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私は第二王子の付き添いとしてフィエール王国へ向かう旅へ同行している。しかし、王が魔法嫌いとの噂から、経由地点でもある隣国グリテアで待機を命じられてしまった。
殿下の帰還を待って、自然を眺めながら、森で花をつんでいた。
貴族の娘と言う立場上、滅多に外へ出ないばかりか、魔法石などの鉱物で囲まれた自国には、緑が少ないため、書物とは違う本当の草木の質や匂いを、これで最後かもしれないと思いながら堪能していた。
「隣国ジュエリットの者か、そこで何をしている」
淡々とした男の声に、びくりと跳ねる。振り向いて相手を確かめるも、ローブで顔が見えない。
何より驚いたのが、いきなり背後に現れたということ。人が近づけば魔力でわかるはずなのに、まったく気がつかなかった。
彼は私を一瞥したようで、隣国にしかいない特徴的な赤髪とドレス姿という身なりから、警戒を解いたのか、去ろうとした。
「ええと、私は怪しいものでは……」
わかってくれたとは思うものの、ちゃんと確認をしておかないと、殿下に迷惑をかけてしまう。
「ああ。森の奥には恐ろしい魔物がいる……近づくなよ」
ローブの男は、親切にも旅人への注意喚起をしていただけのようだ。
「ご忠告、感謝します」
ドレスの裾を軽く持ち上げ、会釈する。顔を上げれば男はいなくなっていた。
程なくして宿で待機していると――
「殿下達……」
外交は大丈夫だったのか、それが一番気になる。
「カメリア!」
ヴェステイル殿下が護衛を引き連れ、生き生きとした様子で声をかけてくださった。
一抹の不安はあったものの、なんだか皆の良さそうな雰囲気に、無事に交流を終えられたのだろうかと期待してしまう。
護衛に耳打ちされてから急に落胆した雰囲気を作ろうとしている。
「で、殿下?」
「フィエール王国との交渉は上手くいったよ」
「それは……安心しました!」
「皆、急いで兄上に知らせに帰ろう!」
「はい殿下」
◇◆◇
「門を開けよ」
「おかえりなさいませ」
水晶城に入ると出迎える兵士、侍従達が頭を垂れている。
「見て、カメリア様だわ」
「長旅でも疲れ一つ見せないなんて、さすがね」
「ヴェステイル殿下の奥方候補の中でも、一番の魔力を持つ方だもの……」
見送られながら、第一王子であるイストラートのいる部屋へとヴェステイルは入室した。
王が病床に伏している今、第一王子が城内で政を一任されているものの、外交は万が一のために第二王子が担っている。
彼は世間知らずで人心掌握や、おべっかやらの話術に向いていないが、実権を握るのは今や年寄り連中。
今回、適材適所から出向くべきは第一王子ではとの声もあったが、未来の王となる存在を外へ出すわけにもいかないの一点張りだった。
それでも結果的に大丈夫なら……
「広間で大々的に話してくれても」
1人の兵士が呟く。戦が起きた場合に一番の懸念となる武力大国との外交が上手くいったなら、わざわざ隠すことをしなくても、と思うのは仕方ない。
殿下にも考えがあるんだろうと、兵士は周囲に窘められている。
部屋の前にいつまでもいるわけにもいかず、一部の警護は残して散り散りに去って行った。
◆◇◆
「カメリア嬢」
城で仕える両親への報告をしたので屋敷へ帰ろうとしていると、思いがけない人物に声をかけられた。
「イストラート殿下!?」
婚約者候補であるヴェステイル殿下はともかく、その兄とはいえど彼とは滅多にお声がけをする事もない。
ヴェステイル殿下と違いフランクな方ではないので、やはり自分から話すなんて真似は憚られた。
「グリテアはどうだった?」
「え、自然豊かで噂に違わぬ美しい場所でしたが……」
予想外にも、答えやすい問いかけで、心の中でほっと胸をなでおろす。
万が一周囲に聞かれても報告という体裁をとれるからだ。
「ヴェステイルにも聞いたのだが、景色についてよく覚えていないらしい……」
「そうですね……ヴェステイル殿下はご公務の事で精一杯だったでしょうから……」
「呼び止めてすまないな」
「いいえ、滅相も……」
「ああ、そうだ。噂ではグリテアにある森の奥には、賢者が住んでいるらしい……」
「え」
もしかすると、あのローブの男性ではないか、心当たりがあることを話そうとしていると、イストラート殿下は城内へ戻られてしまっていた。
◇◆◆
長旅を終え、数日ぶりの自室にて、惰眠を貪っていると周囲が騒がしい。
「お嬢様! 大変です! 城が敵兵に進軍されています!」
「え!?」
「旦那さまや奥様は先に向かわれました。人手が足りず、お嬢様も城の防衛へ向かってほしいとのことです……」
「わかったわ……」
裏手から城内へ周り、殿下の気配を探ると敵兵の剣を受け止めているところだった。
「燃えなさい」
敵兵は武器が燃えたことで動揺し、油断したところをヴェステイルによって斬り伏せられた。
「ご無事でしたか!」
「カメリア!! どうして!」
「人手不足ですから、私も駆り出されてしまいました」
危険な場所にいることが納得できないと言いたげな表情だが、逃げ場なんてない。
「殿下!カメリア様!」
「ディルフィナ……兄上は」
「イストラート殿下は、行方がわかっていませんわ……」
探しに行くべきか、3人で行動すべきなのか、殿下は対人戦は強いものの、本当の戦場には不慣れだ。
こんなときに指示出しできるほど器用な方でもない。
「あれ、灰色頭の男、ってことは第二王子じゃん~ラッキー!」
「赤毛に青毛、こいつらジュエリットの貴族様か」
兵士二人、どちらかは魔法が使える様子。
「こ、殺さないで!」
私は涙を溜めながら怯えるフリをして、ディルフィナに耳打ちする。
「私が前に出たら殿下を連れて」
ディルフィナは首を小さく動かす。
「殿下私死にたくないです……」
彼女がヴェステイル近づいていく。同時に彼らの足元に火の魔法を放って、立ちふさがると待つように抗議するヴェステイルの腕を強引に引いて逃げた。
「そんな子供だましで、何になると……」
「おい馬鹿! そいつは……」
「爆破」
舐めてかかった魔法の使えない兵士は事切れた。
「この国の人間は魔法に詠唱が要らないって噂は本当だったか……」
兵士はその場で降伏している。進軍していた兵達も、徐々にその数を減らして、なんとか防衛できた。
「おまえたちはどこの……」
「ただの雇われた傭兵だ。炎の国にな……」
それは……
「フィエール王国から援軍が来たぞ!」
「何? 救援要請なんて出していないぞ」
「出してもそんなに早く来るもんか」
「フィエール王!」
「久しいなヴェステイル王子、では……さようなら」
「え?」
「城を焼き尽くせ!」
フィエールは興奮のあまり、爆破魔法で城の中心から破壊したらしい。
それからはあっという間に城内も外壁もめちゃくちゃになった。
敵も味方もわからないのがゴロゴロしている。
口を開けられない、唸り声すら出ない、爆発に巻き込まれたせいか、身体の感覚もなくなってきた。
向こうにあるバラバラの身体の近くに、落ちている見覚えのある布切れは、自分のものに見えた。
私の頭はここなのに、なんで……?
……ああ、もう私は死んでいるんだ。
「微かに魔力を感じる……生きているのか?」
この声は……
◇◆◆
目を覚ますと木製の見慣れない天井だった。
そっと寝返りをうつと粗末な素材の枕が頬に当たっている感覚がある。
身体は重いけれど普通に起き上がれるし、手足が付いているし。
あれは見間違いで、もしかすると最初から悪夢だったのでは……
「わりと速い目覚めだな」
「貴方は……以前の……」
ローブをしていないが、声と覚えのある魔力で、同じ人だと感じた。
「適合と記憶に問題なしと……」
無視されているのか、彼は何やらペンで記録している。
「あ、あの……?」
彼が私の手を取っているのが視覚でわかる。でも、目を閉じてわかった。
目視していないとそれを認識できない。私は顔意外の部分、つまり首から下の肌に触れたものを知覚できていない。
「今日からアンタは俺のもんだ。この意味わかるか?」
「わかりません……治療の礼をしろということですか?」
男はため息をつき、首の辺りを差している。
「アンタの頭部から下は俺の作った魔法石と植物の化合物だ」
「え……」
たしかそれらで新しい素材を作る研究所があったものの、数年の歳月をかけて失敗に終わり、研究所は潰れたと聞いたことがある。
「信じられないか」
「それは……ありえない組み合わせですね……混合物とどう違うんですか?」
「少しは驚かないのか」
「どこかの研究所が潰れたという話だけは知っていました」
「ああ、俺がその元第一人者でもある」
どうだ?と誇らしげにしている。確かに彼のおかげでこうして首の皮一枚繋がった。
性格には皮も飛んでいるけど生きてる。だけど、不可抗力とはいえ、だんだん理解してきてキャパオーバーになってきた。
「ああ、そうだ。アンタには研究の協力をしてもらう」
「ええっ!?」
私は偶然死ななくて済んでいて、彼の研究素材が無ければ助からなかった。
だから不満を言うべきではない。
「いや、このタイミングで驚くなよ」
笑われてしまった。不愛想な人だと思っていたけれど……
「それは現状一点ものでな。どういう理屈か適合したのはアンタしか前例がないんだ」
「わかりました……今日からお世話になります。科学者さん!」
「フェリックスだ。科学者はやめてくれ古傷が……」
◇◆◆
「カメリア……」
「あれから3日、なんら手がかりを掴めません……」
「しかたあるまい……イストラート殿下の行方知れずとなれば、ヴェステイル殿下に即位していただき、亡きカメリア嬢に代わりディルフィナ嬢を据える他あるまい……」
「しかし、殿下がそれを素直にお聞き入れになるかどうか……」
「聞くところによれば、戦の混乱に乗じて首を持ち去った者がいたというではありませんか」
「悍ましい……」
「必ず取り返す……」
◇◆◆
「人間で試すのが初めてだから、一応確認だが、食欲はあるか?」
過ぎた時間からして、もう食事を採っている頃だが、まったく感じない。
彼の指さす果物のカゴを見ても、食べたいとは思えない。
「いえ、美味しそうなフルーツですが」
頭では食欲はある気がするけど、胃がないから空腹がない。
どういう原理で生きているのかはわからないけれど、たぶんこの身体に内蔵はない。魔力で人型をしているだけのハリボテのようだ。
「ちょっと外の空気を吸ってみても?」
「ああ」
ドアを開けると、周りは一面が緑一色で、太い木と控えめな野花、そして小動物の鳴き声がする。
「まったく……近づくなと言っておいて俺が森へ招くとは……」
その口ぶりだと、ここが森の奥で間違いなさそう。
「……あの、ここに魔物が出るという話は」
「拠点に近づけない為の嘘だ」
―――となれば、イストラート殿下の言っていた賢者も噂に尾鰭がついただけで、真相は元科学者の彼が住んでいるだけというオチ?
「呼吸はできます。魔素は吸えましたし」
「なるほどな……いつか食事の不要な肉体に需要の集まる時代が来る可能性も……」
研究熱心なのだと、ありありと伝わってくる。私の研究記録がいつか困っている人の役に立つといいけれど……
「あ……普通は義足や義手を付けた場合、リハビリをするものなんだが、慣らす必要はないのか?」
「そういえば、体系も元と変わらないし、不思議と馴染んでいます?」
「言っておくが俺は肌や細かい部分には手をくわえていないからな」
「そうなんですか?」
「ああ」
◇◆◆
彼と暮らして数か月。慣れない森の生活に戸惑ったものの、食事をしなくても大丈夫な点で、他のことには一先ず慣れた。
彼は研究に没頭するか、様子を確認するか……
今は朝日と鳥の囀りに、まだ寝かせてほしいともだもだしている。こんなにもゆったりした生活で大丈夫なのかと少々不安になる。
「……!」
近くまで複数の魔力が迫っている。兵士レベルのものだ。
「まずい……今日は外に出るなよ……」
彼も警戒しているようで、ひっそりと呟いた。
「……どこかの山狩りでしょうか? フェリックスさんの研究を検挙しに来たとか?」
「あるいは……」
なんでもない、と部屋へ戻った。
「メ……!」
……聞き覚えのある声だ。気にはなるけれど、外に出たら彼に迷惑がかる。
「カメリア……!」
殿下が生きていて安堵する。それもつかの間。
「亡くなった方の名前を呼んでも返事は帰って来ませんぞ」
「それもそうだな……」
彼らが離れていく。
―――世間で自分はもう死んでいると思われているんだ。
生きていると伝えたい思いはある。両親がどうなったのかも気になる。
……しかしこの身体になった今、生存が知られると、彼が咎められたり、よくない事を企む人に私は捕らわれてしまうかもしれない。
違う、そんなの言い訳でしかない。
「私……人ではなくなってしまったんでしょうか?」
あのまま息耐えていたとしたら、それは想像でも嫌だと言える。だけど、私を形成していたものは挿げ替わった。
一見変わらなくても、人間らしさを欠いた。見知った人々に、それを知られたくないのだ。
「自分で人間だと思うなら人間じゃないのか?」
「フェリックスさん……」
心臓なんてないのに、ときめいてしまいそう。
「少なくとも頭部は」
「そ、そうですね……!」
「顔が赤い……一体どういう仕組みだ……」
◇◆◇
「買い出しに行ってくる」
「はい」
「カメリア様おいたわしや……」
聞こえてきた名前に思わず耳をそばだてた。
ここらでは見ない、おそらくは移り住んだジュエリット人だろう。侵略でもうあの国は人が住める状況じゃない。
あの王は武力を脅かす、魔法石を大量に持つ国を排除したかったのだろう。新興で、国土も民も少ないからこそできた事だ。
「殿下はディルフィナ様とご結婚なさるって噂よ」
「筆頭たるカメリア様に次いで婚約者候補でしたものね」
「カメリア様こそ、殿下の婚約者、いいえ次期王妃になれる筈だったお方ですわ……」
「……」