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ラクティメシッスの力を借りてレストランのトラブルを解決した翌日、ピエッチェがマデルとカッチーに、ジェンガテク湖に行くと告げたのは朝食の時だ。
「デレドケの墓地にあったカジノの出口、ゴルゾンが言っていた宿の地下室、庭のイチョウ、あの男の女房が落ちた穴、それが全部同じなんじゃないかってピエッチェは考えてるんだ?」
マデルがピエッチェに確認する。そう考えたのはクルテだが言ったのは自分、面倒なのでピエッチェも否定しない。
「根拠らしい根拠はないけど、あえて言うならすべて地下……イチョウは根が地下に伸びてるってところと――」
チラリとクルテを見る。
「デレドケの宿の不思議な空間の話はしたよな? 大広間はともかく、でっかい水たまりは地下だと思う。かなり階段を降りた」
クルテが頷き言葉を繋ぐ。
「うん、どこまで降りるんだろうって呆れるほど。天井も空みたいに遠かった。月が浮かんでないのが不思議なくらい」
幾らなんでも、空ほどは高くないと思うぞ、クルテ。
「そして地上から見えない地下でなら、魔法を使っても簡単にはバレない。強力な魔法使いに魔力の行使を気取られないよう気を付けるだけで使いたい放題だと思ったほうがいい」
「強力な魔法使いって、クルテみたいな?」
「マデル、わたしの魔法は自己流でいい加減。魔力は強いかもしれないけど、魔法探知はきっと苦手……ラクティメシッスなら探知するかもね」
婚約者の名に、マデルが少し躊躇う。が、
「王太子さまほどの魔法使いは滅多にいるもんじゃないわ。そもそも王族って魔力が強い人が多いのよ――ザジリレンの王族も魔力は強いって聞くけど、魔法を使ったりしないらしいわね。なぜかしら?」
まるで自分はラクティメシッスとは無関係のようなことを言い、さらに最後は独り言だ。
「確かにそれ、不思議ですね」
マデルの独り言に食いついたのはカッチーだ。
「ピエッチェさん、なにか知ってますか?」
もちろん知っている。でも言えない。ザジリレン王家の秘密をこんなところで誰が言えるか? だいたい、自分で自分の秘密をバラすようなもんだ
「さぁ? 王族のことなんか、俺が知るはずもない」
「そりゃそうですね」
ケラケラ笑うカッチーにチクリと心が痛んだ。ニヤッとクルテが笑ったように見えたのは、きっと今の秘密が旨かったんだろう。
グリュンパに引き返すわけだが、どうせならデレドケに寄りたいとクルテが言い出す。シャーレジアに会いたいらしい。
「あの男のこと、シャーレジアに訊いてみたい。おいつがデレドケを出たあとは交流がなかったかもしれないけどね」
「雷のシャーレジアに手解きを受けたって言ったけど、騎士遊びの相手でもして貰っただけだ。アイツがいいように言ってるだけだよ」
ピエッチェが笑う。
「あの運動神経や勘の良さを考えると惜しいとは思うけどね。きちんと訓練を受けていれば騎士になれたかもしれないのに」
「でもクルテ、あの男のことを知ってどうするのさ?」
とは、マデルだ。
「ジェンガテク湖に出てきた穴が、男の妻を狙ったものだとでも考えてる?」
「もしそうなら、ジェンガテク湖でなくても良かった気がする。それとも、ジェンガテク湖じゃなきゃならない理由でもあったのかな?」
首を傾げるクルテ、面倒な話になるのを避けるため、ピエッチェが断を下す。
「まぁいいよ。何しろシャーレジアに会いたいんだろう? 今さら一日二日、慌てても仕方ない。シャーレジアに会ったら、すぐにグリュンパに向かう。グリュンパで一泊してジェンガテク湖、それでいいな?」
「ううん、今日はデレドケ泊。ギュリューを出る前に、リュネに牽かせる荷台を新調するよ。今のリュネにボロボロの荷台じゃ可哀想」
と言うわけで、ボロボロだった荷馬車が馬も含めて見違えるほど立派になった。カッチーがグリュンパの宿の女将さんに見せてあげたいと言ったが、クルテは『できればデレドケを早く発って、明日にはジェンガテク湖に着いていたい』と却下した――
硬めに焼いた薄焼きクッキーで、粉にしたナッツを混ぜたキャラメルクリームを挟んである。その表面を飾るのはこれまたキャラメル、見るからに甘そうな菓子を嬉しそうに頬張るシャーレジア、それをクルテがニコニコと眺めている。デレドケの大通り、東のはずれにあるシャーレジアの武具屋はキャラメルの甘い匂いで満たされていた。
外は既に夕闇が迫っているが、シャーレジアに会いに来る前にこの村唯一の宿に寄って部屋は確保してある。
シャーレジアに土産を買うとクルテが言うので、ギュリューの菓子店キューテマに寄ってきた。
『この店で一番甘いお菓子をくださいな』
クルテの言葉にキューテマのママは、
『またアップルパイじゃないのかい?』
と苦笑し、勧めてくれたのがキャラメルクッキーだ。
『甘ければ甘いほど嬉しいって人へのお土産にするんだ』
ニコニコ顔のクルテだ。武具を買いに行った時、シャーレジアは甘いモンが食いたいとでも考えていたんだろう。
お土産なんかなくてもシャーレジアはピエッチェたちを歓待してくれた。
「聖堂の森の魔物退治、あんたたちだろう? 俺の剣は役にたったか?」
剣の出番はなかったが、そのあたりは笑って誤魔化した。
上機嫌のシャーレジアに、クルテが菓子箱を渡すとさらに喜んで、お茶を振舞ってくれた。奥から椅子と小さなテーブルを出してきたものだから、ただでさえ武具類でごった返している店内はぎゅうぎゅうだ。だがそんなことは気にならないらしい。
「狭いが店先で我慢してくれ。奥に引っ込んじまったら、他の客が来ても判らんからな。最近トンと耳が遠くなったんだよ」
大声でシャーレジアが言った。
「ひとりじゃ菓子を食おうとはなかなか思わんもんだ。いいや、俺が菓子屋なんかに入ってみろ、笑い者にされちまう」
「そんな事を気にするんだね」
クスクス笑うクルテ、
「雷のシャーレジアに甘い菓子は似合わんだろ?」
楽しそうにシャーレジアも笑う。
「でもよ、昔はよく菓子を買ってた。まだ今よりは若くて、近所の子どもたちの遊び相手をする元気もあった。で、その子らに配る菓子だって言い訳もついた。子どもらと笑いながら食べる菓子は旨かったなぁ。いや、なんとも懐かしい」
キャラメルクッキーに目を細めてシャーレジアが言った。
そんなシャーレジアを見てピエッチェは、シャーレジアを読んだんじゃなく、シャーレジアを思い出していた男の心を読んだのが正解かも知れないと思う。まぁ、どっちだろうが構わない。話を切り出しやすくなったことには間違いない。
「子どもの時にシャーレジアに手解きして貰ったって男と、ギュリューで手合わせしたぞ。ソイツも一緒に菓子を食ったんだろうね」
ティーカップを弄びながらピエッチェが言った。
「なんでも刀鍛冶の息子で、シャーレジア最後の剣はソイツの親父が鍛えたとかって言ってたな」
「うん? シャバネの息子か? グレイズだな――アイツ、どうしてる? 今はギュリューにいるのか? 前はグリュンパにいたんだが?」
「うん、本人は元気だけど、奥さんは病気だって言ってた」
「まだよくならないか……アイツは、本当にツイてない男だ」
「奥さんが病気だって知ってるんだ?」
「あぁ、たまぁにこの店に顔を出してた。用心棒の仕事で使う武具を用意したりとかな。でも、女房がああなってからは来ない。用心棒はやめるって言ってたし、来たくても来れないんだろうよ。ほぼ付きっ切りのはずだ」
「うん、グリュンパだとあれこれ言われるから移ったらしい。ギュリューは余所者に冷たい、そのほうがいいって」
「デレドケが可怪しくなってなきゃ、刀鍛冶の仕事を世話したんだがな。日銭稼ぎよりよっぽどいいし、いい親方につけばいずれ独り立ちもできる」
「デレドケは相変わらずか? センシリケはどうしてる?」
「あんたらとの約束通り、家やら工場やらは元の持ち主に返したけどよ、遊び暮らしてたやつらが元の働き者に戻るのは、もうちっと時間が必要だな。一年二年で商売が軌道に乗ればいいほうじゃないのか?」
「稼働はしてるんだね」
「おう、センシリケのヤツ、暇なのか、街のあちこちでちゃんと働いてるかって声を掛けて回ってる――この時刻だと、今夜はデレドケだろう? アイツの宿に泊まるしかないが?」
「あぁ、あとでアイツにも会ってみるよ」
夕食に誘ったが、店があるからと断られた。デレドケが怠け者と酔っ払いの街になった時、街人たちにガミガミと説教しまくったシャーレジアは今も街人の多くから疎まれている。それを気にしているのだと気が付いていたのは、心が読めるクルテだけだった。
食事を済ませて宿に入ると、ほどなくセンシリケが挨拶にきた。
「それで、その……」
言い辛そうにしているのを
「手掛かりを一つずつ当たってる。もう少し待っていてくれ」
妻子の居所が判ったか訊きたいのだと、察したピエッチェが申し訳なさそうに言った。
「そうですよね。そう簡単には見つかりませんよね」
「明日は早朝に発つ。迷惑をかけるな。次の手掛かりが見つかったんでジェンガテク湖に行くんだが、明日中に着きたいんだ」
「グリュンパで一泊する距離ですよ?――判りました。朝食と夕食を弁当で用意しますので遠慮なくお持ちください。明け方に発てば、夜半には着くでしょう」
その夜――隙間風を感じてピエッチェが目を覚ます。するとクルテがベッドに居ない。マデルのところに行ったのだろうか? 上体を起こして寝室のドアを見ると開けっぱなしだ。それにしても隙間風? とりあえず、ドアは閉めるか……ベッドから抜け出し、ドアに向かう。
ところが開けっ放しなのは寝室のドアだけじゃなく居間から廊下に出るドアも開けっぱなしだった。今回は寝室三つの部屋、マデルのところに行くなら廊下に出る必要はない。クルテは部屋を出て、どこに行ったのだろう?
廊下に出るとどの部屋も寝静まっている。カッチーの鼾がなんとなく聞こえる程度だ。
隙間風がまた吹いた。階段のほうからだ。踊り場の窓が開いているのかもしれない――きっとクルテはそこにいる。
「クルテ?」
行ってみるとやっぱりクルテはそこにいた。ピエッチェが小声で呼ぶと振り返って微笑んだ。月の光の中で、キラキラと輝いて見える。
「こんなところで何してるんだ?」
踊り場に並んで立つ。窓の外にはいつか捜索した庭が広がっていた。少しの間に咲く花が違っていて、季節が移ろっているのを感じる。
「月を見てた」
クルテの返事に見上げると、丸まるとした月がぽっかりと浮かんでいた。
「月の周りには星が見えない」
「月の明るさで霞んでいるだけだ。新月ならよく見える」
「そうだね、強いものの前では弱いものは消えてしまう」
何か言いたいんだろうか?
「満月だな」
「ううん、満月は明日の夜。だから明日中にジェンガテク湖に行く。寝よう、朝はすぐに来る」
クルテが再び微笑んだ。




