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秘魔 =追放されし王は 荒天に煌めく星を目指す=   作者: 寄賀あける
序章

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秘魔

 追い詰められたのは断崖、もう少しで転落するところをやっとのことで踏みとどまった。冷汗を掻きながら下を見ると、()()()()()()()激流だ。落ちたら助かりそうもない。(おっ)はすぐそこに迫っている。捕えられればどのみち命はない。こんな時、激流に飛び込む、追手に殺される、どっちを選ぶ?


 この国の王、カテロヘブも迷っていた。追手は親友だと信じていたグリアジート卿ネネシリス、姉の夫だ。狩りに行こうと誘われて、ノコノコ出てきたのが運の尽き、気が付くと自分の家臣は誰もいない。


 どこに行ったのだろうとキョロキョロしていると、側近に耳打ちされたネネシリスがニヤリと笑った。

「残念だったな、カテロヘブ。おまえが連れてきた家臣は全員息絶えたそうだ」

「えっ?」

「俺はおまえを殺して王になることにした。だからここで死んでくれ」

「おいおい、笑えない冗談はよせよ」


 ネネシリスの言葉を(たち)の悪い冗談と笑い飛ばそうとする。が、剣を引き抜くネネシリス、さすがにカテロヘブも剣の(つか)に手を置いた。

「俺が死んだっておまえは即位できない。姉上には王位継承権があるがおまえにはない。判っているだろう?」

「あぁ、判っているとも。だからおまえの大事な姉上は生かしておくさ。牢にでも閉じ込めておくよ」


 あたりは背の高い木々、足元は苔や背の低い雑草、陽の光は木漏れ日だけだがそれほど暗くはない。剣を手にしたままじりじりと近寄るネネシリス、その家臣たちが一人また一人と集まってきて、弓に矢をつがえてはカテロヘブに狙いを定める。


「さぁ、どうする? 俺に斬り捨てられるか? それとも矢でハリネズミのようにされたいか?」

「な、なぜだ!? おまえは俺の友で、姉上を愛する夫ではなかったのか?」


 フン、とネネシリスが鼻で笑った。

「子どものころから俺はおまえたちに遠慮して生きてきた。何が王さまだ、王女さまだ、王子さまだ!? いつか見返してやる、取って代わってやると思い続けてこの日を待った――そうだ、いい事を一つ教えてやろう。おまえの父親を殺したのはこの俺だ。アイツは俺の性根を見抜いていた。だから俺とクリオテナとの結婚を渋った。だけど結局は愚か者さ、娘の懇願に折れたのだからな」

「な……父上に毒を盛ったのが、まさかおまえだったとは」


 とうとうカテロヘブも剣を抜き放つ。ネネシリスが斬り込めば、ガツッと金属のぶつかる音が静かな森に響き渡った。


 剣を隔てて睨み合うカテロヘブとネネシリス、

「さすがは王位を示すグレナムの剣、見事なものだ――そいつを俺に寄越せば、命だけは助けてやらんでもないぞ?」

ネネシリスの(ささや)きに

「おまえになど、誰が渡すか!」

カテロヘブがグイっと剣に力を込めて、ネネシリスを押し飛ばす。


 ネネシリスとは間を取れたものの、状況は圧倒的に不利だ。ヤツの後ろにはすぐにでも矢を放てる家臣どもがいる。自分たちの主人に当たるのを恐れて今は射って来ないが、ネネシリスが場を開ければ間違いなく射ち込んでくる。


 じりじりと近づくネネシリス、じりじりと後退するカテロヘブ……が、背に当たるものを感じてカテロヘブの足が止まる。灌木(かんぼく)の茂みだ。森の(はずれ)か? 燦々(さんさん)と陽が降り注いでいる。カテロヘブの身長を少し超える灌木の茂みは、ずっと向こうまで続いていそうだ。


「さあ、どうする、カテロヘブ? 剣を渡して命乞いするか、それとも俺に斬り捨てられるか? ハリネズミって選択肢もあるぞ」

「うぬぅ……」


 焼けるような緊張、唇を噛み締めるカテロヘブがサッと手を上げ、背負った矢筒に手を伸ばす。


「きさまっ!」

ネネシリスが矢を回避すべく、慌てて退()がる。この距離で射抜かれては()()()()()もない。背後の射手は急なことで対応できない。その隙にカテロヘブ、灌木の茂みに飛び込んだ!


「なっ! 放て! 逃すな!」


 思った通り灌木は不規則に立ち並んで続いている。身を屈めてその隙間を駆け抜けた。放たれた矢の多くは小枝に阻まれ威力を失い、ポタポタと落ちていく。

(うっ!)

小枝の妨害に引っ掛からなかった矢が、カテロヘブの肩に突き刺さった。が、構っている場合じゃない。ネネシリスに命じられて家臣たちも、茂みに入り込んでくるはずだ。

(どっちだ、どっちに逃げればいい?)


 自国とは言え、初めて足を踏み入れた森だった。向かう先がどうなっているのか見当もつかない。

『狩りに良さそうな森を館の近くに見付けたんだ。前王の葬儀やそれに続く色々で疲れも溜まっているんじゃないか?』

静養を兼ねて遊びに来いと言うネネシリスを少しも疑いはしなかった。クリオテナも会いたがっているぞと言われれば、久しぶりに会いたくなった。姉は体調不良を理由に、父の葬儀にも来ていない。

(ひょっとしたら姉上は、ヤツに(むご)い仕打ち受けているのではないか?)

沸き起こる疑念、悔しさで涙が滲む。


「カテロヘブ、逃げるのか? 父親の仇を討とうという気概もないのか?」

どうやらネネシリスも追ってきているようだ。家臣に枝を払わせているのかもしれない。

「ほら、出て来いよ。俺と勝負しようじゃないか――だがな、今日は遠慮しない。いつもみたいに負けてなんかやらないぞ」

ネネシリスの挑発と嘲笑が少しずつ近づいている。本当に近づいているのか、それとも単に声が大きくなってきているだけなのか?


「カテロヘーブ! 諦めろ、どうせその先は行き止まりだ」


 皮肉にもその声に救われた。急に開けたそこは断崖、ネネシリスの声で足の速度を緩めていなければ勢いで落ちていたかもしれない。ネネシリスはこれを知っていて、だからあんなに余裕を見せてゆっくり追って来ていたんだ。


 だがどうする? 断崖の下はのたうち回る激流、落ちればおそらく命はない。そして追手の気配は近づいてくる。

(ここは王の誇りを賭けて、ヤツと勝負するほかないか?)


 手合わせでネネシリスに負けたことはない。手加減していたと言っていたが、それはヤツのハッタリかもしれない。しかし肩の矢傷は容赦なく痛み、体力をじわじわと奪う。いつもどおりに討ち合えるとは思えない。それにヤツに勝てても、ヤツの家臣が黙っているはずがない。


(それでも……やるしかない)

首を回すと茂みの隙間からこちらを見てニヤニヤと笑うネネシリスが見えた。


「見つけたぞカテロヘブ、こっちに来い。家臣たちが灌木を()ぎ払って、おまえが這いつくばる場所を作っている。こっちに来て命乞いをして見せろ」


 幼馴染の見慣れた顔、親しんだその笑顔はこんなにも歪んで醜かったのか? 姉が憧れた美男子が、まるで別人のようじゃないか。

(せめて! せめてコイツを葬り去って、姉上だけでも助けなければ!)


 断崖に背を向け、踏み出そうと身構えた時だった。

「おまえ、思ったよりも馬鹿だな」

背後から肩越しに誰かの顔がニュッと出てきた。

「えっ?」

そこは断崖のはず、どこに立っている? 驚いて思わず振り向くカテロヘブ、が、つい足を踏み外した。

「うわぁ!」


 急激な落下、目前に広がるのは空の青、足のほうにドンドン迫り出してくるのは崖、その崖から離れて何かが宙に浮かんでろしている。

(あれはなんだ? 人なのか?)

薄れそうな意識で思う。


「落ちた!」

ネネシリスの叫び声がカテロヘブの耳に届く。

「探すんだ、なんとしてでもグレナムの剣を見つけ出せ!」

最期に聞くのがそんな声か? そして目の前が真っ暗になった――



 火の()ぜる音にボンヤリと覚醒する。周囲が暗いのは夜だからか? 遠く微かにポチャッと水の音がした。ここはどこだろう? 起きようとするが全身が燃えるように熱く、気怠くて力が入らない。身動き取れずにいると、近づいてきた気配に服を脱がされた。抵抗できず、声も出せない。肩に貼りついていた物が取り(のぞ)かれる感触、誰かの溜息、肩にヒンヤリとした物が貼られ、服を着せられた。そこでまた意識が薄れていった。


 次に目覚めた時は、少しは頭がすっきりしていた。やはり暗く、向こうにある焚火だけがあたりを照らしている。相変わらず身体は動いてくれない。なんとか起きようとして呻き声を上げた。

「意識が戻ったようだな」

焚火の前の岩に座っていた誰かが立ち上がった。


 男? 女? 見た目だけでは判断できない。細身の身体は男にしては背が低く、女にしては背が高い。長い黒髪を背中で緩く束ねているように見える。声は低からず高からず、じっくり顔や体つきを見てみるがやはり性別は不明だ。

「起き上がろうと思うな。十日も眠っていたんだ」

「十日?」

なんとか出た声は自分の声とは思えないほど弱々しい。

「あぁ、昨日、おまえの姉が即位した。もうおまえは王ではなくなった」

「な……」

悔しさで涙が滲む。身体は動かないのに涙が出てくるのは皮肉だ。だが、息もしているのだから、涙も出るか?……そうか、俺はまだ生きている。ならば諦めるのは早すぎる。


 ふと思いついてカテロヘブが尋ねた。

「俺はどれくらいで動けるようになる?」

「元通りに動けるようになるには一月(ひとつき)ほどかかるかな。動けるようになったらどうする気だ?」

「ネネシリスの所業を暴露して、王位と姉を取り返す」

「おまえが何を言ったところで誰も信じはしない。何しろおまえは狂人だからな」

「どういう意味だ?」

「ネネシリスは巧くやった。おまえの味方は()()いない。トチ狂ったおまえが自分の家臣を次々に殺した。取り押さえようとしたが自分から崖に飛び込んだ。そんな話を国中が信じている。おまえの大事な姉さんもだ」

「そんな……」

「あの色男が『助けられなかった』と号泣した。居合わせた者はみんな貰い泣きさ――フン、人間は愚かだ。見た目に騙される」

そう言って立ち上がり、焚火に向かうと手に器を持ち戻ってきた。


 カテロヘブの傍らに腰を降ろすと器の中身を(さじ)でクルクルと()き混ぜた。

(かゆ)だ。食って体力を付けろ」

匙を口元に持ってくる。

「……生きていても意味がない。なんで俺を助けたんだ?」

「王位を取り戻し、姉貴を助け出すんじゃないのかよ?」

「おまえが無理だと言ったじゃないか」

「ネネシリスを(あば)いたって無理だと言ったんだ。方法はほかにもある」

「ほかの方法?」

「そうさ、まずは体力を付けろ、カテロヘブ。身体の力ではなく、ヤツを引きずり降ろす実力だ――おまえを信じてついてくる味方を作れ」

「どうやって?」

「最初に身分と名を捨てろ。おまえの名は知られている。だから名を変え別人になって、そうだな、国を出てもいい。そこでおまえの魅力で人を集めるんだ」

「俺の魅力? なんだろう?」

考え込んだカテロヘブをうっすら笑い、

「ま、わたしが手助けしてやるさ。時間は掛かるだろうがきっと取り返せる」

再び匙をカテロヘブの口元に出してくる。


 今度は口を開いたカテロヘブ、だが口の中が空になると、

「そう言えばおまえは誰だ? それにそうだ、なぜ俺の名を知っている?」

さっきから感じていた疑問を口にした。

「だいたいどうして俺を助け、力を貸すなどと言う? 王位を剥奪され、追放されたも同じの俺に協力しても()()()はなさそうだが?」


 するとまたも相手はうっすら笑った。

「もちろん無条件とはいかない――ネネシリスを追い詰めてくれればいい」

「あいつに恨みでも?」

「ネネシリスに恨みはない。アイツに()いているモノに恨みがある」

「憑いている?」

「まぁ、まずは食え、食い終わったら話してやる」


 信用していいのか悪いのか迷いながら、差し出されれば口を()け粥を飲み込んでいく。食べ終わる頃には少しは元気が出てきたような気がした。

「それで? 話の続きは?」

問う声に、さっきよりもずっと力があると感じた。


 せっかちだなぁと呟き、カテロヘブを見るとソイツが言った。

「わたしは秘魔(ひま)だ。人間の()()()()()()を食らって生きてる。人間じゃない」

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