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手紙書くこと、してみた

作者: 黎め

 不思議な手紙が届いた。

 花に関する雑文のようなものだったが、理解するのに随分と苦労した。正直、理解しきれなかった部分も多々ある。文体がおかしな上、私も知らなかったり、架空とさえ思われるような植物が登場したりして、全体を通して支離滅裂だった。

 しかし内容の拙さとは反比例して、その口調は堂々たるものだった。ただ私が知らないだけで、他の町では咲いている花についての話なのかもしれない、私は、差出人はきっとこの町の出以外の者に違いないと考えた。

 文章作成ソフトで書いてプリントアウトされた文字の羅列を見たところで、差出人が町外の者であるという証拠はどこにもない。それでも花の育成の難しさを理解している私は、わざわざ花育ての盛んなこの町まで来て、手紙を寄越してきたその人物を、応援したい気持ちになっていた。

 たとえその内容は私を援助してください、というもので、それが物乞い行為だったのだとしても。


 私は激励の意を込めてチューリップの花を一輪添えた返事を書いて送った。例えばこれがシロツメクサひとつだったとしたらどうだろう。ガキの遣いじゃあるまいし、馬鹿にされている、と受け取られやしないか。桜の枝1本ならどうか。味を占めるかもしれない。

 チューリップは今が盛りで、色も模様も多様なところが、共生を連想させていいと思った。どのみちまもなくこうべを垂れてしまうし、と気軽な選択だった。


 頭の中で警告音が鳴っていたことは本当だ、微かにではあったが。ちっぽけながら、私の危機管理能力はきちんと仕事をしていたのだ。

 しかし私はそれを無視した。好奇心の方が勝ってしまった。


 一生懸命なのかと思ったのだ。何事においても得手・不得手はあるし、甲乙はついてしまうものだが、その頑張る姿勢はいいね、と思ったのだ。

 私の住む町では、お互いはお互いを助け合い、できる範囲内でできる限りのことをし合うことが当たり前になっていた。限りがあるとはいえ、花などいくらでもあるし、それで喜んでもらえるなら一輪贈ることなどお安い御用、程度の認識だった。まさか人を踏み台にしてのし上がろうとすることに利用されるなど、あるとは思いもよらなかった。


 手紙を寄越した、今となっては町外の者かどうかはわからぬ、もしかしたらその辺の町民より内部事情に明るい者かもしれぬ人物は、私の贈ったチューリップを頭のてっぺんに飾って町を練り歩いたのだった。


 私は自分のことを過大も過小もせずに認識しているつもりだったが、それでも少しばかり低く見積もっていたようだ。つまり、町では私の値打ちは自分が思うよりも少し上だったということだ。私はつい先日、町のはずれにある公園の花壇の手入れをしたという功績で、表彰されたばかりだった。

 別にやりたかったことをしただけなので、それにより箔がついたとも考えていなかったが、町の人の間ではそうでなかったらしい。

 私に庭の花の世話をして欲しい人や、私が咲かせた花を欲する人は少なからず存在していたようで、そういった町の人々を差し置いて、石灰や堆肥を混ぜ込む土づくりにも参加したことのないどこの誰とも知らぬ者に花を贈ったことは、軽率な行為にあたり、反省すべき事象だった。


 町の人は白々しい目つきで、手紙の主の頭の上で風に揺れるチューリップを眺めている。己の浅はかさに嫌気がさす。

 いや、お墨付きとか、そういうのとは違うんです、ただ、頑張りにちょっと花を添えただけなんです、と一人一人に説明して回るわけにもいかず、私には頭上のチューリップがさっさと枯れて花びらを散らすのを祈ることくらいしかできない。

 いくら自分の考える世界では、そんなこと起こり得ない、といえども、可能性くらい考えるべきだった。まさか、と思うようなことでも、現にこうして起こっているのだ。


 自分が誰かから傷つけられることよりも、自分が誰かのことを傷つけてしまったことの方が、受け取るダメージは大きい。罪の重さに耐えられなくなる。

 やってしまった。差し出されもしていない善良な町の人たちの魂を、私は乱暴に取り出しては嫌なシミを作ってしまった。


 さらに言うなら、私はこれらのことを、いつも珍しい種や、店舗には並ばず株分でしか増やせない苗などを分けてくれる園芸仲間から指摘されるまで、自覚することさえできなかったのだ。


 何が私を落ち込ませるのかというと、少なからず不快な気分に陥らせるであろうことを私に告げる役目を、常日頃からお世話になっている、親しい大切な人にやらせてしまったということだった。

 彼女に進言してもらわなければ、私は何も気づけなかった。無配慮に町の人を傷つけたまま、何の躊躇いもなく、呑気に町をうろついていただろう。むしろ仲間の印としてチューリップを贈った部外者が、皆に見せびらかすほど喜んでた、と、いいことをした、くらいの勢いで、済ませてしまっていたかもしれなかった。


 我が身の愚かしさに消えていなくなりたくなる。どうしてこんなにあほなのか。

 そもそもの間違いは、手紙の主が町外の者であるという私の思い込みだ。それからトラブルになりそうな気配を感じている上で顔を突っ込む野次馬根性がいけない。さらにはそれを起因として引き起こされるであろう、あらゆる事象に関する想像力の欠如、視野の狭さ、固定され融通の利かぬ視点、上っ面の理解、我慢を知らぬ衝動性、ドジ、チビ、足がくさいなどが追い討ちをかけた。

 いや、何より私は、人を見る目を養わなければならなかった。


 あんまり思い詰めて彼女が責任を感じてしまってもいけない。本当に感謝しているのだ。

 実はこのように私のことを思いやるが故、彼女に嫌な役目を買って出させてしまったことは一度や二度では済まなかった。私が今もこうして花の世話にうつつを抜かしていられるのは、彼女の犠牲的精神によるものが大きい。

 ムスカリが身を寄せ合って陽の方を向き、ラナンキュラスは幾重にも重ねた花びらの隙間に日差しを蓄える。フリージアが甘く怠惰な香りで空気を揺らしたなら、クリスマスローズが俯きながらもその存在を主張し、それに応えた。

 一年のうちで最も花の美しい時期のひとつを迎えていた。私の花壇は彼女の悪魔の犠牲の上に成り立っていた。


 点を線に結ぶのが苦手な私は、根本的原因を同じくする過ちを何度も繰り返してしまうので、再発防止のため、まとめ、整理すべくここにこうして綴っている。何のことかよくわからぬものとなっていることは承知の上だ。

 優しさにも程がある。これ以上繰り返して、犠牲を搾取することは避けなければならない。私はいつでも見返せるように、これをここにそっと置いていくことにする。

 自らへの戒めのために。宛先不明の、不思議な手紙として。

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