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悲劇の悪女【改稿版】  作者: おてんば松尾


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21 最終話

そして数日後。

ついに、終焉の日が訪れた。


重苦しい空気をまといながら、ルノー伯爵、ラドルフ、クリフ、アズル、そして第三王子ルイス殿下。

五人の影が並び立ち、クレメンツ侯爵邸の巨大な扉を叩いた。

その音は、屋敷全体に響き渡り、まるで運命の鐘のように終末を告げていた。


彼らが携えてきたものは、ただの紙切れではない。

それぞれがクレメンツ侯爵家に突き付ける、逃れようのない“現実”そのものだった。


伯爵は、ティナとの離婚届を。


ラドルフは、侯爵邸の権利書を。


クリフは、返済不能の借用書を。


アズルは、冷徹な視線と共に、家の断罪を告げる証言書を。


そしてルイス殿下は、国王の威光を宿した爵位剥奪の勅命書を。


それらは一枚一枚が、人生を削り取る冷たい現実となり、ブライアンの前に突きつけられた。

積み重なった紙束は、もはや彼の未来を閉ざす“判決”そのものだった。


アズルが一歩進み出て、冷ややかに言い放つ。


「……お前は、誰の父親だった? 欲に溺れ、道を誤り、すべてを失ったのだ」


その言葉は、屋敷の壁に反響し、ブライアンの心を打ち砕いた。

もはや抗う術もなく、ただ崩れ落ちるしかなかった。


それは最後通牒だった。


唇がわずかに開いたまま、声にならない息を漏らす。


彼は何度か言葉を呑み込み、そしてようやく絞り出す。




「……承知、しました」




彼は書類を握りしめ、大粒の涙を流し深く頭を下げた。





***



クレメンツ家の人間は、侯爵邸から一掃された。


借金返済は雪崩のように押し寄せ、先祖が守り続けた領地も、誇りであった爵位も、すべて跡形もなく消えた。


使用人たちは給金も紹介状もなく放り出され、

「クレメンツ家で働いていた」という経歴そのものが彼らの未来を奪った。

どこの屋敷も、悪名の影を恐れ、雇う者はいなかった。


かつて名門と呼ばれた家は、もはや風前の灯どころか、

吹き消されたあとの灰となって道端に散っていた。


そして、カリオペ。


ブライアンの母である彼女は、いまだに過去の栄光にすがりついている。


「わたくしに無礼だなんて……侯爵夫人に向かって何ということ!」


だがその言葉は、誰の耳にも届かない。

平民にすら嘘つき老人扱いされ笑われた。

かつての豪華なドレスも宝飾もなく、今は身なりも心もすっかり貧しくなってしまった。


年老いた身体は思うように動かず、スラムの粗末な小屋でエリザベスと共に暮らしている。

働いたことのないエリザベスは、少しの金を得るために何時間も重労働をしなければならないことを知った。


カリオペは、物乞い以外できることがない。

一日中道端に座って、木の椀を両手で掲げている。




***




*ミリアside




そして父は姿を消した。


彼がどこへ行ったのか、誰も知らない。


……もしかしたら、母が、手を下した可能性もある、と、私は密かに思っていた。

証拠はないが、あの教会での母の行動を思い出すと、その考えが浮かぶのだ。


誘拐されたあの日。


父は最後に、どちらか子どもを選ばなければならなかった。


だが、その“名前”を口にする瞬間に、母に殴り倒された。


母は、父の言葉を、我が子に聞かれたくなかったのだろう。

おのずと、父親が私を選ばなかったという事実が想像できた。


多分、私がミリアとして彼との思い出がたくさんあったとしたら、ショックはトラウマレベル。

血の繋がった父親が、娘を見捨てるなんてあってはならないことだ。

けれど、なんとなく想像はついた。


だって、あの人はそういう男だもの。


私が転生者であり、原作を読んだから、彼の冷たさ、間抜けさは十分理解していた。

もし、立ち向かう心構えがなければ、きっとその衝撃は測り知れなかっただろう。


父のことは誰も口にしないし、私も聞かなかった。


彼が生きている可能性はゼロではない。


けれど、もし生きていたとしても……


もう、誰も、ブライアンを探さないだろう。




***




伯爵家は、あの騒動を乗り越えてからというもの、まるで堰き止められていた川が再び流れ出したかのように、一気に繁栄を加速させた。


おじい様は、「どこにも、誰にも遠慮せず、堂々と仕事ができるわい!」と声高に宣言し、精力的に働き始めた。

娘婿に対して、やはり以前は気を遣っていたのだろう。

のびのびとして、十歳は若返ったように見えた。


その姿に触発された親族たちも、各所で活躍している。


母はというと、かつての気力を完全に取り戻し、領地経営に張り切って取り組んでいる。


そして、今回の件で、何より大きかったのは、アズル様の働きである。

貴族の子ども誘拐の事件を一人の被害者も出さずに解決したのだ。

事件での功績が高く評価され、国王陛下からの信頼も一層厚くなった。

その結果、侯爵の位を与えられ、大公子としての立場と共に、侯爵位を得ることとなった。


アズル様が訪れるたび、使用人たちはやけに背筋を伸ばし、母はなぜか髪の毛の巻き具合をいつもより丁寧に整えていた。


春が過ぎ、夏が来て、秋が深まり、そして冬になって雪が降る。


季節は巡り、私たちは幸せに満ちた楽しい日々を送っている。


イーライは事件の責任を感じているのか、しょっちゅう伯爵家へ顔を出してくれた。


私がイーライの筆跡を知っていたら、きっとまんまとあんな手に引っかかったりしなかっただろう。

決して彼の責任ではない。


彼は私の面倒をよく見てくれる。


「ミリアもいつかは学園へ通うようになるんだから、今からきちんと勉強をしなければならないよ」

「そうね。まぁ、何とかなると思うわ」


多分、勉強は余裕だと思う。


「本ばかり読んで、頭でっかちにならないよう。これからは体力もつけなくてはならないよ」

「そうね。多分、大丈夫だわ」


なんなら、スポーツは得意な方だ。


「いろんな令嬢たちが集まってくるんだから、貴族令嬢のマナーも……」


なんだか、彼の“過保護な兄化”が進んでいるように感じた。





それから、アズル様と母の関係も、少しずつ距離が近づいてきている気がする。

「もう二度と結婚はしない」と言っている母の背中を押せるのは、もしかしたら私なのかもしれない。


……とはいえ、私はまだ、もう少しだけ母親に甘えていたい年頃なのだ。

(こういう時だけ、幼児になる自分が少しおかしいが)大人は大人同士で頑張ってもらうことにする。



伯爵邸はおじい様の心機一転という考えのもと、大幅に改修された。


庭には新しい木々や、花々が次々と植えられていった。


その庭園を、アズル様と母が並んで眺めていた。

二人の視線の先には、バジルやローズマリー、唐辛子が植えられている花壇があった。

庭園の一角に香辛料ガーデンを作ったようだ。


母は、四季のある国で育てられる香辛料を、領地の特産品にしたいと考えている。


「なんだ、事業の相談か……」


私はふっとため息をついた。

二人の関係が“恋”に発展するには、まだ時間がかかるのかもしれない。



原作『悲劇の悪女』では、ミリアの死をきっかけに伯爵家は絶望に沈み、そして侯爵家に“ざまぁ展開”が炸裂する。そんな物語だった。


けれど、転生した私は生き残った。

ミリアが死ななかったことで、この先、伯爵家の運命は大きく変わっていくはずだ。



未来は、きっと悪くない。


そんな予感が、季節の風に乗ってふわりと胸をくすぐった。


悲劇の先には、新しい物語が待っている。





                                  ――――完結――――




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