塩
「リーリヤ嬢は、侯爵の一人娘だ。本来なら、両親に甘えて育っているはずなのに、頼りないアンダルトが婚約者だから、甘えられないのだろう。リーリヤ嬢自身がしっかりしないといけないと頑張っていたんじゃないのか?」
「なっ、何を言っているのか、さっぱり。俺の顔を見ては、お小言しか言わないのですよ? 他に言うこともあるでしょう? 両親とは、よく話をしているようですが、俺にたいしては、ほとんど笑わない。いつも呆れたような表情を向けてくる。それだけでなく、エリーゼのように可愛らしく寄り添うこともない。俺がいなくても、十分一人で生きていけるくらい、強く憎たらしいほど逞しい。俺は、守ってやりたいくらいの女性の方がいい。エリーゼのように」
……そんなふうに思ってらしたのね。私は、決して強いわけではありません。そうあらなければ、アンダルト様の側で自身を保つことができなかった。公爵家とは、それほどにも重いものなのですよ?
それに、ほとんど笑わないのは、私ではなく、アンダルト様のほうなのですけど。エリーゼ嬢の前にいるときのように、最近、私と笑い合うようなことがありましたか?
問い詰めたくなるのを我慢する。今の私には、アンダルトにお小言ひとつ言えず、そうするしかないから……。
「リーリヤがそれほど気になるのでしたら、セイン様が探せばいいではないですか? 素っ裸で、一体どこで、何をしているのやら……そのあたりで平民の男を誑かしているかもしれませんよ?」
「何を言っている? リーリヤ嬢に限って、それはないことをアンダルトが1番よく知っているのではないか?」
「そんなこと、わかりませんよ? その可能性はあるでしょう? リーリヤだって年頃の女なんですから!」
……見損ないました。婚約者である私をそんなふうに思っていただなんて!
アンダルトは下卑た笑いを部屋に響かせ、「もう用がないなら」と立ち上がる。
目に入ったのだろう。セインの後ろにある立派なドールハウスが。
「セイン様は、おままごとかお人形遊びが好きなのですか? いい年をして、本当にいいご趣味だ」
蔑むようにセインを見て、アンダルトは部屋を出て行く。セインに痛いところを言われ、しっぽを撒いて逃げ帰ったと言う方が正しいだろうが、部屋を出る前の捨て台詞は、アンダルトにとって、精一杯の嫌味だったのだろう。
……今のこんな状態の私に、これほどまでによくしてくれているセイン殿下へ向かって、なんてことを!
アンダルトが公爵家令息で私の婚約者だと思うと、とても恥ずかしくなった。
……こんなときには側にいて、アンダルト様の間違った発言を止めるのに。セイン殿下にこんな失礼な言葉を投げつけるだなんて……! エリーゼ嬢といる時間が多いからか、貴族としての常識がズレてきているわ。いつか、アンダルト様が何か大きな失態をしてしまうことになりかねない。
行き場のない感情。自身が悪く言われるより、セインを悪く言われる方が腹も立ったし、婚約者として、アンダルトには見切りをつけたくなった。長年連れ添った相手への多少の心配もあり、複雑であった。もっとも、私が人でなければ、アンダルトへの窘めも注意さえできないことに、苛立ちもする。
「……殿下?」
「どうしたんだい?」
静かに黙って事の成り行きを見聞きしていたベルが、重い口を開いた。何か考えているようで、言葉を選んでいるようだ。
「……うまく、言葉がでませんね?」
「えっ?」とセインが呟くと、先程までの怒気は霧散した。その代わり、震えるように声を絞り出す。
「……塩」
「……し、お?」
「塩、撒いてきてもいいですか?」
ここからは見えないが、にこぉーっと笑うベルが想像できた。
……そ、それ! 私もついて行きたい!! 私も一緒に!
ベルの申し出に困り果てているセイン。しばらく考えていたようで、沈黙の時間である。
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