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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
7章  絡みつく視線

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 男たちはマデルが見える場所に来ると話を止め、書架の影に行ってしまうと再開するを繰り返した。カッチーは子どもと舐められたのか、少し離れたところにずっと居たが話し続けていた。本に夢中で聞いちゃいないとタカを括っていたのかもしれない。それでも特に『重大な』話にはいっそう声を潜め、カッチーにも聞き取ることができなかった――


 ピエッチェたちはリュネを迎えに宿まで戻っている。二人を見るとリュネは大喜びで、体調に問題はなさそうだ。なのにクルテがそっと首を撫でるとリュネは座ってしまい、クルテも寄り添うように座りこんだ。そしてリュネに(もた)れかかると動かなくなった。

「疲れた。馬具屋は明日、清風の丘は明後日」

そんなにノンビリしてる暇はないと言うピエッチェを無視だ。


「じゃあいい。俺一人で行く」

ところがどんなに手綱を引こうが、リュネは立ち上がらない。諦めたピエッチェが舌打ちし、何も言わずに馬小屋から出ようとする。クルテがすぐに追って来て、

「怒らないで」

ピエッチェを覗き込む。フン! と顔を()らしたがピエッチェがクルテを責めることは無く、そのまま部屋に戻った。もちろんクルテもついてきた。


 すぐにでも寝るものだと思っていると、クルテは居間のソファーに座り、

「マデルの魔法の鏡」

と呟いた。


「話す気になったか?」

ムカついていたのを忘れてピエッチェも座ったが、いつもの癖でクルテの隣だ。座ってから対面でも良かったと思うが今さら動けない。


「魔法の鏡って言ってもいろいろ。鏡に魔法を掛けたもの」

「マデルの物はどんな魔法なんだ?」

「鏡を覗けば、くれた人と話せる魔法。相手も鏡を覗いていれば、だけど』

「王室魔法使いの通信手段?」

「違う――聖堂にギュームを迎えに来るように頼んだ時にも使った」

「うん?」

ピエッチェがクルテの顔を見る。


「マデルに鏡をくれたのは?」

「ラクティメシッス」

「ふむ……」


「マデルがフレヴァンスのお守役になってすぐのころ、困ったことがあったら相談して欲しいってラクティメシッスが渡した。それから頻繁に二人は鏡越しに会って話をしている。最初はフレヴァンスのことばかりだったのに、だんだん別の話もするようになった」

「愛を育んだのは魔法の鏡?」

「かも知れない――ラクティメシッスがマデルに、好きだって初めて言ったのは鏡越し。マデルはそれが不満。(から)っちゃダメって答えた」

「判らないでもない」

苦笑するピエッチェ、が、クルテは別のことを考えていたようだ。


「その時の嬉しさをマデルは忘れられない」

「うん?」

「きっとそうだって思っていても、それが確信に変わる」

「ふぅん、そんなもんかね? 言葉と心は裏腹ってのもあるぞ?」

「マデルを騙したってラクティメシッスに得はない」

「世間知らずはこれだ。女を夢中にさせて楽しむ男は幾らでもいるぞ。逆もまた(しか)り」

すると今度はクルテが鼻を鳴らした。

「ふぅん、カテロヘブはそうなんだ?」


「俺? 俺は違う。一般論だし、そんなヤツもいるってことだ」

「どっちにしてもカテロヘブは女心が判っていない」

「おまえには判ってるって言うのかよ?」

〝魔物の癖に〟は省略した。


「一応わたしは女。でも、うん、まぁ、魔物ってのも正しい。人間の女とは少し違うのかもしれない」

「性別はなかったんじゃないのか?」

「それは精神体の時。身体がなければオスもメスもない」

「なんか、随分都合よく聞こえるが? それに、オスとかメスとか言うな。一気に魔物っぽくなった」

今さら何を、とクルテが笑う。


「女心が判っていないと言ったのはマデル」

「マデルが俺のことをそう言ったのか?」

「大抵の男は判らないとも言った。女には男心が判らないとも」

「おまえは性別関係なく判ってると言い出しそうだな」


「わたしが判るのは対象が何を考えているか。どうしてそう考えるかとかまでは読めない」

「なるほど、心の動きの機微までは察せはしないか」

これにはクルテ、ムッとしたようだ。ピエッチェに向き直り、

「カテロヘブの馬鹿!」

と怒鳴った。


「なんだよ、いきなり?」

「わたしを鈍感と言った」

「そう取ったか……」

「それに話を逸らした」

「うーーん、それ、身に覚えがない」

「ちゃんと言葉と声と表情で伝えなきゃダメ」


「そんな話、してたか?」

「マデルは言われて嬉しかった」

「あぁ、その話がそう(つな)がるか」

「相手の言葉に一喜一憂するのは愚か」

「おい、矛盾してるぞ?」

「でも、それが大事(だいじ)

「わけが判らん」

ニタニタ笑うピエッチェに、クルテが悔しそうな顔になる。


「おまえが思い出さないから」

「話題を変えたな?」

「魔法で制限が掛けられて、わたしには言えないことがたくさんある。言いたくても言葉にできない。だから思い出せ」


 苦し紛れで言ったのだと思ったが、どうやらそうではないらしい。ピエッチェも真顔に戻ってクルテに問う。

「今の話が関係してると言う事か? 俺は何を思い出せばいい?」

だがクルテは答えない。疲れた、と呟いてソファの肘掛に(もた)れて目を閉じた。


 それからクルテはずっと不機嫌で、花屋に寄るのを忘れたことを思い出したピエッチェが『今から行くか』と訊いてみたって返事をしない。見繕(みつくろ)って買って来てやろうかと言ったら怖い顔で睨まれてしまう。そのくせピエッチェが立ち上がろうとするとグッと腕を引いて邪魔をする。そんな時は(すが)るような目で見上げてくるものだから、ピエッチェも逆らわずに立つのをやめた。


 さすがに、用を足しに行くと言ったら手を放した。が、バスルームから出てくるとドアの前に立って待っていた。

「おまえを置いてどこにも行かない。安心しろ」

クルテの前を通り過ぎ、ソファーに戻る。つい怒ったような口調で言ったが怒ってなんかない。面倒臭いヤツだとは思うがイヤじゃない。


 隣に座ったクルテをチラリと見て思う。どうしても思い出さなきゃならない。面倒だと思うのに言い表せない心地よさも感じる。どうにも俺はクルテが好きだ――


 揺り起こされて夢が途切れた。見ていたのは母の夢、自分はまだ五歳、そう、あれは父の戴冠式の前日、小鳥を探して入り込んだ父の部屋で見つけた美しい剣、(さや)を飾っているのは誰かと幼い声が尋ねている。それに優しい声が答えた。

『本気で望めば、妖精は人間に成れるのよ』

ここで揺り起こされた。揺り起こしたのはクルテだ。リンゴが食べたいらしい。


 クルテから出されている課題『思い出せ』について考えているうちに眠ってしまった。クルテは魔物だけれど、もともとは妖精の成り損ない、だからあんな昔の出来事が夢に出てきたのだろうか? それとも俺は、本気で望めばクルテは人間に成れると思いたいのか? それに……母は俺をカッチーと呼んでいた。カテロヘブだからカッチー、覚えている限り子どもの頃、俺をそう呼んだのは母だけだった。立太子は十一歳の時だったが、父が即位してからは王太子扱い、子どもじみた名で呼ぶのは避けられていた。


 カッチーを連れて行くとコゲゼリテでクルテが言った時は偶然だと思った。でもひょっとして、俺に何かを思い出させるためクルテはカッチーを選んだのか?――いいや、偶然だ。きっと偶然だ。


 窓の外を見ると陽が傾いている。そろそろマデルたちも戻る頃だ。

「うん、今、宿に入った」

リンゴを半分食べ終わったクルテが呟く。

「本屋で立ち聞きしてたみたい」


「立ち読みじゃなくて?」

「話を聞けば判る」

程なくマデルとカッチーがティーセットを持って部屋に入ってきた。


 マデルがお茶を淹れ、カッチーが本屋で聞いたことをピエッチェに話しているうちにリンゴを食べ終わったクルテ、すぐに茶請けのクッキーに手を伸ばす。そんなに腹が減っていたのか? しかもマデルからお茶を受け取ると、ふぅふぅしながらすぐに飲み干し『美味しかった』と一言、そして座ったままスーッと寝入ってしまった。

「やっぱりクルテさん、なにか食べると寝ちゃいますね」

カッチーが大笑いする。


「それでソイツら、ギュームが起こした面倒について何か言ってたか?」

隣でウトウトしているクルテを気にしながらピエッチェが訊いた。うっかりしていると、座っているソファーからクルテが転がり落ちそうで落ち着かない。


「やっぱりそこ、訊きたいですよね。でもなんにも話に出てこなくって」

「あの人たちの間じゃ言うまでもないってことなんでしょうね」

マデルがカッチーを補足した。

「レムシャンの話や、あの宿の話を信用しちゃいけなかったのかしら?」


「それはない。彼らの話に嘘はなかった。あるとしたら彼らも知らないか、あの話とは無関係な何かがあるかだ」

ズズッと体勢を崩したクルテの肩に腕を回してピエッチェが支える。そして、

「なんでここで眠るかな?」

と愚痴った。


「寝室に運びますか?」

カッチーが訊くが、

「イヤ、抱き起せば目を覚まして怒り出す。だから放っておく」

そっけなく答えるピエッチェ、

「問題は、その何かを知るにはどうしたらいいのか、だな」

話を戻した。


「そっちは何か収穫あった?」

マデルの問いに、

「清風の丘がかなり遠いってことが判った。丘を二つ越えなきゃ行けない」

ピエッチェが答えると、

「それってヘンね」

マデルが考え込んだ。


「レムシャンもそこで暮らしているのでしょう? 職場まで毎日歩いて通うのでしょうから、もっと近いところに住みそうだけど?」

「それもそうだな。もともと住んでいた家は焼けたって話なんだし、買うにしろ借りるにしろ近場を探すよな」

「クルテは何か言っていた?」

「あいつは遠いからリュネに乗っていくって。で、リュネを連れて馬具屋に行こうと思ってたのに、疲れたって動かなくなった」


「レムシャンさんも馬を使ってるってことはないんですか?」

と言ったのはカッチー、

「ない話じゃないけれど、馬って高価だもの。馬を買うくらいなら、やっぱり近場に住むんじゃないかな?」

マデルが答える。

「それに維持費もかかるからな。餌代やら、それに厩舎も必要になる」

ピエッチェが補足した。


「それじゃあ清風の丘の家に住むのはどう考えても不自然ですね」

カッチーが納得したところで、マデルが、

「それで明日はどうするの?」

と訊いた。


「俺たちはリュネを連れて馬具屋に行く。(くら)とか揃えてくるよ」

「あぁ、リュネに乗るんだっけ?」

「クルテがそうしないと清風の丘まで辿り着けないらしい」

苦笑するピエッチェにカッチーが、

「リュネ、人が乗ったりして大丈夫ですか?」

と心配する。


「クルテと同じような心配をしてるな……荷馬車を牽いてるんだ。体力的には問題ないよ。ただ、人を乗せたことはなさそうだから、鞍を嫌がるかもしれないね」

そう答えながらピエッチェは、リュネはクルテに従い、鞍を付けさせるはずだと思っていた。

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