想い出
セインは誰にでも分け隔てなく優しいと有名であった。ネズミになった私にまで、これほど大事にされるとは……かけらも思ってみなかった。優しすぎるセインのことが、少し心配になる今日この頃。
……誰かに、騙されたりはしないのかしら? 人がいいというのも、心配になるものね。アンダルト様とはまた違った心配があるとは、思ってもみなかったわ。
セインには、まだ、婚約者がいない。王太子となったので、近いうちに近隣国の王女との婚約が進むのだろうと噂されてはいたが、ここにきてからというもの、ベルも含め、セインに婚約者を迎える……そんな素振りは全くなかった。
不本意ながらネズミとなりこの部屋で生活するようになって感じたことは、私……リーリヤのことをセインが本当に好いてくれていること、行方知れずの私を心配してくれていることだ。
「……近いうちには、リーリヤ嬢への気持ちも整理をしないといけないことは、わかっているんだけど、もう少しだけ……と、僕自身に言い聞かせているんだ。僕の婚約が決まってしまったら、リーリア嬢のことを想うだなんて、婚約者にとても失礼だからね。
リーリヤ嬢がアンダルトの婚約者でさえなければ、この想いも伝えることくらいはできたはずなんだけど、相手がアンダルトだから、それすらも叶わなかった。せめて、僕の婚約が調うまでは……」
ふぅ……とため息をついて、私に心の内を見せてくれる。
手に持ったままの報告書を見れば、まだ見つからない私のことを心配してくれていることが伝わってきた。
「ちゅう……ちゅちゅちゅちゅう(セイン殿下……殿下の想いなら知っています)」
「慰めてくれるのかい? リアは本当に優しいね?」
……優しいのは、私ではなくセイン殿下です。こんな姿になった私をこのお部屋に長く住まわせてくださって……。
私を見て、ふふっと笑うセインは、どこか辛そうであった。
……セイン殿下にこんな顔をさせてしまうだなんて。……辛い。本当は、もっと笑っていてほしいはずなのに。その辛そうな表情は私のせい。セイン殿下、ごめんなさい。
時々見せる笑顔は、どこか物悲しかった。それは、いなくなってしまった私のことをいつも想ってくれているからに他ならない。
「そういえば、リーリヤ嬢への想いは聞いてもらったけど、どうして好きになったか、きっかけまでは、リアにも話していなかったね? 誰にも話せなかったから、リアだけでも覚えていてくれると嬉しいな」
「ちゅ! ちゅちゅちゅう(はい! 覚えておきます)」
「……不思議な子だ」
微笑むセインと対面に座り、話を聞く体勢になる。それと同時に、私の中の幼いセインとの記憶を辿る。
私には、セインが私を想うようなきっかけが思い当たらなかった。きっかけがあるなら、知りたいと願っていたのだ。
セインと出会ったのは、デビュタントの少し前だった気がする。セインのご学友となっていたアンダルトに連れられ、王宮へアンダルトの婚約者としてセインに挨拶へ行ったときだ。アンダルトがセインに私を紹介したことを思い出していた。
挨拶にお辞儀をしたあと、顔をあげた私を見て、何故かセインがとても驚いていたことは忘れられない。「どうしたのですか?」とアンダルトがセインに質問をしていたけど、微笑むだけで、そのときは、何も理由を口にしなかったように思う。
……初めて会ったあのとき、何故、セイン殿下が私の顔を見て驚かれたのか、わからずじまいだったのよね。今日はその理由も教えてくださるかしら?
期待を込めてじっとセインを見上げると、当時の想い出を大切にしているようで、優しげに懐かしむように微笑み、ゆっくりと話し始めた。
私自身が忘れてしまっていた記憶が、セインの語る言葉で少しずつ蘇ってくるようであった。
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