エリーゼ嬢の噂に
ベルの強張る顔を見ればわかる。ベルも貴族令嬢であり王宮で働くのなら、貴族のことには、知識はある。セインの筆頭侍女ということもあり、あまり、貴族たちと近づきすぎないよう教育もされているので、知らないこともあるようだが、王宮内の噂話などは耳に入れているのかもしれない。
「……もし、もしですよ? エリーゼ様のご実家である男爵家の黒い噂が本当だとしたら、アンダルト様は、そんな家と縁付きになったのですか?」
「そうなるね」
「……そうなるって……、それは、よくないことですよね? アンダルト様はご存じ……じゃない?」
セインは、ベルの質問には答えず、ただ困った顔をするだけにとどめた。アンダルトが知っているとは、到底思えない。私ですら、席を一緒にしないものには、なるべく距離を取ってきたのだから、貴族の情報に疎いアンダルトなら、噂話も耳に入っていないかもしれない。
幸い、私は、両親が私の成長のためにと、教えてくれたこも多いので、付き合う貴族は、きちんと選んでいた。
「実のところ、男爵家だけでなく、エリーゼ嬢にも良い話は聞こえてきていない。リーリヤ嬢が知らないわけがないと思うんだが……、アンダルトは知らなかったようだね。
今回の婚約発表は、リーリヤ嬢がいなくなったことで、エリーゼ嬢が思い描くとおりになった。エリーゼ嬢にとって、アンダルトが公爵家嫡男だからと将来有望に見えただろう。実際、新聞でも、次期公爵アンダルトとエリーゼ嬢との婚約が取り沙汰されているけど、みな、気がついてないこともある」
「……それって」
「アンダルトの公爵位継承剥奪。エリーゼ嬢を含め、男爵家は、まだ、知らないようだね。公爵家もわざわざ、身内の失態を公表することもないだろうし」
「なるほど、確かにそうですよね。アンダルト様が、エリーゼ様に言わなければ、わからないまま」
「嫡男だから、豪華な結婚式はさすがにするだろうし、公爵家の面子もあるから、卒業式まではアンダルトの面倒を見るだろうけど、そのあとは、どうするつもりなのか、公爵は今後のことを何も決めていないだろう。
リーリヤ嬢が同じような立場にもし追いやられても、きっと、うまく打開できるだろうけど……果たして」
セインの声には、アンダルトを心配するようなものと、少しだけ皮肉を込めたようなものが混ざっていた。珍しいセインの様子に私もベルも驚いた。
「リーリヤ様は、本当に優秀な方なのですね?」
「あぁ、そうだね。僕から見ても、僕以上にすごく勉強していたと思うよ。自身のためだけでなく、公爵家のために、あのアンダルトを導かないといけないのだから……苦労も多かっただろうね」
「……そうかもしれませんね」
「エリーゼ嬢には、リーリヤ嬢のまねなんて、到底できるものじゃないよ。アンダルトはリーリヤ嬢のこれまでの努力が身に染みただろうね。
……それに、もしかしたら、リーリヤ嬢失踪には、エリーゼ嬢や男爵家が関わっているかもしれないな」
「本当ですか? それなら、なおのこと、アンダルト様もエリーゼ様も許しがたいです!」
「ベル、まだ、証拠もないし、憶測に過ぎないんだから、広めないでくれるかい?」
「もちろんです! でも、リーリヤ様が浮かばれませんね」
……セイン殿下は、どこまで知っているのだろう? 私が、エリーゼ嬢の手によって失踪したとおっしゃったわよね? 証拠はないと言っているけど、確信みたいなものはあるのかもしれないわ。
二人を見上げたまま、驚きで目をパチクリさせた。まさに、エリーゼによって失踪させられたのだが、人間の私が公の場へ出て行かない限り、それを証明できる人がいない。
……例え、証明したとしても、ただの家出と取られる可能性は高い。何にしても、迎え入れてくれたセイン殿下に応えたいわ。ここまで、私を想ってくれているのだから。
人間に戻りたい私と、このままセインの側にいたい私のせめぎ合いが始まる。
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