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想継堂「九十九」  作者: 水 龍
一点目 逆星のペンダント
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古い店

「あれ? ……こんなところにお店なんてあったんだ」


 高校の授業が終わった帰り道に、私こと「清水(しみず)真理(まり)」はふと反対側の歩道に視線を向けた。そこには新しくきれいな家と家の間に挟まれ居心地が悪そうに建っている、とても古い木造建築の家があった。あまりにも周囲の建物から浮いている建物に興味が湧き目を凝らすと、一階の屋根に立てかけられた『想継堂 九十九』という看板に気がついた。


「きゅうじゅうきゅう?」


 看板のおかげでそれがお店であることに気がついた。でなければとてつもなく年季の入った民家、もっと言えば廃墟に見えた。それくらい古い雰囲気を漂わせる建物だ。

 普段なら寄ろうとも思わないところだが、なぜか私は引き寄せられるようにその店へ向かって行った。

 道路をまたいで店の前に来るとその古臭さがより一層感じる。家の外壁は塗装されておらず、剥き出しの木材には長い蔦が枝分かれしながらへばりつき一階部分を覆っている。玄関の扉は曇りガラスがはめられた引き戸になっており、左右どちらからでも開けられる。そこには大量の手書きのチラシが貼り付けられており、なんとも言えない営業文句が書かれていた。


『いらないもの買い取ります』『誰かの想いを引き継ぎませんか』『それ捨てるの? ホントに? 捨てるくらいなら貰います!』『買ってください ちょっとでいいから』


 客に懇願するな。

 なんとも微妙な気分にさせる大量のチラシだが、その内の一つの文言に私は釘付けになった。

『呪いの物品 買い取ります』

 非常に怪しい文言だ。普通の人間、平時の私ならこの時点で踵を返しこの場を去るだろう。

 しかし、今の私にはこのお店に入らせるだけの力が確かにあった。


「……おじゃましまーす。ひっ」


 勇気を出して左側の扉を開けたが、思わず短い悲鳴をあげてしまった。開けた扉のすぐ目の前に精巧な西洋人形が置いてあり、その妙に愛らしい目と私の目とが合ったのだ。

 家の主は左ではなく右の扉から出入りしているのだろう。目線を少し下げると下駄箱らしき棚が据えられており、その上には数々の人形がお行儀よく場所を取り合っていた。

 市松人形やこけし、その他呼び名のわからない様々な日本人形たち。それらと一緒に、フランス人形、オランダ人形、上海人形、球体間接の人形といった外国の人形の所せましと並んでいる。

 それぞれの人形がもっとも自然な体制でおかれているものの、棚の部分が見えないほど密集しているせいで、愛らしさよりも先に恐怖を感じる。……あるいは狂気だろうか。


「お、おじゃましましたー……」


 ゆっくりと左の引き戸を閉めて右側から入り直す。

 ……やっぱり帰ろうかな?

 思わずそう考えたが、私は勇気を奮い立たせて右の引き戸を開けた。

 玄関に踏み入ると、ふわりと古い家特有の香りがした。埃のような、線香のような、あるいは古本のような、そんな独特なあの匂いだ。


(なんだか、おばあちゃんの家を思い出すなあ)


 目の前には薄暗い廊下が伸びており、その両端には下駄箱の上と同じように、いやそれ以上の密度で物が並べられていた。古い冷蔵庫、ブラウン管テレビ、壊れかけの扇風機、タンス、黒電話、信楽焼の狸の置物なんかもあった。主に家電製品や置物といった大型の物ばかりだが、そのせいで狭く薄暗い廊下が、さらに狭苦しく暗くなっていた。もはや店ではなく倉庫のようだった。

 人がいるとは思えないが幸いというべきか残念なことにというべきか、誰かがいるのは間違いないようだ。さっきからとたとたという足音が聞こえる。


「すみませーん。誰かいますかー?」


 私の性格柄、声を張るのは少々抵抗があったが、呼び鈴もインターホンもないため仕方がなかった。私の声に気がついたのか足音が止む。

 そのまま返事が来るかと思い少し待ってみたが、なぜか静寂しか返ってこない。返事どころか一切の物音が聞こえなくなった。

 ――まるで、この一瞬で無人になったかのような静寂だ。


「すいませーーん」


 気のせいかと思われたのだろか? 私はもう少しだけ声のボリュームを上げて、再度家の中へ声をかけた。


 ――――。


 私の声はすぅと飲み込まれるように反響することなく奥へ消えていった。やはり足音の主からの返事はない。

 人がいると思ったが気のせいだったのだろうか。私はもう諦めて帰ろうかと考え溜息を吐くと、ようやく私以外の声が返ってきた。


「どうぞ。遠慮せず、奥へ行きなんし」


 意外なことに若い女性の声だった。優し気でどこか艶のある声音でありながら、まるで近くにいるかのようなよくとおる声だった。……しかしなぜ花魁言葉?


「えっと、失礼しまーす」


 姿は現れず声だけだったが、私はその声に従い靴を脱ぎようやくこの家に上がった。

 廊下の突き当りにはこれ見よがしに開け放たれた襖があった。廊下の物に足や鞄が引っかからないように注意しながら進むと、その部屋が客間らしいということがわかる。

 多少物が多いが、長テーブルと座布団が敷いてあり、壁際に寄せられた本棚にはぎっしりと本が並べられていた。テレビ台の上にはブラウン管のテレビが乗ってあり、その隣には小さな置物やフギュア、そしてやはり人形が飾られた棚がある。玄関と違いあくまで常識の範囲内と言える量と配置をしていた。

 テーブルの上にはポットと急須、いくつかの湯飲みと飴の入った菓子入れが据えられている。……おそらく、ご自由にお使いくださいということだろう。


「誰もいないけど、ここで待っていればいいのかな?」


 それともこの部屋ではないか。そもそもここは入っていい部屋だったのかな?


「ここで座って待ってて」

「あ、はい。……あれ?」


 またもや姿はなく声だけで指示される。しかし、さっきの声よりも少し声が幼かったような? ……気のせいかな?

 ともかくこの部屋で合っているそうなので、私はおずおずとした動作で座布団に座った。相変わらず声の主は現れないけど、しばらく待っていれば来るだろう。

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