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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
7章  絡みつく視線

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 菓子店の中には初老の女一人、クルテを見てニッコリ笑った。

「いらっしゃい。もうすぐアップルパイが焼きあがるよ」

店を満たす甘ったるい匂いに、(ほの)かな酸味が混っているのはリンゴか。平台が幾つか置かれ、その上に様々な菓子が並べられている。

「アップルパイが看板商品?」

クルテが明るい笑顔で訊ねた。


「あんた、見ない顔だね。旅の人かい?――スレイム通りのキューテマって言えばアップルパイ、焼きあがるとあっという間に売れちまう。もうじき店の前に行列ができるよ」

「奥さんは(キュ)()テマ(おか)さん? 旦那さんがお菓子を焼いてるの?」

「いいや、亭主はとっくに()()()()()、今じゃ店の(ある)は息子だよ。あんた、決まった人は……居そうだね」

女がクルテの後ろにいたピエッチェを残念そうな顔で見た。


「うちの息子、いい(とし)なんだけど女房の()が居なくてね。あんたみたいな()が来てくれると嬉しいんだけど」

買い物に来た客を息子の嫁にしたいだなんて図々しい女だ……ピエッチェはムカつくが、クルテは苦笑しただけだ。


「それ以外のお勧めは? 訪問先にお土産に持っていきたいんだけど、どれも美味しそうで目移りしてます」

「あぁ、どれも美味しいさ――アップルパイ以外ねぇ? リンゴは嫌いかい?」


「アップルパイでいい。包んでくれ」

さっさと決めて店を出たいピエッチェが、クルテの後ろで言う。が、

「ダメダメ、アップルパイだけはダメ」

クルテが慌てて取り消した。


「なんでだよ? アップルパイが好物って言ってたじゃないか」

森の聖堂でリンゴを受け取ったギュームは確かにそう言っていた。早速妻に焼いて貰う……


「あの人が好きなのは、奥さんが焼いたアップルパイ。他じゃダメ」

クルテがピエッチェに言うと、店番の女がフフンと笑った。

「ひょっとして、その奥さんは亡くなられてる? 違ってたらごめんよ」

「えぇ、だから他の物がいいと思って」

並べられた菓子を見詰めながらクルテが答えた。


 そんなクルテに微笑みを浮かべ、女がさらに聞いた。

「あんた、菓子は好きかい? 中でも好きな菓子はなんだい?」


「好きだけどあまり種類を知らなくて。カスタードプディング、こないだ初めて食べたんです。美味しいお菓子ですね」

「プディングを初めて食べた?」

ジロリと女がピエッチェを見た。汚いものでも見るような目だ。


 女がクルテの傍により、声を潜めた。

「あんたさ、後ろに居る男はあんたのなんだい? 借金の(かた)に連れて来られたとかなんじゃない?」

「はい?」

驚いたクルテが商品棚から目を逸らして女を見、少し首を(かし)げてから薄く笑った。


「そんなんじゃないですよ」

「だったらさ、あんな気の()かない男はやめて、うちの嫁にならないか? 細かい心遣いができるあんたなら、充分この店を任せられる。菓子の種類なんか、すぐに覚えるさ――贅沢はさせてやれないけれど、菓子はいつでも食べ放題。息子はそりゃあ優しい男だよ」


 (まん)ざらでもなさそうな顔で笑むクルテ、期待に目を輝かせる女、女からショーケースに視線を戻してクルテが小さな声で歌う。

「優しい男は星の数ほど。でもわたしが愛してるのはあなた一人だけ」


(はや)歌で断ってるよ」

女が寂しげに溜息をつく。そしてチラリとピエッチェを見て、『さすがに無理か』と苦笑した。


 クルテが選んだのは食べやすくカットされた型焼きケーキ二種を十切れずつ、ドライフルーツが練り込まれたものとチーズケーキだ。丸ごとにしたらどうだと言うピエッチェを見上げて

「先方に、切る手間を掛けさせる?」

不思議そうにクルテが言った。


 どうせ俺は気が利かないよ……面白くないピエッチェ、ケーキを包装するのを待っているクルテを置いて店を出る。リュネが気になっていたのもある。


 店を出ると見えたのは人だかり、リュネを繋いだ街路樹の周囲だ。人垣の向こうに首だけ見えるリュネは歯が剝き出し、明らかに威嚇している。言わんこっちゃない! リュネのヤツ、誰かれ構わず追払ってやがる。


「すいません! 通してください!」

慌てて(ひと)みを掻き分けるピエッチェの耳に『すぐに警備兵が来てくれるってさ』と誰かの声が聞こえた――まずい! 警備兵が来る前にリュネを落ち着かせなくては。警備兵を威嚇したら、問答無用で処分されてしまうかもしれない。


「リュネ!」

ピエッチェの叫びが聞こえたのか、リュネが瞬時に表情を和らげ、人だかりをきょろきょろと見渡す。カツカツ聞こえていた(ひづめ)を鳴らす音も途切れた。


「あんた、危ないよ!」

なんとか人混みからに抜け出して、リュネに駆け寄ろうとするピエッチェを誰かが引き留める。


「リュネ! (おと)しくするんだ。待たせてすまない」

嬉しそうに鼻を鳴らしたリュネがピエッチェにすり寄れば、集まっていた野次馬たちが『人騒がせな』とぶつくさ言って散り始める。同時に後方から『警備兵が来たぞ』と聞こえた。崩れた人垣からゾロゾロと前に出てきたのは一目で警備兵と判る四人の男だ。


「暴れ馬って聞いたがどこだ?」

中でも横柄な感じの警備兵が怒鳴るように言った。ここに出張ってきた警備兵の隊長なのだろう。散らずに残っていた野次馬の一人が()()()何か耳打ちした。


「ってことは、なんだ。飼い主に放置された馬が暴れていたが、飼い主が戻ってきたから(おと)()しくなったってことか」

隊長がリュネを眺めてから、目つきを険しくしてピエッチェを睨みつけた。


「おい! おまえがこの馬の持ち主か? 乱暴な馬をこんなところに放置して、何していたんだ!?」

どうせろくでもない事だろうと、言わんばかりの罵倒口調だ。


「すいません。普段は(おと)しい馬なんで油断してました――そこの菓子店で買い物を」

「菓子を喜ぶような(とし)には見えんが? 飴玉でも買っていたのか?」

男の部下がクスクス笑う。


「これから知人宅を訪ねるので手土産を……連れがまだ、店の中に居ます」

「おい、誰か見て来い」

男が部下に命じたが、行くまでもなかった。ちょうど店からクルテが箱をかかえて出てきたところだ。


「うん?」

偉そうに命じていた男がクルテを見、再びピエッチェに視線を戻すと顔をじっくり見てハッとした。


「あれ? おまえ、マデリエンテさまと同行していた、名前はなんだったけか?」

「あぁ、あの時の? あんたは確か、グリムリュード」


「そうだ、思い出した、ピエッチェだ。ヘンな名だから忘れそうもないと思ったけど、却って覚えていられなかった」

「ヘンな名で悪かったね。そっちこそ、こんなところで何を? グリュンパの警備に就いてるんじゃなかったのか?」

「ふん! 俺はグリュンパの街兵じゃない。王太子さまの護衛隊長だ。雑兵が王太子さまのお傍近くに仕えているもんか!」


 なるほど、ラクティメシッスについてギュリューに来ているって事か。

「しかし、なんで王太子さまの護衛が暴れ馬の始末に?」

もっともな疑問をピエッチェが口にする。


「それが、魔法使いを呼んだから護衛は不要、待機中は好きにしてろって。お陰で(ひま)だし退屈だし()()()()はないし、ってわけで街の警備を手伝ってる」

暇と退屈とやることがない、この三つにどれほど違いがあるんだろう? それほど時間を持て余しているってことか?


「って、そんな話じゃないんだよ。暴れ馬なんかを街に放置するな!」

自分の仕事を思い出したグリムリュードが、いきなり怒鳴りつけてくる。


「ごめんなさい。この馬、臆病なんです」

しおらしいふりをして謝ったのはクルテだ。

「清風の丘まで行くんです。歩いて行くには遠すぎるから……」


「清風の丘?」

グリムリュードがちょっと息を飲んだ。それから、

「マデリエンテさまは?」

とクルテに訊いた。


「昨日から別行動なんです。でも、ご用があれば連絡しますよ?」

「いえいえ、それには及びません――馬ももう暴れていないようですし、こんな騒ぎを二度と起こさないようお気を付けください。では、これにて」

グリムリュードは『おまえら、詰め所に戻るぞ』と部下を引き連れていった。


 本来なら警備兵の詰め所に引っ張っていきたいところだが、ピエッチェたちが王室魔法使いマデリエンテと一緒に密命で動いていると思い込んでいるグリムリュード、連行するわけにもいかず、かといって部下や街人の手前もある。実害があったわけでもない。今度騒ぎを起こしたら次は容赦しないと周囲に繕った。


 リュネの背に乗って、のんびりと坂を上り、下り、また上った。リュネは機嫌よく、ピエッチェの思い通りの速さで足を動かしてくれる。クルテはピエッチェに抱えられるように座り、菓子箱を大事そうに持っていた。


「宿の斜向かいのレストランのことなんだけどね」

二つ目の下り坂の途中でクルテが言った。

「いいこと考え付いちゃった」


「いいこと?」

「うん、マデルに活躍して貰う。詳しいことは宿で話すね――それよりこの先の丘が清風の丘?」

「多分な」

笑いながら言うピエッチェ、やっぱりクルテが

「多分って言うな!」

とツンケンする。なんで俺が言うのはイヤなんだろう? 


 二つ目の丘を下りきると次の丘までは少し平坦な土地があり、その先には次の上り坂が見えている。リュネの足を止めて、家の前で子どもを遊ばせている女に、ピエッチェが尋ねた。

「馬の上からで申し訳ない――この先の坂を上れば清風の丘、で間違いないでしょうか?」


 子どもたちが『わぁ~い、おンマさんだ!』と騒ぐのを、危ないから近寄っちゃダメと、女が制止する。

「知るもんかっ! あの坂の半分から先はお金持ちと貴族さまばっか、そこまで行って聞くんだね!」

敵意を感じさせる言いかた、女は子どもたちの手を引いて家に入ってしまった。


「なんだ、あれ?」

呆れるピエッチェに、クルテが

「どうやら清風の丘の住人は(ふもと)に住んでる人たちを貧乏人って(さげす)んでるらしいね」

と、答える。女の心を読んだのだろう。


「なんだ、それ?」 

「事実は判らない。でも、少なくとも今の母親はそう感じている――ピエッチェ、『あれ』と『それ』で済ますな」

「通じたんならいいじゃないか」


「それにしても気になることを考えてたよ」

「気になること?」

「どんなに(かね)を積まれても、この家は売るもんか。だってさ」

「俺たちが家を欲しがってるように見えたのかな?」

「これから夫婦になる、だから新居が欲しい。そう見られても不思議じゃないよ」

なるほど。


「でも、ちょっと違う気がした。深くは考えてくれなかったから判らない」

おいおい、前言撤回するには早過ぎはしないか?


「それと、清風の丘はこの先に決まってる、って思ってた」

「じゃあ、安心して先に進めるな」

ピエッチェが()づなをしっかり持つのを待って、リュネが歩き始める。


 なんだか、今の女の反応と街の違和感は繋がっている気がする――そう感じるピエッチェの頭の中に

(わたしもそう思う)

クルテの声が聞こえた。

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