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ホイッスルがピーーっと長く鳴ったらピエッチェ、ピーピーピーと短く切れて鳴ったらクルテ、ロープの根元にはそれぞれの名を書いた札を下げる。食事をしながらそんな話をした。
「これで引っ張るロープを間違えたりしない」
そう言ってピエッチェが、ミートボールをスプーンで一口大にした皿をクルテの前に押し出した。
これくらい自分でできないのかよと言いたいが、縋るような目で見られると言えない。目の前に置かれた皿を見て嬉しそうな顔をするクルテに、報酬のほうが上かも知れないとさえ思ってしまう。
「いいなぁ、クルテは」
ボソッと言ったのはマデルだ。
「ピエッチェは優しくて、甘えればなんでもしてくれそう」
「なんでもってのは言い過ぎだぞ。できないことはしないよ」
「できることだったらなんでもするって事よね、それ」
「マデルさんも甘えたらいいんですよ」
ニヤニヤするのはカッチー、
「王太子さまならきっと、ピエッチェさんみたいに嫌がる素振りもなくやってくれますよ」
と、余計な事まで言う。
「そりゃあ、彼じゃなきゃできない事や真面目な依頼なら引き受けてくれるだろうけどさ。むしろ彼はクルテタイプ。二人きりだときっと、ラクティメシッスさまはクルテみたいな目をして『この大きさでミートボール? 食べにくいと思いませんか?』ってわたしを見る。で、わたしが切り分けてあげることになる。甘え上手なのよ」
溜息交じりだが、マデル、それは惚気以外の何物でもないぞ。
「マデルさんって世話女房タイプなんですね。そして王太子さまとクルテさんは甘え上手?」
「クルテと彼って同じタイプなのかも。甘え上手だけど、決まった相手にしか甘えないの――わたしが世話女房だとしたらピエッチェは? 世話亭主ってのは聞いたことないね」
クスクス笑うマデルとカッチー、言ってろよと思うピエッチェ、クルテはミートボールをもぐもぐするのに夢中で聞いていないようだ。
なんとなく、
「旨いか?」
と訊いてみるとピエッチェを見上げて
「うん。食べやすくしてくれたピエッチェのお陰」
とニッコリする。なんて可愛いんだろう? 『代替案を言え』なんて言ったのと同一人物だとは思えない。
でも、それでいいんだ。クソッたれと思ったり、なんて可愛いんだと思ったり、そんなことが繰り返されてますます好きになっていく。いつでも可愛いだけなら、いつか飽きてしまうかもしれない。やっぱり俺のパートナーはコイツしかいない。
食事を終えて寝室に行くと芳香が漂っていた。ギュリューで買い求めた花は萎れてしまい、片付けた。
「夜香花だよ」
クルテがテーブルを見る。薄絹で作られた小さな巾着袋は夜香花のポプリだ。夜になったから、香りが蘇ったと言う事か。
すぐに寝るのかと思っていたのに、クルテは椅子に腰かけてしまった。ニコニコ顔でポプリを指先で突いている。随分と機嫌が良さそうだ。
明日は日の出とともに森に入ると言っていた。大好きな日の出を見ることができるから機嫌がいいのかもしれない。でも、それなら日の出より早く起きなくちゃならない。
たまには先に寝てしまおうか? そう思ったがやめた。気になることがたくさんあって、寝付けるとは思えなかった。
「なぁ」
もう一脚の椅子に腰かけてピエッチェが問う。
「ノホメの話はどこまでが正しいんだ?」
「んーー、全てノホメにとっては真実」
表情を変えずにクルテが答えた。
「間違いがあったとしても、わたしには判らない。多分」
「多分ってことは、判ることもあるかもしれないってことじゃないのか?」
「部分的になら、知ってることもあるかも」
「例えば、人魚の封印の話でザジリレン王が出てきたけど、あれは?」
「あぁ……カテロヘブが考えている通り、グレナムの剣だ」
クルテがニヤッと笑った。
そしてニヤニヤ笑いを消さないまま、ピエッチェを見ずに言った。
「わたしに嘘を吐くなって言うくせに、おまえ、嘘つきだよな。剣に精霊が宿ってるって前に話した時、知ってるのに惚けたよな」
「それは……」
「それに人魚の封印の話だって、よく知ってる話だろう?」
「マデルやカッチーの前では知らないほうがいいかなって」
「それに魔法は使えない? 大嘘つき。ホント、おまえの秘密は美味しすぎて、いつもお腹いっぱいになっちゃう」
「あ……」
コイツは秘魔、隠し事ができる相手じゃなかった。
「人魚の封印にザジリレン王が関わったのは知ってた。不本意とは言え人魚を騙したことを恥じて、国王は同行した者たちに箝口令を敷いたんだ。だからザジリレンでは一切知られていない話だし、ローシェッタでもザジリレン王のことは広めない約束だった。思わずノホメの口を封じたくなったが無駄な足掻きだな」
これは説明か、いい訳か? クルテが鼻で笑う。
「ふん、わたしが知らないとでも?」
「おまえ、黎明の精霊とは知り合いなのか?」
「知り合いってこともない」
「でも、力を借りてるって言わなかったか?」
「グレナムの精霊はザジリレン王にしか力を貸さない」
「そうか……おまえは俺を守ると言った。だから力を貸してくれるってことだな」
クルテは答えず、弄んでいたポプリを手に取るとポンと上に投げては、落ちてくるのを受け止め始めた。
「こうすると、香りがドンドン部屋に広がってく」
楽しそうだ。
「ポプリを持ってれば、ここの森の女神がおまえの恋が叶うよう守るって?」
「それは迷信。誰もこれと同じポプリを手に入れてないはず。だから、叶うかどうかを確認してない」
「あぁ、姿を現す満月の夜には怖くて森に行けないんだった。誰も花を手に入れられないな。でも、それじゃあなんでポプリにしたんだ?」
叶えたい恋の相手は俺か? そう訊きたかったのに……心が沈んだのを感じたピエッチェだ。
「それは……迷信はなぜ生まれるのかを考えれば判るよ」
またもクルテがクスッと笑った。
「迷信はなぜ生まれるかなんて考えたこともない――それより、おまえ、ノホメの心を読んだんだろう? 何か判ったか?」
「なんにも判らなかった」
クルテはまた笑ったが、今度は苦笑だ。ポプリをポンポンするのをやめて真面目な顔になる。
「ラジって呼んでたのは本当。でも、ラジジュマニュレとかラジジャメニョレってのは出任せだ。教えるわけにはいかないって思ってた。だけどそれだけ。正しい名は思い浮かべなかった。母親に似ていなかったってのも嘘。母親にも似てた。父親の方にもっと似てたってこと」
「両親の顔を知ってるってか?」
「うん、思い浮かべてたけど名までは思い浮かべなかった――マデルの前ではそのどちらにも化けられない。なんで顔が判ったのかって訊かれるし、化身できる魔法使いなんかいないからね」
デレドケでフレヴァンスに化けたことを思い出したピエッチェ、思い浮かべた顔になってみたらどうかと考えていた。それをクルテに先回りされた。
「だっておまえ、マデルの前でフレヴァンスに化けたじゃないか。なんで今さら隠すんだ?」
「あの記憶はとっくにマデルから消したよ――マデルはわたしを人間じゃないって見抜いてた。だからその記憶を消した」
「えっ? ちょっと待て!?」
「うん、ラクティメシッスも気が付いてる。でもマデルと違って入り込めない」
「入り込めないって?」
「わたしが秘魔だと忘れたか? 秘密を食らう。マデルの中の『クルテは魔物』だっていう秘密を食った。根こそぎ食ったけど、魔物だってバレるようなことをすれば、また気が付く」
「もうちょっと詳しく聞かせろ。マデルはおまえが魔物だって言うのを秘密にしてたってことなんだな?」
「ピエッチェに言うべきか悩んでた」
「その秘密を食っちまったから、マデルはおまえを人間だと疑ってない?」
「その通り」
「で、ラクティメシッスはおまえをなんだと考えてるって?」
蒼褪めるピエッチェに、クルテが溜息をつく。
「おまえだってもしかしたらと思ってたんだろう? ギュリューのレストランから警護兵の詰め所に行く途中で、ヤツが探りを入れてきたことに気付かなかったとは言わせない」
魔物のような、でも違うような? あんな気配を発するものには遭遇したことがありません――ラクティメシッスはそう言っていた。あの時、クルテは巧く正体を隠せたんじゃなかったのか?
「街人たちと揉めてる最中はね。あそこにいた連中全員に魔力を拡散させて、源がどこかを判らなくしてた。ローシェッタの王太子はマデル以上の魔法使いだって聞いてたからね。でも、リュネの上では無理だった。おまえとリュネの魔力、両方をわたしが引き受け、わたしのものと錯誤させるのが精いっぱいだったよ」
「もうちょっと簡単に言え」
「ふむ。おまえとリュネに魔力はないと、ラクティメシッスに誤認させるのには成功した」
「それで? それでおまえのことは?」
「本人が言ってたじゃないか。魔物とも違うって。おまえの魔力もわたしのものだと思わせたから混乱してるのかもね」
「だけど、このまま放っておいちゃくれないぞ? 魔物だってバレたらおまえ、退治される。今すぐマデルとは別行動にしよう。ローシェッタの魔法使いが結集してかかってきたら、俺だってどうにもできない」
「マデルと仲良くしてる限り大丈夫だよ」
「なんでそんなことが言い切れる? マデルは俺たちよりもラクティメシッスを取るに決まってる」
「そりゃそうだ、ラクティメシッスに決まってる」
クルテがクスッと笑う。
「やっぱ、おまえ馬鹿だ。わたしが秘魔だってことをまた忘れてる――ラクティメシッスがわたしを魔物として退治すると決めたら、まずマデルにそのことを言う。マデルのそばに居ればラクティメシッスの動きは筒抜け、いつ来るか判らないのを恐れなくて済む」
「でも……俺たちがフレヴァンス救出に動いている間だけ見逃すつもりなのかもしれない。救出に成功するか、諦めるかしたらすぐ討伐される可能性がある」
「ラクティメシッスも完璧じゃない。感情を隠すのははマデルよりもずっとヘタくそ。心に入り込むのは無理でも、読むのは簡単。お陰で考えてることが丸見え――魔物を連れてるおまえを変わったヤツだって思ってた。それとも知らないのかなとも考えた。出した結論は『人の恋路を邪魔するのは不粋』だった」
「それっておまえを見逃すってことか?」
「うん。わたしのことをピエッチェに恋をしている〝魔物みたいな何か〟だって考えてるね」
クルテが俺に恋してる? ぐっと胸が熱くなったが、それはラクティメシッスが勝手に考えたことで事実ってわけじゃない。
「だからマデルには『ピエッチェがクルテの気持ちを蔑ろにするようなことがあったらすぐに報せろ』って言ったみたい」
「あぁ? なんか、またわけが判らん」
「もし破局したら、本性を剝き出しにしたわたしがピエッチェを襲うらしいよ」
クルテが楽しそうに笑った。




