その痛みの意味など知らずに
「再会したときのリーリヤ嬢は、二人の約束のことをすっかり忘れてしまっているようだったから、今では、僕だけの想い出だよ。
あの日、スモモの木を見上げて、白い花が綺麗だと言ってくれたんだ。僕の木を。侯爵がすぐに迎えに来てしまったから、少ししか話は出来なかったけど……。でも、その少しの時間で、リーリヤ嬢を好きになるには十分な時間だった。
幼いながらに、子としても王子として、必要とされていないんじゃないかって……考えていた時期で、自信がなかった。ちょうど、弟が生まれたときだったから。生まれたばかりの弟にかかりきりで、両親に見向きもされず、侍従たちにも腫物を触るような扱いをされていて。……小さくてもわかるものだよ。期待が何処に向いているかわね。弟の方が、幼いころから他人の心にスルッと入り込むことができたんだ。僕には到底まねのできないことだ」
自嘲気味に言葉を選んでいくセインにもそんな幼少期があったのかと初めて知った。少々やんちゃで自由な弟王子とは確かに似ておらず、セインは、誰にでも優しく寄り添ってくれる王子だ。
だから、そんな葛藤を胸に秘めていただなんて、全く気が付かなかった。王太子となった今も、そんなふうに思っているのだろうか?
「……ちゅう(……セイン殿下)」
「心配してくれてる?」
コクコクと頷くと、目を細め微笑んだ。嬉しそうに頬を緩め、スモモの気を見上げた。私も一緒に見上げる。
「今は、王太子として認められ、弟からも妹からも慕われているから、大丈夫だよ。家族とも良好な関係だしね。あのとき、リーリヤ嬢に会えたから、僕の気持ちも変わったんだ。いつか、あの令嬢と並び立つことを夢見て、努力し続けた。王子の結婚が自由なものではないと知る前だったけど、努力する、学ぶという習慣をつけてくれたきっかけをくれたんだ。それが、今の僕へと繋がる」
「ちゅちゅうちゅ! ちゅうちゅちゅうちゅう!(私なんかがきっかけだなんて! セイン殿下が王太子として、とても努力をされた結果がすごいのです!)」
思わず返事をしてしまっているが、何を言っているかわからないセインは優しげに微笑むだけ。伝わらないもどかしさがあり、がっくり項垂れると、「褒めてくれているのかな?」と言葉が降ってきたので、上を向き、コクコクと頭を縦に何度も何度も振る。その姿をみて、先程の微妙な笑みではなく、満面の笑みで応えてくれた。
……セイン殿下って、こんなふうにも笑うんだ。なんだか可愛いな。
少年のように笑うセインに見惚れていると、目が合っているのが、急に恥ずかしくなる。
「そうだな。リーリヤ嬢にあって半年くらいたったときに、アンダルト……僕の友人を紹介された。デビュタントの前に、アンダルトからリーリヤ嬢が婚約者なんだって紹介されたときは、かなり落ち込んだよ。それまで、リーリヤ嬢と将来を一緒にと夢をみていたんだからね。今思えば、子どもだったんだけど……未だに、リーリヤ嬢がここから離れないくらいには想っているんだから……未来の婚約者には、悪い気持ちになるね。一生、リーリヤ嬢が僕から出ていくことは、ないのかもしれないんだから」
服の胸の当たりをクシャッと掴むセインをじっと見つめる。
……今は、そんなふうにおっしゃっているけど、きっと、セイン殿下にも婚約者が出来たら、私ではなく、その方にたくさんの愛情を注ぐんだろうな。セイン殿下の隣に並ぶまだ見ぬ方に。
セインの隣に並び立つ未来の誰かを想像し羨ましく思うと、胸がチクンと痛む。
……どうして、胸が痛むの? 私、ネズミだから……元に戻れないし、もし、戻れたとしても、私はアンダルト様と一生を添うのよ?
それなのに……、どうして?
私もセインと同じく胸の当たりに手を添えた。泣きたいような苦しい想いとともに、その痛みの意味など知らずに。
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