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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
6章  待ち過ぎた女

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 昨夜のクルテの()()()()()()泣き声も、カッチーの安眠を妨げることはなかったらしい。

「そう言えばクルテさん、まだ寝てるんですか? そろそろ朝食が来る時刻です」

ピエッチェが、『起こしてくるよ』と慌てて立ち上がる。


 横たわったままだが眠っていたわけではなさそうだ。ピエッチェを見ると嬉しそうに微笑み、それから『イテてて……』と身体を丸めた。

「痛むのか? 痛み止めならあるってマデルが言ってたぞ」


「時どきズキッと痛くなるだけ。さっきほどじゃない」

ピエッチェがベッドぎわに腰かけるとクルテが手を出してきて、腕につかまりニヤニヤする。


「やけに嬉しそうだな? 痛みが面白いとか?」

「違う」

「まぁ、いいや――そろそろ朝食が来る。代金を用意しなきゃ」


 あぁ……と呟くと、ピエッチェの腕を掴んでいた手を放し、クルテが上体を起こした。急に寒くなった気がしたが顔に出さないよう立ち上がり、クルテの邪魔にならないよう場所を開けた。


 やはり下腹部が痛むのだろう。立つと同時に(しか)めっ(つら)になり、少し屈み込んだクルテに、

「大丈夫か?」

思わず手を差し伸べるピエッチェ、クルテがその腕に今度はしがみついた。


「おい?」

「なんかフラフラする……居間に連れてって」

「えっ? いや、金袋は?」

「持ってる」

しがみついてるのとは別の方の手をクルテが持ち上げると赤い革袋が見えた。いつの間にと思ったが、いつものことだと訊きもしなかった。


 居間に行くとカッチーが、

「あれ? クルテさん、そんなに具合悪いんですか?」

慌てて立ち上がると、クルテのために椅子を引いた。


「ちょっと疲れが出たようだ――ほら、物忘れの森で一晩過ごしてるしな」

クルテを椅子に座らせながら、ピエッチェが代わりに答えた。


「そうだ、俺たち、森の中でちゃんと寝たんでしょうかね? ピエッチェさんは、理由はともかく寝てないことを覚えてたみたいだけど、俺、きっとぐっすり寝てますよね。ぜんぜん睡眠不足を感じませんもん」

「おまえはいつでもどこでも眠れそうだよな」

自分も腰かけてピエッチェが笑う。


 朝食が運ばれて、カッチーがクルテから預かった(かね)を持って対応に出たが、ワゴンが部屋に運ばれるのと入れ違いにマデルが何か包みを持って廊下に出た。


「マデルさん、どうかしたんですか?」

「うん? なんか、洗濯を頼みたいって言ってたな」

「あ、俺も洗濯物、溜まってるんです」

「じゃあ、出かける時に持ってって、フロントに頼めばいいよ」


 食欲がないと言ったのに、プディングをお替りしたクルテ、

「こんなに美味しいなんて知らなかった……プルプルしてて奇妙だから、いつもカッチーにあげてたけど損した」

取り分けて食べるよう、大きなボールに入っていたプディングを半分は食べてしまった。


「イチジクは食べたことないから食べてみたかったけど、プディングは食べたことなくても食べたいとは思わなかったんですね」

カッチーがニコニコ言えば、

「イチジクは一目で果物って判るけど、これは? 甘ったるい匂いはするけど、べちゃってすぐに潰れそうだし、ロクなもんじゃないって予測した」

平気な顔でクルテが言った。


「クルテ、おまえ、言われた相手がどう感じるか、もっと考えてから言えよ」

前にも同じようなことを言った気がすると思いながらピエッチェがクルテを(たしな)める。が、クルテは自分の言葉のどこがいけないのか判っていない様子だ。


「ロクなもんじゃないものを、おまえ、カッチーに食わせたってことになるぞ?」

「あ……いや、好みって人それぞれだから。でも、うん、そうだね、もっとよく考えてから言うことにする――ごめんね、カッチー。ロクなもんじゃないなんてトンでもなかった。とっても美味しい」

ちょっと違うと思ったが、とりあえず良しとしたピエッチェだ。


 食事が済むとマデルとカッチーはいったん自分の部屋に戻った。


「マデルたちが出かけたら、おまえ、マデルの寝室で休んでろ」

「なんで? それにカテロヘブは? 一緒に出掛けちゃう?」

不安そうなクルテにピエッチェが苦笑する。


「宿の従業員がベッドを直しに来るから、それが終わるまで俺たちの寝室は使えない。俺はおまえと一緒に居るよ」

「そっか……ねぇ、これからも同じことが起きるってマデルが言ってた。お願いだから嫌いにならないで」

クルテの感覚はやっぱり少し変わってる。


「なんで嫌いになるなんて思う?」

「病気じゃないらしいけど、出血を繰り返すなんてヘンだから」

「少しもヘンじゃない。大切なことだ」

「大切なこと?」

「あぁ、マデルが言ってただろう? 子どもが産める身体になったってことだって」

「わたしは精霊よりも人間に近かった?」

「いや、それは俺には判らないけれど」

「うん。まぁ、どっちにしろ精霊でも人間でもない。わたしは魔物だった」


 そうだ、コイツは魔物だ。だけど……こうしていると十四歳の少女にしか見えない。十八だと思っていた時は痩せっぽちで小生意気で面倒なヤツだと感じていた。それが『十四ならこんなもんだろう』に変わっている。生意気なのも()()()()()なのも、まだ(こな)れていないからだと思ってしまう。だからこそ、そばに居て守ってやりたい。なんの(ため)いもなく俺にずけずけ物を言い、当たり前のように命令し、困ると自分勝手に俺を頼る、そんなクルテのそばに居たい。こんなヤツ、今までどこにも居なかった。


 ふと気になったことをピエッチェがクルテに訊いた。

「もうすぐ十五ってのはマデルの手前、言ったのか? それともおまえ、成長するのか?」

するとクルテが鼻で笑った。


「自分の身体を持つには封印直前の自分を再生するしかない――食べれば消化吸収し排泄もする。それはつまり?」

「新陳代謝がある、要は成長するってことだな」

「成長だけとは限らない」

「老化もありだな」


 なんだか嬉しくなってピエッチェがニヤついた。十八だろうが十四だろうが関係ない。女神の娘だろうが精霊の成り損ないだろうが、そんなこともどうでもいい。そうだ、魔物だって構わない。こんなふうにポンポン文句を言い合えるこいつが、俺は好きだ――だから必ず俺はこいつを人間にする。俺が生涯を共にするのは、イヤ、共に()()()のは、クルテだけだ。


「なにニヤついてる?」

クルテが呆れたようにピエッチェを見る。そして笑う。

「今、何を考えてた? 声に出して言ってみろ」


「さぁな。おまえ、心が読めるんだろう? 訊くまでもないじゃないか」

「声で聞きたい時だってある」

「それじゃあ、おまえが十五になったら言ってやるよ。誕生日はいつだ?」

「カテロヘブの馬鹿! 十五になっても教えるもんか!」


「そう言えば、おまえ、二人きりだと『カテロヘブ』って俺を呼ぶよな」

「真の名で呼ばれるのはイヤか? 間抜けなおまえが自分の本名を忘れないか気掛かりなだけ」

「俺はそこまで間抜けか?」

「……理由が思いつかなくて言っただけ」

「ふぅん、なるほどね」


「怒った?」

「おまえが何を言っても、俺は怒らない。多分な」

「多分なんだ?」

「先の事まで判らない。予測するだけだ――マデルかな?」


 ノックの音にピエッチェが

「入っていいぞ」

と応答する。入ってきたのは、やはりマデルだった。

「おや、二人とも機嫌がよさそう」

と笑う。


「このところ、二人きりになると喧嘩ばっかりしてるんじゃない?」

「そうだったか?」

「ピエッチェ、なんかイライラしてることが多かったでしょ?」

「まぁ、これからはそんなこともぐっと減ると思う」

「あれま、さては何かあったのね?」

「十四の子ども相手にムキになるのもなんだかな」

慌ててマデルがクルテを見るが聞こえていないはずもないのにクルテは、ピエッチェを見てニコニコしているだけだ。


「まぁいいわ、絶対何かあったんだと思うけど、今は追及しないでおく」

「なんで何かあったって思うんだ?」

「子どもって言われてクルテがニコニコしてるなんて可怪(おか)しいでしょ?」


「あぁ……」

やっとクルテがピエッチェから視線を外してマデルを見た。

「ピエッチェ、わたしが十四だろうと、今までとなんにも変わらないって言ってくれたから」

そんなこと言ったっけ、と思ったが、何も言わずにいるピエッチェだ。


「子ども相手にムキにならないって言ったのよ? 今までと違うってことじゃないかな?」

「ムキにならない、つまりそれは?」

「えっ? 意地を張らないとか素直になるってこと?」

「それが嬉しい」

「そっか……」

つい笑うマデル、呆れたのか? きっと違う。クルテを愛しく感じた、ピエッチェはそう思った。


「ねぇ、マデル?」

「なによ、クルテ?」

「どうしたらマデルみたいな綺麗な胸になれる? わたしはこれから成長する。だから、胸も成長するってピエッチェが――」

「そんなこと言ってない!」

慌てて否定するピエッチェを気にすることもなくクルテが続けた。

「思ってるんじゃないかな、って」

思ってもいないっ!


「そうね」

とうとうクスクス笑い始めたマデルが、

「今度ゆっくり教えてあげる、二人きりの時にね――カッチーが来たみたい。出かけてくるね。部屋に私物はないから好きに使って」

立ち上がると

「カッチー、遅い! 待ち草臥(くたび)れた。行くわよ」

笑いながら部屋のドアを開けた――


 マデルの寝室に移っても、クルテはベッドに横になることはなかった――二人用寝室よりは狭いが、ベッド一台と二人掛けのソファーがあるだけで、窮屈さは感じない。真ん中の部屋だからか、窓はない。


「辛いなら横になってもいいんだぞ?」

「マデルのベッドにカテロヘブと一緒に寝るのはダメ」

一人で寝りゃあいいのに。


「ヘンなところで義理堅いと言うか、なんと言うか」

「マデルに気を遣ったんじゃない。わたしがイヤなだけ」

「ふぅん……」

よく判らないけど、まぁいいか。


 だからと言って立ったままでいるはずもなく、ソファーに腰を降ろしたクルテ、

「カテロヘブはここ」

と自分の隣を示した。二人掛けと言っても小型、二人で座ると密着しそうだ。

「俺は足を延ばしたほうがいいや」

クルテが示した場所を背凭(せもた)れにするように床に座ると、残念そうな顔をしたがクルテは何も言わなかった。


 二人用の寝室には『終わったら声を掛けて欲しい』と書いたメモを置いてきた。クリーニング代は夕食の時に請求書を渡すと言われていたが、それとは別にチップを用意していた。


 昼前には終わったようで、チップを渡すついでにお茶の注文をした。お茶のメニューなんか覚えちゃいない。種類も菓子も店に任せた。


 居間に移り、ジェニムの店員が運んで来たお茶をピエッチェがティーカップに(そそ)ぐのを黙って見ていたクルテが

「カッチーのことなんだけど……」

と言い出したのは、お茶を(すす)ってからだ。

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