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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
6章  待ち過ぎた女

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17

 翌日――


 宿を引き払ってから、朝食はジェニムで摂った。

「馬具屋の親爺さん、今日は機嫌が悪くないといいなぁ」

スープを(すく)いながらカッチーがボヤく。


「馬は預けて自分たちはご遊興か、って厭味(いやみ)を言われたんです。代金を払ってくれれば、いつまでだって預かるそうですけど」

「事情を知らないヤツは勝手なことを言うものだ。気にすることはない――今日は俺が話すから、カッチーは何も言わなくていい」


 出立前に馬や馬具の手入れをする客も多いことから、馬具屋は朝早くから店を開けているらしい。朝食を済ませ、すぐにリュネを引き取りに行くことにした。


 カッチーの心配は杞憂で、馬具屋の親爺はカッチーを見るなり、

「よぉ! 昨日は悪かった」

と明るい笑顔で声を掛けてきた。悪かったと思っているような表情じゃないのが気になるが、まぁ、そんな事を気にしても意味がない。


「あんたたちを金持ちのロクでもない貴族だと思い込んじまってた」

照れたように笑う。

「チップを弾んでくれるいい客だって聞いてさ、(ほどこ)しのつもりかよって感じてた。いや、あそこで働いてるヤツらとは知り合いなんだ。そうそう、それに、蹄鉄(ていてつ)を外す時に気付いたんだが、あれは俺が打ったもんだ。前の持ち主も知ってる。で、訊いてみたら十日程度前にあんたらに(いい)で売ったって言うじゃないか――こいつはもうそう長くは使えねぇ。それを言値で買うなんて、とんでもない世間知らずか金持ちの道楽だ」

訊きもしないのにペラペラ(しゃべ)る。


「人間にはいい顔して、馬は粗末に扱う。まぁ、そんなヤツは幾らでもいる。あんたらもそんなんだと思ってた――でもよ、コイツ、あんたらから預かってからは元気が無くなっちまってよ」

リュネの首筋をポンポンと叩いて親父がシミジミと言った。

「餌も食っちゃくれない。預かった手前、どうしたもんかと思ってたら、昨日そっちの二人が来たら俄然元気になってな。餌もモリモリ食って、まるきり別の馬だ」

そう言ってカッチーとマデルを見てから、視線をリュネに戻した。


「しかもよ、それまでは温和(おとな)しく言うこと聞いたのに逆らうようになった。俺が嫌味を言ったのが、コイツ、判ったんだろうなぁ……そんで思ったんだよ、あんたたちはこいつに随分よくしてやってるんだなって」

親爺が穏やかな笑顔でリュネを見上げる。


「俺は自分が世話をした馬はすぐに判る。なのに蹄鉄を見るまでコイツだって判らなかった。若返ってるんだよ。前はもっとヨボヨボしてた。あんたらが連れてきたときは薄ら汚れてて酷い扱いだって思ったけどさ、物忘れの森で何かあったんだろう?――たった十日余りで、こいつはあんたたちを信用しきってる。それどころか慕ってる。酷い扱いだなんて言って悪かった。大事(だいじ)にされてなきゃ、そうなるはずがない」


 それから親父はピエッチェを見て笑った。

「あんた、魔物を退治した英雄なんだって? 昨日、二人が帰って、すぐに来たコゲゼリテの知り合いが言ってた」


「いや、人違いでは?」

ピエッチェは否定したが、

「そっちはカッチーだろう? がっしりしたガタイのいい若者がピエッチェ、細っこい美形がクルテ、色っぽいネエさんのことはなんにも言ってなかったな……店を出て行くカッチーを見かけたんだとさ。背が伸びたんじゃないかって言ってたぞ」

と言われれば、否定のしようもない。


 居心地の悪さに支払いを急かすピエッチェ、ここで(ひと)もんちゃく起きる。請求された金額が約束よりもずっと安かったのだ。約束通り払いたいと言うピエッチェと、サービスさせないつもりかと憤る馬具屋、どちらも引かず睨みあう。


「少しチップを弾んだだけで施しだと(あざけ)ったくせに」

「自分はチップを弾んでおいて、サービスは受けられないってのか?」

「約束通りのがくじゃなきゃ、こちらの顔が立たない」

「こっちだって一旦した値引きを断られたんじゃ顔が立つものか!」

周囲はマデルやカッチー、あとから店に来た客も含め、呆れて見守るだけだ。


 そんな中、ポツンとクルテが

「あの馬、変わってる」

客が連れて来た馬を見て言った。(たてがみ)を編みこんでリボンで飾っている。観光客相手の、のんびり行く小型馬車を()かせる馬だ。

「あらホント。可愛いわね」

マデルが微笑む。


「リュネもあんな風にしたら喜ぶ?」

「どうかしらね?」

首を傾げるマデル、そこにタイミングよくリュネがヒヒンとクルテに向かって鼻を鳴らした。


「嬉しいって言ってるね」

「そうなのかしら?」

決めつけるクルテに苦笑するマデル、クルテが突然、

「馬具屋さん!」

と声を大きくした。睨み合っていたピエッチェと馬具屋の親爺がクルテを見た。


「なんだ、あんた、女の子だったか?」

今のクルテの声でやっと気が付いたらしい。


「そう、そんでリュネも女の子――ねぇ、あんなふうにしてやれない?」

「してやれんでもないが?」

「じゃあ、お願い。料金はウンと安くして。で、今までの分は約束通り受け取って」

キョトンとしたが、すぐに親爺は吹き出した。


「あんた、いい女房を持ったな。小柄だが気が回る賢い女だ」

とピエッチェの肩を叩く。


「女房じゃないよ」

「そうなのか? まぁ、子を産ませたいならもう少し太らせろ。痩せた女が好きなのかもしれんが、あれじゃお産が重くなるぞ」

「だから違うって!」

「どうせ、『今は違う』だけなんだろ?」


 親爺は言い募ろうとするピエッチェを置き去りに、箱を持ってくるとクルテに近付いて

「リボンはどれにする?」

と選ばせている。舌打ちしてからピエッチェが思い直す。まぁ、いいか。これで俺と馬具屋、両方の顔が立った。


 マデルまで箱を覗き込んで、何かしらクスクスと笑っている。やっと決まったようで親爺が箱から深紅・紅色・薄紅のリボンを出した。三本もどうするんだろう?


 紅色を残し、後の二本はクルテに渡した。奥に声を掛け、自分はリュネの横に向かった親爺、奥から顔を出した女の手招きでクルテとマデルが店の奥に向かう。


「おンマさんと同じ髪にしたいんだとさ」

馬具屋の親爺が笑った。

「今のは俺の女房だ。いい女だろう? で、息子の嫁と二人で、あんたのツレの髪を編む。だから、こっちが終わる頃には戻ってくる。心配いらない、そんな情けない顔するな」


 情けない顔なんかしてないと言い返そうと思ったが、カッチーがニヤッとしたのを見てやめた。少なくとも心配そうな顔をしたのは確かなんだと思ったし、自覚もあった。


 手持無沙汰にカッチーと二人、馬具を眺めて過ごした。何にどう使うのか、カッチーの質問攻めに答えているうちに時間は過ぎていく。


「待たせてしまって申し訳ない」

途中、あとから来た客に詫びも入れた。


「なぁに、ここは来たモン順って決まってる。それにこの時間に来る客はたいてい暇つぶしだって親爺も判ってる。気にしなくっていいよ」

客たちは口々にそう言って、世間話に戻っていった。馬の手入れを口実に、目的は世間話なのかもしれない。


「できたぞ」

親爺の声に振り向くとリュネがヒヒンと、心なしか誇らしげに鼻を鳴らした。

「どうだ、見違えただろ?――おまえ、本当に若返ったなぁ。これなら雄馬を発情させられるんじゃないか?」

リュネに向かってガハハと笑った親爺、何かの気配に店の奥を見て、驚きのあまり動きが止まる。

「こっちはさらに見違えた……」

と呆気に取られて目を見張る。


 奥から出てきたのはクルテとマデル、二人とも髪を編みこんでクルテは薄紅、マデルは深紅のリボンで飾っている。クルテにいたっては服まで着替えている。鮮やかなレモン色、スカートの裾にだけ小花模様が散らしてある。


「奥さんが若い頃に着てた服だって。奥さんもお嫁さんもきつくなって着られなくなったからってくれたけど、貰っちゃってよかった?」

クルテが馬具屋に訊いている。


「あぁ、アイツが俺と一緒になった頃によく着てたモンだ。アイツ、若い頃は細っこくってなぁ。食え食えって食わせてたら、今じゃ()()さ」

さっきチラッと見た馬具屋の女房はかなりふくよかだった。

「嫁も息子と一緒になった時は細かったが、子を産んだらそうでもなくなった。うちの孫はみんな男だ。着てくれれば嬉しいよ」


「ありがとう。大事(だいじ)に着させてもらうね」

馬具屋に礼を言うと、ピエッチェに近付いて見上げるクルテ、マデルに

「何か言ってやりなさいよ」

小突かれるまで目が離せずにいたピエッチェ、ハッとして、

「あぁ――いろいろ世話になった、ありがとう。グリュンパに来たらまた寄らせてもらうよ」

と、クルテにではなく馬具屋に声を掛ける。


「おう、いつでも来い」

次の客の話を聞いていた親爺が答え、『女房の若い頃を思い出した。今夜は頑張るかな?』と対応していた客と笑った。


「なんであんなに気が利かないんだろう?」

嘆くマデルにカッチーが

「ピエッチェさんの、あんなところは見倣っちゃダメですよね」

と笑い、

「マデルさんの魅力は、どんな髪型にしても隠せません」

と付け足した。


「カッチー、あんたの口達者をピエッチェが見倣うといいんだ――ってアイツ、わたしたちのこと忘れてないか?」

と店を出たピエッチェを慌てて追いかけようとすると

「待って、マデルさん!」

カッチーが引き留める。

「リュネのことも荷台も忘れてるから! 店の前で待つように言ってください」

カッチーが笑い転げた――


 森に続く道を見付けてピエッチェがリュネを停めた。

「ギュリューまで半日……地図にある目印とも一致してる。この道で間違いなさそうだな」

馬具屋の親爺がくれた地図には、道の入り口の右側に道標、左の少し先に大きなケヤキが立っているとあった。手前にあるはずの仕立屋の前も通った。

「早く行こう。リュネも歩きたがってる」

クルテも難色を示さない。


「この森は安全か?」

ゆっくりリュネを歩かせてピエッチェが訊いた。


「安全な森なんかない。だけど物忘れの森のように、森全体に掛けられた魔法は感じない」

「あの森は森全体に魔法が掛かってたんだ?」

「そう言ったはず……あぁ、森の中で言ったかも」

ピエッチェの隣で花籠(はなかご)(かか)えてクルテが言った。


「花籠はマデルに預けて、荷台に置いたらどうだ?」

「ううん、わたしのものだから常に持っておく」

「そう言えばサックは?」

「サック? 手提げに変えて足元に置いた」


「あのサックも変化(へんげ)させられるのか?」

ピエッチェの疑問にチラリとクルテが荷台を見てから

(サックはわたしの一部だ。気が付いてなかったのか?)

ピエッチェの頭の中で嘲笑う。


(おまえの一部? (かね)とかは?)

(髪を編んで作った袋や布に入ってる。髪は自由自在に変えられる)

(持っていないはずなのに持ってたりするのは?)

(見えなくしているだけ)


「そんな事より、ここも頭上注意。鳥の魔物がいる」

木立の下でクルテが言った。

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