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そんなピエッチェをクルテも見て
「ピエッチェと二人がいい。二人で街に出よう」
と微笑む。ピエッチェにしてみると誤魔化された気分だ。マデルの前で『魔法の鏡』の話はできないってことか。唐突なクルテはいつものこと、マデルとカッチーはさして気にしない。
「街に出て、したいことをすればいい。花屋に行ったり本屋に行ったり……そこの店員さんとの立ち話の中にヒントがあるかもしれない」
「俺、本屋に行きたいです! マデルさん、一緒に行ってください」
カッチーはクルテを真に受けて、気を利かせた。
ピエッチェとクルテ、マデルとカッチーの二手に分かれ、ギュリューの街に繰り出すことにした。
「花屋には帰りに寄る。売れ残った花を全部買う」
坂道を上りながらクルテが言った。マデルたちを先に行かせ、時間をおいてから宿を出た。例の宿屋に通じる坂道とは別の坂だ。
「なんでいつも全部買うって言うんだ? 持ちきれないほどあると思うぞ」
「じゃあ、持てるだけでいい――残ったら捨てられる。可哀想」
慈善事業ですか?
「で、どこに行きたい?」
「清風の丘」
「あん? ギュームに会いに行く気か?」
「場所を確認するだけ。ラクティメシッスと遭遇するかも」
「王太子がそこらを歩いてるなんてないだろうよ。って、会いたいのか?」
「見たいだけ」
「なんのために? グリュンパで見たばかりだ」
するとチラリとピエッチェを見たクルテがクスリと笑う。
「妬くな。ラクティメシッスが美男子かどうか確認したいわけじゃない」
「……そんなこと言ってないぞ?」
言っていないが図星だ。まったく、心を読める相手は面倒だ。
「あぁ、そうか……」
心を読める、つまりクルテはラクティメシッスの心を読みたいってことか。
「うん、ピエッチェが今、考えた通り」
クルテは嬉しそうだ。
「でも、狙い通りのことを考えてくれるかな?」
読めると言っても相手が考えなきゃどうにもならない。クルテはラクティメシッスに何を考えて欲しいんだろう?
「わたしたちを見れば誰かさんを思い出す」
「なるほど。今日は一緒じゃないんだなって?」
「そう。で、どうしたんだろうって思う」
「で、いろいろ連想する、と?」
「少しは察しが良くなった」
「しかし、こうなると宿の主人が言った通り〝運が良ければ〟ってなるな」
「ピエッチェは幸運の持ち主。大丈夫。多分ね」
「へぇ、俺は幸運の持ち主か?」
「だって、わたしがそばに居る」
クルテが幸運を呼び寄せるってことか? それとも、クルテがそばに居るってこと自体が幸運なのか? そのどちらも結局は同じように思えた。クルテがそばに居る幸運がさらに幸運を呼んでくれる、そんな気がした。
よく晴れて、降り注ぐ日差しは夏そのもの、坂の半分も上りきらないうちにクルテが音を上げた。
「暑すぎる。なんとかしろ」
「無茶を言うな――あの店で少し休むか?」
「冷たい飲み物ある?」
「多分あるんじゃないか?」
「多分って言うな」
なんで〝多分〟って言っちゃダメなんだ?
入ったのは小さな店、客が十人入るだろうか? 飲み物と軽食を提供している店だが、夜はレストランになるらしい。氷は別料金と言われたが、クルテは迷わず入れて欲しいと頼んだ。
「氷とハチミツ入りのレモネードと温かいジャスミンティー、お茶請けはお付けしますか?」
「何か果物、有る?」
「果物だけってのはないんです。プディングやらとの盛り合わせなら」
「じゃあそれも」
「お二つ?」
「一つでいいです」
ピエッチェに訊きもせず決めてしまったクルテだが、どうせ心を読んでいる。お茶請けと聞いて、要らないと思っていたピエッチェだ。
「暑いのは服のせいもあるかもしれないな」
クルテが着ているのは馬具屋で貰ったレモン色の服で、春先に着るような厚めの生地だ。髪はマデルに頼んで編んで貰った。
髪については夜中に一悶着あった。ピエッチェを揺り起こしたクルテ、髪が引っ張られて痛いと訴える。
『編んだままだからだ。解いちまえ』
『自分じゃ解けない』
仕方ないから眠いのを堪えて解いてやった。
『朝、また編んでくれる?』
馬具屋の女房の編み方は、以前、クルテが自分で編んだ単純な三つ編みじゃなかった。編み込みってヤツだ。
『俺にできると思ってるのか?』
『解いたんだから、責任取って元通りにしろ』
自分から解けと頼んだくせに、どんな理屈だ?
マデルは快く引き受けてくれた。
『フレヴァンスさまの髪も、よく編んであげたのよ』
と懐かしみ、嬉しそうな顔をしていた。
ついでだから服屋に寄ろうとピエッチェは言ったが、クルテは明日から男物の服にするからいいと答えた。ピエッチェの心を読んだのかもしれない。着飾ったクルテを連れて歩くのは誇らしくもあり、同時に心配でもある。男物と女物、どちらがいいか問われれば返答に困る。だから『どっちでも好きなほうにしろ』としか答えられない。クルテの心は自分のものだと自信を持てるようになったなら、どちらがいいのか言えるようになるだろうか? その時はきっと、『いつでも綺麗にしていればいい』と言いそうな気がする。
注文品が配膳され、早速レモネードを一口飲んだクルテが、皿に盛りつけられた果物をジッと見つめた。
「切り刻ま――」
「これからどこに行く?」
どうせ果物が切り刻まれていると苦情を言うつもりだ。周囲の耳を気にしたピエッチェが、クルテの言葉を遮った。
「清風の丘」
「だったな……店を出る時、どう行けばいいか訊いてみよう」
清風の丘がどこにあるか確認しないで坂を上ったのは失敗だったと今さら思う。また下って別の坂を上ることになるかもしれない。
「また坂道?」
「ギュリューはそんな街だ」
「なんで?」
「難し過ぎる質問だな」
隣の席の客がクスッと笑った。
「昔、ここは王都だったのよ」
笑顔で答えをくれたのは五十歳くらいの上品な婦人だ。同じテーブルでニコニコしている紳士はきっと夫だろう。
「昔って言ってもずーーっと大昔。王さまたちが国盗り合戦をしていたころ。起伏の激しい地勢は敵国の攻撃を防ぎやすかったのね。だけど、国土が広くなり、領地の奪い合いも落ち着けば、もっと住みやすい場所に移りたくなる。ローシェッタは大国となり、敵国の襲撃を受けることも少なくなっていったわ。だから、こんな要塞のような街を捨てて、王さまは王都をお移しになったの。古くから住んでいる街人たちのご先祖はローシェッタ国の兵士たちよ」
「王さまと一緒に王都に行かなかったの?」
「そりゃあね、身分のある人たちは行ったわよね。だけど下級兵たちは戦が無くなれば出世の道を絶たれてしまうでしょ? 住み慣れた場所でのんびり暮らすことを選んだって事よ」
婦人の話はピエッチェも既知のことだった。ザジリレンの歴史を学んだ折、周辺諸国の基礎知識として教えられた。が、クルテに訊かれた時、知っている事すら忘れていた。『歴史なんか学んでどうする? 今が大事だ』と、熱心さに欠けていたのも一因かもしれない。
ザジリレン王家とローシェッタ王家は元を糾せば同じ血筋、だから今でも親密な関係が続いている。ローシェッタ建国は千年ほど前、ザジリレンは七百年ほど前だが、ローシェッタの第二王子が新たに建国したのがザジリレンだ。
と、言っても何も内乱を起こしたわけではない。武功著しい第二王子をこのまま終わらせるのは惜しいと考えた当時の王が、第二王子が獲得した新領土を与えたのが始まりだ。ローシェッタにとって脅威となる隣国への備えでもあった。ザジリレンを盾にしたとも言える。だがそれも今は昔の話、ピエッチェの知る限り、どの国も自国を豊かにするので忙しく、小競り合いはあるものの大きな戦が起きたことはない。もちろん軍備を怠ることはないが、それはもっぱら治安維持、あるいは万が一の内乱や魔物への対処のためだ。
「ところで……清風の丘に行きたいの?」
婦人が気の毒そうな顔で訊ねた――
清風の丘は上ってきた坂道を上りきり、丘の向こう側を降り、さらに一つ丘を越え、その向こうの丘だと聞いて
「行くの、やめる」
店を出た途端、クルテが言った。先に店を出た婦人には嬉しそうに礼を言っていたクルテだが、不機嫌を隠そうともしない。ピエッチェはクルテの単純さにニヤニヤ笑いが止められない。
「明日、リュネに連れてってもらう」
「リュネに二人乗りか……鞍を買わなきゃな」
「二人も乗ったら可哀想。重くて歩かないかも」
「いつも荷馬車を牽かせてて、よくぞ言った」
「あっ……四人は乗れる?」
「それは背中の大きさ的に無理だ。多分」
「だから! 多分って言うな。ニヤニヤも禁止!」
ますます拗ねるクルテだが、ピエッチェはそれも楽しい。立場や身分を気にしないクルテに、自分もそんな事を忘れて話ができる。こんなにポンポン会話できる相手はクルテだけだと感じる。マデルやカッチーもピエッチェの身分なんか気にしないが、それは知らないからだ。まぁ、もっとも、クルテは魔物だ。身分を気にするはずもない。でもきっと、クルテは人間に成っても同じ態度でいてくれる。変わるなんて思えなかった。
とりあえず馬具屋に行くことにして、すれ違った人に道を尋ねると一番近い馬具屋は坂の下だと言う。が、宿とは反対側の坂の下、つまり、上り切って降りなくては行けない場所、帰りはまた上って降りることになる。
「ピエッチェ、一人で行け」
「おまえ、俺を一人にしていいのか?」
悔しそうなクルテの顔、
「ダメ、一緒に行く」
ピエッチェが笑う。
「まずは、いったん宿に戻るぞ」
「なんで?」
「宿に戻ってリュネを連れて行く。鞍や鐙をリュネに合わせて貰った方がいい。手綱やそのほかも調整しないといけないし、適当に買っていってリュネが嫌がったら使えない」
「それがリュネのため」
クルテは不服そうだが異存はないらしい。軽く溜息をついて、宿に向かった。
その頃、ピエッチェたちとは別の坂を上っていったマデルとカッチーは、すぐに見つけた本屋で時間を潰していた。正しく言うと、店の片隅でコソコソ話している数人の話に聞き耳を立てていた。
最初に耳に飛び込んできた声は
『ギュームを訪ねて例の旅人たちが来たらしいぞ』
気になるに決まっている。自分たちのことだ。マデルがカッチーに目配せする。カッチーも頷いて、立ち読みしているふりを続けた。マデルは店内をフラフラし、本を物色しているかのように装った。
「グレーテが怖がって、落ち着きをなくしたって話だな」
「そもそも死んだと思っていたのがピンピンして戻ってきたんだ。それだけでも腰を抜かしたって聞いたぞ」
「しかも連れてきたのが王太子さまじゃ、今さら闇に葬れもしない」
「しかし、なんの用事でギュームに会いたいんだろう?」
「謝礼をせびりにでも来たのかな?」
「そしたら王太子さまに訴えればいいんじゃないか?」
「街の護衛兵で充分だろ?」
「ギュームってヤツはどうしてこうも面倒を起こすんだろうな?」
言った男が深い溜息をついた。




