仕事の依頼人
話しているうちに目的の場所に着いたようだ。
「ここがあの女のハウスね」
「は?」
ドヤ顔で急になんか言いだしたこの人。コワッ。
「……ここが今回の依頼主、大蔵さんのお宅です」
「遠くからでも見えてましたが、大きい家ですね」
ひと言で表現するなら大豪邸。外観、敷地、家の作り。どれを取っても、周囲の家とは一線を画した洋風のお家だった。まさに、ザ・お金持ちの家である。
まさかこんな立派な家に辿り着くとは思わず面食らってしまう。そんなお金持ちからお祓いを依頼されているということは、もしかして九十九さん意外と大物なのだろうか。
ピンポーンーーとインターホンを九十九さんが押すと、ほどなくしてスピーカーから女性の声が発せられた。
『はい』
「どうも。想継堂「九十九」の九十九守です~」
『ああ、九十九さん。お待ちしておりました。すぐ行きます』
そう言うと、スピーカーから音が切れる。……お店の「九十九」って名前、「つくも」って読むんだ。
私はこれまで名前を音でしか聞いていなかったので、九十九さんの名前とお店の名前を結びつけることができなかったんです。決して鈍いというわけではない。
数十秒後、玄関の扉が開けられ、中から白髪の女性が現れた。白のブラウスに菖蒲色のスカート、肩には蜂蜜色のケープをかけている。シンプルだが小綺麗な服装だ。
高齢だが背筋はスッと伸びており、その立ち姿からこの人物の上品さがうかがえる。
女性――大蔵さんは、ゆったりとした動作で軽く頭を下げて私たちを出迎えてくれた。
「お待たせしました。ささ、どうぞ上がってください」
「はい、お邪魔させていただきます。あ大蔵さん、こちら清水さんです。今日一日、僕のお手伝いをしてもらいます」
「えっと、よろしくお願いします」
紹介された私は深くお辞儀をする。私の姿を確認したとき、大蔵さんは一瞬「あら?」と疑問の表情を浮かべる。
「バイトさんですか? こんなに若い子がお店にいらしたんですね」
「うーん、バイトというのは少し適切ではないですけど……まあ、そんなところです」
大蔵さんは深くは聞かず、そのまま家の中へ招き入れてくれた。
家の中はやはり広く、明かりと清潔感で溢れていた。私初めてだよ。一般家庭にシャンデリアがあるの。
廊下には高そうな花瓶や鉢に観賞植物が植えられ、壁には絵画が飾られている。
そして客室。広い。その上、家具が大きい。柔らかそうなソファーは人が寝そべってもスペースが余りそうなほど幅がある。多分私のベッドよりも大きいんじゃないかな。テレビなんて何インチあるかも庶民脳では測ることができない。
他にも照明やらテーブルやらイスやら用意してもらったお茶の食器やら――もう、驚嘆を悠に通り越してここにいるのが怖いです。
「わあ、この紅茶美味しいですね」
「あら本当? そう言ってくれると嬉しいわ」
なんで九十九さんそんな余裕なの? あなたの家とは天と地ほどの差がある空間にいるのに?
私が人知れず驚愕していることも知らずに、九十九さんと大蔵さんは世間話に花を咲かせている。
うん。もう私空気になろう。紅茶をチビチビと飲みながら、粗悪な像になることを決めた。
「――って、ゴメンなさい。私ったらすっかり話し込んじゃって」
そんな私の様子を退屈していると思ったのか、大蔵さんが話を切り換えた。
「え? い、いえ。そんなこと――」
「これはこれは、僕の助手が失礼しました。――しかしそうですね、そろそろ本題に入りましょうか」
九十九さんがそう言うと、それまでの穏やかな雰囲気から一変して、部屋に緊張が走った気がした。
九十九さんは変わらず笑顔のままだが、大蔵さんは笑顔を曇らせ申し訳なさそうな困ったような表情を浮かべた。
「大蔵さん、例の鏡はどちらにありますか?」
「二階に置いてあります。少し大きいですので、来ていただけますか」
わかりました、と九十九さんは持ってきた箱を持って立ち上がった。
先導する大蔵さんの姿はまるで何かを恐れているようにも見えた。