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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
6章  待ち過ぎた女

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 カッチーさえも『思い出せません』と情けない声で言うのに、クルテだけはケロッとしていた。

「物忘れの森のせい。考えたって無駄。それより今日の宿……このパン、持ってっても怒られない?」

手にしたパンをピエッチェに見せる。


「あぁ、そうか。物忘れの森に迷い込んじまってたんだな――そのパン、食いたいけど食いきれないのか?」

「珍しく察しがいい」

「布に包んでサックにでも入れとけ」

ここでもピエッチェが、

「あれ? おまえのサックに布なんて入ってたか?」

と自分の言葉に疑問を投げる。


 クルテは気にすることもなく、

「そうする」

サックから布を出してパンを包んだ。全部で四個だ。きっとみんなで分けるつもりだ。


 支払いの時、お勧めの宿を店員に訊くと二軒ばかり教えてくれた。一軒は女将さんの宿だった。


「旨い朝食を出してくれる宿がいいと、言い忘れた」

「それならこの店の前を左に言ったところにあるエレンリッセって宿ですね。行けばわかります、でかくて立派な宿なんで――部屋の調度も豪華、飯も豪華、もっとも宿賃は割高です」


 なんとなく聞き覚えがあるなと思っているとマデルが、

「あそこは金持ち専用。他にはない?」

と口を挟んだ。クルテの声が『王太子が泊まってた宿……マデルはレストランでラクティメシッスと食事した』とピエッチェの頭の中で聞こえた。宿の従業員たちがマデルの顔を覚えているだろう。やめた方が無難だ。


 田舎料理でいいなら、と店員が照れ笑いした。

「実は、この店の上はホテルなんです。レストランはないけど、この店の料理を部屋に出前できます。うちのメニューならどれだって、すぐに持っていきます……自分の店を押し付けるようで、言いそびれてました」


 ジェニムの店員は交代制で営業は一日中、ホテルの従業員に注文すれば何刻(なんどき)だろうが部屋に運んでくれる。

「経営者が一緒で、厨房からホテルに入れるようになってるんです。でも、お客はいったん店を出て、建物の横の階段を(のぼ)ってください。宿の受付は二階です」


「部屋に()きはあるのかな? 二人部屋を一部屋、それに一人部屋が二部屋あるといいんだが? 四人一緒でも、寝室がそんな感じならば、それでもいい。空いてたら、ここにするよ」

ピエッチェの申し出に、マデルをチラリと見て店員が頷いた。

「聞いてまいります。()いてたら確保していいですね?」


 店員が行ったあと、苦笑するのはマデルだ。

「あの店員、ピエッチェとわたしが同室だって思ったみたいね」


「そんなの有り得ない」

怒るクルテに、

「勘違いは誰にもであるものだ」

ピエッチェが笑う。


 カッチーが、

「男物の服だからクルテさんのこと、男だと思っただけですよ」

(なだ)めるが、(ふく)れっ(つら)

「わたしの胸が貧弱だから?」

とポツリ言う。


「へっ?」

「はぃい?」

「なんだって?」

マデルがキョトンとし、カッチーが顔を(ゆが)めて笑いを噛み殺し、ピエッチェがヤメときゃいいのに聞き返した。

「今、なんて言った?」

しかもニヤついてしまった。


「うるさい。聞こえてるくせに聞き返すな……店員が来た。あの様子だと()き部屋があった」

ムッとした顔のままクルテが立ち上がった――


 果物を扱っている店を宿の受付で訊くと少し歩いたところにあるという。そこで一度部屋に入り、荷物を置いてから行くことにした。

「マデルとカッチーは留守番」

勝手にクルテが決めてしまう。


「俺、読書してますね」

「わたしは寝てるわ」

カッチーとマデルに不服があるはずもない。これと言って理由が見付けられずにピエッチェも、どこか抵抗があるもののクルテについていく。もっとも、クルテを一人で行かせる気は最初から全くない。


 日没間近なのに街はまだまだ(にぎ)やかだ。宿の受付が言っていたが夜半まで開いている店も多いらしい。近郊にジェンガテク湖・コゲゼリテ温泉(今は(さび)れている)を(かか)える観光拠点グリュンパはローシェッタ国では中堅都市だ。


 クルテが花屋の前で足を止めた。

「全部買う」

「持ちきれないぞ」

「じゃあ……」

クルテがバケツから様々な花を引き抜いていく。色にも形にも統一感がない。コイツ、まさか食う気じゃないよな? 危ぶむピエッチェだ。


 選び終わった花を店員に渡すと、ボケッとしていたピエッチェのところに戻ってきたクルテがクスッと笑う。

「食べたりしないから安心していい」

フン! とピエッチェが鼻を鳴らす。


「花なんか、あんなに買ってどうする気だ?」

「部屋に飾る」

花瓶(かびん)も買ったのか?」

「そのまま置いとけるようにしてって頼んだ」

「花なんか飾って何が楽しいんだか?」

「ピエッチェだって、喜んでた」

「俺が?」

「シスール周回道の原っぱで。一輪(いちりん)あげたら喜んでシャツに挿してた」


 あぁ、そう言えばそんなこともあった。でもあれは、花を貰ったのが嬉しかったんだったっけ? コテージに着いた時はすっかり(しお)れてた。


「あれはなんて言う花なんだ?」

「花の名前? 藍微塵(あいみじん)。花言葉はわたしを忘れないで」

「花言葉って?」

「人間って面白いよね。花に意味なんかないのに、勝手に意味を持たせた」

「答えになってないぞ?」

「判らないと困るのか?」

「そんなことはない……と思うけど」


 店員が(かご)に入れた花を持ってきた。クルテが選んでいる時は乱雑に見えたのに、花々は互いに引き立て合って美しい。あれがこうなるんだと感心する。クルテはここまで計算して選んだのだろうか?


 持たされるのかと思ったがクルテは自分で持つと言い、歩きながら時どき籠を見ては嬉しそうな顔をする。やっぱりコイツは女なんだなと思うものの、花が好きな魔物ってだけかと思い、もとは女神の娘の疑似体なんだからこんなもんかと思う。そして結局、花が好きなのは何も女に限ったことじゃないと結論を出した。


 リンゴとイチゴが欲しいと言っていたのに、追加でオレンジとイチジク・ビワ・チェリーを買った。こちらはピエッチェが持たされる。


「明日、ギュリューに着いたら本屋に行く」

宿への道を戻りながらクルテが言った。


「何か必要な本ができたのか?」

「カッチーがそろそろ読み終わるから」

本が必要なのはクルテじゃなくカッチーか。


 花籠を両腕に抱え込むようにして嬉しそうにしているクルテが、急に頭の中に話しかけてきた。

(声は出すな――物忘れの森での出来事、わたしは忘れていない)

(そうだったのか? 何があったんだ?)

ついクルテを見たが、不自然ではない程度に慌てて視線を逸らしたピエッチェだ。


(あそこにはハァピーが居た。カミキリムシも居たが、まぁ、それはいいか……)

(ハァピーだって? うん、森だ、カミキリムシが居たって不思議じゃない)

クルテは鼻で笑ったが、カミキリムシについては流すことにしたようだ。


(で、ハァピーの魔法なのか、森自体に掛けられた魔法なのか、そのあたりは判らないが、森での出来事は忘れてしまう。だからピエッチェたちには昨日から今日に掛けて、グリュンパに戻るまでの記憶がない)

(うん。それで?)


(昨日森の中で迷い、カミキリムシの巣で一夜を過ごし、今日はハァピーと対決して生還した)

(ハァピーとの対決って?)

〝カミキリムシの巣〟に引っ掛かったが、今度はピエッチェが追及せずに流すことにした。今さらどうでもいい。


(おまえをハァピーたちから取り返した)

(あぁ、ハァピーは人間の男を狩るんだった)

(危なかったが、わたしが勝った)

(おまえが活躍したってことか? ここは礼を言うべきなんだろうな)

(そんなことはどうでもいい)

チラリとクルテがピエッチェの顔を盗み見た。


(ハァピーたちは全員、胸が豊かだった)

(へっ?)

(男は誰でもハァピーみたいな身体が好きなのか?)

(いや、ちょっと待て)

(さっき、ジェニムの店員もマデルを見て、『今夜はお楽しみか』って(うらや)ましがってた)

(だからそれは勘違いで)


(どうせわたしの胸は貧相。ハァピーたちに馬鹿にされた)

(そんなことがあったのか? でもハァピーに何が判る? ヤツら、なにも判っちゃいないって)

(ピエッチェ、カッチーに『豊かな胸の女がいい』って言ったよね?)

(あ……だから、それは話の成り行きって言うか、冗談だって)

(言い訳ばかりしてないか?)


 本当だ。なんで俺が言い訳しなくちゃならない? ムッとしたピエッチェが、

(おまえさ、そう思うなら、自分の胸もデカくすりゃあいいじゃないか。自由自在に変えられるんだろう?)

するとクルテが立ち止まった。ピエッチェも立ち止まり、

(あ、いや、だって、俺にどうしろって言うんだよ?)

またも慌てて言い訳をする。


(別に、何も?)

ピエッチェを見もせずに、クルテが元通りに歩く。

(自由自在ってわけじゃない――化身した相手と同じ体型にならなれるってだけのこと。マデルに化ければマデルの身体、ナリセーヌに化ければナリセーヌの身体)


 ピエッチェも歩調を合わせて歩を進める。

(俺は今のままがいい)


(最初からナリセーヌの姿で出てくればよかったのにって思わないのか?)

(久々に聞くな、その名前。『そう言えば、そんな人がいたな』としか思わなかった)

(冷たいヤツだ)

(そうかな? 前にも言ったがナリセーヌと何かあったわけじゃないんだ。『自分に気のある男の一人』程度にしか、あっちは思っちゃいないよ)


(ザジリレンに帰還し、再会したら気が変わるかも?)

(それもないなぁ……今は思う相手が別にいる)

(マデル?)

(違うに決まっているだろうが)


(相手もピエッチェのことを?)

(どうだろうね。でもそうじゃなくてもいつか必ず好きになって貰う)

(見込みはありそう?)

(ずっと一緒に居てくれるって言ってくれた)


 クルテの歩みが再び止まった。

(貧相な胸でも好きか?)

(胸の大きさなんか、どうでもいい――今のおまえは魔物になる前の姿だって言ってたよな?)

(それがどうかしたか?)

(おまえそのものなんだなって思った)

(ふぅん……姿が変わってもわたしはわたしだ)

再び歩きだしたクルテは、それ以上何も話しかけてこなかった――


 ギュリューに着いたら本屋に行くかと訊かれると、カッチーは大喜びで頷いた。

「今、読んでるのの姉妹編が欲しいんです」

王や王子を主人公とした冒険物語だという。

「女神の娘からは卒業かな?」

マデルが微笑む。


「いいえ! 王や王子の冒険を女神の娘が助けるんだけど、二人はいつしか恋に落ちて結ばれる。そんな話をいくつか集めた本なんです」

「カッチーも恋をしてみたい?」

「そりゃあいずれは……でも、フレヴァンスさまを助け出してからです。ピエッチェさん、ザジリレンには俺も連れて行ってくれるんですよね? ザジリレンで落ち着いたら家臣にして貰えますか?」


「俺に異存があるはずないだろう? おまえがイヤじゃなければこっちからお願いしたいくらいだよ」

ピエッチェが嬉しそうにカッチーに微笑んだ。

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