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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
1章  夢見る村

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10

 クルテは街に繋がる街道をまっすぐ歩いていく。女神の森に入り込んでもそれは変わらない。たぶん今日は満月、森の中でも真っ暗闇というわけではなかった。だが、はっきりと見渡せるわけではない。それなのにクルテは何も気にせず歩いていく。夜明けにはまだ遠い。


「森に行くんじゃなかったのか?」

「森を抜けるまでは街道も森の一部……ゴゼリュスが夢で見させた道を辿ってる」


「判るんだ?」

「判るもんか。いいか、冷静に考えろ。いくら夢で見せたって、なんの目印もないところで道を外れさせるのは無理がある。何かしらあるはずだ。季節に左右されない何かがな」

「それを探してるんだな」

「いちいち説明が必要とは……ったく、世話の焼ける」

クルテが憎々しげに愚痴る。


 さらにピエッチェが質問する。

「あの木箱、あれっておまえ?」

クルテは答えず歩き続ける。


「ゴゼリュスを斬った剣、あれもおまえ?」

「……」

「あの剣、チラッとしか見なかったけど、グレナムの剣に似てたよな?」

(やいば)だけで判るのか? いい加減なことを言うな」


 やっと答えたクルテ、嬉しくなったピエッチェが勢い込む。

「刃にだって特徴ってもんがある。あの剣(グレナム)を毎晩欠かさず磨いてたんだ。よく覚えてる」

「磨けばいいってもんじゃない。剣の迷惑も考えろ」

「えっ? 迷惑? 剣が迷惑と感じる?」

「剣にだって心があるかもしれない。だいたい、あの剣には精霊が宿ってる」

「あぁ、精霊が迷惑がるなら判んないでもない……迷惑だったのかな?」


 するとクルテがクスッと笑った。

()()()()()()って言っただろ? まぁ、物を大切にするのは悪い事じゃない――っと、ここか?」


 急に立ち止まったクルテ、道端に道標が立っている。

「うん? 右、つまり俺たちが進んでいる方向は『グリュンパ』で、左は『コゲゼリテ村』ってなってる……あの村、コゲゼリテっていうんだな」


「ヘンだと思わないか?」

「どこが?」

「こんな森の、分かれ道でもないところに道標を作るかな?」

「どうせ作るなら森の街側の入り口に作るな」

ニヤリとピエッチェが答え、

「行くぞ」

クルテが藪を分けて森に踏み込んだ。


 ピエッチェが、クルテと歩を並べてから尋ねる。

「この先にも道標があると思う?」

「いや、真っ直ぐ行けば東の山の(ふもと)に出る。ゴゼリュスにはそれで十分」

「あの道標はゴゼリュスが作った?」

「ゴゼリュスに読み書きできるとは思えない」

「じゃあどこからか持ってきた?」

「おまえが言った通り、森の街側の入り口に有った物を運んだんだろう。旅人が道標を確かめるのを見て、あの場所に置けば村人が見るはずだと考えた」


「このまま東の山まで歩く気か? って、そうだ、おまえ、具合は大丈夫か? また精霊にとやかく言われてるんじゃ?」

「言われてる。早く来いって」


「早く来い?」

「真っ直ぐ行けば東の山、その途中で精霊が待っている……見えてきた。すぐそこだ。おまえにも判るだろう?」

「うん?」


 ピエッチェが前方を見ると少しだけ木立が途切れたところがあって、そこだけキラキラと明るい。木漏れ日とは違う光だ。まだ夜は明けていない、木漏れ日でないのは明白だ。

「あれって、ひょっとして精霊が放つ光?」


 驚いて問うが返事がない。それどころかクルテの姿もない。

「クルテ?」

(精霊が待っているのはピエッチェ、おまえだ。村を救った英雄を祝福しようと待っている。さっさと行け)

頭の中で響くクルテの声、

「クルテ、おまえは!?」

ピエッチェの問い掛けに、答えるクルテの声はない。


 仕方なく歩みを進めるピエッチェ、近づくにつれて光は眩しさを増していく。やがて光の中に(たたず)む姿が見えた。

(これが精霊……そうか、女神か)


 なるほど、これほど美しい姿を見たことがないと思った。どこから見ても隙のない美しさ、それがキラキラと輝きを放っているのだ。


《英雄ピエッチェ……》

何重にもエコーが掛かった柔らかな女の声が聞こえてきた。


《コゲゼリテを救いし英雄。その真の名はカテロヘブ》

「どうしてその名を?」

《精霊を(あざむ)くことはできません。すべてお見通しです。真の名でなければ祝福も(のろ)いも効力を発しない。だから今はあなたをカテロヘブと呼びます》


 と言うことは、と思うピエッチェ、森の精霊はピエッチェが考え込んだと気づいていない。


《英雄カテロヘブ、あなたの働きを認め、祝福を贈ります》

言い終わると同時に放たれる閃光、思わず(うつむ)き目を閉じたピエッチェ、目を開けた時には精霊の姿も、(きら)めく光もない。ここに来るまでと変わらない薄暗い森だ。


 今のが精霊の祝福ならば、何か変化があるのだろうかと、身体を意味もなく動かしてみるピエッチェ、すると

《言い忘れました》

と精霊の声がした。姿はなく声だけだ。


《眠っていた村人がそろそろ目覚め始めます。村に着くまでは生ける屍、話しかけてはなりません。居るべきところに戻れば自然と意識を取り戻します――この森で見たこと聞いたこと、すべて口外無用です》


 その声が終わらぬうちに、ところどころで地面がモゴモゴと動き出す。男、女、若者、そして中年……ゴゼリュスが誘い出した村人は、クルテが言った通り森の精霊が(かくま)っていた。でも、土に埋めて?


《それにしてもピエッチェとは、随分と変わった名前ですこと》

ホホホ……精霊の笑い声が遠ざかっていった。


 それにしてもクルテはどこに? とピエッチェが思うと、

「ここに居る」

すぐ横で声、見るとクルテが立っている。


「ピエッチェって名前、笑われたぞ」

安心したピエッチェが苦情を言うと、

「精霊は、わたしが飼っていたスズメの名前を知ってるからね――さぁ、村に帰ろう。最後の一人が土から帰ってきた」

「スズメの名?」


 例によってすたすた行ってしまうクルテ、〝スズメの名を知っている〟の意味を考えていたピエッチェが、ハッと気が付いてクルテを追いかける。


「クルテ! おまえ、俺にスズメの名前を付けたんだなっ!」


 ケラケラ笑うクルテが、ピエッチェに追いつかれまいと駆けだした。


 ピエッチェから逃げるように森の中を駆け抜けていくクルテ、土の中から出て、ボケーっとフラフラ歩いている村人たちをどんどん追い抜いていく。時どき振り返るのは、ちゃんとピエッチェが付いてきているか確認しているようだ。


 呆れたピエッチェが

「気を付けないと転ぶぞ」

と声を掛けると

「わたしにその心配はない。おまえこそ気を付けろ」

と返してくる。フン! と思うが、まぁ、アイツはいざとなったら姿を消して回避できると思い直す。転びそうになっても転ぶことはないだろうし、当然怪我をすることもない。


 もうすぐ村に着く。空がそろそろ白み始めた。森とコゲゼリテ村の境目でクルテがピョン! と飛んだ。見ていたピエッチェが息を飲む。


 クルテが村の中に身を躍らせると同時にクルテの周囲が、フワッといきなり明るくなった。何かのはずみで髪の束ねが(はず)れたのか、黒髪が翼のようにパッと広がって、それからサラサラと流れた。跳躍の途中で振り返ったクルテが、ピエッチェを見て嬉しそうに笑う……ピエッチェの心臓がどきりと音を立てた。

(……なんだ?)


 ときめきにピエッチェが戸惑う。クルテはタン! と着地すると振り返りもせずに村を駆け抜けていく。


 訳の判らないままピエッチェも村の中に入った。そうか、急に明るくなったのは日の出だからだ。太陽は見えないが東の山が輪郭を輝かせていた。


「帰ってきたぞ!」


 村に残った村人たちが暮らす宿……ババロフの家のあたりから、クルテの声が聞こえた。大声でみんなに報せているんだろう。


 ふらふらボーーッの(よみがえ)り組は、村に入って三歩も歩くとハッと我に返っていた。

「どうしちまったんだ?」


 なぜかそんな時、人間は自分の手を見ることが多いようだ。そうするうちに記憶が戻ったのか、

「あ……母ちゃん!?」

周囲をキョロキョロ見て母親を探す者がいると思えば、

「ボニー、坊や、どこに居るの!?」

我が子を探して慌てふためく女もいる。


 そしてクルテの声がした方向から駆け寄る一団……

「父さん!」

「母さん!」

「あなた!」

「おまえっ!」

再会を喜びあう人々は誰もがみんな泣いている。


 近づく気配にピエッチェが見るとクルテだ。

「……よかったな」

さっき感じた戸惑いが尾を引いて、まともにクルテを見ることができないピエッチェが、ありふれた言葉で誤魔化す。ふふんとクルテは笑っただけだ。


「森の精霊に匿われてた連中って埋められてたけれど、一度死んだってこと?」


 ピエッチェの質問に

「森の精霊が村人を死なせるもんか……土に埋めて眠らせてただけ。眠ってても眠った年月の分だけちゃんと(とし)を食ってる。それに服に泥汚れがないのも精霊が気を遣ったからだ」

クルテがニヤリとする。


「森の精霊って親切なだけじゃなく、なんか世話女房タイプみたいだな……居なくなった時よりみんな老けてるってこと?」

「その分、精霊が若返ってる」

「へ?」

「眠ったまま飲み食いしないで生き続けさせるんだ。精霊だって見返りを欲しがって当然だろう?」


 そんなもんなんだろうか、とピエッチェが考えているうちにクルテが歩き出す。

「行くぞ、ゴゼリュスの死体をババロフに見せて埋めて貰おう――おーい、ババロフ、こっちだ」


 村人の群れの中でババロフが振り向いた。カミさんと、息子らしい男とその妻らしい女、そして若い男は孫だろう、と一緒にいる。何か家族に言ってから、クルテたちのところに向かってくる。それを見てクルテがゴゼリュスを見付けた家の方へと歩いて行った。


 昔、東の山にいた黒ヤギかも知れないとババロフは言った。村まで降りてくることもあったが、悪さをすることもなかったから放っておいた。

「いつの間にか来なくなったと思ったら、魔物になっちまってたなんてなぁ」


 ババロフに頼まれて数人の男がゴゼリュスを古布に包んでいると、ババロフの宿の方からカッチーが息せき切って駆けつける。


「温泉が戻った! 流れてる!」

「そうか、そうか……ありがとう。ピエッチェ、クルテ」

ババロフが(くずお)れて男泣きに泣いた。


 ゴゼリュスは、遺体を布に包んでいた男たちが東の山に運んで埋葬することになった。行方不明者は全員戻ってきたとのことで、それぞれの家族が自分たちの家に戻った。ピエッチェとクルテはババロフの家に呼ばれ、そこで朝食を摂ることになる。


 だが、行方不明者の家に食料品があるはずもなく、あっても変質していて食べられない。ババロフが、まずは村人たちに等分になるように保管していた食料を分けることにした。ババロフ家の食事はそれが終わってからだ。


「あとで街に買い出しに行かにゃあなんねぇな」

嬉しそうにババロフが愚痴る。


「金はあるのか?」

ピエッチェの問い掛けに、

「帰ってきた連中はみんな元気だ。朝飯が済んだら家にある(たきぎ)を荷台に積むって言ってる。街に牛を牽いてってくれるとも言った」

涙を堪えてババロフが答えた。


 それからピエッチェとクルテを見て、

「あんたたち、この村に居ついちゃくれないんだろう?」

情けない顔をした。


「俺たちはこの村に必要なさそうだからなぁ」

とピエッチェが答える。

「せめて明日の朝までいてくれないか? 街から美味いモンを仕入れて来させる。酒も買ってくる。な、いいだろう?」


「これから村を立て直さなきゃなんだから、そんな無駄遣いしちゃあだめだよ」

クルテが微笑んでそう言った。


「明るいうちにグリュンバに着くよう村を出るね」

「クルテ、やっぱジャノじゃダメか? 随分仲良くなったみたいだったが?」

「ジャノには辞書を渡した。ジャノが、勉強しながら子どもたちに教えてくれる。これからも子どもたちを集めて読み書き教室を続けてよ」

「ジャノが?」

「大丈夫、ジャノを信じて。教師になるって約束してくれた」

「ジャノに親切にしていると思ったら、そう言うことだったのか。自分たちが去った後のことまで考えてくれていたんだな」


 話を聞きながら、いつの間にと思うピエッチェ、とっても苛立たしいのはなぜだろう?


「それからババロフ、ひとつお願いがあるんだ」

「あんたらのお願いなら何でも聞くぞ?」

「そんなこと言っちゃっていいのかな?……朝ご飯の前に、カッチーと話がしたいんだ。どこにいるか知ってる?」

「カッチーか……」

ババロフが顔を曇らせる。

「カッチーなら自分の家に帰ったよ。案内しよう」


 歩きながらババロフが

「カッチーはもともと孤児なんだ。父親は七つの時、母親は十一の時、アイツを置いて逝っちまった」

と絞り出すように言った。


「何人かがアイツを引き取ろうとしたけれど、アイツは自分の家にいると言って聞かなかった。母親との思い出を捨てられなかったんだろうな……騎士病がどうしようもなく深刻になって、残った村人を俺の宿に集めたんだけど、アイツはなかなか自分の家を離れようとしなかった。おまえの力が必要だ、助けてくれ――そう言ったらやっと来てくれたんだよ」


「それじゃあ、アイツ、これからは一人で暮らすつもりなのかな?」

ピエッチェが問うと、

「俺としては(うち)に来てくれたらなぁと思う。でもな、カッチーがなんと言うか……ここだ。ここがカッチーの家だ」


 ババロフが立ち止まったのは、割と裕福そうな家の前だった。

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