18
ギョッとしたピエッチェが目玉を回して周囲を窺う。
「出たか?」
「いや。でも、そのうち出る」
「なぜ判る?」
「鳥たちが騒いでる」
コイツ、鳥と意思疎通できるんだった。
「鳥の魔物ってどんななんだろう?」
何気ないピエッチェの疑問、それを軽蔑しきった目でクルテが見る。
「鳥、知らない?」
「普通の鳥とどう違うのか訊いた」
「判り易く言え」
おまえに言われたかないよ。
クルテがチチッと鳥の鳴き声を真似た。すると小鳥たちが集まってクルテの肩に止まる。止まる場所がなくなるとピエッチェの頭に止まろうとした。それを手で払いのけるピエッチェ、
「小鳥くらい頭に乗せろ」
クルテがムスッと不機嫌な顔で言う。
「おまえの頭には止まろうとしないのに、なんで俺は肩じゃなく頭?」
「肩に止まれと言った。せっかく編んだのが乱れるし、足に髪が絡んだら外すのが大変」
「で、なんで俺は頭?」
「ピエッチェに止まれとは言ってない。小鳥たちの自主判断」
「自主判断……」
「きっと、おまえの頭は暖かそうだから」
「あったかい頭と冷たい頭があるのか?」
「ふんわりとした癖っ毛でミルクティー色。見るからにあったかそう。巣と間違われた?」
「フン! どうせ中途半端だよ。ブロンドになり切れず、巻き毛でもない」
「母親は美しいブロンドの巻き毛、姉はそれを受け継いでいる」
「煩いな」
「父親は栗毛……なんでおまえ、ミルクティー?」
「知るか! 自分で選んだわけじゃない」
「本人は不満らしい。わたしは好きだ、その髪」
ぐっと言葉に詰まったピエッチェ、
「そんな事より、鳥の魔物は? 小鳥たちはなんて言ってる?」
頭に乗っかって羽繕いを始めた小鳥を気にしつつ、無理やり作った澄まし顔で言った。気付くとリュネの背でも何羽かの小鳥が寛いでいる。
ニヤッと笑ったクルテが再びチチッと舌を鳴らす。すると一瞬すべての小鳥の動きが止まり、すぐ一斉に囀り始めた。荷台で動く気配がしたのは、マデルとカッチーが何事かとこちらを見たからだ。
あまりの騒がしさにピエッチェが、
「こんなんで聞き取れるのか?」
呆れているのか感嘆しているのか苦情なのか判らない疑問を口にすると、やっぱりニヤッと笑ったクルテが、今度はピュッと口笛を吹いた。すると小鳥たちがバッと飛び立って木の枝の狭間に姿を消していった。
「なんだったの?」
背後からマデルの声が聞こえた。
ふぅーッと息を吐くピエッチェを、面白そうに見てからクルテが言った。
「小鳥が好きなんだと思ってた――で、魔物なんだけど、ただの鳥だって集まった小鳥たちは言ってた」
「ただの鳥?」
「少し縄張り意識が強いし、人間の持ち物に強い興味を持ってる」
「魔力は?」
「大したことない」
「馬具屋の親爺が耳栓を持ってけって言ってたな」
アドバイスに従って、荷馬車に乗り込む前に耳栓を購入しようとしたがクルテに耳栓は配布済みだと言われる。それぞれポケットや荷物を調べ、耳栓を見付けては『いつの間に?』と不思議がっていた。クルテがわざわざ『カッチーの鼾及びハァピー対策』だと言う事はなかった。
「頭痛するほどの大きな鳴き声。小鳥たちも迷惑だって」
「鳴き声に魔力は?」
「徐々に強くなる頭痛、長く聞いてると意識混濁、あるいは幻覚を起こす――魔鳥たちは光るものが好き。それを盗るために人間を襲う」
「光るものか……剣とかは?」
「大好き。でも盗ろうとして返り討ちにあう」
「ちょっと腕っぷしの強い護衛が居れば問題ないって話だな」
「護衛が斬り捨ててる――でもピエッチェ、殺すのはダメ」
えっ? とクルテを見たピエッチェ、
「人間を襲うんなら、退治しといたほうがいいだろう?」
と不服を口にする。
「人間を襲っても殺したりしない。恐怖にとらわれた人間が一方的に命を奪っているだけ」
「おまえに言わせると、悪いのは人間の方か?」
「人間は弱い生き物だから仕方ないとも思っている」
「なるほど、愚かで臆病で弱いのが人間。俺のこともそう思ってるってことだな」
今度はクルテがピエッチェの顔を見た。そして溜息をつく。
「なんの罪もないのに相手が魔物ならば殺す、そう考えているなら殺せばいい」
とクルテの声、同時に頭の中で
(そう考えているのなら、なぜわたしを殺さない?)
とも聞こえた。
(おまえは何も悪さをしないじゃないか。むしろ人間のために動いている)
(フレヴァンス救出のこと? それともおまえの怪我の手当てをしたこと?)
(ほかにもいろいろだ――魔鳥は人間を襲う、おまえは襲わない)
(カテロヘブを襲うヤツは、人間だろうが魔物だろうが容赦しない)
(それは襲撃じゃない、抵抗とか迎撃とかだ)
「魔鳥が欲しいのは森の女神への捧げもの。人間が持っているものを女神が喜ぶと思い込んでいる――中でも光るもの」
頭の中での会話が途切れ、耳から聞こえる声だけがクルテの考えを伝えてきた。
「森の女神?」
「森を司る女神はどの森にも居る。居なくなれば森は恵みを生み出さなくなり枯れていく――あの魔鳥たちは女神が自分を守らせるために生み出したものだ」
「女神が生み出した?」
「普通の鳥に魔力を与えた。森に徒なすものを見分ける魔力だ。だから害のないものを襲ったりしない」
「襲うと言っても殺すんじゃなく盗むため、盗めなきゃ殺しに来るんじゃ?」
「人間を殺してまで奪ったりしない」
「森に害をなす者には?」
「魔力が発動して魔鳥は死ななくなるし、人間を殺す力も発揮できる」
「どうやって人間を殺す?」
「羽根は鎧のごとく強くなり、どんな剣も矢も槍も通さない。頑丈な鉤爪で身動きを封じ、鋭い嘴で腕を捥ぎ、首を引っこ抜いて目玉を繰りぬ――」
「もういい!」
残忍な光景を思い浮かべ、ピエッチェが悲鳴を上げる。
「つまり、敵じゃなきゃ、こっちは殺されないし、魔鳥を殺すのは簡単ってことだな」
「自分より弱いと判っている無抵抗な鳥を、ピエッチェ、おまえは殺せるのか?」
「なんだか、俺の方が悪者にされた気分がするのは気のせいか?」
「気のせいだ――だいたい、少しは数を減らしたほうがいいと思っている。だが、おまえが殺したところで減りはしない。すぐに女神が補充する」
「無駄なことはするなってか? だけどさ、モノを盗むためとは言え襲ってくるんだろう? その時はどうしたらいい?」
クルテがピエッチェの頭をしげしげと眺めた。
「おまえの頭、襲われそうだな」
「なにっ?」
「巣材に良さそう」
「楽しそうに言うな!」
「まぁ、大丈夫。言っただろう? 光る物が好きだって。おまえの髪は光っちゃいない。だからわたしたちが襲われることはない。多分」
「また『多分』かよ? 多分が『思った通り』に変わることを祈ってるよ」
「うん?〝思った通り、襲われなかった〟になるといい? 面白い」
クルテがクスクス笑う。
「どこが面白いんだよ?」
「面白がっちゃダメ? それより喉が渇いた。喋り過ぎ。おまえのせい」
「俺のせいかよ?」
ムッとしながらリュネを停め、
「早いけど休憩にするぞ」
と、荷台の二人にも声を掛ける。
カッチーが荷台に積んでいたバケツに水を入れ、リュネに飲ませているのを眺めてからマデルに駆け寄って抱き着いたクルテ、腰を叩いていたマデルが慌てて受け止める。
「クルテさん、すっかり元気になりましたね」
カッチーの言葉に複雑な思いのピエッチェ、元気なことに文句を言うつもりはないが一昨日の夜、そして昨日の夕刻辺りまでの、クルテの不調が嘘に思えてくる。
クルテはマデルの耳元に何かコソコソ訴えている。マデルが困った顔で笑い、宥めている。『もういい』と言ったのが微かに聞こえた。ツンと口を尖らせて拗ねたクルテが、お手上げといった感じのマデルから離れヒョンと荷台に飛び乗った。
「相変わらず身軽ですね」
感心するカッチー、魔物だと言えないピエッチェ、
「荷台になんの用事だろう?」
と言葉を濁す。そしてやっぱりアイツには『男物の服を着せといたほうがいい』と思う。ふわりと翻ったスカートの裾からチラリと見えた足が眩しく、他の誰にも見せたくないと感じていた。
「リンゴ、食べるよ」
荷台から、クルテがリンゴを放って寄越す。
「カッチー、リュネの分」
慌ててカッチーが受け取り済みのリンゴをピエッチェに預け、二つ目を受け取る。マデルの分はクルテが持って荷台を降りた。
道端の、柔らかそうな下草に腰を下ろし四人でリンゴを齧る。
「さっき、二人で何をコソコソ話してたんだ?」
訊いたのはピエッチェだ。マデルが口の中のリンゴを飲み込んでから答えた。
「さっきの小鳥たちはなんだったのって話よ」
「あ、それ、俺もなんだろうって思ってました」
カッチーはクルテに貰った分は食べ終えて、自分で箱から出してきた二つ目を食べ始めたところだ。
「どうせクルテさんが呼び寄せたんでしょ?」
「一度にあんなたくさんだなんて驚いたわ」
「そんな話をしてるようには見えなかったが? クルテがマデルに何か言ってマデルを困らせてたよな」
ピエッチェの疑いにマデルが気まずげな顔になる。するとクルテが、
「本当は、ピエッチェは気が利かないって話」
呆気なく暴露した。
「きっと褒めてくれるってマデルは言ったのに褒めてくれなかった、って言った。マデルは、ピエッチェには期待するなって答えた」
マデルと同じようにカッチーも気まずそうな顔になる。
「ふぅん、要は俺の悪口だな。で、俺は何を褒めればよかったんだ?」
これには誰も答えない。ややあってクルテが、
「そっか。それすら判らない? 期待しちゃダメなのがよく判った」
と立ち上がった。
「もう行こう。ギュリューで宿を探さなきゃならないし、飯屋も探さなきゃ。魔鳥に襲われたらどれくらい時間を取られるか判らないんだ。早く行くに越したことはない」
いつもの席に乗り込んでいく。
「そうだな」
ピエッチェも立ち上がる。
判っていた。クルテは編んだ髪を褒めて欲しがってた。『可愛いね』でも『綺麗だね』でもいいから言って欲しかった、そんなの判ってる。だけど言えなかった。
心でそう思っても、それを口にしたら『わたしは魔物だぞ?』と馬鹿にされそうな気がした。それに……髪を編んだクルテはグッと大人びて見えた。みんながクルテを別嬪というけれど、それほどかと疑問に感じていた。お世辞だと思っていた。俺がクルテを綺麗だと思うのは、好きだから。だけどやっと判った。クルテは美人だ。きっとこれからもっと美人になっていく。
そんなクルテが人間に成り、人間としての感情が動き出した時、果たして俺は選ばれるのか? ほかの誰かがクルテを連れて行くんじゃないか? もしそうなったら、俺はただの道化でしかない。綺麗だなんていつか言ってたねって、嘲笑われるんじゃないのか?
愚かで臆病で弱い。間違いなく自分だ――




