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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
8章  窪みは常に動く

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 夜明け前にカッチーを(くすぐ)り起こし、宿をあとにした。受付に行くと、待っていたセンシリケが『お口にあうといいのですが』と包みを差し出してくる。昨夜は辞退したが、こうなっては受け取らないのも意固地すぎる。ありがたく受け取ることにした。

「ご無事なお戻りをお待ちしております」

センシリケの見送りの言葉はピエッチェたちのこともそうだが、妻と娘への思いが込められたものだっただろう。


 デレドケから、コゲゼリテ間道のグリュンパとの分岐点に出た頃にはすっかり明るくなった。すると、

「この辺りで朝食を摂っておこう」

とクルテが言い出す。予定していたより少し早い時刻だ。


「なんだ、腹が減ったか?」

ピエッチェが苦笑するうちに、リュネが道の端に寄って勝手に足を止めれば、さらに苦笑するしかない。


 リュネに野菜屑の箱と水を入れたバケツを置いてやり、自分たちは荷台で食事を始めた。センシリケが持たせてくれた弁当は朝用・夜用とメモが付けてあり、朝用は目玉焼き・焼いたベーコン・揚げた芋・生野菜・茹で野菜、ヨーグルトの小瓶と房にしたオレンジ、それに丸パンが三個、一人分ずつ四つの箱にきっちり詰められていた。ジュースの大瓶も数本あった。


「宿の朝食をそのまま詰めたのね」

マデルは笑うが、

「こんな時間に用意したんだ。特別に作ったんだろうよ」

とピエッチェ、クルテは

「食べきれない」

と不満そうだ。


「食べきれなくても心配ないですよ。夕食は傷みにくい具材のサンドウィッチだって言ってましたね。楽しみだなぁ」

カッチーは一見いつも通りだが、ちょっと違う。さっきから後ろを気にしている。後ろに続く道を行けばそこはコゲゼリテ、里心を感じても仕方ない。判っちゃいるが誰も何も言わない。帰りたいのか? なんて訊けない。


「ここで火は起こせないな。水も茶葉もあるけどお茶はグリュンパまでお預けだ」

「グリュンパでサロンに寄る時間はあるかしら?」

「なければジェンガテク湖までお預けってことだな」

お茶好きのマデルが寂しそうな顔をするがどうしようもない。


 クルテは自分の分のヨーグルトとオレンジを食べてしまうと、ピエッチェを見上げて

「オレンジ、食べないの?」

と訊いてきた。黙って自分のオレンジをクルテの箱に入れてやる。クルテはニヤッと笑うとすぐ口に運んだ。それを食べてしまうと

「お(なか)いっぱい」

箱をカッチーに渡そうとする。


「なんだよ、腹が減ってたんじゃなかったのか?」

「減ってたけど、お腹いっぱい」

ツンと言い放つクルテ、

「おまえなぁ……まぁ、いいか」

あとで腹が減ってもリンゴはやらないぞ、そう言おうとしてやめた。箱を受け取ったカッチーが、またもチラリと後ろを見たからだ……あぁ、そうか。カッチーのためにクルテはここで馬車を停めたんだ。


 食事を終え、リュネの餌箱とバケツをカッチーが片付けた。途中、コゲゼリテのほうを向いて佇むカッチーに『なにしてる?』なんて無粋なことは誰も言わない。見て見ないふりをしていた。


 昼前にはグリュンパの街に入った。朝食後には荷台で寝てしまったカッチーを、さすがに(いびき)を響かせて街中は行けないからと揺さぶり起こす。朝と違い(くすぐ)らなくても済んだ。

「グリュンパですね」

寝ぼけまなこでカッチーが呟いた。


「お茶する時間はあるかな?」

遠慮がちなマデル、

「荷馬車を預けられるところ、知ってるか?」

カッチーに問うピエッチェ、リュネの(たてがみ)を編んでくれた馬具屋は方向が違う。


「それなら、ボシェッタ爺さんのところが近いですよ。コゲゼリテで買い出しの時に牛を預ける『なんでも屋』、ピエッチェさんも一緒に行ったことがあります」

「あぁ、あそこか……」


 ボシェッタ爺さんに荷馬車を預け、近くのサロンで休憩した。クルテがプディングと果物の盛り合わせを頼むとマデルとカッチーも便乗した。お茶だけだと思っていたのに、なんでわざわざ手のかかるものを頼むんだろう? 面白くないが細かいことをいちいち言うのも気が引ける。が、クルテが、

「シスール周回道、クサッティヤ村からミテスク村経由で行く」

と言い出した時にはさすがに呆れた。


「おまえ、そっちの方が遠回りなんだぞ?」

「ミテスク村を夜中に通過できれば、ベスク村に入るのは明日になってもいいよ」

ミテスク村は封印の岩のあるところ、ベスク村は例のコテージの宿がある。グレイズの妻が落ちた穴は、コテージから湖に出る道を行った右側の森だ。シスール周回道からも入っていける。


「って、今夜は野宿する気? ううん、寝る気はないってこと?」

マデルが苦笑する。


「マデルとカッチーは毛布を出して荷台で寝ちゃって」

クルテが軽く言う。

「ピエッチェはわたしと一緒に起きてて」


「俺はともかく、リュネは? 高齢なんだから少しは寝かさないと」

「ミテスク村でリュネも休める。リュネを安全な場所に置いたら、村に用があるからピエッチェもついてきて」


「用って何なの?」

「マデルには内緒。ピエッチェとわたしの秘密」

ニヤッと笑うクルテ、いったい何を企んでるんだと思うが、ここは口出ししないほうがよさそうだとピエッチェも何も言わない。


「そんなこと言われると余計に気になるわ」

マデルはなんとか聞き出したかったようだが、サロンの店員が注文品を運んで来たので諦めたようだ。クルテはプディングに夢中になった。


 ところが、サロンを出てボシェッタ爺さんのところへ向かう途中、思いもしない出来事が起きる。

「カッチー? カッチーじゃないか!」

声を掛けてきたのはババロフだ。見たことのある顔の男と一緒だ。

「それにピエッチェさんにクルテさん! こんなところで会うなんて」

涙ぐまんばかりに喜んでいる。


 (たきぎ)を売りにグリュンパに来たらしい。一緒の男は女神の森で眠っていた中の一人だろう。(かね)はちゃんと届いているかと尋ねるピエッチェに、

「きっちりいただいてます……約束より少し多いようですが?」

と答えた。するとクルテが、

「届けるよう頼んだ人が端数を勝手に切り捨てたんじゃないかな?」

と笑う。

「いいよ、気にせず取っておいて。温泉はどんな感じ? いろいろ物入りなんじゃないのかな?」


 えっ? とババロフが目を丸くする。

「クルテさん、女性でしたか?」

そうだ、コゲゼリテでは『僕』で通し、村の娘を嫁にしろと迫られていた。


 クルテは曖昧に笑うだけ、見かねたピエッチェが、

「ま、悪く思わんでくれ」

代わりに答えた。


「なるほど……」

ニヤリと笑ったババロフ、いったい何を『なるほど』と思ったのか? 気にしても仕方ない。その想像はきっと見当はずれだ。けれど、まるきり当たってないわけじゃない。


 ババロフたちも用事を済ませた後で、ボシェッタ爺さんに預けた牛を引き取りに行くところだった。一緒に行こうと言う事になるが、今度はボシェッタ爺さんが

「ここで少し話して行け」

と、気を使う。カッチーとは既知のボシェッタ爺さん、ババロフたちがカッチーを気にしていたことも知っている。積もる話もあるだろうと思ったようだ。


「今度はいつ会えるか判らんのだろう?」

椅子を出し、お茶まで用意してくれれば、先を急いでいるとも言えなくなった。クルテをチラリと見ると

(シスール周回道を真っ直ぐベスクに行く)

と頭の中で声がした。

(ミテスク村は諦めた。また今度にする)

悲しげな声にピエッチェの心が騒ぐ。が、ババロフと嬉しそうに話すカッチーを見るとダメとは言えなかった。


 マデルはさぞかし居心地が悪いだろうと思っていると、そうでもなかった。ニッコリと笑みを浮かべてカッチーたちの話を聞いている。それどころか、

「へぇ、ジャノって娘さん、クルテに夢中だったんだ?」

グイグイ話に入り込んでいる。


「そうなんだよ、今でも時どき物思いに(ふけ)ってる。実はクルテさんが女と知ったらショックだろうなぁ」

「わざわざ教える必要ないよ、こういうことは黙っとくもんさ」

一緒になってげらげら笑い、すっかり馴染んでいる。


 そうだ、マデルはそんなヤツだった。俺たちと出会った時もすぐに馴染んだ。マデルの図々しさは長所だ。本来なら大貴族の令嬢、だけど気取ったところがない。それが長所でないはずがない。


 ミテスク村に寄らないなら、却って早くベスク村に着きたい。

「そろそろ行かないと……コゲゼリテのみんなによろしく」

クルテが立ち上がる。


「あぁ、俺たちも帰らなきゃな。どこで遊んで来たってカミさんに叱られる」

ババロフも立ち上がる。

「ピエッチェさん、クルテさん、それにマデルさん。カッチーのこと、くれぐれも頼みます」

深々と頭を下げるババロフの肩をボシェッタ爺さんが励ますようにポンポンと叩いていた。


 リュネを少し急がせてシスール回遊道に向かった。ババロフたちと話している間にボシェッタ爺さんから角砂糖を貰ったリュネは元気いっぱいだ。

「角砂糖とは奮発したんだなぁ」

半ば呆れるピエッチェにクルテが、

「お茶に入れるのを流用しただけだ」

と答えた。

「あのお爺さんからしたら、お茶に角砂糖ってのも大盤振る舞いさ。よっぽどババロフはカッチーの事、あの爺さん相手に零してたんだろうね」


 いつも通り(ぎょ)しゃ席にピエッチェ、その隣にクルテ、二人の話は荷台のマデルとカッチーには聞こえないだろう。マデルとカッチーも何やら雑談に興じているようだが、何を話しているのかさっぱり聞こえない。時どき笑い声が聞こえるだけだ。


「ボシェッタ爺さん、リュネを預けに行ったら、カッチーを見て開口一発『おまえ、元気でいたのか?』だったもんな」

「しかし、まさかババロフに会うなんてね――まだ時は満ちてないって事かな?」

「なんだよ、それ? ミテスク村の件か? おまえ、あそこで何をするつもりだったんだ?」

「そんなの、行ってみなくちゃ判らないよ。行ってみて、何もしないで通りすぎるだけかも知れない。とにかく今日は行かない。また今度」

また今度、の今度はいつになるんだろう?


「フレヴァンス捜索と関連しているのか? それくらい言っとけ」

「それも今んところ判らない。煩いよ。判ったら言うからもう聞くな」

「眠くなったか?」

都合が悪くなると眠いと言い出すクルテの先回りをしたピエッチェ、

「いや、眠くはない。むしろ腹減った」

ムッとした顔でそう言ってから、クルテがクスッと笑った。


 クサッティヤ村のサロンで休憩することにした。ここでの菓子はチェリータルト、これはピエッチェも一緒に食べた。

「サクランボ、たっぷり!」

大喜びのクルテを

「黙って食え!」

思わず窘める。周囲の客が笑っていた。


 ベスク村に着いたのは陽が沈んでからだ。

「グリュンパの手前で待ち伏せされて、王太子さまに助けられたんだって?」

コテージのある宿に行くと(ある)が、ピエッチェたちを見るなり言った。

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