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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
7章  絡みつく視線

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「クルテはいつ清風の丘に行くつもりなのかしら?」

ポツリと言ったのはマデルだ。

「なぜわたしたちが避けられてるのか、それが判ったらすぐに行くのかな?」


「それは理由にもよるな。会わないほうがいいって、俺たちも思うような理由なら押し掛けるわけにはいかない」

「だったら馬具屋に行くのはそれからでもいいんじゃない? なんだか荷物が増えるいっぽうよ」

「今回だけじゃなく、これからを考えて備えておくのはいい事だと思うぞ?」

「それはそうなんだけど、なんでそんなに慌てるのかなと思って」


「思い立ったから」

突然クルテが口を挟んだ。寄り掛かっていたピエッチェから(おもむろ)に体を起こし、

「忘れないうちに買う――声がうるさくて眠れやしない」

欠伸(あくび)する。


「そんな言い方はどうかと思うぞ?」

「そろそろ夕食の時刻。起こしてくれてありがとう」

やっぱりどこか違うクルテの言葉、

「また食うのか?」

ピエッチェは呆れるが、

「俺、腹ぺこです」

クルテの肩を持つわけではないだろうが、カッチーが言った。


「戻ってきたとき、ここの斜向(はすむ)かいのレストランからいい匂いがしてました。あの匂い、子羊か何かですよ」

カッチーは子羊が食べたいらしい。マデルがコソッと『子羊って言ったのはわたしなんだけどね』と笑う。


「子羊って食べたことがないんです」

顔を赤くするカッチーに微笑んだピエッチェが、

「食いに行くか」

と立ち上がった。


 カッチーが行きたがった店は店構えを見ただけでも高級そうだった。怖じ気づいたカッチーが

「なんか高そうですよね。俺、別の店でも」

と言い出したが、クルテは躊躇(ためら)うことなくドアを開けて入っていく。


「この店じゃ、マナー違反はできそうもないな」

笑いながらピエッチェがクルテに続けば、カッチーも観念するしかない。


 店に入ると給仕係が出てきて、

「どこでもお好きな席にどうぞ」

と言う。他の店ならエプロンだけだが、この店の給仕係はお仕着せのようだ。


 どこでも好きなと言われても、店内はそう広くなかった。四人掛けのテーブルが八セットあるだけだ。クルテがさっさと座ったのは出入り口から右を見てすぐ、窓に面した席だった。


 メニューは二種類、ステーキかシチュー、どちらにもサラダとパン、そしてデザートが付くと言う。飲み物はワイン・ビール、リンゴかブドウのジュース、もしくはカシス水だと言われたので、ピエッチェとマデルはワイン、クルテはカシス水、カッチーはリンゴジュースを頼んだ。料理はカッチー以外はシチューにした。


「デザートはなんですか?」

クルテの問いに、

「本日のデザートは桃のシロップ漬けでございます」

給仕係が答えた。


 注文を聞いて給仕係が引っ込むと、カッチーが呟いた。

「静かですね……」

他には客が居ない。ピエッチェたち四人だけだ。


「夕食には少し早い時刻だからだろうな」

ピエッチェが答えると、

「そうなのかな?」

クルテが窓の外を見たまま言った。


 外はすっかり暗くなり、窓には店内が映し出されている。それでも暗い中、街灯のあるあたりは店内の景色と重なって、見えなくもない。当たり前と言えばそうだが、昼間と違って人通りはめっきり減っている。ピエッチェたちが泊まっている宿から二人連れが出てきたのは食事に行くのだろう。が、この店を見ることなくどこかに消えた。


 いつになく会話が弾まない。賑やかな居酒屋や、四人だけの宿での食事とは勝手が違う。加えて、監視しているような給仕係の視線のせいもある。


 一度引っ込んだ給仕係が厨房に注文を通した後はフロアの隅に立ち、こちらを注視している。何か要望があれば応えようと身構えているのかもしれない。そう思えば、苦情を言えるものでもない。


(監視してる)

クルテの声がピエッチェの頭に響いた。

(みんなが感じているのは正解。給仕係はわたしたちを逃がさない)


(逃がさないって、俺たちは逃げなきゃまずいのか?)

(何かがあって急に客足が遠のいた。あんなことがなければと給仕は考えた)

(あんなことって?)

(あんなことはあんなこと)

給仕係は『あんなこと』と思っただけで具体的には思い出さなかったってことだろう。


(店は存亡の危機、一人のお客も逃がしたくない)

(だからって、すでに注文を通している。食べずに店を出るにしても、(かね)を払わなければ食い逃げって言われるぞ)

(食べる食べないよりも、関心事は(かね)を持っているか、そしてちゃんと払うのか)

(そう言えば価格を聞いていない。法外な請求をされる?)

(そうなのかな? 多分違う――料理にクレームを付けられるのを恐れている)


(ここの料理はそんなに不味いのか?)

(食べてみなくちゃ判らない)

(いや、クレームってどんな?)

(肉が傷んでいたと難癖をつける。虫や人毛、あるいは獣毛の混入)

(それは?)

(客の仕業だと、少なくとも給仕係はそう思っている)


 立ちっぱなしでピエッチェたちを睨みつけていた給仕係が奥に引っ込んで、すぐ出てきた。

「お待たせいたしました。サラダでございます」

にこやかな笑顔でそれぞれの前に皿を置くとすぐ元の立ち位置に戻って、一層怖い顔で監視を始めた


 カッチーが小さな声で

「なんだか居心地悪く感じるんですけど?」

誰にともなく言った。

「俺たちには愛想よく対応してくれるけど、あのおネーさん、なんだかすごく怖いです」

おネーさんとは給仕係のことだ。


「客に愛想が良ければ問題ない。気にせず食え。旨そうだぞ」

様々な生野菜に赤いソースが掛けられている。マデルが、

「あら? これ、イチゴを潰したものとオレンジが混ぜられてる。甘酸っぱくって美味しいわ」

と微笑んだ。


「潰されたイ――」

「黙って食え」

苦情を邪魔されたクルテがピエッチェを睨みつけた。


 次にはメイン料理とパンが運ばれてきた。やっぱりにこやかに皿を置くと給仕係は元に戻った。

「骨付きです」

カッチーが自分の皿を見て言った。


 マデルが切り分け方をこっそり教え、

「ステーキにはローズマリー、シチューには加えてローリエ、どちらもワインを使っている」

なぜかクルテが解説する。じっくり煮込んであるのだろう、ラム肉はほろほろと柔らかい。ハーブのお陰か臭みも感じられなかった。


 クルテが食べたのは半分ほど、

「シチューも美味しい」

とカッチーを見た。ちょっと困り顔のマデルが給仕係を気にしながら、

「本当はマナー違反なんだけどね」

コソッと言って、クルテの皿と食べ終わっていたカッチーの皿を交換した――


 桃のシロップ漬けはお気に召さなかったらしく

「甘すぎる」

と言って一口齧っただけのクルテ、これは

「いやなら残せ」

ピエッチェがカッチーに押し付けるのを阻止した。カッチーは残飯係じゃないぞと思う。パンは一口も食べなかったが、クルテにしてはよく食べたほうだ。ラムシチューは確かに旨かった。


『会計を頼む』と給仕係を呼ぶと、奥に戻ってから伝票を持って出てきた。受け皿に乗せられた伝票に書かれた金額はやや高額だが妥当の線を出ていない。クルテに渡すとチラッと見て頷き、赤い革袋から金を出して受け皿に乗せた。


 受け皿に乗せられた金額を見て給仕係から緊張が消える。泣きださんばかりの表情だ。

「ごちそうさま」

ピエッチェが立ち上がり、店の出口に向かった。他の三人も同じように立って出口に向かう。最後尾のクルテがドアの前で立ち止まり、店の奥を見て

「ごちそうさま。とても美味しかった」

と微笑んだ。気が付いたピエッチェが振り向くと、給仕係と揃いの服を着た男がこちらの様子を窺っていた。


 店を出てから、

「夫婦で切り盛りしてるのかな?」

とピエッチェ、

「多分ね」

答えるクルテ、コイツ、心を読んで判ってるんじゃないのか、と思うがピエッチェは何も言わずにいた。


「夜になったからかしら? 涼しくなったわね」

マデルが言えば、

「食べたばっかりで、俺、汗かいてます」

とカッチーが笑う。

「今日はバスを使おうかな」


 そんな四人が宿に入る直前だった。

「待ってください!」

振り向くと、呼び止めたのはレストランの奥にいた男だ――


 男の話にピエッチェとマデルが顔を見交わした。話を聞いて欲しいと言われ、

『カシス水をご馳走してくれるなら』

とクルテが店に戻ってしまい、仕方なく一緒に行く。するとクルテには約束通りカシス水、頼んでもいないのにピエッチェとマデルにはビール、カッチーにはブドウジュースが振舞われた。


「本当にもう、わたしたち、どうしたらいいか判らなくて」

給仕係の女が涙ながらに訴える。それを揃いの服の男が肩を抱いて慰める。思った通り二人は夫婦、半年前に始めた店は初めの頃こそ繁盛したが、あることをきっかけにぱったり客が来なくなった。


「以前、この店を経営していた人がまた店を始めたくなったそうなんです。それで、この店を返せ、店から出て行けって言い出して」

「居抜きで買って代金も支払い済み。出て行くもんかって突っぱねました」

「そのあとクレームが何度かあって……腐った肉を使っているとか、虫や髪の毛が入っているとか」

「そんなはずないんだ。肉は仕入れたらすぐ下処理して保存にも気を遣ってる。俺も女房も髪は黒、なのに入っていたのはどう見たって茶色や白とか銀」

「猫や犬の毛だろうって」

「気が付けば『毎日苦情を言われてる店』って悪評が広がってて。今じゃ八百屋も肉屋も相手をしてくれない。デレドケに行ってもダメで、ようやくマトンなら売ってやるって。だからうちの料理はマトンのステーキとシチューだけなんです」


 マトンだったのね、とマデルが気恥しげに呟いた。マトンは臭みが強く肉質も硬いことからローシェッタではあまり好んで食べられることがない。聞こえなかったふりのピエッチェが

「話は判ったけど、いったい俺たちに何をどうして欲しいんだろう? やって欲しいことがあるから話を聞かせたんだよね?」

と夫婦に尋ねる。


 すると夫が迷った挙句、

「この店の料理は旨いって街で言いふらして貰えないですか?」

と言った。


「そんなんじゃ、客は店に戻ってこない」

カシス水を飲み終わったクルテが言った。

「ここを取り返そうとしたヤツが嫌がらせするように人を雇った。それがクレームの正体、違う?」


「えぇ、そんなこともあるかなとは思っています」

返事が遠慮がちなのは確たる証拠がないからだろう。


「だったら、そこをどうにかしなきゃ問題は解決しないよ」

「でも、だからってどうしたら?」

「店を取ろうとしてるのはこの街の人?」

「はい、他にも飲食店を出している人です」

「判った。わたしたちがなんとかする」


「おい、無責任なことを言うな!」

慌てるピエッチェにクルテがニッコリ笑う。

「ビールをご馳走になった。ただ飲みする気?」


 ピエッチェもマデルもカッチーも、出されたグラスを(から)にした後だった。

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