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「第一王子が行方不明らしいな」
「そんな事が……」
「そういや、王子の婚約者だったのか」
帰宅して開口一番に言われ、顔の前まで上げた手が止まる。なぜ、噂でもされていた?
「あくまで候補です! ビルガンド家が侯爵領なので……他にも3家ありますし……それはもう、あの、お伽噺なんです」
以前なら、肉体を失くしていなければ、そうなる未来も容易に想像できたが、それは潰えた。
余計な気を使われたくなくて、食い気味に否定してしまう。
「帰りたいと思わないのか?」
「今はもう、私であって、そうでない者でもあるので……」
「悪いが俺にはその違いがわからない」
「……」
「だが、冷静さに欠いていた……今帰っても些細な違和感を持たれるだけだったな」
「そ、そうですね。食事できませんし」
「……聞いてくれ」
「はい?」
椅子もないため、ベッドの横にしっかりと聞く体勢で座る。
「もう一度言うが、今や残ったアンタの元々の存在は頭部だけだ」
こくりと、頷く。色々な方法を考えても結局は不可逆だ。
化学が進歩しようと自分の消し飛んだ元の身体を取り戻すことはできない。
例え治癒魔法でも無い肉体を復元して治すことはできない。
「神が介入でもしない限り一生変わらない」
これ以上落胆しないように、希望を捨てるように諭すものだった。
「今あるものは生まれ持った肉体じゃないし、これからも一部でしかないだろうな」
代用の身体、それは後からつけられたものであっても、紛れもなくこれから私が動かしていくもの……それを彼の言葉で再確認できた。
「なんだこれ……単なる説教と説明でしかないな」
「いえ……少しだけ、悩んでいた気持ちが収まりました」
「こういった場面で、王子なら気の利いた事も言えるんだろうが……」
「先ほどから王子の話が多いような……」
「……周囲が未来の王妃だなんだと噂していて、なぜか苛立った」
それは……つまり……?
「フェリックスさんがここに置いてくださるのは……私がただ珍しい実験体だから、ですよね?」
「ああ、仮に肉体が生成されず、頭部だけで生きていたとしても、それはそれで魅力的だったと思うぞ」
異質な素材で作られた、もしかしたら死んでいるともわからない身で、想われているなんて思い違いをしていたら……
「……俺は研究のことばかりでただの人間には興味がそそられない」
「そんな気はしました」
「初めて会ったときは単純に貴族の女としか認識していなかった」
「うろついていた私に居住区に入られたくなかっただけ、ですね?」
目をそらしてから、こくりと頷く。
「こんな話をするってことは、アンタは……今後、惚れた相手が出来たとして受け入れてもらえるかが不安なんだろう?」
「……そうですね」
この先……人を好きになる気はしないけれど、先のことは誰にもわからないのだから、絶対ないとは言い切れない。
「王子は無理でも、好きな奴ができてから一緒に考えるか」
「……一緒にですか」
なんだかモヤモヤする。協力してくれるのはありがたい事……なのに。
「私がもしも、いつか貴方を好きになってしまったら迷惑でしょうか?」
「……カメリア」
名前を呼ばれて驚いて彼を見ると、彼も固まっていた。
「……! 初めて呼んでくれましたね?」
名前を呼ばれただけで嬉しいと思う。なんて、不思議なのだろう。
「恋人でもないのに軽々しく女の、貴族の名前を呼ぶのはどうかと思ってな」
さっきの反応は呼ぶつもりがなかったから、自分でも驚いてだった様子。
「ご自分は教えたのに……」
「俺はただの平民だからな」
自身に無頓着、というべきか……
「それと……迷惑も何も全部知って受け止められるのは俺くらいだろ」
「あ、そのいつか、が来るかはわかりませんけど……嬉しいです」
聞き流されたと思っていた事への答えに、早く応えようと頭をフル回転させた。
「そういえば、フェリックスさんはどうしてジュエリットに?」
戦の直後にグリテアにいたはずの彼が、偶然にしてはタイミングが良すぎる。
王が異様に高揚していたのも、彼が薬か何かを使って共謀していたのでは……
「あ~明らかに俺が怪しいな」
「研究のためなら手段は問わない、と悪い顔をする貴方のイメージが……」
「だだの貴族だと思ったってのも嘘だって事だ……イストラードとは、王が病床に伏した頃から治療の件で交友があって、どうにかツテでアンタを呼んでもらうかと行き当たりばったりな計画してたが」
「そんなことが……」
「アンタはイストラードの婚約者だとからかわれて、あれは腹が立った」
「え?」
◇◆◇
「王様~ジュエリットの残党狩りをしなくてよろしいんですの?」
「ああ、女王を失った蟻の巣を潰してなんになるというのか」
『フィエール王、我がジュエリット国は、貴方の国には及びません』
『フン……噂では第二王子は剣一筋で、口が達つのが第一王子だと聞き及んでおるが』
『お気に召されませんか? ではジュエリットを……いえ、どうか魔法の発生元となるあの土地を蹂躙してくださいませんか』
「こわいですわ~」
◇◆◇
「あ……あ~あ……」
「もうすぐ婚礼日だというのに、殿下があの様子では……」
「中途半端はいけない……なぜ……まだ魔法が使える……?」
「しっ!声が大きいですぞ!」
「兄を殺せば、カメリアと結ばれるのは僕だったのに!!」
「……愚かな弟だ」
「兄上、なんで生きて……」
「お前は私より少し劣るという理由で魔法を嫌っているんだったな」
「くそ……あの科学者あたりに作らせでもしたダミーに魔力を纏わせたか……」
「これでは、一生会わせるわけにはいかなかった」
◇◆◇
ある日の朝、グリテアの街へ出ても大丈夫だと、脈絡なく言われ、どういうわけなのか強引に日の下に連れ出された。
「生首ならともかく、みせかけとはいえ肉体が付いているのに外出をさせなかった。それはアンタに執着してるアイツに見つからない為なんだ」
「は、はあ……?」
「あ~イストラード王子は無事、今は戴冠式を済ませた。第二王子は隣国の王女と政略結婚したらしいぞ」
「そうなんですね……!」
安心したら、脚の力が抜けていく。
「気が向いたらジュエリットに帰ってみないか?」
「そ、そうですね……あのときはナーバスになっていました。でも両親の安否を知るのは怖くて……」
「城内のアンタが一番の重症なんだが……ワケは知らないほうがいいな」
手を差し出され、それを掴むのをこの目で確かめる。そうすると、彼の手の熱を感じられた気がした。
◇◆◇
「心が心臓にあるなら、頭と体が離れた日から私が愛しているのは貴方です……おしまい。」
「ねーねーおじさん! 頭がとれたお姫様はその後どうなったの!?」
「そのお姫様は……」