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初日

 眼前の女が、語りかけてきた。

 ーーーさて、これはどういう状況なんだろうか。


 理解が追いつかない展開に、先ほどとはまた別の疑問が浮かぶ。死んだと思ったら実は生きていて、液体に漬けられていたところを解放されたら目の前に見ず知らずの女?訳がわからない。

 目に見える範囲で確認できる状況は、眼前に白衣を着た金髪ロングヘアの若い女性が居る。その後方に、作業用と思われる金属製デスクがあり、卓上に置いてある自立コルクボードになにやらメモ書きを貼り付けているのが見える。辺りにはケミカルな匂いが立ち込め、クラクラする。


 この意味不明な状況と凄まじい倦怠感に、ただ目の前の女を見つめることしかできない。


「その感じ、ちゃんと中身があるみたいで良かった〜!とりあえず名前、教えてくれる?」


 名前を聞かれた。状況が分からない以上、この人物しか頼れない。一定の信頼関係は築こうと、自己紹介をしようとする。


「みぃひゃぇりゅ………っ!?」

「あかん可愛い…まだ身体機能がうまく働かないのかな?」


 自分が発したそのあまりに舌足らずな言葉に強い衝撃を受け、口ごもる。舌足らずなこともそうだが、なんというか、そもそもの"声"が普段と全く違う。形容するとしたら、()()。四十代後半の男が出せる声ではない。筋肉質な男がこのような声を出したのだから、その目にはさぞ珍妙に映るはずだが、この女が自分に向けて投げかけた言葉は「可愛い」だ。ずいぶん特殊な癖を持っているのだろう。


「取り敢えず、移動しようか〜。歩け…なさそうだね。よ〜し、お姉さん頑張っちゃうぞ!」


 女はそう言いながら、両手で脇を支え、俺を持ち上げた。

 

ーーー持ち上げた!?百八十はある俺の体を、あろうことか百六十にも満たない彼女が持ち上げたと言うのか!?不可能だ!


 ありえない状況を前に極度の違和感を覚えたミハイルは、目が覚めてから初めて自分の体を直視する。


「………へ?」


 彼の瞳には、幼い少女の裸体が映っていた。

 ()()を目撃した彼は、直ちに思考を停止し、自ら意識を手放した。


 次に目が覚めたときには、ミハイルはベッドに寝かされていた。もぞもぞと動き、どうにか上半身だけ壁に寄りかかる。

 先ほどとは違い、陽の光がさす小綺麗な部屋だった。そこら中にぬいぐるみが置いてある。


「…?あ、やっと起きた!心配したんだよ!?なんで抱き抱えた瞬間気絶したの!?お姉さん悲しい!もう嫌われたぁ〜!」


 目の前の女は、室内をのたうち回り、悲しみを最大限に表現すると、すぐにこちらに顔を戻す。


「…んで、もう話せる?」


 そう言われて、先ほどの出来事を思い出す。ふと視線を下げると、ミハイルを自発的に気絶させたあの忌々しい肉体が見える。


「あーー。…話せる。」


 軽い発声確認の後、初めて意味のある言葉を話す。やはりというか、出した声は記憶にあるものではなかった。


「そ、それじゃさっきの質問だけど、名前教えて?」

「…ミハイル。ミハイル・フォン・ヘルトリング」

「ふーん。…へぁ!?」


 名乗りを聞いた女は何やら厚い書類を取り出し、なにかを調べ始めた。しかし、すぐに素っ頓狂な声をあげる。


「ミハイルってあれよね、ルーシア帝国の人」

「そうだけど」

「あちゃー…」


 何やらハズレ扱いされているようだ。あまり良い気分ではない。


「…あの、色々と説明が欲しいんだけど」

「おけおけ、何から話すかなー。…ん?あ、もしかして私、まだ名前言ってない?」


 首を縦に振り肯定すると、女はバッと立ち上がり、勿体ぶった動きと共に名乗りを上げる。


「私こそは稀代の錬金術師!この国において最も到達点に近いもの!…ナターシャです。ナターシャ・ローレンス…」


 しかし口上の途中で恥ずかしくなったのか徐々に声が萎み、言い終わる頃には赤面した顔を両手で覆い隠した。


「ナターシャか。まず一番重要なことを説明してくれ。俺はなんで生きてるんだ?そしてこの体はなんなんだ?」

「えーと、まずミハイルは自分が死んだってこと覚えてる?…うん。貴方の記憶にある通り、ミハイル・フォン・ヘルトリングという人物は戦死してる。」


 やはりか、と思う。どうやら、自分は死人らしい。なら。


「じゃあなんで今こうして会話できるんだ?それに体も」

「えとね、これを見てもらった方が早いかも」


 そう言うとナターシャは、ある文書を手渡した。


「これは?」

「言うなれば、あなたの事だよ。」


 そこには、人工被造体の設計概略という言葉が大きく書かれていた。


「…人工披造体?」

「そう。あなたは、というかあなたの体は、私が作り上げた披造物。有り体に言えば、ホムンクルスだ」


 ーーーなんだそれは。なぜ俺の意識がホムンクルスに宿ってるんだ?俺という人間は死んだはずだろう、あの場所で。

そう疑問を浮かべながらも文書を読んでいく。すると、探していた答えに辿り着く。


「精霊機関…」


 そこには、初めて聞く単語が載っていた。しかし、その下の小さな説明書きが自分の立ち位置を教えてくれる。


 精霊。生命がその活動を停止すると同時に現れる、その生命との霊的同位存在。魔術を用いることで接触できる、言うなれば浮遊霊のような存在。その肉体自体が、豊富な霊的リソースになる。


 それを、ホムンクルスの核として使用する。たったそれだけの説明だったが、なんとなく自分の立場を察することができた。


「つまり、俺の魂はこのホムンクルスの材料にされたってことか。なんだ、四十代後半の男をこんな体に閉じ込めるとか、なにかの嫌がらせなのか?」

「違うの!精霊機関って、誰を使うかはこっちじゃ決められらないの!こっちで収集したサンプルの中から、あなたが偶然選ばれたって話!当てつけとかじゃないよ!」


 そのまましばらく文書に読み耽り、自分の体について大体のことを理解した。


 普通の人間ではまずあり得ない力を付与したホムンクルス。対人ではなく、対軍のために調整された、戦争のための存在。


 つまるところ、人型の兵器だ。…そう、兵器。幼い体のホムンクルスをどう兵器として運用するのだろう、とは思うが、きっとこの体にも意味はあるのだろう。


 文書を読み終わると、ふと頭を撫でられる。


「あの。おっさんの頭を撫でるとはどういうご趣味で…?」

「おっさんを撫でる趣味はないよ。可愛い可愛い我が子を撫でてるだけです〜」


 ナターシャがとんでもないことを言い出す。


「お前の子になった覚えはないが」

「設計・作成全部やった私が親じゃないわけないだろ!いい加減にしろ〜!」


 少ししか会話していないというのに、ナターシャはさっきまでの何処かよそよそしい雰囲気をすっかりなくし、この体の様々な部位を触ってくる。

 ぷにぷにと頬をつつく。手に手を重ねて握る。頭を撫でる。とんでもない狼藉だ。


「やめっ…ちょ、やめろぉ!」


 なぜだろう。触られると、というかスキンシップを取られると、無性に幸福感が湧いてくる。


「そんなこと言いながら、喜んでんじゃ〜ん、このこの〜!製作者に服従するように組んでるからこんな反応になるのかな〜?かわい〜!」


 思考が溶ける。なんだか、自分が自分じゃ無くなっていく。


「んっ!きもちぃ…」

「なんか声甘くなってってない!?別に変なことは何もしてませんけど!?」


 そう言いながらも色々と抑えられなくなったナターシャはミハイルの横に座り、小柄な自分から見ても小さく華奢なその体を抱擁する。製作者というだけなのに、どこか母性を感じる。


「もっとぎゅってして…」

「ーーーーー!」


 ナターシャは様々な意味で悶絶する。もはや襲ってしまいたい。言うなれば彼女は所有物なのだ。いっそやってしまうか…?

 しかし、錬金術師としてただの一度も忘れたことがない様々な倫理的問題が頭をよぎり、どうにか我慢する。

 どうやら、ミハイルと名乗るこの愛玩動物は、その核の思考と関係なく主を好いてくれているらしい。あんなに威厳のあった口調も溶けきり、身体年齢に精神が引っ張られているように見える。


 面白いものを見れて満足したナターシャは、縋るミハイルの手を振り払い、傍にあった文書を元あった位置に戻した。

 

「可愛いのはいいけど、ちょっと撫でられただけでこうなるのは良くないよな…」


 ぼーっとしているミハイルを見下ろしながら、どうしたものかと首を傾ける。核が体の方に引っ張られるとしたら、もう外的な施術をいくら施しても無意味だろう。


「…んぅ。……ん?」


 そんな思考の最中、先ほどまで甘えてくれていたそのホムンクルスが正常な思考を再開する。


「…さっき、俺がとんでもないことしていた記憶があるんだが…夢だよな」

「現実でーす」

「ぁが…あが…」


 さっきはあんなだったが、核となった人物はゴリゴリの軍人で、しかもナターシャなんかより全然年上なわけで。

 真っ赤に赤面したミハイルは、その恥ずかしさを解消する手段を見出せず、硬直している。


「そうそう、さっきのは体のスペックだけだったんだけど、他にも説明することがたくさんあるからさ。一気に言われてもわからんだろうしまた後でいろいろ教えるから、今はその体に慣れといてね」

「そもそも、拒否権とかないのか!?」


 ミハイルはここに来てようやく、まともな反論をする。そう、向こうからすれば計画通りなのかもしれないが、こちらからしたら勝手に話が進んでいるようにしか思えない。


「ごめんけど、核にした以上もうどうしようもないんだ〜。これも何かの機会だとでも思って、受け入れておくれ」

「そんな勝手な…」


 古今東西、魔術を利用した擬似的な反魂は行われてきたが、魂だけをホムンクルスに定着させるなど不可能に思える。それが可能だという彼女は本当の天才なのだろうが、少々自分勝手というか、自己中心的なところがある。


 このまま使い捨てられて、本当の死を迎えるのだろうか。そもそもこんな体で戦えるのか。そもそもここは何処なのか

 数々の不安に、ミハイルは頭を悩ませるのであった。

 




 





そう、何を隠そう筆者はTSモノが大好物なのです。しかも体に精神が引っ張られる系の。いざ書くと難しい塩梅ですよね、これ。

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