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不愛想だった馬具屋が相好を崩し、
「お客さんはお目が高い!」
と〝おべっか〟を言うのは何度目だ?
クルテが高価な馬具ばかり選んでいることもあるだろうが、『どうせ買うヤツはいないと思いながら仕入れた品物なのが嬉しい。自分の目利きが認められた』、そんな気分なのだろう。もちろん、不良在庫が捌けることも喜んでいる。
店に入った時は『何しに来た?』とでも言い出しそうだったのに、クルテの品物選びを見ているうちに気が変わったようだ。途中で本当に買う気かどうか聞いてきたのは、冷やかしかと思ったのかもしれない。クルテが皮袋を見せ、
「心配いらない。お金は充分に持ってきたから」
と言ったら安心したようで、馬具の説明も声高になっていった。
昨日、街で教わった店とは別の馬具屋だ。宿に言っておかないと、馬がいなくなったと慌てさせるかもしれない。受付に断りに行ったら、もっと近くにあると教えてくれた。
『流行ってるのは丘の向こうの店だ。親切丁寧、しかも安い。こっちの店は高級品ばかりで片手間にやってるって話だしね』
アルはそう言ったが、近い方がいいとクルテがこちらに決めてしまった。
リュネの背に乗るための道具一式を決めた後は、アクセサリー類の並んだ棚を眺め、
「鬣を編んでくれる? リボンで飾りたいんだけど、リボンはある?」
と尋ねている。箱からクルテが取りだしたのは空色・瑠璃・灰青色の三本、今日の気分は青色、きっとまたマデルとお揃いにするんだろうと、店の片隅にあった椅子に腰かけてピエッチェが思う。馬具選びに自分の出番はなさそうだ。口出ししようとするとクルテの『黙れ!』が頭に響く。諦めて放棄した。
クルテが着ているシャツはサックス、それに合わせたんだろうか? でも、赤系統のリボンを選んだ時の服はレモン色だったっけ? 退屈し過ぎて眠ってしまいそうだ。いつまでこの店に居る気なんだろう? あれを見たりこれを見たり、時どき馬具屋に何か訊いて、馬具屋の返答にクルテが微笑む。楽しそうだから、まぁ、いいか。忘れられてしまったようで少し寂しいが、クルテが俺を忘れるはずがない。
馬具屋がクルテに何か言った。クルテがそれに答えている。馬具屋が棚から轡を出してクルテに見せた。頷くクルテ、買うことにしたのだろう。まぁ、轡も変え時だ。でもリュネに、あんなに金を掛けても無駄な気がする。年寄りをヘンに着飾らせても滑稽じゃないか? ボロ馬に馬具だけは立派だと陰口を叩かれそうだ。
クルテが赤い革袋を手にしている。商談はまとまったらしい。金を受け取った馬具屋はニコニコ顔だ。
「あちらでお待ちください――飲み物をお出ししましょう」
ピエッチェの方を示してから、商品を抱えて馬を繋いである区画に向かった。
丸いテーブルに背凭れのない丸い椅子が四脚、古いものだが頑丈だ。馬具屋が自分の休憩用にでも使っているのだろう。クルテがピエッチェの隣に座った。
それにしても……
「おまえ、いったい金はどうしてるんだ?」
気になっていたことをピエッチェが訊く。クルテの赤い革袋は、そろそろペシャンコになっていても奇怪しくない。なのに初めて見た時から大きさが変わらない。動かすとザクザク音がしている。使ってるのに減ってない? それが不思議だった。
クルテがチラッとピエッチェを見てニヤリとする。
「金は金を産む」
魔法で増やしてる? それは詐欺にならないのか? 他人の耳を憚って声にできないピエッチェ、
「大丈夫。路銀は充分にある。心配ない」
心を読んで判っているはずのクルテが方向違いの返事を寄こす。聞くなって? 金の出どころはまたにしよう。ピエッチェが話題を変えた。
「おまえが選んだものは確かに良品ばかりだ。だけどリュネにはどうだろう? 老いぼれ馬には贅沢過ぎて浮くんじゃないか?」
「リュネを老いぼれって言うな」
「ふむ。でもなぁ……飾り立て過ぎても笑われるだけだぞ?」
クルテの返事は聞けなかった。奥から盆を持った女が出てきてたからだ。
「昨日今日って、まるで夏みたいだね。冷たいものがいいかと思ってレモネードに氷を入れといたよ。こっちはハチミツ、好みの加減で使っとくれ」
テーブルに、マドラーが入ったグラスを二つとハチミツ用の長柄のスプーンが差し込まれた小さな壺を置いた。氷を常備してるってことは、この馬具屋は儲かっているか、もともと金持ちなんだろう。
「女将さんですか? こちらのお店は品ぞろえが素晴らしくって……ここにしてよかったって話してたんです」
そんな話はしてないぞ、と思うが面倒なので黙っているピエッチェだ。
「女将さんって言うか、馬具屋は亭主の趣味でね。まったく儲からないんですよ。なのに辞めない、困ったもんだよ」
「あれ? 貧乏なようには見えないけど?」
「えぇ、まぁ、そりゃあね」
女がニンマリ笑い、高級そうな服を見せびらかすような仕草を見せた。
「幾つか家やアパートを持ってて賃料が入るし、仕立物が得意な娘がいてね。その収入もあるんですよ。この服も娘が縫ってくれたんです。素敵でしょ?」
「えぇ、素敵。わたしもお願いしようかしら? でも生地も上等だし、お高いんでしょうね」
「そりゃあ相談次第でどうにでもなるけど、安い依頼は待つことになりますよ。娘の顧客は貴族さまが多いから、そっちを優先しちゃうんでね。最近は王都からのご依頼もあるの」
たかが街人のあんたには贅沢だよとでも言いたそうだ。
「へぇ、それは凄いですね。王家からもご依頼があったり?」
「あん!? 馬鹿をお言いでないよ! うちらみたいな庶民に王家からのご依頼があるはずないじゃないか。いやだねぇ、冗談がきついよ」
自慢話に水を差された気分なのだろう、急に不機嫌になり、女は奥に引っ込んだ。小さな声で『王家からのご依頼……どんなに名誉なことか』と夢見るように呟いていた。
「揶揄い過ぎだぞ?」
苦笑するピエッチェ、
「揶揄ってない――あとで話す」
クルテは馬具屋の妻の心を読んで何か情報を得たようだ。気になって聞き出そうとしたが馬具屋が呼びにきて、聞けずじまいのピエッチェだった。
馬具屋について厩に行くと馬は三頭、リュネを繋いだ時に居た二頭と、リュネと同じ葦毛だが比べようもないほど美しい一頭だ。それにしてもリュネが見当たらない。どこだろう? ピエッチェが厩を見渡す。
ところがクルテは少しの迷いもなく見慣れない馬に近寄ると、嬉しそうに首を撫でた。
「え……?」
ピエッチェが息を飲む。
クルテが撫でた馬は葦毛、鬣と尻尾の毛が切りそろえられ、少しずつ束ねられた鬣を飾るのは空色・瑠璃・灰青色、三色のリボン……
「リュネ?」
ピエッチェの声に葦毛の馬が鼻を鳴らした。
「って、リュネ?」
ゆっくりと近づくと嬉しそうにピエッチェに鼻面を寄せてくる。この、とても老いぼれに見えない美しい馬はリュネに間違いない。そうだ、この顔はリュネだ!
「おまえ、見違えたぞ?」
ピエッチェの声が驚きで震える。
馬具屋が嬉しそうに笑う。
「これほど手入れのし甲斐のある馬は久しぶりだよ。随分年寄りだって話だけど、なんの、まだまだこれから。あー、でも、子を産ませるのは無理かな?」
馬具屋はどんな魔法を使ったんだ? 伸び放題の鬣や尻尾の毛をトリミングしただけで、こうも変わるはずがない。そんな事を考えるピエッチェの頭の中で、
(魔法を使ったのは馬具屋じゃない。リュネ自身)
クルテの声が聞こえた――
不具合があれば調整すると馬具屋に言われ、試乗を兼ねてクルテがリュネに乗って宿に戻った。ゆっくり歩かせる横でピエッチェは徒歩だ。
(リュネは魔物だってことなのか?)
脳内会話をしながらの道行き、ピエッチェは表情を変えないよう苦心していた。
リュネが魔物だと聞いたのは馬具屋を出てから、驚いてしまった顔をすれ違いざまの他人にうっかり見られ、奇妙なものを見るような目をされた。だから憮然とした顔で前だけを見ている。
(もともと魔物ってわけじゃない)
クルテがピエッチェの脳内に語りかける。
リュネには生まれ持って多少の魔力があったのかもしれない。だからこそリュネは人の言葉を解するほど賢かった。そして、人々の会話から世の中には幸福と言うものが存在すると知っていた。
(生きて、必ず幸せに暮らす。その一念がリュネを魔物に変えた)
(だとすると、幸せを感じたらリュネの命は?)
(すでに魔物になっている。そう簡単には死なない)
(俺たちのところに来た時にはすでに魔物だったってこと?)
(老いぼれだから殺処分するかって、飼い主たちが話してるのを聞いて魔物になった)
(なるほど、殺されるもんかってところか)
(リュネに『綺麗になろう』って言ったら、あぁなった。まぁ、魔物になったばかりだし、魔力も大したもんじゃない。馬具屋の力を借りている面もある)
(マデルとカッチーにはなんて言おう?)
(馬具屋のお陰。嘘って事にもならない)
(マデルはともかく、カッチーが怖がるのは判ってるしな)
(怖がるかな……でもまぁ、いつかカッチーにも判る時が来る。何も今すぐ言わなきゃならないわけでもないんだから、その時でもいい)
(普通の馬とは違うって、気付くって?)
(時を経て魔力が増大していく魔物は多い。リュネもそうかもしれない)
(カッチーはショックだろうな)
(喜ぶかもしれない)
(あの、魔物嫌いが? 嫌いって言うより恐怖症か?)
宿に着いていた。厩でピエッチェの手を借りてリュネから降りるクルテ、
「カッチーだって、いつまでも子どもじゃない」
と微笑む。生まれて七百年を考えなければ、カッチーより年下のおまえが言うかと思うピエッチェだ。
「大人になろうが苦手なものを克服できるとは限らんぞ?」
「ふぅん……」
クルテがピエッチェを見上げ、まじまじと見る。
「なにが苦手?」
「俺か? 俺は……なんだろう? いろいろあり過ぎて思い出せない」
「おまえの苦手は思い出すことかも知れないな」
「おい!?」
いきなり不機嫌になったクルテ、ピエッチェを置いて厩から出て行った。舌打ちして追うピエッチェ、『そんなこと言われたって何をどうしたらいいんだ?』と心の中で愚痴る。
クルテは宿の受付でティーセットを頼み、ピエッチェに持つように言うと、さっさと自分だけ部屋に向かった。
「そう言えばさ、お客さんたちってどんな関係の四人組なんだい?」
お茶の用意ができるのを待つピエッチェにアルが話しかけた。
「あぁ、姉貴と弟と婚約者だ」
ここでもいつもの嘘を答えると、
「って今の子が婚約者? 随分若い……ってこともないか。お客さんも二十かそこらだよね」
と少しだけ不思議そうな顔をした。
「あぁ、で、アイツはああ見えても十八だから」
「そうなんだ? せいぜい十四くらいかと思ってたんだ――はいよ、お待たせ」
ティーセットには、頼んでいないイチゴの皿が添えられていた。




