中秋節の月見バーベキュー
1~2枚目の挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
3枚目の挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」を使用させて頂きました。
学校の宿題に没頭していた私こと王美竜を現実に引き戻したのは、木製のドアを叩く慎ましやかなノック音だったの。
「そこに居るんでしょ、お姉ちゃん。叔父さん達が呼んでるよ。『お肉も魚も焼けてきたから、そろそろおいで!』ってね。」
「あっ!ゴメンね、珠竜!手間をかけさせちゃって。」
ノック音に続けて聞こえてきた妹の声に詫びながら、私は顔を上げて振り返ったの。
少し慌てていたから机の上のノートも広げっ放しだけど、これ以上グズグズする訳にもいかないから仕方ないよね。
だけど使い走りの役割を担う羽目になった妹としては、廊下で悠長に待っているのは我慢ならなかったみたい。
ドアを開けて上半身を滑り込ませ、「早くしてよ!」とばかりに目で訴え掛けてくるんだからさ。
「もう…困るなぁ、お姉ちゃん。着信もSNSも何回か入れたのに全然返事が無いもんだから、こうして呼びに行かなきゃならないじゃない。これじゃ何の為にスマホを持っているんだか分かんなくなっちゃうよ。文明の力は正しく使わなくちゃ。」
「ゴメンね、珠竜。宿題に集中したくてマナーモードにしていたら、つい見落としちゃったんだよ。」
母譲りの明るい茶髪をボブカットに切り揃えた大人しそうな外見に似合わず、珠竜は思った事を遠慮なく言う口達者な性格だから、姉の私ですら時々タジタジになっちゃうんだ。
だけど小学校の同級生達からは「ハキハキしてサッパリした子」と評価されて相応に好かれているらしいから、なかなか一筋縄ではいかないよ。
「何しろ小学校のホームルームが終わって真っ直ぐに叔父さん家へ来たもんだから、お昼の給食を最後に何も食べてないんだよ。それだって夜のバーベキューを見越していた訳だから、給食係の子に頼んで量を少なくして貰ったのに。」
「それに関しては御互い様だよ、珠竜。私だってクラスの友達に夜市へ誘われたのを辞退したんだし、学校で交換した月餅だって今の今まで我慢していたんだからさ。」
何時にも増して珠竜がピリピリしていたのは、どうやら空腹が原因だったみたいだね。
今年で六年生になる珠竜は育ち盛り真っ最中な訳だから、それも無理はないか。
何しろ私達一家は、同じ台南市に住む叔父さんの家で開催されるバーベキューの夕食に招待されたんだもの。
思う存分に松阪豚や筍を食べるためにも、お昼は軽く済ませる必要に迫られていたんだ。
「だけどね、珠竜。ここで言い合っていてもお腹が空くだけだから、庭へ出てバーベキューと洒落込もうよ。今日は晴れていて月もよく見えるから、絶好の中秋節日和なんだって。」
「わ…分かったよ、お姉ちゃん…」
こう言うと素直になる辺り、やっぱり私の見込みに間違いはなかったみたい。
まあ、空腹なのは私も同様なんだけどね。
そうして私と珠竜の姉妹が庭へ出た時には、大人達はバーベキューを肴に一杯引っ掛けて陽気に騒いでいたの。
特に今回の中秋節のホスト役である子轩叔父さんなんかは、既に缶ビールを一本空けていて見るからに上機嫌だったんだ。
何しろ叔父さんはアウトドア好きが高じたために、自宅の庭にレンガ積みのコンロをバーベキュー用に作っちゃう程だもの。
ある意味では、今回のバーベキューを誰よりも楽しみにしていたんだろうね。
「おっ、二人ともよく来たね。さあ、遠慮せずにドンドン食べて!おっ、そうだ。」
そして私に注目するや、網の上で香ばしく焼けた豚トロを嬉々とした様子で次々に紙皿へ取り分けていったの。
「ほら、美竜ちゃんの好きな松阪豚も火が通っているよ。若いんだし、シッカリ体力つけなきゃ。」
「あっ、はい!頂きます、叔父さん!」
半ば押し付けられるように手渡された私だけど、この炭火で焼かれた松阪豚の香ばしさには抗えないね。
醤油と沙茶醤がメインの特製タレに肉を潜らせ、海苔を乗せた食パンの間に挟み込めば、後は思いっ切り齧りつくだけだよ。
「うん、良いねぇ!霜降りで脂が乗っているから、タレとの相性がバッチリだね。」
タレと脂の相乗効果に歓喜の声を上げながら、私はレンガ造りのコンロから立ち上る香ばしい煙の向こうで燦然と輝く満月に目を向けたの。
アジア各国で秋の風物詩として親しまれている中秋節の行事だけど、私の住む台湾ではちょっとだけ事情が違っているんだ。
お菓子の月餅を交換し合ったり、みんなで集まってお月見をする所までは、他の国の中秋節と大体同じだよ。
だけど私達台湾人は、お月見をしながらバーベキューをして楽しむんだ。
中秋節の時期にバーベキューソースのCMが頻繁に放送された事がキッカケで出来た割と新しい風習だけど、家族や友達で集まってワイワイやるのは楽しいよね。
とはいえ私としては、今の状況は少し物足りないんだよね。
と言うのも…
「どうです、小竜兄さん?今度は黒ビールでも…」
「おっ!悪いな、子轩。それじゃ遠慮なく…」
叔父さんの酌で美味しそうにビールを飲んじゃって、お父さんったら羨ましいなぁ。
パリッと焼けてはぜた表皮から甘くて芳ばしい香りが漂う香腸や、豚の血の風味とモッチリとした食感が最高な豬血糕。
それらのバーベキューの定番メニューを肴にキンキンに冷えた缶ビールをキュッとやるなんて、想像するだけでもグッと来ちゃうよ。
とはいえ幾ら物欲しそうに眺めた所で、高校二年生の私にはどうにもならないんだよね。
それどころか…
「駄目よ、美竜。未成年の貴女が御酒なんか飲んじゃ。ましてや貴女は、来年は大学受験じゃないの。日本の大学で地域社会学を勉強したいなら、素行はキチンとしておきなさいよ。子轩さんも気を付けて下さいね。」
「分かってますよ、白姫義姉さん。美竜ちゃんや珠竜ちゃんに飲ませたら、僕達だって監督不行き届きで大目玉ですからね。」
ホラね、こうやってお母さんに釘を差されちゃうんだから。
しかも酔って気の緩んだ子轩叔父さんにもキチンと念押しするんだから、全くもって隙がないよ。
「気持ちは分かるけど諦めなよ、お姉ちゃん。ノンアルコールビールで良かったら、私が御酌してあげるからさ。」
「うん…悪いね、珠竜。それじゃ御馳走になるよ…」
妹が注いでくれるノンアルコールビールの泡と中秋の名月を交互に見比べながら、私は酔った大人達の笑い声をボンヤリと聞いていたんだ。
台湾で飲酒の認められる十八歳の誕生日が、今から待ち遠しい限りだよ。
まあ、今回こうして我慢した分、次の中秋節では風流に月見酒と洒落込みたい所だね。




