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私の食べたいものでいいと言われたので、私の帰り道にあるスーパーのフードコートに行くことにした。
うちの高校の生徒は皆駅前の映画館が入っている大型ショッピングセンターに寄って行く子がほとんどなので、我が校の有名人である佐倉君と一緒にいても目撃する人間は皆無であろうと思われるからという理由と、終わったらさっさと帰ってお昼寝したいという切実な理由からである。
すぐそこがゲームセンターなのでフードコートはやたらと喧しいけれど、密談するにはもってこいだろうと思う。
誰も他人に関心など抱いていない。
ひょっとしたら悪の組織とやらはこういうところに潜んでいるのかもしれない。
あのお蕎麦をすすっているお婆ちゃんとお爺ちゃんも実は変装で本当は外国のエージェントかもしれないのだ。
私はマクドナルドでサムライマックのセット飲み物はオレンジを頼み店員さんからトレーを受け取ると先に席に着いて彼を待つ。
佐倉君も同じものにしたようだ、飲み物はコーラ。
私の向かいに腰を下ろすと彼はすぐに飲み物を口にした。
結構な勢い、よっぽど喉が渇いていたんだろう。
同級生の男の子と向かい合って食事をするのは生まれて初めてだ。
近くで見ると学校中の女の子が騒ぐ気持ちが少しだけわかる。
単純に綺麗、まるで空とか星とか月とか海みたいな人が手を加えていないものが人間になったみたい。
私は背後にあるミスタードーナツを意味もなく振り返り、帰り買って帰ろうとエンゼルクリームを思い浮かべて、目の前にいる美しい生き物への感嘆を追い出そうとしてみる。
「よく来るのか?」
「へ?」
「ここ」
「ここ?あ、あ、あぁ。まあ、帰り道だから」
「そうだったな。そういえばこの間も買い物していたな」
「つけてたのね。何てやらしいの。なっちゃん。食べたらすぐ帰りましょうね。お昼寝しないと」
「夜ご飯のお買い物してからね」
昼休みはいつも教室から出て人気のない所に行くしかなかったからお父さん以外の人の食事をする姿をじっと見るのも久しぶり。
佐倉君は手が大きいからハンバーガーがとても小さく見えて、これではこのサムライマックの良さが伝わらないんじゃないかと思う。
「本題に入るが、除霊していいか?」
「駄目だよ」
「そうよ。駄目に決まってるでしょ。青江家のご飯誰が用意するのよ?なっちゃんに全部しろっていうの?お洗濯だけで精いっぱいよ。ただでさえギリギリまで寝かしといてあげたいのに」
「それはあんたがいるから睡眠時間を取らないといけないからだろ。あんたさえいなくなれば暴飲暴食する必要もなくなる。疲れないから長時間の睡眠で身体を回復させる必要もなくなるからその時間を家事に当てればいいだろ。何も困ることなんかない」
「可哀想でしょ。若くて楽しい時期は一生に一度しかないのにお洗濯とご飯の用意で終わっちゃうなんて。私はせっかくならなっちゃんにキラキラした青春を謳歌してほしいの」
「どの口が言う。家事をしてなくたって家に帰ったら寝てるだけなんだろ。寝るだけなら年取ったって出来ることだろうが」
「年取ったらそんなに寝られないってお祖母ちゃん言ってたよ」
「お祖母さんも一緒に暮らしているのか?」
「ううん。一緒には暮らしてない。家お母さん出ていっちゃったからたまにお祖母ちゃんが来てご飯作ったりしてくれるの。まあ遠くに住んでるからホントにたまにだけど」
「母親が出て行ってこいつが来たわけだ」
「こいつって、もうなっちゃん帰りましょう。こんな失礼な人間見たことない。顔以外何にもいいところないわね。ママさんとパッパに感謝なさい」
「言われなくても感謝してる」
「ふーゆーかーいー。というか一体あんた何なの一体」
二回も言った。
セイラちゃん混乱してるの?
そういえば人の会話を聞くのも久しぶりかも。
お祖母ちゃん来てもお父さんとそんなに喋らないし。
お母さんがいた頃はこうだったのかな。
ちっとも覚えてないけれど。
「除霊師をしている。除霊師とはその名の通り霊を祓う人間のことだ」
「それで詐欺でもしてるわけ?困ってる人の弱みに付け込んで」
「そんなことはしていない。俺が青江に金銭の要求をすると思っているのか?」
「金銭じゃなく、とんでもないこと要求するかも」
「しない。基本ボランティアだ」
「基本ってことはお金貰うわけでしょ?」
「もらえるところからはな」
「怪しいのー。その不安を煽る口調。放っておいたら大変なことになる。だけど今ならまだ間に合う。この壺を買ってとか言い出すんじゃないでしょうね」
「ない。何も買わせない」
「この水を飲んだら治るとか言わないわよね?」
「言わない」
「なっちゃんに何かしたらあんたのそのご自慢のお綺麗なお顔吹っ飛ばしてあげるから」
「そんなことできるのか?」
「できるよ。セイラちゃん強いの。ホントに佐倉君吹っ飛んじゃう」
「そうか。じゃあやってみてくれ」
「佐倉君やめて」
「あんたがどの程度まで来ているのか見たい。大丈夫だ。吹っ飛ばされない自信はある」
「なっちゃん。吹っ飛ばしていい?」
「やめて」
「だってこいつがいいって言ってんのよ。いいでしょ?」
「駄目」
「だってこいつなっちゃんと私の間を裂こうとしてるじゃない?邪魔でしょ?」
「セイラちゃんやめて。人いっぱいいる」
「人がいなくなったらいいの?」
「それでもやめて。佐倉君何もしてない」
「これからするんでしょ?なっちゃんのこと苦しめるんでしょ?」
「そんなことはしない。あんたが悪霊になる前になんとかしたいって言ってるだけだ」
「悪霊になる悪霊になるってうるさいのよ。ならないかもしれないわけでしょ?」
「ならないこともあるが、そんなの1パーセントくらいだ。時が経てばなる。現にあんたは食事の用意をしたりこの子に触れるんだろう?人間に近づいている。あんたはただ他人に見えないだけだ」
「それが何だっていうの?人間に近づいているならいいことなんじゃないの?私はなっちゃんのずっと傍にいてあげたい」
「人間に近づいていけばいくほど悪霊にも近づく。最後にはこうなる。何で私は死んでいるのに何で貴方は生きているのと生きている人間に対しての憎悪に支配される」
「私はそうはならないわよ。なっちゃんさえ幸せなら私それでいいもの」
「それはあんたが悪くてそうなるわけじゃない。自分でも感情をコントロールできなくなる。目も当てられない化け物の姿になる。そして苦しむ。それは嫌だろう?」
「ほら、それ。その言い方。あんたそう言ってるけど私が悪霊化しなかったらどうするわけ?なっちゃんから唯一の話し相手を奪うのよ。一生恨むわよね。なっちゃん?」
「うん」
食べ終わったので立ち上がりアップルパイを買いに行く。
お父さんとお母さんも離婚前はこういう押し問答をして私を取りあったりしたんだろうか。
嫌、してないな。
お母さん不倫して出てったんだもんな。
丸顔のぽちゃぽちゃした余り背の高くない男の人と。
そういえばどうしてるんだろ。
離婚してから一回しか会ってない。
まあ別に一生会わなくても大丈夫だけど。
アップルパイを二つ買って席に戻り一つを佐倉君のトレーに乗せると怪訝な顔をされた。
「いらなかった?」
「嫌。ありがとう。食う」
佐倉君は財布から小銭を出し私に払う。
「今アップルパイ買って来てやったんだから除霊しないでよ」
「金払っただろう。それに買ってきたのは青江だ」
セイラちゃん除霊したら佐倉くんのこと一生恨むからと言ったところで、昨日まで話したことすらなかったクラスメイトが密かに恨んだところで彼にはノーダメージだろう。
でもこのままじゃ佐倉君ホントに除霊しちゃいそう。
その前にセイラちゃんが佐倉君死なない程度に吹っ飛ばしちゃうかな。
それも困る。
別に何かされたわけでもないのに大怪我させるのは寝覚めが悪くなりそう。
「兎に角今は駄目よ。もう少し待って。せめてなっちゃんに新しい家族ができるまで」
「そんな予定があるのか?」
ないよと言うべきだろうけど黙っとく。
私が喋ると上手くいかなそうだし。
「そうだ。そうよ。なっちゃんが結婚するまで待ってよ。なっちゃんを任せられる人が見つかったら私も安心して成仏できるから」
「それなら来年でいいか?」
「はぁ?何言っちゃってるのあんた」
「来年十八になったら俺が彼女と結婚する。そうしたらあんたは成仏できるんだろう?」
「あんた頭おかしいんじゃないの?言っとくけど毎日なっちゃんに美味しいものを食べさせて清潔な住環境を与えられる人間とじゃなきゃ絶対認めないから。あんた料理とか洗濯とかできるわけ?その顔で?」
「顔は関係ないだろう。料理はできる。洗濯も掃除もする。家は母親いるけど料理をしない人だから基本毎日俺が作ってる」
「そうなんだ。偉いね」
「別にやれる人間がやればいいだろ」
「駄目よ。料理ができようが全然ダメ。なっちゃんは身長百九十五センチ以上ある腕が丸太みたいな筋肉ゴリラとしか結婚させないから。あんたは見たところ百八十五ってところでしょ。全然足りなーい。一昨日来やがれー」
「百九十五センチ以上の腕丸太男ってメジャーリーガーとでも結婚させる気か」
「そうね。メジャーリーガーとかNBAのスーパースターとかじゃなきゃ結婚させたくないわ。身長と筋肉は正義。つーか、あんたは何でそこまでするわけ?」
「悪霊化させたくなからだ。上手くいっているうちに別れさせたい」
「佐倉君、しないかもしれないんでしょ?」
「1パーセントだ」
「でも1パーセントでも可能性はあるってことでしょ?」
「ああ」
「じゃあその可能性にかけたい。私もセイラちゃんとずっと一緒にいたい」
「なっちゃん・・・」
「幽霊は突然悪霊化する。一分前には平気でも次の瞬間あんたの身体が乗っ取られるかもしれない」
「乗っ取ってどうするの?」
「あんたになって人間のふりをして生きる」
「私の代わりにセイラちゃんが私の人生生きてくれるってこと?」
「そうなるな」
「別にいいけど。だって私の代わりに学校行ってくれるんでしょ?」
「行かないわよ学校なんか。メンドクサイ。家にいて一年中ニートするわ」
「えー」
「えーじゃないだろ」
「でも私の人生なんか乗っ取ってもつまんなくない?大富豪でもなければ、有名人でもない。ただの田舎の背の低い女子高生だよ。乗っ取る意味なくない?」
「何言ってるの。なっちゃんは可愛いわよ。天使みたい」
セイラちゃんが私の頭を撫でる。
「人間の身体を乗っ取れば乗っ取るほど悪霊は強くなる。あんたの身体が気に食わなければ次の身体に移動すればいい」
「じゃあ最初から乗っ取りたいなって人に憑りついた方が早くない?」
「身体を乗っ取るには時間が必要だ。通常五年以上長くて十年以上ないと身体を乗っ取れない」
「そうなんだ」
「まあ、例外もいるけどな」
「ねぇ、サーティーワンでアイス買って来ていい?」
「ああ」
「佐倉君何にする?」
「大納言あずきとナッツトゥーユー。カップで」
「了解」
アイスを買って席に戻るとセイラちゃんが佐倉君の前に移動していたので私は佐倉君の斜めに座り、彼からアイス代を受け取る。
「私ストロベリーチーズケーキが一番好き」
「そうか」
「なっちゃんそれ食べたら帰りましょう」
「まだ話は終わってない」
「終わってるわ。なっちゃんは私と離れたくないって。ね、なっちゃん?」
「うん」
「くどいようだが今はいい。あんたはただの料理が出来て優しいこの子にとって最も都合のいい幽霊だからな。でもこれからの長い人生を考えた時、その食事量はまあいいとしても睡眠は問題だ。このままいくと日中起きていられる時間が三時間くらいになることも考えられるぞ。酷くなったら一日中寝てることもある」
「そうやって脅して言うこときかせるんでしょ。大体あんたの言うことどこまでホントなわけ?私が見えてるんだから幽霊が見えるのはホントでしょうけど。除霊師なんてホントにいるの?できるの?あんたみたいなただの細長いイケメンが?」
「そうか。なら、除霊しているところを見せてやる」
「はぁ?ここで?やめなさいよ」
「うん。やめて。セイラちゃんいなくなったら私どうしていいかわかんないよ」
「ここでじゃない。明日丁度除霊に行く。あんたも付き合え」
「嫌よ。明日から夏休みよ。私となっちゃんはエアコンの効いたお部屋で一日中ダラダラするんだから」
「明日朝八時に迎えに行くから準備しておいてくれ」
「八時は早いよ。夏休みだよ。ずっと寝ていたい」
「じゃあ九時。これ以上は譲れない。電車に乗るからな」
「えー」
「えーじゃない。除霊見てみたくないか?」
「ちっとも」
「九時だ。相手の都合もあるからな。朝迎えに行く。それを見て判断してくれ」
「見るまでもないけど。せっかくだから行きましょうか。なっちゃん」
「えー。暑いよぅ」
「電車は涼しいだろ」
「駅までが暑いよぅ」
「じゃあ七時にするか?朝はまだ暑さましだぞ」
「九時でいいです」
「じゃあ帰ろう。明日に備えて今日はゆっくり寝てくれ」
「買い物して帰るから。あとドーナツ買うし」
「そうか。じゃあな。また明日」
佐倉君は自分のトレーを持って立ち上がりリュックサックを背負って帰っていった。
あのリュックの中に除霊道具が入っているのかしら。
「ごめんね。なっちゃん。これで良かったのかしら?」
「良かったんじゃない?どうせ何にもすることないし。一日だけでも夏休み予定入ったね」
「そう、ね。複雑だけど。なっちゃんのことは私が何があっても守ってあげるからね」
「うん。大丈夫」
「ずっと一緒よ」
「うん。知ってる」
とりあえず何かが始まるみたいです。