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森を探索する話じゃなかったのか? そう思うものの、確かにラジのことも気になる。むしろ穴への対処は二次的なもの、ラジのほうがフレヴァンス救出には重要だ。
「しかし、ラジって呼び名だけじゃどうにもならないぞ?」
ボヤくピエッチェ、クルテがマデルを見て、
「三十三年くらい前に行方不明になった上流貴族の令嬢がいないか調べて。それと、例のリストの中にラジなんとかって名前を付けそうな家はある?」
と訊いた。なるほど、継承された名がある上流貴族も多い。
「誘拐だと行方不明じゃなくて、世間体を気にして病死とかになってる可能性もあるね。ラクティメシッスさまに連絡して、そのあたりも含めて調べて貰うよ。名の継承については、わたしもそう思って思い出そうとしてるんだけど、ちょっと思いつかないなぁ――ノホメが覚え間違いしてないかな? かなり風変わりな名前だよね」
と、マデルが言った。
それを受けてピエッチェが
「間違えてってのは、あるかもしれないな」
と言えば、
「ラジジュマニュレだかラジジャメニョレだか? 笑いそうでした」
とカッチーがニヤニヤした。『まるでクルテさんの叫び声』と小さな声で言ったのは、クルテには聞こえなかったようだ。
「ラジってのすら嘘って可能性もある」
これはクルテ、
「ノホメ、かなりしっかりしてた。覚えてないんじゃなく、言いたくなかったんじゃない? いくら十八年前には居なくなった人だとしても、それまで十五年間、少なくとも呼び名を使うような関係性だったのに忘れないよ」
と何か考えながら言う。
「クルテさん、呼び名は覚えてるけど本名はって事でしたよ?」
カッチーが少し面白くなさそうに言った。ノホメを好意的に見ているようだ。けれどクルテはカッチーを否定する。
「呼び名を使うってことはそれなりに親しいってことだ。ノホメの身分だったら上流貴族さまの呼び名を知ってることすら可怪しい」
「それもそうね」
クルテの味方をしたのはマデル、
「ラジから見ればノホメは召使と同等。そのノホメに呼び名を使わせたりしない」
経験から出てくる言葉だ。
「幼少の頃ならお坊ちゃまお嬢ちゃま。成人したり、なんらかの称号を与えられればその称号か、正式名に『さま』を付けて呼ぶのが普通ね」
「身分の違いですか。面倒ですね。それに胸糞悪い。どんなに献身的にお仕えし、毎日顔を会わせてたっていつまでも見下されてるってことですね」
そう言ってからカッチーがピエッチェを見た。
「だけどここに、そうじゃない人がいます。ピエッチェさんは俺にも親切だし優しいし、威張り散らしたりしません」
「マデルの言うのも間違ってはいないんだよ」
ピエッチェが複雑な思いで、どう説明したらいいか迷う。ピエッチェと名乗らなくてはならないようなことになっていなければ、いくら貴族の出だと言っても後ろ盾もなければ素性もはっきりしないカッチーと親しくなっていなかった。そもそも側近が近づけさえしなかったはずだ。
だから話しをすり替えた。
「反対を考えてみれば判るんじゃないかな? 相手が上級貴族と判っていて、そう親しげに話したりできないだろう? 例えばラクティメシッスさまに馴れ馴れしく話しかけたりできないよな?」
「あっ……まぁ、そりゃ、そうですよね。ギュリューのレストランで、俺、一言も話してません。なるべく見ないようにしたし、近寄っちゃいけないって思ってました」
「だろう? そんなもんなんだよ」
「でも、ピエッチェさんは何かお話ししてましたよね?」
「話しかけられてお答えしないのも無礼だからさ」
「王太子さまに話しかけられても堂々としたもんだ、ピエッチェさんはさすがだなぁって俺、感心してたんです」
すまないカッチー、俺は素性を隠しているんだ。
「ま、ラジのことはまた考えることにして、森の穴、探しに行く?」
唐突にクルテが話を変えた。心苦しさから逃げ出して、すぐさま話に乗ったピエッチェだ。カッチーの賛辞は半ば無視したことになる。が、まぁ、仕方ない。
「探すって言っても、森は広い。どこから探す?」
「ふふん、隅から隅まで。でもその前に準備しなきゃ」
ニヤッとクルテが笑う。
「隅から隅までって、いったいいつまでここに居る気なんだよ? それに、準備ってどんな?」
「丈夫なロープを買いに行く」
「ロープ? デレドケで使ったヤツは?」
「あれよりずっと、ずぅーっと長い方がいい。太くって簡単には折れそうもない木に結ぶ」
いったいクルテは何がしたい? そう考えてピエッチェが気付く。
「万が一、穴に飲み込まれたらロープで引っ張り上げる気か?」
「そう! 少し察しが良くなった――誰かが支えるんじゃ一緒に引っ張り込まれて終わり。だから木か、建物、そんな動きそうもないのを支柱にする」
「いや、しかし……」
ピエッチェが難色を示す。それって、飲み込まれることを前提に考えてる。引き上げきれなかったらどうする?
「なんだ、反対? じゃあ、代替案を言え」
「えっ?」
ムッとするクルテに怯むピエッチェ、マデルとカッチーが困り顔で見交わしたのは、また言い争いになるとでも思ったか?
「いや、反対とまでは言ってない。だけど、ロープを使ったからって引き上げられるとは限ってないし、できれば飲み込まれないよう対策を練ったほうがいいんじゃないか?」
「飲み込まれないためにはどうすればいい?」
「いや、それは、うん、考えているところだ」
「考えたけど、思いつかないんでしょ?」
図星だ。反論できなくなったピエッチェが黙り込む。
フン、と鼻を鳴らしたクルテ、今度はマデルとカッチーに向かい
「マデルとカッチーは結び付けたロープの見張り番。わたしとピエッチェで森に入るから」
役割を押し付ける。ピエッチェの反対を押し切って実行すると決めたようだ。
「俺、またロープ番ですか?」
不満を言うカッチーに
「今度はデレドケの時とは比べ物にならないほど重要。合図が有ったら力いっぱい引っ張らなきゃダメ」
クルテが言えば、
「確かに重要だわ。引き上げられなければ、わたしたち、ピエッチェかクルテを失うことになる」
マデルが青い顔で言った。
「わたしにできるか……自信がない」
するとクルテが微笑んだ。
「大丈夫、わたしも魔法を使う。マデルも魔法を使って。それにカッチーは力持ちになった。ピエッチェを押さえこんだんだってね」
なぜそれを知っている? 思わず言いそうになるピエッチェ、寸でのところで思い止まった。俺の心を読んだに決まってる。
「穴に落ちるのはいつも一人ずつ。だからマデルとカッチーが引っ張るロープは一本でいい。ロープは二本、どんな合図でどちらを引っ張るか、これはキチンと打ち合わせしておく」
「今までは一人だったかもしれないけど、二人同時に落ちることはないと決めつけるのは危険だ」
ピエッチェがクルテを見る。こうなったら反対したって無駄だし、他にいい考えも浮かばない。だったら、どうやって成功させるか考えよう。
「寄り添っていなければ、同時に落ちることはないと思う。それとも寄り添っていたい?」
真面目な顔で見上げてくるクルテに、
「いや、そうじゃなくって……少し離れて森を行くってことだな。どれくらい離れればいい? 穴が出現した時、手を伸ばせば届くほうがいいと思うんだが?」
顔が熱くなるのを感じながら答えるピエッチェ、なんか不意打ちされた気分だ。
「手を引っ張って貰えればロープで引っ張り上げる手間はなくなるけど……やっぱり二人とも落ちるかもしれない。手が届かない距離を取ったほうがいいと思う」
きっぱり言い切ったクルテにフイッと顔を背けられれば、それ以上言えない。そんな言いかたをされて言い募れば、くっつきたいって言ってるようなもんだ。
「手玉に取られてますね」
カッチーが密かに笑いを噛み殺した――
宿の受付に寄ってデッセムにロープが買える店を教えて貰う。朝食代だと言って金を出すと『あっ!』と小さく叫んだデッセム、
「すっかり忘れてた。帳簿があわなくなって女房に叱られるとこだった」
と笑う。
「さすがに王太子さまがお褒めになるだけのことはある。他のヤツならこっちが言い出すまで知らん顔を決め込むよ」
「そんなことができないのがピエッチェさんなんです」
カッチーが誇らしげに言った。
「で、ロープを身体に括り付けて森を探索するって? そんなんで、本当に大丈夫なのかなぁ? 祖母ちゃんが、危ない橋は渡るもんじゃないって言ってたけど、止めてもやめないんだろうね」
そう言いながら、店への地図を書いてくれたデッセムだ。
「うちのお客だからサービスしろって言うといいよ。女房の実家だ。でも、森の探索に使うなんて言っちゃダメだ。この村じゃ、森に入ったら道を外れるなってのが決まりだからね」
教えてくれた店はすぐに判った。
「一番長くて、人を吊るせるようなロープ? 何に使うんだい?」
不思議そうな顔をする店主はデッセムの妻の父親だろう。
「まぁ、何に使うんでもいいや。デッセムの紹介なら売らないわけにもいかないさね」
勝手に話を切り上げてくれて助かった。森の探索に使うと言えないのだから、どう説明したらいいのか判らない。
長さが足りないとクルテが言い、ロープは四本買った。繋げて使うのだ。
「結構重いです」
ロープを持ち上げてカッチーが嘆く。どうせクルテは魔法で軽くする気だ、と思うピエッチェ、森の聖堂の女神の像を思い出していた。
ほかに皮の手袋を四双と粉末のチョーク、そしてホイッスルを二つ買った。
「手袋を嵌める前にチョークの粉を手に付けると抜けを防げるんだ」
首を傾げるカッチーにピエッチェが説明した。皮手袋はロープを引っ張る際に手の保護、ホイッスルは引っ張る合図をするためのものだ。
「あんたたち、封印の岩の後ろの崖を登る気だね? たまに居るんだよね。で、失敗して落下、大怪我だ。成功したヤツはまだいない。あんたたち、落ちないように気を付けるんだよ」
店の主人はまたまた勝手に話を作り上げてくれた。
「あぁ、怪我はしたくないからね」
微笑んで答えたピエッチェだ。
宿に戻る頃には日が暮れかかっていた。
「夕食、どうする? 今日は当宿自慢ミートボールの日だ」
「やった! ミートボール、大好きです!」
喜ぶカッチーに、
「ミートボール、一つオマケしとくか」
と喜ぶデッセム、
「オマケはこいつの分だけでいいぞ」
ミートボールのボリュームを思い出したピエッチェが慌てて言った。
ほかにジュースとビール、果物を頼んでコテージに戻る。
「森に行くのは明日だな」
「ビールを頼んだ時点で判り切ってた」
笑うマデル、クルテは
「ビール一杯じゃ酔わないよね?」
と不平を言ったが
「食べたらすぐ寝る。明日、日の出とともに森に入るよ」
と、なぜかニヤッとした。




