20 末路
教会の扉が閃光とともに開き、黒衣のアズル部隊が突入した。
ティナがミリアを抱き寄せた瞬間、騎士たちが四方からなだれ込む。
わずかな時間で、内部は完全に制圧された。
犯人たちは瞬く間に取り囲まれ、逃走の望みは断ち切られた。
床に押し倒され、抵抗する間もなく縄で縛られた三人の実行犯。
そして……なぜかブライアンまでもが、犯人たちと同じように捕らえられてしまった。
「アズル様、彼は……」
「いや、まだ誰が犯人か分からない。取り敢えず、成人男性は拘束しろ!」
……いや、これ、どう見てもミリアの父親だ。
誰もがそう確信していたが、アズルの家臣たちは黙って命令に従った。
無理もない。
彼らは息を潜めて様子を窺っていたのだ。
ブライアンの口から漏れた「伯爵家は金があるだろう」という言葉は、確かに彼らの耳に届いていた。
実の娘より甥を選んだ。
ブライアンが放ったあの冷たい言葉は、決して許されるものではなかった。
アズルは、後ろ手に縄で縛られたブライアンを冷たく見下ろし、最後にただ一言、突き刺すように言い放った。
「……恥を知れ」
かくして、ミリアを誘拐した一味は、きれいさっぱり全員捕まり、事件の幕は下りた。
ジェイはというと、多少キズは負っていたものの、命に別状はなく、しぶとく生きて救出された。
捕まった犯人たちは、ただの小物のごろつきだった。
貴族の子どもを攫うなんて極刑レベルの大罪なのに、計画はスカスカ、準備も甘く、どう考えても素人仕事だった。
そして、後の取り調べで、事件のすべてが明らかになる。
もちろん、黒幕もはっきりと姿を現したのだった。
***
――ジェイ。
まさか黒幕が八歳児だったとは、誰が想像しただろうか。
この衝撃のニュースは王都に瞬く間に広がった。
そして「年齢?そんなの関係ない」と、世論は子どもの犯行を許さなかった。
ジェイは極刑こそ免れたものの、結局はしっかり実刑になったのだ。
この世の中は、なかなか情け容赦ない。
真実を知ったブライアンは、理解が追いつかず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「……そんな、嘘だろ……」
犯人たちは口を揃えて「ジェイに頼まれた」と証言し、
ミリアも同じように語ったという。
「子どもがそんな大それたことを企むはずがない」
彼はそう思っていた。だが、事実は違ったのだ。
一歩、二歩と後ずさり、壁に背を預けた。
自分の選択が完全な誤りだった。ことの重大さが胸の奥に重くのしかかる。
「イーライ様の名を騙った嘘の手紙で……ミリア様を呼び出したと」
説明に来た騎士がそう告げた。
「そんな姑息な手を使って、どうして可愛い従妹であるミリアに、あんな恐ろしい真似ができるのか」
指先が震え、手にしていた書類が床に散らばった。
ジェイは男子で、家の跡継ぎとして大切に育てられてきた。
「歴史あるクレメンツの名を残せるのはジェイだけ」と、母からも何度もそう言われていた。
あの時、ミリアは見たところ暴力を受けているようには見えなかった。
逆に、殴られたような跡のあるジェイを助けてやらなければと、心からそう思っていたのだ。
「……どうして……どうしてこんなことに……」
ブライアンの世界は音を立てて崩れ落ちていった。
今さら気づいても遅すぎる、彼に残されたのは、破滅への一本道だけだった。
***
エリザベスはジェイの釈放を求めて奔走していた。
裁判所に嘆願書を叩きつけ、王都の有力者に頭を下げまくり、あげく街頭に立って署名まで集める日々。
だが返ってくるのは冷ややかな侮蔑の言葉ばかりだった。
「侯爵家とは関わりたくないわ」
「学園でジェイにいじめられた子が山ほどいるんですけど?」
「どう育てたらあんな子になるのかしらね」
友人たちは冷たく背を向け、ただの顔見知りでさえ悪口を投げつけてくる。
最後には平民にまで石を投げられ、エリザベスは泣きそうになりながら叫んだ。
「ち、違うの!ジェイはまだ子どもなの!そんなつもりじゃなかったの!」
必死に弁明を繰り返すが、焦りのあまり言葉が過ぎる。
「だ、だって相手は身分の低い子でしょ!?ちょっとしたいたずらくらい、いいじゃないの!!許されるはずよ!」
……これが決定打になった。
それを耳にした民衆を怒らせてしまったのは言うまでもない。
結果、世論の氷点下の視線は溶ける気配を見せず、判決は微動だにしなかった。
そして、誘拐犯に拘束された恐怖のせいで、ジェイは牢の中で声を失った。
もう人を騙す言葉も、毒舌も出てこない。
泣きわめくことさえできない。
口だけは無敵だった少年が沈黙し、毎日ぽろぽろと涙をこぼしているという。
***
伯爵家の執務室。
ルノー家の親族が一堂に会し、クレメンツ侯爵家への“裁き”が静かに、形を成していく。
「因果応報……悪事には悪事なりの終わりが来るものだ」
ルノー伯爵の声は低く、揺るぎない。
伯爵は当然ながらクレメンツ侯爵家を許さなかった。
「もうだらだらと時間を与えてなどいられない。終わりだ」
ティナの叔父、ラドルフの声は氷のように冷たい。
「なら、私がルイスに頼むわ。すぐに騎士を動かす」
勢いよく告げたのはナタリー。
第三王子の妃である彼女の言葉には、王家の力が宿っている。
「待てよナタリー。叩き切りたい気持ちは分かるけれど、戦にはならない。騎士を出すまでもないだろう」
クリフがそれは少し待てと、静かに抑えた。
「そもそも、クレメンツが、我々に抵抗できる力はない。味方する貴族もいない。巻き込まれて一緒に沈む馬鹿はいないだろう」
アズルも淡々と続ける。
ルノー伯爵は机をトントンと叩きながら、実行犯の供述書を睨みつけた。
その目は、もはや情けも怒りも超えた、不動の決心だけを湛えていた。
「地位と名誉に溺れた者は、いつか必ず転ぶ」
ラドルフが呟く。
「欲に流されれば、栄光なんてあっという間に消えてしまう」
クリフがうなずいた。
「信頼を失えば、民の支えは続かず、最後にはすべて崩れ去るわ」
ナタリーは王家の一員らしい言葉で続く。
「だからこそ、真の強さは謙虚さに宿り、名誉を守る道は慎みの中にある」
アズルが静かに締めくくった。
***
そして数日後。
ついに、終焉の日が訪れた。
重苦しい空気をまといながら、ルノー伯爵、ラドルフ、クリフ、アズル、そして第三王子ルイス殿下。
五人の影が並び立ち、クレメンツ侯爵邸の巨大な扉を叩いた。
その音は、屋敷全体に響き渡り、まるで運命の鐘のように終りを告げていた。
彼らが携えてきたものは、ただの紙切れではない。
それぞれがクレメンツ侯爵家に突きつける、逃れようのない“現実”そのものだった。
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親戚多すぎなので登場人物紹介
《ルノー伯爵家》
ティナ・ルノー :ブライアンの妻
ブライアン・ルノー=クレメンツ :ティナの夫
ミリア(五歳) :ティナとブライアンの娘
ナタリー :ティナの従姉妹
メアリー :ティナのメイド
ラドルフ :ティナの叔父
クリフ :ティナの従兄弟
***
アズル :大公子
イーライ(八歳):大公子の息子
ルイス殿 :第三王子、ナタリーの夫




