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「ここだ」
結局あの後三十分も歩いてたどり着いたのは閑静な住宅街のとある一軒家。
表札は竹中さん。
「食べるか?」
佐倉君はリュックサックからウィダインゼリーを出す。
私は頷きありがとうとお礼を言って受け取りキャップを開け、人様のお家の前で二人並んでウィダインゼリーを飲む。
十秒で二時間もつ計算ということはこれから二時間除霊にかかるということなんだろうか。
もう帰りたい。
「ちょっと、イケオ除霊するついでに私のこと消そうと思ってないでしょうね?うっかりやっちゃった。ごめん、とか言わないでしょうね?」
「そんなことはしない」
「どうだか。信じられない」
「青江が除霊していいって言うまではしない、それでいいか?」
「口約束じゃない」
「文書化したって一緒だろ。血判状作ったって皆旗色が悪くなれば裏切る」
「私が消えたらなっちゃん泣くわよ。一生泣いているわよ。あんたのこと恨みながら」
「うん。恨む」
「わかってる。しない。ただ悪霊化したらこうなるって現実を見せるだけだ。一生楽しいことが続くわけないだろう」
「嫌なことも一生続かないけどね」
「そうよ。辛いことが沢山あればその後はそれを上回るくらいの幸せがやってくるの。なっちゃんはこれから幸せになるんだから」
「今でも十分幸せだよ」
「なっちゃんはいい子ね。世界で一番幸せになるべきだわ。年収八十億くらいの人と結婚しなくちゃ」
「そんな人いないよ」
「いるだろうけど出会えないだろ」
「わっかんないでしょ。ある日東京ドームで野球観戦していたなっちゃんの前にホームランボールが。
その様子がテレビに映し出され、あの美少女は誰だと話題に。それを見た大富豪が彼女の身元を特定しろと厳命。車一杯の宝石を持って青江家に押し掛けるかも」
「あるかそんなこと」
「ないよ。セイラちゃん」
「じゃあこれは。とある晴れた気持ちいい月曜日の下校中エルメスのスカーフを拾ったなっちゃん。
心優しいなっちゃんは最寄りの交番に届けます。その落とし主は世界的なセレブで日本ツアーの真っ最中。
交番に届けられたスカーフを受け取るとインスタで心優しき麗しのジャパニーズガールの写真を投稿。それを見た大富豪が」
「世界的なセレブが交番に来るのか?」
「来ないよ、セイラちゃん」
「そうね、ちょっと無理があるわね」
「大分だろ」
「大富豪から離れない?」
「お金は持ってるに越したことはないわよ」
「食べるのに困らなかったらそれでいいよ」
「慎ましいのね。その年で悲しいわ。もっと夢を持って」
「身の丈に合ったっていうでしょ」
「そうね、お金をもってりゃいいってもんじゃないわね」
「美味しいものが食べられて、ふかふかのお布団で眠れたらそれでいいよ」
「あと冷暖房完備ね」
「それは絶対。暑いのホントだめ」
「もういいか?行くぞ」
「ちょっと約束しなさいよ」
「約束?」
「なっちゃんがいいって言うまで除霊しないって、約束破ったら、そうね、針千本は現実的じゃないし、だからといって、何というかあんたをどうやったらへこませられるのか、まったく思い付かないのよね。あんたどうやったら曇るの?」
「さあ」
「さあって、自分のことでしょ?最近何が悲しかった?」
「さあ。わからん」
「うーん」
「もういいだろ。そろそろ約束の時間だ」
「ちょっと、どうやって入んのよ?ドアでも蹴破る気?」
「約束してるって言っただろ。普通に玄関から入る」
佐倉君は玄関のチャイムを押す。
中から女の人の声がする。
「白石何でも相談所から来ました佐倉と申します」
何でも相談所?
何それ?
「うさんくさい、イケオ。やっぱりあんた詐欺師でしょ?なっちゃん。帰りましょ。このままじゃ詐欺の片棒担がされちゃう」
「大丈夫だ」
「だって」
「なっちゃん・・・」
セイラちゃんには悪いけど、私ここまで来たんだから佐倉君がどんなことするのか見届けたい。
だってこんなに暑い中歩いたんだもん。
何か、こう、成果が欲しい。
今日電車に乗り、暑い中歩き続けた労力に報いて欲しい。
何でもいいから見てみたい。
何かを掴みたい。
「セイラちゃん。行こう」
「えー」
「ここまで来たんだもん。見ないで帰ったら後悔する」
「でーもー」
「それに暑いから、取りあえず、涼みたい」
それが切実。
ホント今年の夏暑すぎ。
ドアが開き、綺麗なグレイヘアのショートカットのお婆さんと言うには少し若い女性がためらいがちに出てきた。
やっぱり詐欺師と思われてるんじゃ。
「こんにちは。白石何でも相談所から派遣されてきました佐倉です」
「お話は白石さんから聞いております。あの、でも、随分お若いんですね」
「除霊師に年齢は関係ありませんので。これでも自分はこの道十年のベテランです」
「あの、そちらのお嬢さんは?」
「彼女は助手です」
助手?
何勝手なこと言ってんの?
「ちょっとイケオ、なっちゃんを巻き込まないでよ。やるなら一人でやんなさい。もし警察呼ばれてもなっちゃんは一切関係ないからね。自分一人でやったって言うのよ。ちょっと聞いてるー」
あ、そっか。
忘れてたけどセイラちゃんは竹中さんには見えていないんだ。
今日朝からずっと佐倉君と一緒だったから忘れてた。
「そうなんですか。あの、暑いですよね。どうぞ中に入ってください」
「すみません。お邪魔いたします」
「お邪魔いたします」
佐倉君は涼しい顔して竹中さんについていく。
知り合いではないお家に上がるの慣れてるのかな。
私は、あれ、そういえばお母さんがお家出てから友達いなくなっちゃったので、あ、他所のお家上がるの久しぶり。
ってことは「お邪魔いたします」も使ったの久しぶりってことになるの?
わー。
もうこれだけで今日の目的果たしたんじゃない。
今日の私、文句のつけようもなく、人間らしい。
私の人間振り、凄い。
「今、お茶淹れますね。あ、コーヒーとかの方がいいでしょうか?暑かったわよね?麦茶とかの方がいい?」
「あ、お構いなく。除霊したらすぐ帰りますんで。お茶はいりません」
そう言わず飲みましょうよとは言えない。
「あ、でも。喉渇いてませんか?暑いのにごめんなさいね」
「気にしないでください。二階ですよね?」
「え、綾、娘ですか?」
「はい。娘さんの綾さんです。二階のふすまの部屋と聞いております」
「はい。二階上がってすぐのふすまの部屋です」
「じゃあ今から除霊しますので。お母さんは決して二階には上がってこないでください。すぐに終わりますので」
「あの、その、大丈夫ですよね?綾ちゃん、怪我したりしないですよね?」
「しません。大丈夫です」
「あの、悪魔がいるとか言って綾ちゃんの身体に刀を刺していくとか、五寸釘刺していくとかありませんよね?大丈夫ですよね?」
「絶対ありません。大丈夫です。あの、リュックの中見せましょうか?」
佐倉君はリュックサックを竹中さんに渡す。
竹中さんは恐る恐る黒いリュックのファスナーを開けて中身を見る。
「青江、あんたの鞄も渡してもいいか?」
「別に何にも入ってないからいいよ」
「なっちゃん。もう」
私はセイラちゃんに大丈夫と頷く。
娘が悪霊に憑りつかれてて、除霊師が来て、それがどう見ても夏休みのただの男子高校生と女子高生では不安に思うのも当然だ。
まだ見ぬ白石所長とやらが悪い。
ホントのところ実在するのかわさえからないけれど。
佐倉君はご丁寧に黒いカーゴパンツのポケットまで調べさせた。
私はポケットのないワンピースだったので両手を上げるだけで終わった。
「丸腰だとわかってもらえました?」
「はい」
「じゃあ、二階に上がりますので」
「あ、あの、何でこんなことになっちゃったんでしょう?」
「さあ、こればっかりはわかりません。憑りつかれやすい人間の特徴なんていうのもありません。老若男女善人悪人問わず、家族構成、家庭環境、年収、持病、様々です。」
「もっと早くご相談したら良かったんでしょうか?」
「まあ早いに越したことはないと思いますけど、もうそれは考えても仕方のないことですからそれはもう考えるのは辞めた方がいいです。これからのことを」
「もうあの子三十五になっちゃったんですよ。私ももう来年には七十です」
「まだお若いですよ。これからです。まだあと三十年くらい人生ありますよ」
「気休めはよしてください」
「すみません」
「貴方達くらいの孫がいてもおかしくないじゃないですか、私」
「そうですね」
「貴方達に愚痴っても仕方ないですね。ごめんなさい」
「いえ、では始めるので。下にいてください。決して二階に上がって来ないでくださいね」
「はい。あの、何か呪文でも唱えるんでしょうか?」
「いえ、そういうのはないです」
「お札とか」
「ないです」
「あの、それじゃあどうやって・・・。あ、式神とか使うんでしょうか?」
お母さん詳しい。
色々自分で調べたんだろうな。
私なんか除霊って発想もなかった。
だってセイラちゃん来てからずっと楽しかったから。
「使いませんが、すみません。自分の能力に関してはお答えできません。今後の活動に差しさわりがありますので。ご了承ください」
「あ、はい。すみません」
「じゃあ、上がらせていただきますね。下で余り心配せずテレビでも見ててください」
「そんな気分になれません」
「そうですね。すみません。じゃあもう行きますので」
「あの、本当によろしくお願いします。本当に・・・」
「大丈夫ですよお母さん。悪いことは一生続かないものです」
「いいことも一生続きませんけどね」
「そうですね。でも続けようと思ったら案外続くものですよ」
「そうでしょうか」
「美味しいものでも食べてください」
「何を食べても美味しくないですよ。娘があんななんですから」
「それは今日で終わります」
「終わったところで・・・」
「終わった後の話は終わった後考えたらいいじゃないですか。取りあえず終わらせましょう」
「・・・はい」
「涼しい部屋でゆっくりしていてください。本当にすぐ終わりますから」