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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
6章  待ち過ぎた女

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 血じゃなくて、赤い液体なんじゃないのか? 一瞬迷うピエッチェ、だが間違いなく血だ。入った時は(ほの)かな花の香りを感じた部屋が、今は生臭い。

「カテロヘブ! どうしよう、わたし、死ぬ!?」

すっかり取り乱しているクルテ、ガタガタと震えてピエッチェを見ている。


「しっかりしろ、俺がおまえを死なせるもんか!」

そうだ、ベッドの()みや服に付着している様子から、失血死するほどじゃない。まずは止血して、それから?――クルテの狼狽にピエッチェさえも狼狽し、頭が巧く働かない。


「こんなに血が出てる。それに……うううっ! 痛くて死にそう」

腹を押さえてクルテが(うずくま)る。

「内臓が(やぶ)けた、もう助からない」


「内臓が破けた?」

クルテの言葉に驚愕するピエッチェ、どうしたらいい? ますます狼狽(うろた)える。

「なんで内臓が?」

いろいろ考えるが内臓が破れる原因なんか思いつかない。もちろん対処法を知るはずもない。内臓出血の止血方法なんかあるのか?


「イヤだ、死にたくない」

「クルテ……」

なんとかしてやりたいがオロオロするばかりのピエッチェ、クルテの隣に(ひざまず)いて肩を抱こうとするが、苦しむクルテに触れていいのだろうか?


「死にたくない……少なくともカテロヘブより先にはイヤ」

混乱していたピエッチェの心が、その一言(ひとこと)でサッと冷える。俺が先ならいいのか?


 だからって、目の前で苦しんでいるのに放っておけない。少しは冷静になったピエッチェがクルテに訊いた。

「落ち着け。どうしてこんなことになった? 判り易く説明しろ」

(うな)りながらクルテが答える。

「お腹が痛くて目が覚めた」


 イチジクの食べ過ぎか? でも、食い過ぎで内臓破裂はあり得ない。その前に吐き戻す。百歩譲って破裂したとしても、それなら吐血するはずだ。が、クルテの口元に血痕はない。


「どんな痛みだ?」

「腹の中に誰かが手を入れて、ぎゅっと握ってる感じ」

「それって、魔物の仕業なんじゃ?」

「魔物の気配はない」

「魔物以外って、魔法使い?」

と、ここでピエッチェ、クルテは魔物だったと思い出す。


「おまえ、いったん姿を消せば、身体はリセットできるんだろう? そうすればいいじゃないか」

なんだよ、簡単なことじゃないか。気持ちがすっかり軽くなったピエッチェが立ち上がって鼻で笑う。こんなに慌てるなんて、俺もクルテもどうかしてる。


「ダメ、できない」

なのにクルテは息も絶え絶えの様子で首を振る。


「リセットした後も、痛みの記憶は残るとかってやつか? 記憶だけなら――」

「そうじゃない、カテロヘブの馬鹿! 皮膚の修復はできるけど、内蔵の修復ができるかどうか判らない」


「あぁ、やったことがないから判らないってか? ダメもとでやってみろよ。ダメだったらまた考えるから」

「それで? もし修復不可能で人間の姿に戻れなくなっても、カテロヘブはそれでいいって?」

「えっ?」

「言っただろう? 今の姿はオリジナルだって。オリジナルを無くせば精神体でいるしかなくなる。他の何かに()りつくことはできても、自分の身体は作れない。もう人間には成れなくなる」


 いまいち納得できないが、要はオリジナルが無くなれば身体を作り出せなくなると言う事か。少なくとも人間には成れないらしい。

「いや……それは困る」

下心に、少し後ろめたさを感じたが困ると言うのはピエッチェの本心だ。人間に成って、いつか思いを受けとめて欲しい。


 そんなピエッチェの言葉はクルテの耳に届いていなさそうだ。痛むのだろう、顔を(しか)め、唸りながら声を絞り出す。


「人間に成れなければ、カテロヘブの寿命が尽きたあとも永遠に生き続けることになる。そんなの堪えられない」

「クルテ?」

「カテロヘブよりほんの少しでいいから長生きしたい。わたしが死んで悲しむおまえを見たくない」


 ピエッチェが息を飲む。コイツはいつも言葉足らずで判りにくい。


「あぁ、俺より長生きしろ。必ずだ。だから今は冷静になって、どうしてこうなったのかを思い出せ。何か夢で――」

夢で怪我をしたり腹を強打したりしなかったか? そう言おうとしたピエッチェの声をクルテの泣き声が遮った。

「ギャー! ギャー!」

大口を開け、手放しで泣いている。見開いた眼から大粒の涙が噴くように溢れ出るが、それを気にすることもない。


「それ、泣き声だったのか……?」

呆気にとられるピエッチェ、そうか、魔物の鳴き声ならこんなもんか? いや、ここは泣き声か?


 と、寝室の外で物音がした。

「おいっ! 少しは静かに。多分マデルだ。ドアが開く音がした」

ところがクルテにはピエッチェの声が届かない。自分たちの寝室のドアが激しくノックされ、応じる前に開かれた。


「ちょっと! なに騒いでる……の?」

部屋の様子にマデルの怒鳴り声が尻すぼみに消えていった――


 バスルームから出てきたマデルがクスクス笑う。ピエッチェは(むく)れ顔でボケッと突っ立ったままだ。

「やっぱりクルテ、十八じゃなかったね」

それ見たことかとマデルの目が言っている。ピエッチェの目前を通り抜けるとソファーに腰を下ろした。


「しっかし驚いたわ。喧嘩して怒鳴り合ってるのかと思ったらクルテの泣き声、その上ベッドは血で汚れてる。まさかピエッチェが? って疑ったわよ」

ムッとしたが、ピエッチェは何も言わなかった。


「ま、そう考えると出血が多過ぎるし、二人とも服を着てる。クルテはともかくピエッチェの服の血は外側だけみたいだし極小量、クルテのほうはベッタリ()みついて、しかもほとんど下半身。だとしたらアレか、ってすぐ察しがついたわ」

どうせ俺は言われるまで思いもしなかったよ、心の中でピエッチェが()ねる。


「なんにも知らなきゃビックリするわよね。身近に誰も居なかったんだもの、教わる機会なんかなかった……」

少ししんみりしてから、再びマデルがクスッと笑う。

「クルテの発想には笑っちゃったわ。身体が子どもを産めるよう整ったってことよって教えたら、真っ先に『ピエッチェの子ども?』って言ったかと思うと、『交尾してないのに?』って慌てだすんだもの」


「イチジクの呪いだって大騒ぎだったな」

苦々しげにピエッチェが言う。マデルと一緒に笑いそうになったのを誤魔化すため、わざと顔を(しか)めてみせた。

「花を咲かせず実を結ぶイチジクと同じで、交尾してないのに子どもができたのは一人でイチジクを食べたからだって? 馬鹿だ、アイツ。イチジクは房の中でちゃんと花を咲かせてるって言っても聞いちゃいなかった」


「言ってたねぇ……まぁ、イチジクの呪いじゃないってのは理解したみたいだし、バスから出たらもっと詳しく説明しとくよ。これから毎月これじゃあ、大変だ」

「それにしてもなんだ、少し遅いんじゃないのか?」

「初潮がってこと?」

マデルの言葉にピエッチェが口籠る。そしてマデルが来てくれてよかったとしみじみ思った。クルテと二人のままじゃ、きっと未だにピエッチェはオロオロしていただろうし、クルテはギャーギャー泣き続けていた。


「ま、十八だったら明らかに遅いけど……それにしても十四だとは恐れ入ったわ。十四なら早くはないけど遅すぎて心配ってこともないわよ」

マデルに問い詰められたクルテが泣きながら言った本当の年齢は十四歳、それを聞いて、今すぐ医師に()せる必要はないと判断したマデルだ。様子を見て異常があるようなら、その時は医者に行くからとクルテに言い聞かせていた。


「子ども扱いされたくないのは、実はまだ子どもだから……必死で大人に見せようとするはずね」

「それならそうと、初めからそう言えばいいじゃないか」

「十四だって知ってたら、一緒に行くって言われて承諾した?」

魔物に十四も十八もない、そう言いたいが言えるわけがない。


「どうしてもピエッチェについていきたい。だから年齢詐称……可愛いもんだわ」

「どこが可愛い? 少なくともあの泣き声を可愛いとは思えない」

「それは同感、直すように言ったほうがいいわよ」

「なんだか荷物が増えた気分だ」

「未成年だと知って、一緒に魔物と戦えって言いずらくなった?」

「あぁ、だけどアイツは聞かないだろうな」

「もうすぐ十五だって言ってたね」

「成人は十七、十五も十四も変わらない」

「そうかしら?」

ニヤニヤしながらピエッチェを見るマデル、何が言いたいんだろうとドギマギするピエッチェだ。


 そんなピエッチェから視線を汚れたベッドに移したマデルが、

「クルテが出たらピエッチェもバスを使って着替えたほうがいいわ。汚れた服は宿に言ってクリーニングして貰うしかないわね」

と言えば、

「ベッド、弁償しろって言われないか?」

とピエッチェが心配する。


「大丈夫よ、クリーニング代は請求されるかもしれないけど、宿屋だもん、こんなこともあるって判ってるわよ」

「……今日は動かないほうがいいよな?」

「そうね、クルテがあんなじゃね」

「そんなに痛いものなのか? 腹の中に手を突っ込まれてギュッと握られてるみたいだって言ってた」


「まぁ、毎月同じとは限らないし、人によって違うから何とも言えないけど……まぁ、今日もグリュンパ泊まりは決定ね」

「悪いな」

「何を言ってるのよ……」

もちろんフレヴァンス捜索がまた遅れることを言っている。


「クルテ、出たみたいよ――あんたもさっさと綺麗にしてきなさいな」

バスルームの物音にマデルが救われたような顔をした。

「それからね、十四と十五じゃ大違いよ――成人は十七だけど、婚姻は十五から認められてるからね」


 バスから出て来たクルテに、マデルの声は聞こえなかったようだ。

「さっぱりした……少しお腹が痛いのも治った気がする」

目の前に立つピエッチェを見上げて少しだけ笑んだ。


「そうか、よかったな」

クルテに微笑み返えすとピエッチェは、マデルには何も答えずバスルームに入っていった――


 グリュンパで静養すると聞いてカッチーが不思議そうな顔をする。

「ピエッチェさんがそうするって言うなら俺に異存はありませんけど……睡眠不足で体調が悪化でもしたんですか?」

実はクルテの月経痛が酷くて、とは言えない。

「そうかもしれないな。クルテも結構参ってるみたいだし、今日と、ひょっとしたら明日もこの街に居る」


「この際だから医者に行って、頭痛を診て貰ったら?」

マデルがそう言ったのは、静養が必要なのはピエッチェだとカッチーに誤認させるつもりなのだろうが、本気でピエッチェを心配しているのもありそうだ。


「カッチー、せっかくだから、わたしにグリュンパの街を案内してよ」

「マデルさんとデートですね」

ノリのいいカッチー、すぐその気になった。


「どこか行きたいところありますか? あ、でも、俺、美味い酒を出してくれる店は知りませんよ?」

「カッチーと一緒に飲むのはまだまだ先になりそうね」

マデルが優しく微笑んだ。

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