を覚まさない。


 引っ張り上げたと言ってもピエッチェの足は(もも)まで埋もれ、クルテは腰まで土の中だ。土の重さも加わって、クルテも重いが自分の足も重い。はっきり言って動かせない。上半身が動かせるだけ、まだマシと思うしかない。


 そうこうしているうちもズルズルと下降は進む。アリジゴクの(あご)の先端が目の前に迫っていた。左腕にクルテを抱え、剣を抜いた。こうなったらやるしかない。


 すぐそこにある巨大な顎の内側はギザギサ、開いたり閉じたりしているのは落ちた獲物をサッと咥え込むためか? 顎の付け根の奥にはどこを見ているの判らない七対の目……あんなに目が有って、どう見えているんだろう? 左右で十四もあるんだぞ? しかし、どう切り込んでいけばいい? 視線が判らなきゃ、向こうの動きも読めないじゃないか。ギリギリとピエッチェの緊張が高まっていく。


 睨み合いの間も距離はジリジリと縮んでいく。向こうはどこを見ているか判らないのだから、睨んでいるのはピエッチェだけか。その重圧に負けたのはピエッチェだ。腕を伸ばせばやっと剣が届くかという距離で、もう少し待った方がいいと思っているのに剣を振った。(うごめ)(おお)あごが開くところだった。


 ガツン! 剣の先端が大顎にヒットした。待ちきれなかった割にはいい感触、相手の関節を外したと思った。でもそれはピエッチェの勘違い、向こうは加えられた力に逆らわなかっただけだ。それが証拠にいったん閉じた顎を再び広げ始めた。


 それなら、とピエッチェが考える。内側に曲がる関節を内側に向かって討ったから失敗した。曲がる方向とは逆方向に力を加えたらどうだ? 敵は外骨格、筋肉は骨格の中、関節が逆に曲がればそれ(すなわ)ち、そこから先が()げるってことじゃないのか?


 どう見てもアリジゴク、ウスバカゲロウの幼虫、ならば武器はあの大顎だけだ。捥いでしまえばこっちのものだ。だが……ヤツはこちらに正面を向けていない。僅かに(はす)に構えている。この位置であの顎を外側に討つのは難し過ぎる。顎の内側、せめてヤツの正面に立てないか?


 敵の顎はこれ見よがしに開閉を繰り返す。いつも、獲物が落ちてくるのを待っているだけなのかもしれない。ピエッチェたちはあと僅かであの顎の領域に入る。早く決断しなければ、俺もクルテもアイツの餌食になってしまう。体液を吸い取られて干からびて死ぬだけだ。


 そんなこと、させるか! クルテだけでも守ってみせる。

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