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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
7章  絡みつく視線

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 警備兵の詰め所には行くまでもなかった。王太子が街のレストランに居ると聞いたグリムリュードが駆け付けたからだ。

「お忍びで出かけるなんて、護衛の気持ちも少しは考えてください」

ラクティメシッスを見るなり叫ぶようにそう言ったが、一緒に居るのはピエッチェたち、つまりマデルも一緒と気付くと顔を(ほころ)ばせた。セレンヂュゲ以来、()()()()()()と思っていたものが、()()()()に変わったようだ。

「次回は行き先と、お戻りの時刻を明確に。お願いしますよ」

(ほこ)を収める。暗に『味方です』とアピールしたのかもしれない。


 警備兵の詰め所は二つ丘を越えた向こうにあるという。清風の丘の(ふもと)、道を尋ねたら素っ気なくされた家のあたりのようだ。

「あそこだと、別の丘にも行けるから便利なんだよ」

マシュマロを摘まみながらグリムリュードが言った。


 ワインを勧めるラクティメシッスに

『王太子さまと同じだとご存知でしょう?』

と辞退し、祝だからと言われて一瞬きょとんとしたものの『なるほど』と一口だけ口にしたグリムリュードだ。


 ()()とは、ラクティメシッスと同じで酒が苦手と言う意味らしい。そして甘いもの好き、オーナーに尋ねるとマシュマロならあると言われ出して貰った。グリムリュードは部下を一人連れてきたが、こちらは勤務中だからとやはり飲んだのは一口だけ、甘いものも苦手と言う事でチーズが振舞われた。ぐいぐい飲むマデルを(うらや)ましそな目で見ている。実は〝いける口〟なのだろう。


「わたしの代わりにマデルが飲んでくれるんです」

嬉し恥ずかしといった顔のラクティメシッス、これ以上のパートナーはいないでしょう? と周囲に同意を求めるが、ここで水を差す者がいるはずもない。

「この人はまるでザルですからね」

悪口を言っているはずなのにまったく悪意を感じないばかりか、愛情と信頼しか読み取れない。


 グリムリュードの部下の馬に同乗させて貰ってカッチーも店に来ている。初めて飲んだワインに顔が真っ赤だ。

「いやぁ、お酒って美味しいんですねぇ」

しみじみ言う目がトロンとしている。少しずつ慣らしたほうがいいと、一杯でピエッチェに止められた。


 オーナー夫婦も相伴に預かっているが、こちらはワインを味わうどころではないだろう。緊張でコチコチになっている。王太子さまが自分の店に居ること自体が夢のようなのに、簡単とは言え祝いの酒宴に同座させて貰っているのだ。感無量と言ったところか?


 三瓶のワインが空になったところで、

「そろそろ戻りましょう」

とラクティメシッスが立ち上がった。マデルに『連れて帰ってはダメですよね?』と訊き、『ダメに決まってます』と答えられると寂しそうな顔で肩を(すぼ)めたが、マデルがウフフと笑うと嬉しそうな顔に戻った。


「このまま清風の丘までお戻りになるのですか?」

ピエッチェの問いに

「どうしようかな? 警備兵の詰め所に寄りましょうか?」

ラクティメシッスが不思議な答え方をし、

「行きたそうな顔をしていますよ?」

と笑う。


「グリムリュード、連行した街人たちがどうなっているか知っていますか?」

ピエッチェの応答を待たないラクティメシッスの問い、グリムリュードが即座に答える。

「街の警備隊長は王太子さまのご意見を(うかが)ってから処分を決めたいと申しておりました。牢に繋いであります」


「では早く行って解放してやらねばなりませんね――どうします? 一緒に行きますか?」

「しかし、王太子さまの馬は牽いてきましたが、そちらの分までは用意していませんし、歩くにはちょっと距離があります」

グリムリュードの心配に答えたのはピエッチェだ。一緒に行くぞ、とクルテから脳内指示が出ていた。

「馬ならこちらにも用意があります――マデルとカッチーは宿で待ってて欲しい。少し話を聞いてくる」


「カッチーったら、この状態で馬に揺られたら大変だろうね」

マデルがクスクス笑い、真っ赤な顔のカッチーが焦点の合わない目でマデルを見てニヤッと笑った――


 ピエッチェとクルテがリュネに相乗りして出てくると、ラクティメシッスがゆっくり馬を歩かせ始めた。そろそろ街は寝静まる時刻、(ひづめ)の音を立てないよう配慮したのかもしれない。


「夜の闇に紛れると、この街の異様さも軽減されますね」

周囲を見渡してラクティメシッスが言った。カラフルな外壁を『異様さ』と表現したようだ。

「この街に初めて来た時は驚いたものです」


「えぇ、他では見ない光景ですね。観光客を呼び込む狙いでしょうか?」

事実を知っているのに方向違いな返事をしたピエッチェ、脱税目的など言えたもんじゃない。


「なるほど……でもわたしは、観光するならここには来ません。この街の景色は目に優しくない」

ほんのり笑うラクティメシッス、

「異様と言えば、店の前であなたがたが揉めている時、あの場所には異様な何かが居ましたよ。気が付いていましたか?」

チラリとピエッチェを見た。

「あれは……魔物でしょうか?」


「気が付きませんでした。魔物が居たんですか?」

平然と答えるピエッチェの心臓がバクバク音を立てている。ラクティメシッスはマデルよりもずっと強力な魔法使い、まさかクルテの正体を見破った?


 優しく穏やかな声、柔らかな物言い、優雅な身の(こな)し――そんな表面に騙されるな。ラクティメシッスには決して油断しちゃならない。コイツはとんでもなく有能な魔法使いだ……ピエッチェの背中に汗が流れる。


「それがよく判らないのです。魔物のような、でも違うような? あんな気配を発するものには遭遇したことがありません。とても強い魔力を感じました。気になってカーテンの隙間から覗いてみたんですが、魔力の源さえも見極められなかった。上手に隠しているようです」

そして再びピエッチェのほうに視線を向けた。

「お嬢さんは何か、気が付きませんでしたか?」

ピエッチェではなく、ピエッチェの(ふところ)に居るクルテを見たのだ。


「へぇ、何か居たんだ? ()さんたちの相手で忙しくって、他は気にしていなかったから判らないや」

クルテが王太子相手とは思えない言葉遣いで答えた。


「おい、もうちょっとは言葉に気を付けろ」

慌てて小声で(たしな)めるピエッチェ、ラクティメシッスがアハハと笑う。


「お嬢さんは小父さんたちを(から)うのが、そんなに楽しかったんですね」

だが、すぐに真顔に戻る。

「少し急ぎましょう、グリムリュードが()れています」

言うなり馬を走らせるラクティメシッス、歩かせていたのは蹄音を気にしたのではなく、この話がしたかったからか……ピエッチェも慌ててリュネを走らせた。


 王太子ではあるが王室魔法使いとしても名を馳せるラクティメシッス、本来なら次期国王として内政に従事するところを、本人のたっての希望……むしろ『ごり押し』で魔法使いの任務に就いたと言われている。噂によれば十二歳の時、魔法使いの仕事に就けないのなら食事を摂るのをやめると駄々を()ねたのだそうだ。


 当時は、どうせ思春期特有の、大人に対する反発から言い出したものだと周囲は見ていた。そのうち飽きて辞めると言い出すだろう……しかしそれは見当はずれ、魔法使いの仕事が楽しくて仕方ないようで、辞めると言い出しそうもない。


 いまでは王室魔法使いの元締めも舌を巻くほどの有能さで同僚の魔法使いたちを先導する一人となっている。もっとも時期が来れば辞めざるを得ないことは本人も判っているはずだ。国王になる立場を忘れているとは考えられない――


 地下にある牢に出向くというラクティメシッスを詰め所に居た警備兵・護衛兵総がかりで押しとどめ、囚人を連れてくることになった。詰め所の居間にまで聞こえるような罵声を発していた囚人たちも、ラクティメシッスの前に引き出されると途端に口を(つぐ)み静かになり、(こうべ)を下げて敬意を示す。それは権力への服従ではなく、心からの尊敬からくるものだとピエッチェは感じていた。


 ラクティメシッスはいつも通りの穏やかさで、捕らえられた街人たちに彼らの(おこな)いの愚かさを説いていく。しんみりと聞き入る囚人たち、中には落涙する者さえいた。


「話し合っても互いに納得できる妥協点が見つからなかったら、そちらが悪いと責めて争うのではなく、警備兵や王室魔法使いに相談においでなさい。争って傷つけ合うのは、たとえその場は有利に見えた展開も時が経てばどちらにも益のないこととなります」


 国民同士で(いが)み合えば、どれほど国王がお心を痛めるか……最後にそう呟いてラクティメシッスは演説を終えた。

「さて、もう夜も遅い。早く帰って家族を安心させなさい――そうそう、もし、またこのようなことを誰かに命じられたら、その時はラクティメシッスに禁じられたと拒むのですよ」


 その様子を眺めながらピエッチェが思う。俺にはラクティメシッスのように民人の心をとらえるような演説はできない。同じ内容を話したとしても、選ぶ言葉が違う、口調が違う、話す順序が違う――考えていることを的確に、しかも狙い通りに誰かに伝える、その難しい事を迷いもなくラクティメシッスは遂行している。自分とラクティメシッスは王としての適性に雲泥の差があるのではないか?


(ラクティメシッスはローシェッタの王太子だ)

頭の中でクルテの声がした。

(そしてカテロヘブはザジリレン王。国が違えば風土も違ってくるし民人の()も違ってくる。まして人はそれぞれ長所短所を持ち合わせているものだ――どちらが王としての器量が上かなど、考えても無駄だ)


 ピエッチェにはクルテの言葉が慰めにしか聞こえない。小さな溜息をつく。

(俺は王になるべきではなかったような気がする。王の器じゃなかった。向いてないんだろう。だから……だから(ネネシ)リスに裏切られた)


(馬鹿を言うな。向いているかどうかなんて関係ない。ザジリレン王が誰なのか、肝心なのはそこだ)

(たまたま王の子に生まれ、兄弟は姉しかいない。父が急死し、俺が王位を継いだが姉でも良かった。姉が即位していれば俺も国を出なくて済んだ)

(本当におまえ、馬鹿だな――まぁいいよ、()ねてろ)


 警備兵が急き立てるように街人を詰め所から追い出すと、急に部屋がガランと広く感じた。

「さて、どうしますか? お茶でも飲んでいきますか?」

ラクティメシッスがピエッチェに微笑む。


「いえ、なにぶん夜も遅い、引き揚げます」

「お気は済みましたか?」

「はい、気になっていたことはすべて王太子さまがお話ししてくださいました」

「そうですか……ところで一つ、訊きたいことがあります」

何を訊かれるのか? 緊張するピエッチェに、

「前にも会ったことがありますよね? いつ、どこででしたっけ?」

ラクティメシッスが思い出そうとするように、半ば上を向いて言った。


 何が言いたい? さらに緊張したピエッチェだ。

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