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なんでコイツ、笑っていられるんだ? まさかこの状況を楽しんでいるわけじゃないよな?
「楽しいよ」
クルテがケロッと言った。
「みんな、自分勝手にいろいろ想像してはそれを秘密にしていく。その想像も、いい線だったりまるきり見当はずれだったり。人間って面白いね」
「おまえさ。自分の立場が危ういのが判らないのか? もう少し危機感を持ったらどうなんだ?」
「立場に雁字搦めにされるのはカテロヘブに任せるよ」
なんだよ、それ!?
「まぁ、ラクティメシッスは心配ない。仕事熱心って言われてるけど、それって見せかけだから。本当は仕事なんかほっぽり出してボーっとしていたいけど、それじゃあマデルに嫌われる。頑張る人が好きなマデルに好かれたくって頑張ってるだけだから」
「周囲の反対を押し切ってまで王室魔法使いになったのはマデルの前でいい格好をしたかったからってことなのか? そこまでしなくったって良さそうだけど? それこそ立場的に、マデルは断れないんだから」
「よく言うよ。立場や身分なんか関係なく愛されたい。おまえがナリセーヌを誘えなかった理由と同じだ」
ナリセーヌ? なんでその名を出す!?
「だけどマデルだったらそんな小細工、見抜きそうだ」
「見抜いてるさ。見抜いたうえで、いいや、見抜いてるからこそラクティメシッスを見捨てられないんだ。おまえ、デリケートな感情を理解してないな」
おまえに言われたくないってば!
剥れっ面のピエッチェをチラリと見たクルテ、
「原点に戻ることだな。原点で判らないなら基本でもいい。そして考え過ぎるな。そうしたら見えてくるものもある――さてと、寝るよ。おまえと話してると楽しいけど疲れる。眠くなった」
立ち上がるとポプリをサックの横に放り投げたクルテ、サックは定位置、二つあるベッドの片方に置いてある。
「ねぇ、カテロヘブ。一緒に寝ようよ」
そしてもう片方のベッドに腰かけてクルテが誘う。その誘いを別の意味で捕らえそうなピエッチェ、自分に『間違えるな』と言い聞かせながら欠伸するフリをした。
翌朝、日の出の時刻にクルテが窓を開け、空を見上げた。
「まだ暗い……でも、晴れてる」
気落ちした様子で窓を閉める。
「山に阻まれて朝陽は差し込みそうもない。そうだろうと思ってたけどね」
ドサリとベッドに腰を降ろした。
剣の点検を終えたピエッチェが椅子に腰かけて問う。
「で、どうするんだ? もっと明るくなってからにするのか? 暗い森に入るのは幾らなんでも危ない」
「いいや、準備してるうちに明るくなる。適当な木を見付けて協力を頼んだり、その木にロープを結わえたり」
「おまえ、植物とも話せるのか?」
「話す植物がいると思ってる? でもさ、心はある。だから礼を尽くす」
「心があるってことは考えるってことだよな? 考えるってことは言語があるってことになる。言語があるのに――」
「うるさい、黙れ!」
ムッとしたが、頭の中で怒鳴られるよりマシか? なぜか笑ってしまったピエッチェだ。
「木にロープを括り付ける? その木は森の名か? 探しているうちに穴に落ちなきゃいいけどな」
と、これは真面目な顔でピエッチェが言った。
ダイニングに続く居間に行くとマデルが眠そうに二人を見た。
「遅ぉお~い」
マデルの前にはティーカップ、もう飲み切ってる。
「いつからここに居たんだ?」
「お茶を一杯飲み終えるくらい前から――お替りしようかな。二人の分も淹れるよ」
立ち上がり、
「カッチーも起こさなきゃね。今日は一緒に来て貰わなきゃ」
とダイニングに行った。これからすることを考えれば、カッチーの体力と腕力は大いに頼りになる。
起こして来いって意味だよねとクルテが笑い、二人でカッチーの寝室に向かう。すると中からドアが開いた。
「あれ?」
「おや?」
出てきたのはカッチーだ。
「一番早く起きるのは無理だったようですね」
残念がるカッチー、
「それでもこんな早い時刻に、起こされずに起きたんだ。凄いよ」
ピエッチェがニヤッとする。カッチーも自覚が出て来たか?
クルテは振り返りざまにちらりとカッチーの腰元を見ただけで、何も言わず居間に戻っていく。腰には剣が下げてあった。
今までならカッチーが怪我をするのを危ぶんで持たせなかったのに、剣なんか要らないと今日のクルテは言わなかった。相手が人間ではないこともあるけれど、使う必要があると思っているのか? マデルが一緒とは言え、ピエッチェとクルテはカッチーから離れる。だからだろうか?
支柱は森の外がいい。まずはコテージに支柱に使えるような柱がないか探す――お茶を飲みながらピエッチェが言った。カッチーが
「リュネのところの庇を支えている柱じゃダメですか?」
と訊けば、
「最低でも人がぶら下がっても壊れない頑丈なものだ」
とピエッチェが難色を示す。
「暖炉はどう? 煙突の後ろにロープを通せないかしら?」
これはマデル、暖炉の煙突と壁との間に少しだけ隙間があった。
「粘土を使って煉瓦を積み上げてあるだけだから衝撃に弱そうだ」
やはりピエッチェは気に入らない。
そんなピエッチェをクルテが見上げる。クルテなら、何かいい場所を提案してくれそうだ、期待するピエッチェ、ところがクルテは
「リンゴ、食べていい?」
と訊いてきた。
「腹減ったのか? 朝食はいつもの時間に運んでくれることになってるぞ」
デッセムには屋外で食べることになりそうだからサンドイッチにして欲しいと言っておいた。
「俺、取ってきます」
すかさず立ち上がったカッチー、一気にピエッチェの機嫌が悪くなったのを見て、揉め始める前にと思ったのだろう。いったん寝室の方に行こうとして、
「荷台からリンゴの箱、降ろすの忘れてました」
と、立ち止まる。
「カッチー、リンゴは四個」
玄関に向かうカッチーにクルテが嬉しそうに声を掛けた。
チッと舌打ちするピエッチェ、マデルはどっちの味方をするか迷ったようだが、
「まぁ、空腹じゃ力も発揮できないよね」
と仕方なさそうに言った。
戻ってきたカッチーがリンゴを配りながらピエッチェを見る。
「ついでだから、風呂の焚口の方を見てきたんです」
焚口は狭いドアのある小さな部屋の作りで大きな窓がある。そしてコテージの建物の一部でもある。
「ドアと窓を開けっぱなしにして、そこにロープを通したらどうでしょう? 壁はこっちより厚い感じでした」
するとクルテが受け取ったばかりのリンゴをテーブルに置いて立ち上がった。
「すぐ見に行く」
「リンゴは?」
「あとでいい」
なんだよ、腹が減ってたんじゃないのかよ?
「カッチー、ロープを持ってきて。とりあえず一本でいい」
言い置いてすたすた行ってしまうクルテを、慌ててピエッチェが追った。
焚口のある小部屋は外部からのみ入れるようになっていた。外壁はコテージと同じ木板、内部は壁だけでなく天井まで漆喰を塗りこめ、床と壁に煉瓦が貼ってある。防火のためだろう。
窓を開けるクルテ、
「居住区よりずっと壁が厚い。そう簡単に壊れそうもない」
満足そうだ。ピエッチェがドアと窓枠を見て、
「ロープの擦れを防ぐ布を用意した方がいいな」
呟けば、
「デッセムに、そろそろ雑巾にするようなタオルがないか訊いてみろ」
とクルテが頷く。そこにロープを持ってカッチーが来た。
「使い古しのタオルですね」
ロープを置くと本館にすっ飛んでいく。
「もう起きてるかな?」
クルテが心配すると、
「客に提供する朝食を作ってるだろうさ」
ピエッチェが軽く笑った。
「問題は体重じゃなくて穴の力だな」
「穴の力?」
ピエッチェの呟きにクルテが首を傾げる。
「ただの穴なら、体重が支えられればそれでいい」
「引っ張り込もうとする力が作用してるかもしれないって?」
「その可能性を考えた方がいい」
「その時は魔法を使うさ。あるいはロープを切る」
ピエッチェがジロリとクルテを睨む。
「おまえ、まさか自分一人で行く気じゃないよな?」
「穴の中にってこと? 言っただろう? わたしはおまえから離れない――引っ張り込む力が想像より強ければ、ロープで身体が千切られる。その時はロープを切って飲み込まれてみるしかない」
「ふむ……それは俺だけか?」
ピエッチェが苦笑いする。クルテなら姿を消して回避できると思い出していた。
「心配するな。もしもの時はわたしも一緒に行く……このことはマデルとカッチーには内緒だ」
クルテが本館の方向に目を向ける。いつも食事を運ぶのにデッセムが使っている箱を抱えて、カッチーがこちらに向かってくるのが見えた。箱の上に何かががこんもりと乗せられていた。
気を利かせたデッセムが、いつもより随分と早く朝食を用意してくれたらしい。持って行こうとしているところにカッチーが来た。
「古タオル? タイミングが悪い、三日前に全部新品に変えたばかりだ」
用途を聞くと、
「それなら毛布を持っていくといい。この冬には入れ替えるか迷ってたんだ。まだ使えるものだけど、これで新しくする決心がつくってもんだ」
と毛布を何枚か持ってきてくれた。
「足りなきゃまだある。取りに来てくれ――代金? そうだな。あんたたちの朝食を運んでくれればそれでいいや」
カッチーが箱に乗せて運んで来たのはタオルではなく毛布だった。
せっかくだから朝食を摂ってから作業を始めようとコテージの中に戻る。毛布は焚き場に置いてきた。
話を聞いたマデルが
「毛布をくれちゃうなんて、デッセムって割と太っ腹ね」
と感心した。
「まったく収益のなかったコテージに何度も泊まってくれてるからって言ってましたよ」
カッチーが薄切り肉を挟みここんだパンに嚙りつく。
「コテージの赤字を解消できそうだって。ここの宿賃、本当はもっと安いのかもしれません」
「年間の維持費を解消できる程度だと思うぞ」
こちらはオムレツのサンドウィッチを手にしたピエッチェ、他の宿と比較しての意見だ。
「でも、タオルより毛布のほうが役に立つのは確かだからな。タオルを交換したばかりだったのは、むしろラッキーだった」
クルテはホイップしたクリームで和えた数種の果物のパンにご満悦だ。ロクに話を聞いてやしない。
「シロップ漬けでもすごく美味しい」
どうしても言いたかったようで、小さな声で呟いている。ピエッチェは聞こえないふりをしていた。
「果物はシロップ漬けなのね」
反応したのはマデル、
「生だと果汁でクリームがドロドロになるからじゃないかな」
と、自分も同じパンに手を伸ばす。
「食べる人のことを考えて工夫してくれたってことだよね?」
「そうね、クルテ」
微笑みあうクルテとマデルを見て、クルテが食べる時、いろいろ言うのは話題が思いつかなかったからかもしれないとピエッチェが思う。話しに乗ってやれば、イラつラつくこともなかったか?




