13
恋をするのはザジリレンで……つまり生活が落ち着いてからがいいとカッチーは考えているらしい。
「子沢山で賑やかな家庭、そんなのに憧れてるんです」
含羞んだ笑顔を見せてカッチーが言う。
「それには生活の基盤を整えなくちゃって。ザジリレンでピエッチェさんの家臣になって収入を安定させる。そして愛する人と暖かな家庭を築く――アッ! ピエッチェさん、お給金の方、よろしくお願いしますね!」
「そりゃあ、おまえの頑張り次第さ。仕事に見合った額は保証するよ」
ピエッチェが緩く笑う。
「ピエッチェだったら、安い給料でこき使うなんてなさそうね」
と微笑むのはマデル、
「で、職種は私兵とか?」
ピエッチェに訊いた。
「ん? うん、そうだな。カッチーがどうしても騎士になりたいって言うんなら考慮するけど、領内の管理面でもいい。計算上手を生かす道もあるし、文書関連もいいんじゃないか?」
「家臣って、何人くらいいるの?」
マデルのこの質問には、
「まぁ、そんなのどうでもいいじゃないか。懐具合を探られてる気分だぞ?」
笑って誤魔化すピエッチェだ。具体的な話は避けたい。下手をすれば身分を悟られてしまう。
「どっちにしても大貴族は間違いない。お屋敷も大きい?」
マデルが粘る。
「聞くまでもないよね。大きいに決まってる。カッチーを家族ごと住まわせることくらいできそうな感じよね」
するとクルテが『あれっ?』と首を傾げた。
「カッチーはコゲゼリテの家に帰るんじゃ?」
あぁ、とカッチーがクルテを見る。
「あの家は休暇の時に帰るようにしようかなって」
それを聞いてマデルが
「まぁ! カッチーたら気が早い。別荘を持つ気でいるわ」
ケラケラ笑う。
「ええ? ダメですか? 俺としてはやっぱりピエッチェさんの下で働きたいし、でもあの家は手放したくない。母ちゃんの願いですから」
「お母さん、売るなとでも言ってたの?」
マデルの関心が自分からカッチーに逸れてホッとするピエッチェ、クルテは話題を振っただけで話しに入っていく気配がない。マデルの追求から俺を守ろうとしたんだろうと、ピエッチェが苦笑する。
「はい、俺の父親が買ってくれたもので、母ちゃんからしたら父の形見のような感じなんだと思います」
「そっかぁ……どんな家なの?」
「まぁ、それなりの家ですよ。コゲゼリテでは贅沢な部類に入ります」
「なんだ、カッチーってお金持ちなんだ?」
「お金なんかありませんって。父はそれなりの貴族らしいんだけど……父が死んでからは財産を切り崩して、母ちゃんが俺を育ててくれたんです」
「そっかぁ……ねぇ、お父さんの家族は? お祖父ちゃんとか伯父さんとかいなかったの?」
「王都に居るらしいけど、交流がなかったんで詳しくは判りません」
ちょっとカッチーが口籠る。
「ひょっとしたら、兄姉弟妹だって居るのかも? 母ちゃん、父の奥さんじゃなかったから」
あっ! とマデルが慌て、次に言うべき言葉を探す。
「マデルのためにイチゴを買った。カッチー、お皿、用意して」
クルテの助け舟に、今度はマデルが、そしてきっとカッチーもホッとした――
最後のイチジクに手を伸ばしたクルテをピエッチェが見咎める。
「おまえ、そんなに食って大丈夫なのか?」
するとムッとしたクルテが、
「わたしのイチジク、そんなこと言ってもあげない」
さっさとイチジクを手に取った。
「いや、そうじゃない。おまえがあんだけ怖い顔で、『イチジクは全部わたしが食べる』なんて宣言したんじゃ、誰も欲しいなんて言えない。食べ過ぎで具合が悪くならないかを心配してるんだ」
「店にイチジクは七個しかなかった。最低でも五個は食べたい。すると残りは二個。誰か一人には渡らない。不公平にならないよう、わたしが食べることにした」
「だから数の問題じゃなくって……でも、もういいよ」
ピエッチェが呆れかえり、マデルがクスクス笑う。
「クルテったら、そんなにイチジクが好きなの?」
「初めて食べた」
「そっか……」
マデルが笑いを噛み殺す。
「買った時、『今日が食べごろ』って店の人が教えてくれた。あと、ビワ、『傷みやすいから早く食べろ』だって」
「それでイチジクとビワは食べきることにしたのね」
思い出したように、マデルがビワの皮を剥き始めた。
ビワは一人二個ずつ、それぞれの皿に盛った。イチゴとチェリーは買った総量の半分程度を分配し、残りは明日の朝用にすると言う。マデルのイチゴは他よりかなり多かった。
「リンゴ、店に有るだけ全部買ったんだぞ。木箱ごとだ。さすがに重かった」
ピエッチェの愚痴に、クルテが真面目な顔で抗議した。
「暫くリンゴは買わなくて済むし、なにしろ日持ちする。リュネもリンゴは大好き。食事にありつけない時、腹の足しにもなる。健康にもいい。」
「はいはい、判ったって、買ったのがいけないとは言ってない――そう言えば、おまえ、パンも持ってるんじゃなかったか? あれ、どうする気だ? さすがに食えないだろう?」
「パンはカッチーにあげる。夕食が早い時間だったから、きっとお腹が空く」
「自分で食うんじゃなかったのかよ?」
「自分のことしか考えないピエッチェと一緒にするな」
ムッとするが言い返すのも面倒で何も言わないピエッチェ、マデルが気の毒そうに盗み見た。
「クルテさんったら、心にもないことをすぐ言いますよね」
笑ったのはカッチーだ。
「でも嬉しいなぁ、俺のためにパンを用意してくれたなんて」
「ごめん、間違えた。ピエッチェはいつも周囲に気を遣ってる――ご馳走さま。カッチー、片付けはよろしく」
サックから布包みを出すとカッチーに渡し、クルテがテーブルを離れる。
宿が用意してくれた部屋は希望通り、大きな居間と寝室は二人用が一つ、二人用が二つ、バスはそれぞれの寝室に付属していた。
二人用の寝室は一番奥で、入ると右の窓際にはソファーセット、正面にベッドが二台並べられていた。窓は右手だけ、正面の壁左端のドアはバスだろう。
クルテは花籠を大事そうに持つと、
「眠いから寝る。オヤスミ」
と寝室に入っていった――
「まぁ、クルテはやっぱりまだまだ子どもなのよ」
クルテが寝室に引っ込んでからもムッとしたままのピエッチェにマデルが言った。ピエッチェは木箱からリンゴを出してガリガリ齧っている。少しでも鬱憤を晴らそうとでもするかのようだ。
「子どもねぇ? 性格が捻くれてるんじゃなくて?」
「そうだとしたらピエッチェだけじゃなく、他の人にも意地悪を言うんじゃ?」
「クルテさんが酷い言い方するのはピエッチェさんにだけですよね」
こちらはパンを齧りながらのカッチーだ。
「なんでピエッチェさんにはあんな酷い言い方するんでしょうね?」
「甘えてるのよ。ピエッチェなら怒らないし許してくれる、そんなところ」
マデルはクルテが残したイチゴを摘まんでいる。
「だから、思ったこと、思いついたことをよく考えもしないでずけずけ言っちゃう」
「甘えるならもっと可愛く甘えて欲しいもんだ」
「あら、それが本音?」
クスッと笑うマデルにピエッチェが顔を赤くし、カッチーがニヤリとする。
「実際、ピエッチェさんが本気でクルテさんに怒ったところって、見たことないです」
「誰に対しても、本気で怒ったりなんかしない」
「そうね、ピエッチェは齢の割には考え方や、いろいろなことへの対処が大人……でも、クルテはそのあたりが巧くできないの。凄く反省してるけどそれが言えなくて、気まずさに寝室に引っ込んじゃったんじゃない? まだ、食べる気でいたでしょうに」
「腹いっぱいで、眠くなっただけだと思うぞ」
「そうかもしれないけど、気まずくなったのが一番なんじゃ? まぁ、食べきれないほど用意しちゃったとしても、それだって子どもっぽいし、初めて食べるからたくさん食べたいなんて正しく子どもの発想だわ。可愛いもんよ」
「そう言えば、コゲゼリテでも小さい子ほど欲張りで、しかも残すことも多かったです。食べてる途中で眠っちゃう子もいました」
「そうそう、スプーン持ったままこっくりこっくりする子が居るよね」
とマデルが笑う。
「子どもねぇ……十八だぞ? もっと大人になって欲しいもんだ」
「そんなこと言ってるけど、ピエッチェさん。クルテさんの子どもっぽいところもひっくるめて好きなんですよね?」
「なっ! なに言い出す?」
カッチーの指摘に慌てるピエッチェ、マデルが、
「カッチー、ピエッチェは大人っぽいけど、少年みたいに純情なんだから揶揄っちゃダメよ」
と笑う。そして
「クルテ、本当に十八かしら?」
と呟いた。
食べ終わったリンゴの芯を皿に放り出し、ピエッチェが立ち上がる。
「さぁなぁ。本人がそう言ってるんだから、十八なんだろ?……俺も寝るかな。悪いなカッチー、片付けといてくれ」
「悪くなんてないです――ゆっくり眠ってください。昨夜、眠ってないって言ってましたよね」
マデルも真面目な顔で
「早くクルテのところに行ってあげたほうがいいわ。言い過ぎたって判ってるみたいだし、今頃不安でいっぱいよ。ピエッチェに嫌われてないかってね」
と言う。何か言い返したい気もしたピエッチェだが、
「オヤスミ」
と寝室に向かった。
寝室は照明が絞ってあって薄暗かった。例によって片方のベッドにはクルテのサックが置かれている。いつもと違うのはサックだけでなく花籠があることだ。寝具を上手に支えにして倒れないようにしてあるらしい。
クルテはもう一つのベッドに潜り込んで、丸まっている。声を掛けるが反応がないところを見ると眠ったようだ。一人でも眠れるじゃないか……そう思い、少し寂しく感じている自分に気付く。一人じゃ不安で眠れないのは俺かも知れない。
クルテを起こさないよう気を付けて、クルテの右側に潜り込むと目を閉じた――
異変が起きたのは、どれほど経ってからだろう?
「ギャーーーっ!」
ムクドリの鳴き声か? それに随分と近い。そして突然、激しく揺さぶられた。
「起きて、起きて! わたし、死ぬかも!?」
揺さぶっているのはクルテ、ムクドリの声と思ったのはクルテの叫びか?
「血が出てる! なんで? 怪我なんかしてない。なんで血? わたし、死んじゃうの?」
「うん? 血が出てるって、おまえ? また夢でも見たか?」
「夢なんかじゃない!」
クルテはベッドから降りて、ピエッチェの身体を掴んでいる。
「まぁ、とりあえず、手を放せ。掴んでなくても俺は逃げない――で、出血箇所はどこだ?」
訊かれたクルテがキョロキョロ部屋を見渡し、ランタンのところに慌てていくと照明を強くした。その間に、ピエッチェもベッドから降りる。
「あれ?」
手を突いたベッドの違和感に掛け布団をパッと払ったピエッチェが、ハッとクルテを見た。
ベッドには大きな血の染み、明るくなった寝室に立ち尽くすクルテの服も血に塗れていた。




