スモモの花
そして、卒業式から10年の歳月が流れた。
大きくなった子どもたちを伴って、戴冠式に臨むセインを見送った。
「お父様は、王様になるの?」
「そうですよ。今までは、あなたたちだけのお父様でしたが、これからは、この国みんなのお父様です。我儘は程々にね?」
「お母様も、お父様と同じ?」
不安そうに見上げる小さな我が子の頭をそっと撫でる。それだけで、笑顔になった。
「そうね……同じよ。私も、あなたたちだけの母ではいられません。でも、ときには、あなたたちだけの父母でありたいとも思っているの。寂しい思いをさせることもあるけど、あなたたちの笑顔が私たちの力となるのですから」
「お母様」
「わかりました、いってらっしゃい、お母様!」
戴冠式と立后式をする。子どもたちには、ここ数ヶ月、私たち夫婦の話、国の話、これから先の未来の話をじっくり、幼い子らでも理解できるように何度も伝えた。王と王妃となり、より一層忙しくなると。側にいられる時間が少なくなると。それでも、私たちは、三人のことを心から愛していると。
一番上の子が、二人目三人目の子の手を引き、見送ってくれる。「大丈夫」と言ってくれたから、振り返らず、大広間へと足を踏み入れた。
前を向けばセインがこちらを見て、変わらず優しく微笑む。私はただ、その微笑みに導かれるよう隣に並んだ。
おまじないという呪いのせいで、小さくなった侯爵令嬢リーリヤは、この王宮で『真実の愛』を知った。ネズミになった私のセインへの秘めた恋は、予想外の方向に話は流れ、私をここまで連れてきた。愛するセインと子どもたち、国の母となり、『多くの国民から最も愛された王妃』として、のちの王家伝記には記されることになるが、今は、今日という日を優しい王に手をひかれ、少しの緊張で式を迎える。
「今日をリアと迎えられて幸せだよ」
「私もです、陛下」
「……陛下か。セインと名を呼んで?」
「ダメです。公務中は、陛下と呼ばせていただきます」
「……どうしても、ダメ?」
「……二人だけのときになら」
「よかった」と呟き胸を撫で下ろすセイン。あのころのままで、私を優しくエスコートしてくれる。
式典も終わり、春の温かい気温に誘われ、中庭を散歩していると、ちょうど、セインの木であるスモモの前で立ち止まった。
「どうかされましたか?」
「いつだったか、一緒にスモモの花を一緒に見ようと約束したなと思って」
「そうですね。あれから、随分と忙しくしていましたから、なかなか、春にここへ来れなかったですね……変わらず、この場所にあったにも関わらず」
「リア、手を出して」
私は言われたとおり、手を差し出すと、手のひらの上に白い毛・赤い目のネズミを模した宝飾品が渡された。
見覚えのあるその宝飾品が、懐かしく私の胸にあの頃を思い出させる。
「これは……私?」
「あぁ、ここでリアに渡そうと作っていたんだけど、時間が経ってしまった。ネズミだったリアに出会えなければ、僕は君とこうしていられる時間はなかっただろう?」
「ネズミのリアでなければ、セインのお心を知ることもなく、アンダルト様と結婚をしていたでしょう。いえ、婚約破棄をされ失意の中に、今もいたかもしれません」
「僕たちも、アンダルトもエリーゼには振り回されたけど……」
「えぇ、そうですね。結果的に、私は、『真実の愛』を知ることができました。皮肉なものですね」
「確かに……二人は、どうしているだろうね?」
スモモの木を見上げれば、風に揺れる白い花が散って行く。その姿は、儚く美しかった。
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