おまけ ジェイside
*ジェイ side
大人たちは、みんな同じ言葉を繰り返して俺を責め立てた。
自分の従妹を殺そうとしたんだ、と。
誘拐して身代金を取ろうとするのは金目当て誘拐罪という重大犯罪だそうだ。
俺は実行犯じゃないのに、だ。
誘拐をそそのかしたり、強く勧めたりしたら、実行犯と同じ罪だと言われた。
そんなはずないだろう。
俺は貴族だし、それに、俺も誘拐されたんだ。
そして、俺はまだ八歳、そんな子どもの言うことを真に受けた大人たちが悪い。
……いや違うだろ、どう考えてもミリアだ。あいつが一番悪い。
あいつが「ジェイも一緒にさらって」とか余計なこと言うから、完璧だったはずの計画が一瞬で失敗したんだ。
本当に、なんであのとき湖でおとなしく沈んでいてくれなかったんだろう。
それだけが、悔しくてしょうがない。
母様はブライアンおじさんを気に入ってたし、俺も、まぁ、嫌いじゃなかった。
優しい人だったし、欲しいものは大体買ってくれたし、執務室で難しい話を聞かされることもなかった。
ミリアさえいなければ、俺の父親になる未来はほぼ決定していた。
そう、全部順調だったはずなんだ。
それなのに、選んだ誘拐犯の連中がまさかのポンコツ。
俺のことを「お荷物」とか言って殴りやがるし、怖いなんてもんじゃない。
俺のおかげでミリアをさらえたくせに、調子に乗ってもっと金を欲しがって捕まるとか……ありえない。
その巻き添えで、俺までこんなじめじめした牢にぶち込まれてしまった。
石の壁は湿っていて苔まで生えてるし、床は氷みたいに冷たい。
一歩踏みしめるたびに「お前は囚人なんだぞ」とでも言いたげに冷気が足首から伝わってくる。
ベッドは、かび臭くて鼻が曲がりそうだ。
貴族専用の牢屋なんて聞いて期待してたのに、どこがだよ。
これじゃあただの湿気マシマシ地下室だ。
しかも、声が出ない。
ちゃんと事情を説明したいのに、あのならず者たちのめちゃくちゃな証言がなぜか信じられて、結果「全部、ジェイが悪い」で話がまとまってしまったらしい。
納得いくわけがない。
「ジェイ、お前に面会だ。いいか、こんな悪ガキに説教してくれる大人がいるんだ。ありがたくちゃんと話を聞くように」
くたびれた靴と同じくらいくたびれた男。
看守らしきやつが、鼻で笑いながら言ってきた。
説教?ごめんだね。
そんなのより早くここから出してくれ。
母様かブライアンおじさんが、今ごろ必死に動いてくれてるはずだ。
そもそも俺はまだ子どもだし、ちょっとしたいたずらが大ごとになっただけ。
せいぜい、少しの謹慎で済むはずだ。
それだって、しばらく我慢すれば元の生活に戻れる。
そう思っていた。
……そのはずだった。
***
(……だれだよ、お前)
面会に現れたのは、完全に初めて見る男だった。
しかもやたら身なりがいい。黒髪で、眼光が鋭いというか、強そうなおじさん。
なんでこんなのが俺の前に立ってんだ?
「君が、ジェイだな」
低い声でそう言われ、俺は反射的にこくりと頷いた。
どう見ても高位貴族だし、こういう相手には子どもらしく振る舞うのが正解だ。
同情を買って、早めに釈放してもらう。それが一番いい。
「私はアズルという。君の同級生、イーライの父だ。そしてミリアのこともとても可愛がっている。身分は大公子。君より上だ。分かるね?」
は?イーライの……父親?よりによって、あの、イーライの?
くそっ!!最悪だ!!
俺は思わずアズルを睨みつけた。イーライは俺を目の敵にしている。それに俺もあいつのことは大っ嫌いだった。
何でイーライの父親が説教に来るんだよ。
ふと、俺は思い出した。
ミリアを呼び出すときに、イーライの名前を語って手紙を書いたんだった。
でも、それくらいしかしてないし、親が出てきて怒られるほどの事ではない。
しかも、面会といっても、豪華な応接室に案内されるわけでもなく、
鉄格子ごしに立ったまま。
なんでだよ。せめてもうちょっと清潔な部屋に移動させてから話せってんだ。
大公子ならそのくらいできるだろ、ケチかよ。
アズルは俺を見据えたまま、鉄格子に手を添えた。
「ジェイ、君のしたことは、多分捕らえられてから、あらゆる人に言い聞かせられただろう?どれだけ、重い罪なのか、どれだけ人に迷惑をかけたのか」
俺は仕方なくうなずいた。
何度も聞いたし、反省しろだの、間違えたら死んでいたと言われた。
でもミリアは死んでないし。
「ジェイ。なら、皆が話さなかったことを、君と話そうと思ってここへ来た」
俺と話そうって言っても、俺は声が出ないんだから、話し合いになるはずないだろう.頭悪いのかこいつ。
「君は、身分がいちばん大事だと思っているな?」
図星すぎて、笑えてきた。
(もちろんだ)
俺は貴族で、周りはそれを身分を基準に動く。それが普通だし、ずっとそう教えられてきた。
アズルは、そんな俺の考えを見透かすように続けた。
「なら聞くが、身分が高ければ、人を泣かせていいのか?身分が低ければ、傷つけられても文句を言うべきではないのか?」
(くだらない。当たり前のこと聞くな。身分が高ければなんだって許される)
「君は今回、身分が守ってくれると思っていた。自分は貴族だから、どうせ大した罰にはならないと思っていたはずだ」
……考えていたことを、全部言われた気がした。
(くそっ!!)
アズルは淡々と話し続ける、怒りに任せて怒っているわけではなさそうだ。
けれど、静かな声が逆に腹立たしい。なんだか、逃げ場を塞いでくる気がした。
「だがな、ジェイ。身分は責任の大きさを決めるだけで、罪の重さを軽くはしてくれない。そして、人の心は、身分では動かない」
(何が言いたいんだ)
「ミリアは君より身分が低い。だが、彼女が怖がり、怯えたその気持ちに、身分は無関係だ」
アズルは続けた。
「君がしたことは、貴族の悪ふざけでは済まない。今回は誰の命が奪われてもおかしくなかった」
喉の奥が熱くて、うまく呼吸ができない。
「そして、それに見合った罰を君に与える。それを決めるのは身分ではなく……人だ」
(身分じゃなく……人?)
「ジェイ。人を傷つけたのは貴族のジェイではない。君自身だ。身分がどれほど高くても意味はない」
その瞬間、胸の奥で何かが崩れる音がした。
今まで当たり前だと思っていた価値観が、ぐらりと揺らいでいく。
逃げたいのに、逃げられなかった。
アズルは、しばらく黙ったまま俺を見つめていた。
そして――
「ジェイ。罪を犯した者には、償いの時間が必要だ。そして……罪の重さは、子どもだろうが貴族だろうが変わらない」
ゆっくりとした口調なのに、胸の奥がぎゅっと縮む。
アズルは鉄格子に指先で触れた。そのわずかな音が、やけに耳に残る。
「だからこそ、刑期がある。人に傷つけられた痛みや恐怖を、その分だけ思い返し、次に同じことをしないために……時間を使う」
そしてアズルは、残酷なほど落ち着いた声で告げた。
「君の刑期は……無期懲役だ」
息が止まりそうになった。
「ジェイ。君は一生、この牢屋から出られないと思いなさい。それが、君に与えられた時間だ。君の罪の重さと同じだけ、心に刻んでここで生きていくということだよ」
牢屋の中が急に狭くなったように感じた。
息が苦しいのに、逃げる場所がどこにもない。
無期懲役。出られない。償い続ける。罪の重さと同じだけ。
そんなはず、ないだろ……
次の瞬間、俺は、ガン、と鈍い音を立てて石床に崩れ落ちる。
冷たい床の感触が、逃げ場なんかない現実を突きつけてくる。
「…………っ」
嗚咽とも、悲鳴ともつかない、喘ぎ声がのどから出た。
涙が頬を伝うと同時に、世界が滲む。
「…………っ…………っ」
何を言っても、もう戻らない。
償わなければならないんだ。
牢屋の暗さが、そのまま俺の未来に見えた。
アズルは動かなかった。
ただ俺が崩れ落ちるのを見ていた。
俺は床に手をつき、嗚咽を必死に抑えた。
泣いても、泣いても、何も変わらないと分かっていても涙は止まらなかった。




