アンダルトとエリーゼの婚約
アンダルトがここへ来て、セインに対し失礼な態度をとってから、一ヶ月が経とうとしていた。
新聞を賑わせていた私の失踪記事もだんだん小さくなり、今ではすっかり時の人になったころ、世間は私のいないままの日常を取り戻していった。ただ一人と一匹を除いては。
ネズミになり、二ヶ月も王宮で生活をしていれば、いつの間にか日課となったものもある。いつものように、ベルが部屋を整え終わるころ、邪魔にならないようにセインの机へと向かう。そこでベルに新聞を広げてもらい、新聞の上をあちらこちらとチョロチョロと走り回りながら、最新の記事を読み漁っていく。
部屋から出ない私。街での最新の情報を入手できるのは、新聞以外にはなく、失踪後の両親のことがとても気になっていた。どんな小さな記事でも読み、心にとめる。だからと言って、この手では、手紙を書くためにペンを握ることも難しく、誰とも意思疎通をして話せないので、両親へ元気で過ごしていることすら伝えることも出来ない。
傷心しているだろう両親のことを心配するしかできないこの体が、憎らしく腹立たしい。
セインの取っているこの新聞は優秀で、いつぞやは、王宮の正門に大量の塩がばらまかれたと書いてあった記事を見て、思わず笑ったものだ。その記事を休日にセインと二人で読んでいたのだが、ベルももちろん読んでいたらしい。私たちの読んでいた記事にサッと目を通して、セインは大きなため息をつき、犯人はふんっ! と鼻息荒らくしていたことは、国民には秘密の出来事であった。
ベルが王宮の正門に大量の塩をばらまいた日の記事はおもしろく書かれており、憶測が憶測を呼んで話がふくらんでいったが、結局のところ、ベルの行き場のないアンダルトへの怒りの矛先の結果である。
事件名「塩撒き事件」見出しが『王宮侍女、痴情のもつれか? おとといきやがれ! と叫び、塩を大量にばらまく姿を多数の通行人が目撃』と書かれていた。この大人しそうなベルが、まさかそんなことをするとは誰も思わないだろう。
そんなことを考えながら、新聞を一通り読んだので、上を見上げ、捲ってくれと合図すると優しい表情をし、ベルは次のページを広げ直してくれる。
ベルに今日の新聞を捲ってもらうと、新聞の真ん中には、ひときわ大きな見出しが出ていた。
『男爵令嬢エリーゼ、公爵令息アンダルトの心を射止めた! 婚約が正式に決定!』
……アンダルト様は、本当にエリーゼ嬢と婚約したのね。意外とこの婚約にショックを感じないものね。あんなにアンダルト様を想っていたはずなのに、別の意味で少し複雑よ。
その記事を見て、アンダルトとエリーゼの思う通りにことがなったのだなと、目を通していく。二人のインタビューが載っていて、失笑してしまった。
『運命の赤い糸が、僕たちを結んだのです』
『初めてお会いしたとき、添い遂げるのは、この方だと心が……いえ、全身で感じました』
『仲睦まじくインタビューに答えてくれ、手を握り合って見つめ合い、見ているこちらが、熱にあてられるような仲だ』か……。人目もはばからないで、抱き合っていたのですものね。公爵令息であるアンダルト様は。
春先のことを思い出し、はぁ……とため息をつき、続きを読む。
『まさに真実の愛を僕たちは知り、この度、婚約に至りました。元婚約者のリーリヤ嬢は未だ見つかっていませんが、彼女はどこかで素敵な方と、僕たちのように永遠の愛を誓い、添い遂げているのだと確信しています!』
二人が私にあてた言葉に、なんとも言えない気持ちになる。エリーゼが呪いさえかけなければ、理想的な結婚とまでいかなくても、それなりの幸せを見つけながら、公爵となったアンダルトを支えていたのだろうと思えば、公爵夫人にと教育され続けた私自身のこれまでが、とても虚しくなった。
……アンダルト様と離れることになって、正解だったのかもしれないわ。ただ……。
小さなピンクの手を見つめ、胸の内を複雑なものが這いずり回る。ネズミの姿だということが、とても居たたまれない気持ちになる。
せめて、人ならば……と、叶わない願いを考えてしまった。
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